きっかけはヨーロッパ視察。断熱素人が木造住宅をどこまで断熱で快適にできるか

52歳、長年賃貸派を自任してきた内田勝久さんが家を買った。
神奈川県逗子市にある築36年の木造一戸建てだ。しかも、その理由は「暖かい家に住みたい」。

日本の木造一戸建て、特に築年数の経った住宅は断熱がしてあっても寒いことが多い。すでに住宅購入には不利な年代になっており、暖かい住まいを求めているのにもかかわらず、なぜ、築古の一戸建てなのか。
きっかけとなったのは2024年2月のヨーロッパ視察だった。

「スイスとオーストリアに行ったのですが、見学した建物はどこも暖かく快適。それに比べると日本はなんて寒いんだろう。2021年時点でヒートショックで自宅で亡くなる人が交通事故による死亡者の約6.5倍もいるなんておかしい。短パン、Tシャツで過ごせるような家がいいものの、賃貸ではそうした家はない。だったら、自分で買って断熱改修をやってみないとと思ったのです」

内田さんは建築士であり、事業系の建築には関わってきたものの、住宅、断熱に関しては素人同然だったが、どこにでもある古い木造住宅を買って実験してみようと思ったのだ。

内田さんが購入した築36年の木造一戸建て。高台にあり、全景を撮影するのが難しい内田さんが購入した築36年の木造一戸建て。高台にあり、全景を撮影するのが難しい

もう一方で、いずれ湘南に住んでみたいという気持ちもあった。それまでは世田谷区の賃貸住宅に住んでいたが、朝早くから夜遅くまで車の音がして建物が揺れたという。お隣の目があるのでブラインドは下ろしたまま。どこかストレスを感じていたのだろう。海、山のある逗子、鎌倉をいつも意識していた。

そこで見つけたのが現在の住まい。逗子駅は駅を挟んで海側が平坦、山側が傾斜地と地形が大きく異なるが、住宅があるのは山側。駅からは歩いて8分ほどと近いが、坂道、階段を上りきった高台に立地しており、ここ2~3年は空き家になっていた。見学に来る人は多いものの、車で家の前まで入ってこられないことが障壁となり、契約には至らなかったのだ。

住宅は1988年に建てられた木造2階建てで、1階62.18m2、2階31.05m2で延べ床面積93.23m2。長らく賃貸として貸されていたそうで、1階は小上がり的な畳敷き部分がある大きなリビングにキッチン、トイレ、浴室などの水回り、2階は2室という間取りだった。

内田さんが購入した築36年の木造一戸建て。高台にあり、全景を撮影するのが難しい写真の左側、擁壁の上に小さく見えている白い家が内田さん宅。道路付が障壁となり、しばらく空いていた
内田さんが購入した築36年の木造一戸建て。高台にあり、全景を撮影するのが難しい改修前の1階。左手に和室的な空間があるものの、大きなワンルームとなっていた

改修で目指したのは、環境配慮と健康的な住まい

改修前の風呂場。見ただけで寒そうだ改修前の風呂場。見ただけで寒そうだ

改修で目指したのは大きく2点。
ひとつは環境に良い暮らしがしたいということ。具体的には二酸化炭素の排出量を減らす、化石燃料をできるだけ使わない、再生可能エネルギーを使いたいということだった。
もうひとつは暖かく健康的に暮らしたいということ。冬は好きだが寒いのは嫌いだし、結露に伴うカビの発生はもちろん、エネルギーの利用も減らしたいと考えた。

そこで改修では
●床と天井の断熱と二重サッシによる断熱性能向上
●太陽光発電設備+蓄電池+おひさまエコキュートの導入
●ペレットストーブによる再生可能エネルギーの利用
の3点を実施することにした。一方で間取りにはあまり手を入れず、1階の一部を個室化するだけにとどめた。3人家族であることから2階の2部屋に加え、1階に1部屋プラスすることで家族それぞれの個室を確保したということである。

