新幹線の通過駅・三河安城。工場跡地に誕生する「みんなのアリーナ」
「三河安城駅を時刻通りに通過いたしました」。東海道新幹線「のぞみ」下り列車の車内でこのアナウンスを聞き、「次の名古屋までおよそ9分か」と、降車の支度を始める乗客も多いだろう。
愛知・三河安城駅は、通過される駅としてSNSでも度々話題に上るが、それは同時に「通過されがち」というこのまちの長年の課題でもあった。
そんな三河安城駅の目と鼻の先に、2028年、約5,000人を収容するアリーナが誕生する。
プロバスケットボールチーム「シーホース三河」やバレーボールチーム「クインシーズ刈谷」の新たなホームとなるこの施設は、単なるスポーツの興行施設ではない。市民を巻き込み、三河安城を“目的地”へと変える、壮大なまちづくりプロジェクトだ。
今回は、安城市役所とアリーナ建設・運営の中核を担う関係者に、その全貌とまちの未来図について話を聞いた。
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アリーナ建設の経緯
アリーナ建設の構想は、今から10年以上前にさかのぼる。日本のバスケットボールリーグが「B.LEAGUE(Bリーグ)」として統合・プロ化されるにあたり、加盟条件の一つとして「5,000人以上収容のアリーナをホームにすること」が掲げられたことがきっかけだ。
「株式会社アイシン」の企業チームとして、1947年の創部以来、歴史を重ねてきた名門「シーホース三河」。しかし当時はホームとする大型アリーナを持っておらず、条件を満たすアリーナをどうするのかを検討する中で、浮上したのが、約60年にわたりこの地にあった「アイシン安城工場」の移転計画だった。
三河安城交流拠点建設募金団体/シーホース三河株式会社の堀江隆治さんはこう話す。「以前から、アイシンの福利厚生施設としてアリーナを建設する話は社内で持ち上がっていました。いくつかあった建設候補地のひとつが、老朽化による移転が検討されていたこの安城工場跡地でした。そこに『駅前をより良い姿に変えていきたい』という安城市さんからの期待も重なり、まさにまちの願いと我々のタイミングが、ピタリと合致した形でここに建設することが決まりました。アイシングループには、安城市にお住まいの従業員が数千人もいます。多くの従業員が長年お世話になっているまちだからこそ、この工場跡地を地域に貢献する第一の場所にしたいという強い思いがありました」
こうして三河安城駅前のアイシン安城工場跡地に、アリーナが誕生することとなった。
企業の体育館からまちのシンボルへ。安城市への「負担付き寄附」という提案
当初はアイシンの福利厚生施設としてスタートした計画だったが、構想を練る中でそのコンセプトは大きく広がっていった。「地域密着・地域貢献」「誰もが楽しめる夢のスポーツ拠点」、さらに「DXによる利便性向上」といったアイデアが次々と生まれる中で、アイシン側はある考えに至る。
「民間企業が単独で自社の体育館を造り、運営していくのには限界があります。地域でこの施設を盛り上げてもらうためには、安城市さんと一緒に取り組んだ方が良い効果が生まれると考えたのです」(堀江さん)
そこでアイシン側から安城市へ提案されたのが、「負担付き寄附」という手法だった。民間が施設を建設した後に市の財産として寄附するが、その後の管理運営は、シーホース三河株式会社が設立する運営会社が行うという、条件(負担)付きの提案だ。
これに対し、安城市プロジェクト推進室の新村さんは、当時の心境をこう明かす。
「単なる企業の体育館ではなく、市民に開放された地域密着の施設というご提案は、市としても非常に望ましいものでした。ただ、市の施設として引き受けるということは、当然維持管理等の支出(税金)も伴う話になり得るため、寄附を受納するかどうかは庁内でかなり深く慎重に議論を重ねました」
そこで市は、結論を出す前に市民の声を直接拾うため、「つかい方ワークショップ」を開催した。「アリーナができた時にどんな使い方ができるか」をテーマに全6回にわたって実施したところ、小さな子どもから70代まで幅広い世代が参加。「こんなまちになるといい」「こんな使い方がしたい」といった前向きな意見が次々と飛び交い、回を重ねても参加者が減らないほどの盛況ぶりだったという。
そして、最大のハードルであった維持管理等の財政的な懸念を完全に払拭し、計画を力強く前進させたのが、全国的にも類を見ない画期的な「事業スキーム」だった。
市の財政負担は実質ゼロ。独立採算で運営される驚きの官民連携「三河安城モデル」
本プロジェクトの最大の特筆すべき点は、その画期的な「事業スキーム」にある。
建設の主体となるのは、アイシンという一企業ではなく、シーホース三河が設立した「三河安城交流拠点建設募金団体」だ。同団体の永谷さんは、この手法をとった理由をこう説明する。
「アリーナは、アイシンが造って寄附をするのではなく、様々な企業や個人から寄附金を集めて建設します。一企業の色を出しすぎず、バスケファンもバレーファンも、地元企業も個人の方も、誰もが『自分のまちのアリーナ』として応援しやすい仕組みにするためです」
こうして集められた資金で募金団体が民有地にアリーナを建設し(民設)、完成後はそのまま安城市へと寄附される(公有)。寄附が完了すると募金団体は役割を終えて解散し、その後はシーホース三河の子会社として設立された運営会社「三河アリーナ株式会社」が市から指定管理者として指定を受ける。そして施設の維持・修繕から運営まですべての費用を民間の独立採算で賄う(民営)という流れだ。
