難読な町、福岡県上毛町(こうげまち)の若者誘致策は他とはかなり違う
そもそも、ふり仮名無しで上毛町を読めた人は少ないだろうと思う。もちろん、場所が分かる人はもっと少なかろう。上毛は福岡県の最東端、大分県中津市の隣にあり、文化圏的には中津と強いつながりがある8000人ほどの小さな町。主な産業は農業で、御多分に漏れず、空き家は年々増加している。そこで町では若い年代を呼び込もうと各種施策を講じ……というところまでは他自治体と同じなのだが、違うのはワーキングステイと呼ばれるお試し居住を始め、棚田Wifi、山野草図鑑、ヘンタイのたまり場、上毛町ガールズバーなど面白そうな企画やアイディアが並ぶ若い感覚のホームページなどに良い意味での軽いノリがあること。ここなら住んでみたいと思わせるものがあるのだ。どうして、他とこんなに違うのか。2013年に結婚、大学院卒業を機に移住、町の臨時勤職員としてワーキングステイで訪れる人たちをサポートしている西塔大海(さいとうもとみ)さんに話を聞いた。
移住前の西塔さんは東京で物理を専攻していた。研究テーマは電気自動車に代わる水素燃料電池自動車に使われる水素燃料という、田舎暮らし、移住などという言葉には無縁と思われるもの。ところが、数十年、数百年先を考える、ある種浮世離れした生活を続けるうちに地に足を付けたことをやりたいと思うようになったと西塔さん。さらに東日本大震災後に宮城県気仙沼で大学院を休学して、ボランティアをした経験もその気持ちを後押ししたという。
「気仙沼でボランティアをするようになったのは、友人の荷物運びを手伝うだけのつもりだったのに、帰れなくなってしまうという偶然から。避難所に居候して、そこの仕事を手伝ううちに、仕事がなくてぶらぶらしている働き盛りの人たちを目にし、仕事がないなら作ろうと滞在1カ月目には一般社団法人気仙沼復興協会を作り、3カ月後には60~70人の雇用を実現していました」。
それまで就職はもちろん、仕事をしたこともなく、人付き合いが得意とは思っていなかったから物理を研究していたという西塔さんだが、やってみたら自分が思っていた以上にそうした仕事に向いていたことが分かったということらしい。その後、復学したところで、友人の紹介で上毛町の職員と会うことになった。
移住の決め手は人、場との出会い
その時に「地域の仕事をやってみませんか」と見せられたのが、今、西塔さんが上毛町でやっている仕事の構想書。具体的な内容は異なるものの、冒頭でも書いた通り、いずれも「こんなことが実現したら楽しいぞ」と思わせる勢い、夢に満ちており、西塔さんも面白そうだと惹かれた。
その後、二泊三日で上毛町を訪れ、地域のいろいろな人に会ったという。「その中に山下さんという、地域のキーパーソンがいらっしゃった。この人が地域のいろいろなことを動かしているのですが、人の上で威張っている人ではなく、自分で何でもできるし、動く人。若い人間に対してもフラットに付き合う。こういう人がいる地域で働くなら面白いと思いました」。そこで最後の日に移住を決め、町長に挨拶に行ったという。
「田舎に移住したい人の多くは、いろいろ探してみて、一番いいところに住もうと考えるようですが、実際にはそれほど数を見る前に、ここという場所に出会って決まることが多いようです。自分も最初はいろいろ見てと思いましたが、最初に訪れた町に住むことを決めた。出会ってしまったら、それでおしまい。恋愛みたいですね」。
家電製品などの工業製品を買う時ならいろいろ見て、スペックを比べて選ぶが、そこに好き嫌いなどといった客観的に比較しにくい要素が入ってくると、品物同様の選択はしにくくなる。恋愛でも「一番スペックがいいからこの人」という選択がないとは言わないが、そうそう多くはない。
ところで、上毛町との出会い、移住までを長々書いたのは、西塔さんに限らず、移住した人の話に共通するポイントが含まれているからだ。この人なら信頼できる、この人となら一緒にやろうなどと思える人との出会い、そしてここにしようという場所との出会い。こうした人、場所に出会えれば移住は難しくない。考えているより、まずは動いてみて、巡り合うことが大事と言えるかもしれない。
2週間から1カ月、家賃500円で住んで情報発信をしてくれる人、募集
さて、本題のワーキングステイ、お試し居住である。これは2014年秋で3回目になる試みで田舎暮らし、まちづくり、地域イノベーションに関心があり、Web制作・グラフフィックデザイン、ソーシャルメディア活用、コピーライティング等のスキルのある人などを対象にしたもので、10月から12月の2週間から1カ月間、上毛町の空き家に居住、仕事のスキルを活かして町に貢献してもらいたいというもの。田舎暮らしを体験し、その体験を情報として発信、移住者を呼び込むための提案などを行う、そんな仕組みである。募集は3組、家賃は1組500円、往復の交通費3万円は町が負担してくれるが、足となる自転車、車や光熱費は自分で用意する必要がある。また、提案書作成に対しては謝礼が支払われる。