改修前の風呂場。見ただけで寒そうだ改修前の2階の部屋。日当たりは良く、古いタイプのペアガラスが入っていた

では、どのような改修をしたか。具体的に見ていこう。まずは床、壁、天井の断熱改修である。簡単にいえばそれぞれに断熱材を入れるという改修なのだが、壁は既存のままとした。

「外壁をやり替えるのであれば外側に断熱材をプラスしても良かったのかもしれませんが、外壁は塗装だけにしたのでやる機会がなかったのです。内側に断熱材を入れるという手もありますが、それだと部屋が狭くなってしまうため、仕方なくやらない選択をしました」

床は発泡ウレタンを吹付けて断熱した。既存の断熱はグラスウール(分厚いじゅうたんのようなものと考えると分かりやすい)を敷き詰めたものだったが、床下を覗いてみたところ、しっかり固定されておらず、部分的に垂れ下がっていた。そのため、ほぼ効果はなく、施工前は床下から冷気があがってきていたという。
一般的にはスタイロフォームのような断熱材を敷くのが一般的な断熱方法なのだが、それをやると床の高さが上がってしまい、建具に干渉、ドアなどの開け閉めがしにくくなってしまう。

「建具の作り替えが必要になる上、天井高が低くなってしまうため、床の断熱は床下から吹付けで行うことにしましたが、これは工事をしてくれるところが少なく、依頼先を探すのに苦労しました」

改修前の風呂場。見ただけで寒そうだ既存の床下。断熱材が垂れ下がっている状態
改修前の風呂場。見ただけで寒そうだ断熱材吹付け後の床下。この狭い場所に潜って吹付けを行うわけで、難しい作業である

内窓を付けて窓の性能を向上、太陽光発電を導入

布団を3枚敷きつめたような状態の2階天井裏布団を3枚敷きつめたような状態の2階天井裏

既存では断熱されていなかった1階天井には発泡ウレタンを吹付け、グラスウールが入っていた2階の天井には既存の上に二重にグラスウールを入れた。本来であれば古く湿気た既存のグラスウールは撤去しそうなものだが、僕の指示が悪く、施工会社が既存の上に新規を積んだため、現在の屋根裏は布団で一杯(!)にも見える状態に。
「既存のものがどういう作用をするか、少し観察してみようと思います」

続いては窓の性能向上。既存の窓のうち、一部には古いペアガラスが入ってはいたものの、今の窓に比べると性能は落ちる。そこで居室部分の窓は1階、2階ともに既存の窓の内側に内窓インプラスを設置した。窓の断熱性能表示マークには等級7までがあり、等級5以上の窓を組み合わせることでZEHを達成できる可能性が出てくるという。そこで内田さんは等級5を想定して窓を選択している。

布団を3枚敷きつめたような状態の2階天井裏2階ご家人の寝室。二重になっていることが見ても分かる
キッチンの勝手口。トイレ、浴室の小窓などとともに外窓を設置した。もちろん設備も一新キッチンの勝手口。トイレ、浴室の小窓などとともに外窓を設置した。もちろん設備も一新

また、トイレ、キッチン、浴室の小窓、勝手口などには外窓を付けた。こちらも同じく等級5を選択しており、これによって夜、昼ともに暖かく、結露もない生活が実現できている。

次は太陽光発電について。「照明、家電などに4kWh、おひさまエコキュートに2kWhの電力が必要と仮定、その電力を賄えるだけの発電量をと考えて合計6.182kWhの発電ができるだけの太陽光電池モジュールを屋根に設置しました」

ただ、実際に運用してみたところ、発電量は当初予測より少なく、予測の80%ほど。逗子は天気の良い日が多いエリアだが、それでもそのくらいということはインターネットのスピード同様、常に最大が期待できるとは思わないほうが良いのかもしれない。

現在の電気の状況は2025年1月で自給率は120%強。停電などの非常時に備え、常に20%の電気を残した上で、発電量が使用量を上回ると自動的に売電することになっているが、夜に乾燥機、早朝に照明などを使うと買電することになる。太陽が出ている時間の発電量が多くてもトータルでは買う時間も出るわけで、その結果、これまでの電気料金の最安値は月額4000円ほど。一戸建てに住む3人家族で調理でガスを使う以外はすべて電気で賄っていると考えるとかなりお安い額である。

