リノベーション・オブ・ザ・イヤー2024を受賞した「saṃtati~他人間相続~」
リノベーションの魅力や可能性を広く発信するためのアワード「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。2024年、愛知県豊橋市にあるリノクラフト株式会社の手がけた作品が、東海地方ではじめて「1500万以上部門最優秀作品賞」を受賞した。
このアワードには、施工費別に「800万未満」「1500万未満」「1500万以上」「無差別級部門」の4部門があり、リノクラフトが受賞した「1500万以上」は最激戦区として知られている。
「saṃtati(サンタティ)〜他人間相続(たにんかんそうぞく)〜」と名付けられた作品は、1981年建築の中古住宅をリノベーションしたもの。親族同士ではなく、他人の間での相続を表す「他人間相続」という聞き慣れない言葉の裏には、この住宅の成り立ちに関するエピソードがある。審査員からも、この名前と住宅にまつわる物語を含めて評価する声が寄せられた。
今回は、リノクラフトの代表取締役・今泉幸崇さんと施主のHさん夫妻に、他人間相続が実現した背景やリノベーションにかける思いなどを伺った。
「解体したい」売主と「残したい」買主
今回の事例でもっとも難しかったのは物件探しだったと話す今泉さん。なんと、2年かけて物件を探したという。
施主のHさんからの要望は主に2つ。「木をたくさん使った古い家」と「親族が集まれる広い家」だ。若い頃から古いものが好きで、昭和レトロなおもちゃを集めることが趣味だったHさん。「古い家をリノベーションして住みたい」という強い思いを持っていた。
しかし、希望の「古い家」は、不動産会社が安く手に入れ、新築に建て替えて売ってしまうため、流通が少ない。さらに、現在は核家族化によりコンパクトな家がトレンド。「広い家」は土地を分割して売りに出されるケースが多いため、親族が集まれるような大きさを叶える家も探すのが難しく、Hさんの希望に合う物件がなかなか見つからなかった。
そこで今泉さんは、「解体更地渡し」と明記してある物件まで条件を広げて探した。これは、今ある家を取り壊して更地にしてから売る予定の物件だが、更地ではなくリノベーションにできないか、売主に交渉するという試みだ。
結果、ようやく要望にあった物件を発見。しかし、建物の傷みが激しく、多くの物が放置されていて、今泉さんは「これは無理かもしれない」と思ったという。
ところが、Hさんはリビングを一目見て気に入った。
「家の中を見て、Hさんがすごくうれしそうな顔をされたんです。その表情を見て、『ここしかない』と思いました」(今泉さん)
今泉さんは、その家から「持ち主のこだわりを感じた」という。玄関の軒先や吹き抜けなど、40年前の建物にしては珍しい工夫が随所にある家だった。
売主とHさんには、絵を描くのが好きなことや仕事の分野、女性が多い家庭で暮らしていることなど、多くの共通点があることがわかった。リビングには売主が描いた油絵が数多く残されており、Hさんは「美術室みたいだ」と感じたという。
家を気に入ったHさんは「なるべくこのままの形を残して使いたい」と考えたが、売主の希望はあくまでも「解体」だった。高齢で病気を抱えていた売主は「家を手放して整理したい」という気持ちが強かったようだ。しかし、2年探した末にやっと見つけた物件。「こんなに素敵な家にまた巡りあうのは難しい」と考えた今泉さんたちは、粘り強く交渉を続けた。
そこで、今泉さんは「既存住宅状況調査」を行うことを提案した。第三者によって、住宅の状態や劣化具合などを詳しく調べて文書化して明示するものである。不動産仲介会社からは「劣化部分が見つかることで、売主にとってマイナス要因になる」と避けられがちな調査だが、リノベーション会社にとっては活用の余地があると今泉さんは考える。
「何十年も経った家には、どこかしらに必ず不具合があります。でも、それは決して売主のせいではありません。建物の劣化を明らかにし、修繕することも含めてリノベーションの大事な役割です。『劣化部分は責任を持って修繕するので、売主の不利益にはなりません』とお伝えしました」(今泉さん)
売主には、「こんなに傷んだ古い家に住んでもらって、何か問題が起きたら申し訳ない」という気持ちもあったようだ。しかし、調査結果と今泉さんの言葉に納得し、ついにリノベーションに合意してくれた。
リノベーションの可能性
「もとの家をなるべく残したい」というHさんの希望に寄り添い、リノベーションには多くの工夫を凝らした。売主のこだわりが詰まった家は、間取りにはほとんど手を加えず、Hさんが気に入った木の壁も残した。
床もそのまま使いたかったが、劣化対策の処理をするために取り外すしかなかった。しかし、今泉さんはHさんの思いを汲み、床材を机や棚、ウッドデッキなどに活用した。再利用するために、床材を丁寧に取り外す作業は丸2日に及んだ。
使えるものは残しつつ、長く住むためには劣化した部分を強化しなければならない。内装をそのまま活かすため、通常は内側から入れる耐震のための筋交いや断熱材は、外側から入れる工夫をした。
物件の所有権移転手続き時、Hさんと売主は一度だけ対面する機会を得た。