つまり、これだけの巨大施設でありながら、建設から運営において市の財政負担がほとんどかからないのである。この「民設・公有・民営」をベースとし、民間が維持管理の負担を賄う手法は、「日本初の三河安城モデル」として大きな注目を集めている。
安城市プロジェクト推進室の新村さんは、このスキームの強みをこう語る。
「公共施設として造ると、既存の体育館の域を出ず、観覧場として中途半端になる可能性がありますが、今回は民間のノウハウや企画力、トライ・アンド・エラーの柔軟さが施設や設備等に反映され、それらが公共施設になる。また、運営時においても、市民の声に柔軟に対応し、施設をアップデートできる。これは我々としても非常に期待しているところです」
さらに同室の白子さんも、「安城市にプロスポーツチームのホームができることは、子どもたちがプロの試合を見て憧れを抱くなど、市が力を入れている子育て支援の面でも大きな期待を持っています」と笑顔を見せた。
日々進化するアリーナ。コンテナ店舗や増築可能な設計を備えた「まちのプラットフォーム」
スキームだけでなく、ハード面にもこれまでの日本のアリーナにはない斬新なアイデアが詰め込まれている。
プロジェクトチームは、本場アメリカのアリーナを視察し、この施設を「様々な活動に使えるプラットフォーム」として徹底的に“使い倒せる”構造を目指したという。
アリーナの象徴のひとつが、特徴的な建物の外観だ。
外周にはめ込まれるキューブ状の木製の四角いマス目は「マルチユニット」と呼ばれ、一つ一つが店舗になっているという。クレーンで吊って出し入れできる構造となっており、約1週間で別のお店に入れ替えることが可能。一般的なテナントの入れ替えに比べて大掛かりな工事を伴わないため、出店・退店にかかる工期と費用の両面で大幅なコスト削減が図れるのも大きなメリットだ。
また建物の外観がマス状になっているのは、将来の増築を見据えているからだという。実際にバレーボールチーム「クインシーズ刈谷」がホームに決まった際には、さっそく倉庫用のユニットを外側に1列増築したそうだ。敷地さえあれば、外側へどんどん建て増ししていける設計となっている。
「宿題をする場所がない」学生の声を反映し、日常使いできる空間へ
先述のワークショップで出たリアルな声は、実際の設計をも大きく動かしている。
当初、参加者に「アリーナで何をやりたいか」と尋ねると、広いメインコート(アリーナ面)を使ったアイデアばかりが先行していたという。しかし、運営側が「こんなスペースもある」と案内していくうちに市民の視野も広がり、通路であるコンコースの活用についても積極的なアイデアが出始めた。
中でも印象的だったのが、学生たちからのリアルな悩みだ。
「『コロナ禍以降、みんなでワイワイ宿題をする場所がない。図書館は静かにしないといけないし……』という悩みを聞いたんです。そこでコンコースの幅を広めにとり、天井にカーテンレールを引けないかと設計者に相談しました」(堀江さん)
これにより、試合などの興行がある日には、空間を開放してグッズ販売やイベントブースとして活用される。一方、試合のない日にはカーテンを引いて個室のように仕切り、学生たちが気兼ねなく勉強や会話を楽しめる空間として開放する画期的な使い分けが誕生した。
神輿は見るだけでなく担ぐもの。地域が一体となってつくる「滞在型のまち」
通過するだけの駅から、わざわざ訪れ、滞在したくなるまちへ。その鍵を握るのは「関わる人(関係人口)」をどれだけ増やせるかだ。
安城市の新村さんと白子さんは、「行政の力だけでなく、民間のノウハウと市民の皆さんの熱意が掛け合わさることで、このまちは確かな『目的地』へと変わります。子どもたちがプロのプレーに目を輝かせ、地元に誇りを持てるような、新しい三河安城の歴史をここから作っていきたい」と、市としての強い決意と期待を口にする。
行政のそんな思いと連動するように、市民を巻き込む最前線として重要な役割を果たすのが、先述の「三河安城交流拠点建設募金団体」だ。
同団体の役割は、単に建設資金を集めることだけではない。「『TEAM MIKAWA みんなのアリーナ』というコンセプトのもと、一緒に作り、一緒に使う“TEAM MIKAWAのメンバー”を増やすことが最大の狙いです」と永谷さん。
実際に、3万円以上の寄附でアリーナ内に名前が掲示されるなど、市民が「ジブンゴト」として施設に関われる仕掛けも用意されている。メタバースを活用して完成前のアリーナを仮想空間で体験できる取り組みも、期待感を高めるためのアプローチの一つだ。
そして最後に、堀江さんが語ってくれたエピソードが印象的だった。
「シーホース三河の初代社長がよく言っていました。『神輿を触る人と、担ぐ人がいる』と。アリーナができたからといって、ただ見に来てペタペタ触るだけでなく、ぜひ一緒に神輿を担いでほしいんです。まち全体で来訪者をもてなし、みんなで一緒にまちづくりを楽しむ。そんな風に、関わる人全員がハッピーになれる仕組みを作っていきたいですね」
10年以上待ちわびた、悲願のアリーナ。それは完成がゴールではなく、企業と行政、そして市民が一体となって新たな物語を紡ぎ出すための「最高のスタート地点」となりそうだ。