布団を3枚敷きつめたような状態の2階天井裏お邪魔したのは1月の午前中。天気の良い日で発電量も多く、昼近くには売電に

改修にはおおむね満足。でも「やれば良かった」場所もいくつか

ただし、当初費用を抑えるため、太陽光パネルと蓄電池は東京電力の初期費用ゼロで省エネ設備をリースできるというサービスを利用、月額2万2000~2万3000円かかっているため、実際の光熱費はもっとかかった計算になる。それでも「大半のエネルギーを化石燃料ではなく、太陽光で賄えているという点を良しとしている」と内田さん。また、15年経てば機器類は無償譲渡されるため、そこで元が取れるということになっている。

もうひとつ、再生可能エネルギーを利用したいと導入したのはペレットストーブ。薪ストーブとどちらにするか悩んだそうだが、薪ストーブは慣れない人には着火が難しく、燃料の入手、保存に手間がかかることから、それよりは簡単に使えるものをとペレットストーブを選択した。

現在使っているものは温風を下から、上からと選択して出せるようになっており、扱いも楽。ペレットは10キロの袋で購入、家の軒下に保存している。30キロで2~3ケ月分とのことで、定期的に買う必要、保存場所を確保する必要はあるが、火を眺めるのは楽しい気分だ。

以上が内田さん宅の改修の概要だが、「住み心地にはおおむね満足」と内田さん。日当たりのよい家でもあり、早朝はペレットストーブをつけているものの、朝8時くらいには切り、その後再び使うのは夕方4時くらいから。ずっとつけていなくても暖かい家は羨ましい。

といっても不満、やれば良かったという点もある。ひとつはリビングの床。
「たまにキャンプにも行くので分かるのですが、床が暖かいだけで快適さは全く違います。断熱はしたものの、やはり、床暖房は入れれば良かったと反省しています。真冬にはまだひやっとした感覚があります」

リビングに設置したペレットストーブ。もう少し北側に設置したほうが効果的だったかもしれないとここも少し反省リビングに設置したペレットストーブ。もう少し北側に設置したほうが効果的だったかもしれないとここも少し反省
リビングに設置したペレットストーブ。もう少し北側に設置したほうが効果的だったかもしれないとここも少し反省長野から取り寄せたペレットは軒下に積んである。自分で薪を運ぶより、配送してもらうほうが良いという判断も
リビングに設置したペレットストーブ。もう少し北側に設置したほうが効果的だったかもしれないとここも少し反省日当たりが良く、遮るもののない眺望が楽しめるリビング。朝など床がひやっとすると内田さん

寒いのは玄関、トイレ、風呂場などの水回り

玄関、トイレ、風呂にも反省がある。玄関は既存の玄関ドアを使っているのだが、それだけではやはり寒い。エコ住宅の専門家である株式会社エネルギーまちづくり社の内山章さん(有限会社スタジオA建築設計事務所)に玄関はやったほうが良いと言われたものの、玄関は通過するだけの場所だからと既存のままにしてしまったのだ。

「玄関ドアの改修方法としては今のドアにプラス一枚内側に設置する、あるいは交換するというやり方があります。交換する場合も2つ方法があり、ひとつは枠から交換するというもので、これは面倒で高価。簡単にできるものとしてはカバー工法といって内側にもうひとつドアを付けるものがあるのですが、これをやるとドア自体が狭く、低くなってしまう。そこで現在はドアそのものではなく、玄関と居室の間に断熱性能の高いハニカムスクリーンを設置することを考えています」

近年は安価に売られているハニカムスクリーンもあるが、効果が高いのはスクリーンの両側にガイドがあり、シャッターに近いタイプ。1階に新たに作った個室の窓も冷気が感じられるため、今後、玄関との2ケ所に導入することを考えているそうだ。

住戸内のあちこちにセンサーを置き、温度を計測している住戸内のあちこちにセンサーを置き、温度を計測している
住戸内のあちこちにセンサーを置き、温度を計測している玄関、トイレなどの気温は明らかに低くなっている