「売主さんはすごくニコニコしていて、どんなふうに直すのか、すごく気にかけていました。そして、『自分の家が残るってうれしいな』とおっしゃったんです。最初こそ『家を壊したい』と言っていたけれど、やっぱり家が残せるのはうれしかったんでしょうね。家が完成したら、ぜひ見に来てほしいと約束しました」(今泉さん)
しかし、残念ながら売主は完成直前に他界。生まれ変わった家を見てもらうことは叶わなかった。「こんな素敵なおうちになって、絶対喜んでくれたと思いますよ」と今泉さんは少し残念そうに話す。
「思い出が詰まった家が残ることは、人の手に渡ったとしてもどこかで心の支えになるのかもしれません。解体を希望するのも、リノベーションで活用できるという発想自体がない場合もあります。リノベーションには可能性があふれていることを、多くの人に知っていただきたいですね」(今泉さん)
「他人間相続」という言葉に込めた思い
リノベーション・オブ・ザ・イヤーで評価された「他人間相続」という言葉は、どのようにして生まれたのだろうか。
先述した通り、売主とHさんには多くの共通点があり、クリエイティブなところや家にかける思いも似通っていた。そんな2人を見ていた今泉さんは「他人だけど相続みたい」だと感じたという。
現在、「相続」という言葉はお金や財産を引き継ぐ場合に使われるが、本来は仏教用語で、心の連続性・跡目を継ぐなどの広い意味を持っている。
「前の家主の心まで引き継ぐことが、本来の『相続』の意味合いに近いと思いました。相続とは決して親子・親族間だけではなく、他人同士でも言えるのではないでしょうか」(今泉さん)
「他人間相続」には他の思いも込められている。「リノベーション」という言葉が一人歩きしていることに危機感を覚えていた今泉さんは、新たな言葉が必要だと考えていた。
「リノベーションとは中古住宅を購入して改装することから始まった言葉で、新築を建てることと同じように人生において大きな買い物です。しかし、最近では、ホームセンターで気軽に道具や材料を買ってきて自分で手を加えることも『(DIY)リノベーション』と呼ばれることがあり、このままだと『リノベーション』という言葉の定義が曖昧になってしまうのでは、という危機感もありました」(今泉さん)
リノベーションとは、そこに住む人の人生を豊かにする可能性にあふれているものだ。そんな思いも込め、今泉さんは業界の未来にまで思いを馳せて、「他人間相続」という重みのある言葉を選んだ。
大相続時代に向けたリノベーションの役割
今泉さんの情熱は、リノベーションに出会った頃から変わっていない。以前は名古屋市でパソコンスクールの講師をしていた。しかし、名古屋でリノベーション会社ができ始めた2010年頃、「リノベーションされた家と自分らしい住まいで暮らす施主さんがかっこいい」と感じて、この世界に飛び込んだ。
注文住宅を作っている工務店に転職して技術を学んだ後、地元の豊橋に戻り、2011年にリノクラフトを創業。豊橋は街中に古い建物が残っており、リノベーションとの親和性が高いと感じていた。
創業以来、地元密着で取り組んできた今泉さんだが、リノベーションで大事なことは「お客様が何を大切にしているのか、丁寧に寄り添うこと」だという。
「先入観や思い込みを外して耳を傾けるよう意識しています。お客様一人ひとりが異なるテーマを持っていますが、言葉にならなかったり、ご自身でも気づいていなかったりすることもあるんです。お客様が本当に求めるものは何か、一生懸命話を聞いて探り出しています」(今泉さん)
「すごく大変そうですね」と聞くと、「本当に手間がかかっていますよ」と今泉さんは笑った。しかし、大変で時間のかかることを乗り越えてこそ、いいリノベーションができるのだという。
今泉さんは、2025年に団塊世代が75歳以上を超える「大相続時代」が来ることについても、懸念を示す。
「親族間だけで相続していた時代から、心のつながりでものを引き継いでいく時代に変わらないと、今後の大相続時代の問題は解決できないのではないでしょうか。だからこそ今、他人間相続したリノベーションに取り組んでいく必要があると思っています」(今泉さん)
手間も時間もかかるけれど、「大事なことは効率や経済性だけではない」と今泉さんは言う。リノベーションを希望する人の思いを汲み取り、目の前にいる人の役に立ちたいという使命感に突き動かされている。リノベーションに出会った頃に、個性あふれる家とこだわりを実現した施主さんを「かっこいい」と感じたときから変わらぬ思いだ。
「古い家には、独特の『気配』があると思うんです。たとえ自分が生まれ育った家ではなくても、なんとなく心が落ち着く雰囲気というか。壊してしまったら、もう二度と取り戻せません。リノベーションで、『帰りたい』と思えるあたたかい古い家を残したいですね」(今泉さん)
売主と家を気に入ってくれる人をつなぎ、大切に使い続ける「他人間相続」。今泉さんは「私だけではなく、多くの人が同じような取り組みをしてくれたら」と願う。人と人、家と人をつなぐ作業は手間がかかるけれど、効率だけを考えていては迫りくる大相続時代に太刀打ちできないのかもしれない。「他人間相続のようなリノベーションがもっと世に広まってほしい」という今泉さんの強い言葉に、これからの日本の未来を考えさせられた。
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