2025年3月にようやく竣工した沼田さんの実家
2024年1月1日に起こった「令和6年能登半島地震」。
当記事は、能登半島の羽咋市にある沼田汐里さんのご実家の再建を追う第2回目(第1回目はこちら:「能登半島地震で全壊判定を受けた一家。デジタル家づくりサービス「NESTING」を活用し“わが家”らしい再建を目指す」)。
今回は今春に完成した住まいの様子とともに、再建の経緯を紹介する。
罹災証明で「全壊」の判定を受けた後、沼田さんはご両親や祖母とともに話し合い、地方自治体が整備する復興公営住宅に入居するのではなく、家族の暮らしやすさを配慮したご実家を再建することを決めた。再建にはデジタル家づくりサービス「NESTING(ネスティング)」の活用を決め、設計の打ち合わせが始まった時点で、筆者は取材を開始。その後、既存の住宅の解体、地盤改良、施工を経て、2025年3月、被災から1年強でご実家は竣工を迎えた。
「今は、施工に参加していた家族や母の友人ご夫婦とは、1年は長かったけどもう終わっちゃったんだね、と話しています。誰ひとりとして怪我もせず無事に終わって、嬉しさも安堵もあります」(以降、特記以外お話はすべて沼田さん)
家族の希望に沿った住宅再建を目指し選んだ「NESTING」
「NESTING」は、建築テック系スタートアップの株式会社VUILDが立ち上げたもので、プラモデル感覚で住宅を施工できる専用キットが供給されている。
沼田さんはVUILDの関係者でもあり、NESTINGの使用方法に詳しいことから、在来工法などと比較検討し採用を決めた。被災当初から建設における職人不足、資材不足などが懸念されていたが、その点を担保できる可能性が高い点が決め手になったという。
NESTINGはそこに住む人が自ら家の広さや間取り、デザインを考え、家族や友人と一緒に建てることができる。VUILDが全国に導入を進めるデジタル木材加工機械「ShopBot」を活用してつくられる住宅キットは、DIY初心者でも組み立てられるよう、1つあたりのパーツの重さを10kg以内に抑え、参加者が現場で刃物が付いているような工具・道具を使わずに組み立てられるような加工が施されている。
ではここで、完成した沼田さんのご実家を見ていただこう。
解体工事に2ヶ月、地盤工事・基礎工事も予想外に時間を費やす
まずは、2024年1月からの経緯を追っていきたい。
大まかな流れはこうだ。1月1日の被災間もなく、VUILD社内でNESTINGを活用した住宅の再建の可不可の検討をスタート。2~3月にはVUILD内の担当者及び沼田さん及びご家族と打ち合わせを重ねてNESTINGによって再建することを確定した。3月には図面や模型などを使用して、ご家族の希望や将来像をにらみながら住宅のプランニングに着手したが、工事の準備を始めようと地盤調査を行ったところ、地盤層が液状化している恐れがあることが発覚。既存の住宅の解体が終了した8月から地盤改良工事、その後、建物の基礎工事を行った。10月~翌年の3月まで、ボランティアの協力を得てCo-Build(参加型の建設手法)により、建物の施工を進めていった。
解体工事は、ただ壊すだけでなく、古材やそのほか使えるものを救出・搬出を並行しながら、丁寧に進めていった。筆者は、古材を傷めず後々使えるような「手壊し」をイメージしていたが、重機での作業だったという。
「解体会社の方が重機の操作が上手で、柱や梁もとてもきれいに取り出してくれました」
予想外に時間を取られたのが、地盤改良と建物の基礎工事だ。
地盤調査で地下7~8mの地盤層が液状化の恐れがあることが判明し、どのような方法で地盤改良するのか検討が必要になった。通常は「柱状改良工法」を採用するようなケースだったというが、コストがかさみ工事も大掛かりになることから、他の工法を模索したという。
その結果、採択したのが「コロンブス+工法」だ。地面を掘削してEPS材(発泡ポリスチレン)を敷き込み、その上にベタ基礎を施工するため、不同沈下を防ぐことができる。「この工法を採用した店舗で、震災時の倒壊被害が避けられたなどの事例があり参考にしました」
さらにベタ基礎工事を請け負ってくれる会社探しや施工に約1カ月かかった。当時は被災地の復旧のため建設会社や職人が多忙を極め、なかなか予定が押さえられなかったのだという。なお、通常NESTINGの基礎に採用している「スパイクフレーム工法」であれば、工事は2日間で済む。
建て方から外装・内装の施工までDIY。ボランティアは150名、施工期間は40日
基礎の完成後、建築現場で構造材を組み上げるいわゆる「建て方」が行われたのは10月5日。
ここからは建設会社や本職の大工、職人に頼らず、建物の内装・外装ともに、沼田さん及びご家族・親戚、ボランティアの方々が協力し合いDIYでつくり上げていった。「Co-build」がコンセプトのNESTINGならではのプロセスである。施工は土曜日、日曜日のみ、2025年3月までの延べ40日、関わった人たちは延べ150名に上る。年代は幼児から60代の男女と幅広い。
ボランティアは、口コミやSNSなどで声掛けして集めた。ボランティア志望の動機はさまざまだが、NESTINGに興味がある共通点のほかに「(他のボランティア活動と比べて)スケジュールに融通が利くから」「一緒に活動する人の顔が見えるから」という声も少なくなく、「自身も能登で被災したため再建方法の見学も兼ねて」「東日本大震災のときに津波にあったがその際は何も協力できなかったが、その代わりに」などもあった。
驚くことに、沼田さんの家族を含めボランティアの多くがDIY未経験だった。
