表参道で行われたインバウンド向けショッピングキャンペーン

2019年の2月、東京・原宿の表参道界隈で、外国人旅行客向けのショッピングキャンペーンが開催された。「Tokyo Shopping Week 2019 at Harajuku Omotesando ,Takeshita & Onden Cat St.」(以下、TSW2019)というタイトルで、欅並木が続く通りの街灯にはそのキャンペーンのフラッグが並んだ。

商店街振興組合原宿表参道欅会(以下、欅会)が主催するTSWは、今回で7回⽬となり、2⽉1⽇から2⽉28⽇までの1ヶ月間開催された。第1回目は、2013年に「Tokyo Fan Week」という名称で公益財団法人東京観光財団と共催したが、4回目からは単独開催となり、一昨年から「原宿⽵下通り商店会」、今年からは「穏⽥キャットストリート商店会」が共催に加わり、エリアが拡大した。なお、訪⽇観光振興に取組むビザ・ワールドワイド・ ジャパン(以下 Visa)が、1回目から継続して受け入れ環境整備に協力している。

渋⾕からつながる2つの通りが新たに加わることによって、今回の参加店舗は合計で335店舗となり、原宿エリア全体のイベントとなった。

表参道ヒルズなどの店舗が並ぶ参道のなだらかな坂に掲げられたキャンペーンフラッグが風になびく。2019年は、例年実施されている「スクラッチキャンペーン」の当たり本数を⼤幅に追加。500円当たり券を新規投⼊し、当たり本数合計1万2,040本(昨年度4,030本の約3倍)としてパワーアップした。2⽉1~14⽇の“コアウィーク”には、表参道に「インフォメーション用テント」を設営し、英語・中国語が話せるコンシェルジュがキャンペーンを案内。さらに「⾦屏⾵パネル」を置き、フォトスポットとしても機能していた表参道ヒルズなどの店舗が並ぶ参道のなだらかな坂に掲げられたキャンペーンフラッグが風になびく。2019年は、例年実施されている「スクラッチキャンペーン」の当たり本数を⼤幅に追加。500円当たり券を新規投⼊し、当たり本数合計1万2,040本(昨年度4,030本の約3倍)としてパワーアップした。2⽉1~14⽇の“コアウィーク”には、表参道に「インフォメーション用テント」を設営し、英語・中国語が話せるコンシェルジュがキャンペーンを案内。さらに「⾦屏⾵パネル」を置き、フォトスポットとしても機能していた

10年前から積み上げてきたインバウンド施策

欅会の訪日ショッピングキャンペーンでは、2016年の第4回目から、フォトスポットが設けられた欅会の訪日ショッピングキャンペーンでは、2016年の第4回目から、フォトスポットが設けられた

もともと欅会の目指してきたまちづくりの方向性は、「まち歩きが楽しいまち(歩いて自分の目で見て触れる観光)」「一人ひとりの個人レベルで楽しめるまちの魅力発信」「人間的な交流やホスピタリティが生まれるまち」「国内客と外国人旅行客の観光施策を変えない」「即効性の集客を競うのではなく、リピーターにつながるまちのファンづくり」だ、と欅会のインバウンド担当者の中島圭一氏は言う。

その実現のためにインバウンド推進3ヶ年計画が練られ、スタートしたのは2010年から。最初に手がけたのは、他の商業地区に比べ遅れていた中国の「銀聯カード」決済端末の導入だ。他の商業地区では、中国人観光客が増える春節に合わせてキャンペーンなどを行うことが多いが、欅会では春節キャンペーンを打つ前にまず決済環境など最低限の受け入れ整備を優先した。PRと受け入れのバランスを考えて、外国人旅行客が買い物にストレスを感じる状況を残したままPRを行うのを避けたかったからだ。

そして、初めてPRに軸足を移したのが、2013年の「Tokyo Fan Week」からだった。

「歩きたくなるまち」を目指し発展してきた表参道のプライド

ところで、日本にやって来る外国人旅行客が、東京の印象について口をそろえて言うのが、緑が多くてまちが清潔だということ。それを象徴するのが、原宿・表参道だ。そのためか、東京に来る外国人旅行客の行きたい街の上位には必ずここが入ってくる。

表参道はもともと明治神宮へ向かう参道で、欅の街路樹が並んでいる。欅会の前身となる“原宿シャンゼリゼ会”は1973年に設立されたが、当初から「キープ・クリーン/キープ・グリーン」というスローガンを掲げて活動をしていた。「商業振興と地域環境の両面から、このスローガンの必要性があった、と当時の理事から聞いています」と中島氏。