また、玄関にはもうひとつ、外気と直接繋がっている郵便受けがある。古い住宅では外から直接玄関に郵便物が入るように郵便受けが作られていることがあるが、これは寒さの要因。何かしらの対策が必要だろう。

トイレ、洗面所・風呂場は土間にコンクリートを打っただけで断熱材を入れなかったためにひやりとすることに。

「サイズの問題でユニットバスが入らなかったため、土間にコンクリートを打ってバスタブを入れたのですが、その際に隙間に断熱材を押し込むなど対策を考えれば良かったのですが、それをしておらず。住戸内のあちこちにセンサーを設置。気温を計測しているのですが、終日11度くらい。トイレ、洗面所・風呂場にはタオルウォーマーその他小さな空間を暖める機器を導入するなど、今後何かしらの対策を考えたいと思います」

住戸内のあちこちにセンサーを置き、温度を計測している玄関。ドアの上、壁上部の窓には外窓を付けたがドアはそのまま。ドアの向こうに見えている黒い部分が郵便受け。ここは外とダイレクトに繋がっていて冷気が入ってくる
住戸内のあちこちにセンサーを置き、温度を計測している風呂場も寒さを感じるスペース。暖房器具を入れてみてもという話をした

快適な家を手に入れるためには知識と工務店選びが肝

不満はないわけではないものの、全体としては快適と満足度は高い。かかった費用は住宅取得が4000万円を切るくらい。改修に2000万円ほどとのことで、合計は6000万円ほど。

「建築費の高騰が続く中、近所で分譲されている、ここよりも遠い場所のコンパクトな3階建てが5000万円近く。また、それよりも都心近くではさらに高いことを考えると、立地の良い中古を買って改装、快適な家にするという手は十分あり得るのではないかと思います。素人がやっても断熱材を入れる、窓を変える、太陽光発電を利用する、この3点をやれば、快適に暮らせます」

とはいえ、ある程度の勉強はしたほうが良い。「断熱、エコ改修などに関連する書籍はだいたい難しくて投げ出したくなりますが、それでも最低限の知識を得るためと思って我慢して何冊か読んでみてください。そのうえで設計者、施工者と話をすると、相手が断熱や快適な住まいにするためのノウハウについて分かっているかどうかが分かります。

今の段階では設計者、施工者の断熱改修に関するリテラシーはあまり高くはなく、特に町場の工務店で知識があるところは少ないと思います。相手が分からないのであればこちらから指示を出せば良いわけで、そのためには多少なりとも知識が必要です」

断熱改修にはある程度セオリーがあるので、それを学んでおくのが良いということだろう。太陽光発電はぜひ断熱改修にはある程度セオリーがあるので、それを学んでおくのが良いということだろう。太陽光発電はぜひ
断熱改修にはある程度セオリーがあるので、それを学んでおくのが良いということだろう。太陽光発電はぜひ敷地内には以前からの植栽があり、ちょうど紅梅が開き始めていた。中古住宅にはそうした魅力もある

幸い、最近ではリフォームをやっている、断熱改修を手掛けていることを売りにしている工務店も数は少ないが出てきているので、そうしたところに当たってみても良い。間違っても新築ばかりをやっている、そもそも住宅はやっていないところには頼まないことである。もうひとつ、提案に対して反論しにくいような知り合いにも頼まないほうが良いかもしれない。言われるままにやらざるを得なくなることも考えられるからだ。

さて、内田さんの現在の関心は来たる夏がどうなるかという点。冬は日当たりが良く、快適な住まいだが、夏は陽光ぎらぎらの家になる。幸い、高台で風が通る家なので、それがどのくらい功を奏するか。自然の風だけでは凌げなくても増えた発電量でエアコンを使えば良いという考え方もあり、実際のところはどうだろう。内田さんにはぜひ、夏の状況も教えていただこうと思っている。

断熱改修にはある程度セオリーがあるので、それを学んでおくのが良いということだろう。太陽光発電はぜひ外壁は塗り直しただけ。日当たり、風通しの良い家だが、さて、夏はどうなのだろう

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