「当初は、本当に(家づくり)できるのか、という心配もありました。具体的にどのようなことをするのか、ほとんどの方はイメージが湧かないようでしたから。ところが現場に入って説明を聞き、作業を始めると間もなくスムーズにこなしていきました。家が完成したころには私の家族はバリバリのDIYer、インパクトドライバーなどの基本的な工具類であれば使いこなすほどになっていましたね」
ボランティア150人が事故もなく無事に工事を進められたのは、現場でコンストラクションマネージャー(指導者・監督役)を務めた設計事務所BEYOND(石川県能美郡)の田中順也さんによるところが大きいという。田中さんは、ボランティアの方々がDIYに慣れていないことを前提に、道具の使い方や部材の名前といった基本的なところから、丁寧に教えながら作業を進めていた。
「1日の現場は平均10人ほど。田中さんは現場に集まったボランティアの人たちをうまく振り分けて持ち場をつくり、BGMをかけてみんなで楽しく作業を進めていくんです。特に工事期間の終盤になると、それぞれのボランティアのDIYのレベルや得意な作業を見極めて采配するというスキルがどんどん上がっていって驚きました」
また、安全対策として朝礼や休憩が終わるタイミングで、必ず全員で「ご安全に!」と声を掛け合うようにしており、これも結構効いていた印象だという。現場での注意点を沼田さんの姉妹がイラストつきでまとめ、目立つところに貼るなどもしていた。
難しかったのは断熱・気密の施工と内外装仕上げのレベル
意外にも、内装・外装など工事全般にわたって、誰もできないような難しい作業はなかった。あえて困った点を挙げれば、断熱性・気密性の施工レベルの模索、内装・外装などの仕上げのレベルの統一だった。
「各人がばらばらに同時進行で作業を進めるので、例えば塗装とか、外壁の下見板張りをどこまできれいに納めるかなど共通認識をそろえるのが大変でしたね。ある部分だけ突出してきれいだったりしないよう、ある時期からみんなで認識を合わせていた気がします」
入居してから数カ月経ち、沼田さんのご家族に住み心地をうかがうと、「広いLDKと間取りが気に入っている」との回答。以前は6畳ほどの部屋が複数配置されている日本家屋ならではの間取りだったが、新居はパブリックスペースであるLDKを家屋の中央に広く取り、そこに父・母・祖母の各個室を直結させている。今どきの間取りだ。
「以前は、住居全体はかなり広かったにもかかわらず、玄関すぐの6畳の客間に家族全員が集まっていることが多かったですね。現在は広々としたLDKの好きな場所で、家族が何をやっているか(目の端で)感じながら、くつろぐようになりました。それが心地いい様子です」
応急仮設住宅として入居していた民間賃貸住宅では母の個室がなかったが、新たな住まいでは確保でき、家族の住み心地の良さにつながっているとのこと。
Co-Buildを通じ仲間同士がつながり、近隣とのコミュニケーションにも発展
実際に家づくりを経験したNさんに、あらためてNESTINGの感触を聞くと、以下のような答えが返ってきた。
「みんなでつくるCo-Buildという体験を通じて、一緒につくっている仲間だけでなく、近所の方々にも興味を持っていただき(心理的な)つながりができたのは良かったと思います。課題は、施工の難易度が一般的な在来工法とあまり変わらなかったこと。今後は、初心者でももっと簡単に、少人数でもつくれるように改良していきたいですね」
続けて、NESTINGの特性に合った用途について、VUILD株式会社代表の秋吉浩気氏に伺った。例えば、被災地で早急に住民の元の暮らしを取り戻すために、住まい手の希望に沿って、(将来の生活を見越した)いわば応急仮設住宅兼恒久住宅をつくることはできないだろうか。
「現実的ではないですね。まずは安全な場所に迅速に応急仮設住宅としてつくり、その後適切な場所に移築して恒久住宅としてカスタマイズする、というやり方は考えられるかもしれません。
ただし現時点では被災時の応急仮設住宅としてファーストチョイスにはなりにくい。まだ(NESTINGは開発途上で)、コストも安いとは言えないですし、(十分な)供給力もありません」(秋吉さん)
それよりも、カスタマイズ性が求められる“みんなの家”的なものやコミュニティハウス、保育園、オフィス、店舗など、地域の住民が使う建物をつくるのにNESTINGは向いているのではないか、と秋吉さんは考えている。「みんなで使う場所を、みんなでつくるのは自然なこと。すでに、集会所をNESTINGでつくりたいという相談はいくつか来ています」(秋吉さん)
そのほか日本であれば、NESTINGの特性が生きる場所として、人口が少なく、周辺地域と隔絶された離島や過疎地の山村などが考えられるという。職人や建設会社が不足し、DIY及びCo‐Buildで施工するほうがコストパフォーマンスのいい地域だ。輸送手段が限られていても、建物の設計図やパーツはNESTINGのシステムに則って、現地でも準備できる。実際、香川県の直島や島根県の海士町ではすでに実績がある。
一方で現在、VUILDは住宅不足に悩む海外へのNESTINGの展開に取り組んでいる。設計図やパーツのデータを現地に送れば、その後は、現地の人たちが現地の木材を調達してShopBotで加工し建てる。国境を越え、沼田さんのご実家と同様のやり方で家づくりが可能なのだ。海外の場合は、非熟練工を集めて新たな工務店を組成する構想もあるという。
国内外問わず、人員や資材の輸送手段が限られた地域で、地域のコミュニティを育みながら、質の高い建物づくりを叶えるNESTING。活用しやすさを目指し、さらなるブラッシュアップが期待される。
■取材協力
株式会社VUILD https://vuild.co.jp/
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