現在の原宿や表参道は、ストリートファッションのまちでもある。誰もが思い思いのファッションを表現し、新しいアイデアやインスピレーションが生まれる、日本のアパレルを代表するまちだ。だが、参道としての役割が薄れようとも、このまちの人たちには、表参道が他の商業地とは違うという誇りがあるそうだ。明治神宮の参道であるからこそ、この緑豊かで美しい景観と、どの路地に入って歩いても不安を感じない安全性を目指した。「歩きたくなる、歩いていて楽しいまち」というのは、商業以前のもっとも基本的なまちの魅力と言えそうだ。

「もともとこの地で商売をしていた先代たちは、立地の価値のみに目をつけて次々に参入してくる企業さんや店舗に対し、この美しい環境を有するまちのよさを共有できるよう、まちの魅力を啓蒙していくことが義務だと感じていたのでしょう」と中島氏。
「その思いがベースとなり、以降、まち全体の発展に関わる取組みに対して、住民も商業従事者も意識が高まっていったのではないでしょうか」と続ける。

表参道ではグリーンバードのボランティアでの清掃活動のほか、クリーンバスターズという、欅会が予算をかけた清掃チームも活動している表参道ではグリーンバードのボランティアでの清掃活動のほか、クリーンバスターズという、欅会が予算をかけた清掃チームも活動している

足並みをそろえてキャンペーンを実現するためには

上:一昨年から参加が始まった竹下通り/下:今年から参加を始めたキャットストリート上:一昨年から参加が始まった竹下通り/下:今年から参加を始めたキャットストリート

先に述べたように、欅会では、まずは自分たちの目指すまちの方向性を明確にしているのが特徴だろう。決してインバウンドに特化しているわけではなく、それもやりたいことの一つであるという位置づけだ。
行政との共催は、目指すもののためにサポートしてくれる手段にすぎないと割り切っている。そのため、インバウンドキャンペーンの第1回目は、東京観光財団からのノウハウや人的サポートを受けたが、2回目以降からは、自主的にお金を集め、自力での運営に努めた。

商店街と行政や公益団体との関係といえば、なかには補助金を頼りに付き合っているところもあるのではないだろうか。補助金がつけばキャンペーンやイベントをやるが、補助金がなくなると何もやらないなど、場当たり的な活動になっているケースもあるようだ。
欅会のように自分たちのお金で運営すると思えば、無駄使いを嫌い、有効なお金の使い方ができる。しかし、残念ながら全国的に知られているある大きな門前町では、自主的に協賛金を出すところが減ってしまっていて、地域で足並みをそろえて一緒に何かをすることが難しいとも聞いている。
悩ましい課題だが、その改善策の一歩としては、世代交代が重要なポイントの一つとなりそうだ。

今回の欅会のショッピングキャンペーンで、近隣の原宿竹下通り商店会や穏田キャットストリート商店会と連携できたのは、事務局長の世代交代も一つの要因だった。前任は60代だったが、現在は40代と、20歳も若返っている。この若い事務局長が、普段から他の商店街を訪ねて交流を温めてきたこともあり、足並みがそろったのだ。フットワークの軽さで信頼関係ができ、誘いやすい環境を整えられたという。

中島氏によると、このショッピングキャンペーンを契機として、各商業施設の販促担当者同士が話し合える場ができたことは、大きな資産になったという。商業者としてはお互いにライバル関係にあるが、「原宿全体で外国人旅行客を増やしていこう」という大きな目標を立てれば関係者の意識をそろえることも可能となる。キャンペーン準備の約半年間は、月に2回ほど皆で集まって会議を開いていたため、横のつながりが生まれ、今でもインバウンド施策などについての意見交換が活発なのだそうだ。

2020年に向かって、試行錯誤しながら、新しい取組みを進める

今年導入された新しい決済端末は、狭いカウンタースペースにも設置できるコンパクトなものだ今年導入された新しい決済端末は、狭いカウンタースペースにも設置できるコンパクトなものだ

欅会は、今後も時代の変化とともに変わっていかねばならないと考えているようだ。

例えば今回のキャンペーンでは、新しい決済システムの導入に踏み切った。欅会と原宿竹下通り商店会が協力し、キャンペーン参加店舗の100店舗以上で、「⾮接触決済(タッチ決済)」によるクレジットカードの⽀払いを可能にしたのだ。海外では多くの国で普及している決済方法の導入によって、インバウンド客にスムーズな⽀払い環境を提供できる。この導⼊も、欅会と⽵下通りの横のつながりがあったからこそ実現できたのだろう。

こうした対応により多くのインバウンド客が訪れる一方で、観光による問題も起きている。具体的には、プラスチックカップなどのゴミが通りに捨てられることが多発しているという。ゴミ箱の数が限られているので、ゴミが集中し、あふれてしまうことが原因だ。欅会では、ゴミを圧縮できる海外製のゴミ箱を導入して実証実験を行うなど、改善策を検討している。

試行錯誤を繰り返しながら、常に新しいことに挑戦する欅会。2020年には、明治神宮が鎮座100年を迎える。今後、どんなイベントや先進的な取組みが実現するのか、楽しみにしたい。

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