「過去2回でWEBエンジニア、グラフィックデザイナー、WEBマガジン運営チーム(小説家や写真家、デザイナーなど様々なスキルを持つ女性ブロガーが共同で運営)、NPO職員、カフェのマスターなど7組25人が居住。その方々が中心になって現在、町をPR、移住促進のためのサイト『みらいのシカケ』が企画、制作されました。20代後半から30代が中心でしたが、中には50代の方も。カタカナ商売に限らず、様々な人に来ていただいて、来る人、来ていただく町双方で何ができるのか、可能性を探っているところです。面白いことをやっている町があることを情報として発信してもらうことを重視してきたので、今のところ、まだ移住者は出ていませんが、お試し居住後たびたび来町、そろそろ移住をと考えている人が出始めています」。
上毛町の魅力を伝え、移住を呼びかけるページが面白いのは、移住してもらいたい年代の人たちが考え、作っているからというわけだ。
指示待ち、誰かがやってくれると思う人には田舎暮らしは向かない
とはいえ、移住となると気になるのは仕事。働き口がなければ移住しても暮らしていけない。だが、2つの考え方があると西塔さん。「ひとつは職種にこだわらないこと。特にスキル、ノウハウがないという人でも、選ばなければ仕事はあります。もうひとつ、今の時代、職種として確立はしていないけれど、仕事として成立するだろうというアイディアがあります。東京にはニーズがないけれど、田舎にはあるということもあるし、お金を引っ張ってくる仕組みもアイディア次第で作れる。指示待ちで、誰かがやってくれるだろうという人には難しいかもしれませんが、自分でこれまでにない仕事を考え、実行する力があれば、田舎でも仕事は作れます」。
西塔さんが例として挙げてくれたのは気仙沼で行っていた事業。復興時に必要な仕事として最初に手掛けたのは津波で流れ込んだ汚泥などを処理する清掃事業だったそうだが、それ以外にも仮設住宅内でのコミュニティ醸成事業としてのイベント開催、写真の修復など多彩な仕事を行っており、そのひとつに遺跡の発掘事業がある。
被災地で遺跡発掘?と意外に思ったが、西塔さんによると「東北は歴史のある土地なので、仮設から高台に移転しようとするとかなりの割合で遺跡が出る。これまではシルバー人材センターが行っていた仕事ですが、若い人たちがやればスピードアップでき、仕事も作れる。もちろん、公的な事業なので、それなりに苦労もありますが、人間、必死になればいろんなことができるものです」。
もちろん、フリーランスで仕事をしている人なら、現在の都会での仕事を離れた場所でこなすという選択も。実際、上毛町に移住、東京、福岡の仕事をメインに一部、地元の仕事をしているWebデザイナーのご夫婦などもいらっしゃるそうだ。
田舎での暮らしは家ではなく、町に住むという感覚
ところで、仕事だけでなく、田舎では暮らしそのものも都会とは違うと西塔さん。「自分自身、東京に住んでいた時には隣に住んでいる人が誰かも知らず、外に出ても行く先といえば大学とコンビニくらい。ところが、田舎での暮らしは家の中だけで完結するものではなく、食べて寝るだけが住むという意味ではありません」。
特に現在、西塔さんが暮らす集落では水源を自主管理しており、自分たちで定期的に清掃したり、修理することで水が供給されている。外に出て、周囲の人と協力し合わなければライフラインが維持できないのである。「上毛町に来て生活には家の外での時間が大事だということが分かってきました。水道の掃除や犬の散歩その他で外に出て人間関係が生まれると、野菜が届いていたり、必要な時に車が借りられたりと家の中にモノとか、安心が入ってきます。人は家ではなく、町に住むんだなあ、地域で関係性ができてそこに受け入れてもらうことが住むということだなあと思いますね」。
その意味で考えると、試しに住んでみることの大事さが分かる。住み始めてからここじゃなかった、ここには受け入れてもらえなかったでは困る。特に知らない土地への移住ではお試しは大事かもしれない。その期間にこの人ならと思える人と出会うことも、地域とのつながりを作り、相性を考える上では大事なのだろうと思う。
2014年の募集ではフリーランスの女性ライター、デザイナー、東北の復興事業に携わっているNPO法人の代表者の3組がお試し居住をすることになり、現在の仕事を持ち込み、田舎でも仕事ができるかにチャレンジ。その過程で見えてきたものをレポートとして提出することになっているそうだ。次の募集までには時間があるが、町には田舎の雰囲気を味わい、移住について相談できる「上毛町 田舎暮らし研究交流サロン(通称ミラノシカ)」がある。地元のおじさんたちも集まるという場所で、のんびり、将来の暮らしを考えてみても良いと思う。
*取材後、上毛町の取り組みは2014年度のグッドデザイン賞を受賞した。これを機にヘンタイ度(すごく誉めている)をさらにヒートアップさせ、多くの人を惹きつける町になっていただきたい。
■上毛町の地域活性化に関わる取り組みはこちらから。
みらいのシカケ:http://miranoshika.org/
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