2025年の干支「乙巳(きのと・み)」、2024年「甲辰(きのえ・たつ)」をあえて振り返る意味
干支はそれぞれ意味を持つ。2025年の干支は「乙巳(きのと・み)」で、「伸び切った枝葉を糧にして、業火が起こる年」になることを暗示している。長く隠されてきたものが露呈したことで、劇的な変化が起きる年になりそうなのである。
こちらの媒体で干支の解説をスタートしたのは2017年、今回の2025年で9回目となる。これまで、あえて前年の振り返りはしてこなかったのだが、今回は2024年がどんな年であったか、ここでいったん整理をしておきたい。
というのも、2025年の干支「乙巳」は、2024年の干支「甲辰(きのえ・たつ)」を導火線として、大きな変化が起きることを示唆しているからである。歴史を振り返ると、過去の「乙巳」でも象徴的な出来事が数多く起きている。
2024年の干支「甲辰」については、
“「春の日差しが、あまねく成長を助く年」になるようだ。春の暖かい日差しが大地すべてのものに平等に降り注ぎ、急速な成長と変化を誘う年になりそうなのである。すべてのものに平等に降り注ぐということは、これまで陰になっていた部分にも日が当たり、報われ、大きな成長を遂げるといったことが期待できる。逆に、自分にとって隠しておきたい部分にも日が当たり、大きな変化が起きる可能性もある。“
“漢書「律暦志(りつれきし)」によると「辰」は「振」、しん、ふるう、ゆれる、ととのうの意味もある“
と解説した。詳細を知りたい方は、昨年の記事「2024年の干支「甲辰」はどんな年? 春の日差しが平等に注ぎ大きな成長を促す年に」をご覧いただければと思う。
https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_01322/
2024年という年を振り返った時、社会でもしくは身近で、今まで隠されてきた事柄が露呈し、大いに揺れた1年だったと感じた方もいらっしゃるのではないだろうか。様々な業界で因習のごとき悪癖が晒されたり、もしくは報われてこなかったものに日が当たったり。良し悪しを問わず、さまざまな本質が露呈した年であったように筆者は感じている。
干支は十干×十二支を組み合わせた暦。本来、動物に意味はない
まずは干支の仕組みについて、簡単におさらいをしておこう。
干支は、東洋思想の「陰陽五行思想」を礎にした、60年周期で循環する「暦」の一種である。「十干(じっかん)」と「十二支」を組み合わせ、全部で60種類あり、古くからその年の様相を知るための道しるべとして大切にされてきた。
十干とは、「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類。それぞれ「陰陽五行思想」の「木・火・土・金・水(もっかどごんすい)」と、「陰・陽」で構成されている。
陰陽五行思想とは、「世の中のあらゆるものは5つの元素と陰陽で構成される」という東洋思想の基礎となっているもので、十干も同様に分類される。甲は「木の陽」、乙は「木の陰」、丙は「火の陽」、丁は「火の陰」といった具合である。
十二支とは、お馴染みの「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の12種類で、そもそもは方位や時間という概念を表す記号として考案されたものである。
しかし、後年になってそれぞれに十二獣が当てられ、その動物にちなんだ意味付けがされた。例えば、戌年は忠義心が厚いとか、丑年は温厚だとか、巳年は執念深いなんて不名誉なものもある。現代でより生活に馴染み深いのは、動物占い的な意味づけの方であろう。
なぜ十干と十二支を組み合わせたのかについては、はっきりとしたことは分かっていないが、十進法文化圏と十二進法文化圏との融合によって起こったのではないかと推察される。
その融合が起こったのは紀元前、古代中国王朝である「周」の頃だと考えられている。その前時代である「殷」の時代では、十進法の十干で日にちが表記され、十干3セットで一単位が形成されていた。そこにシュメール文明発祥の十二進法が導入されたことで60進法の干支が考案されたのではないかと筆者は考えている。
暦とは循環のメカニズムを解き明かし、将来に備えるためのもの
月の満ち欠けの周期は29.53日なので、旧暦では29日の小の月と30日の大の月が交互に巡る。しかし、1年で10.8822日の季節のずれが起こるので、3年ごとに閏月を加えて、1年を13ヶ月にして調整したさて、干支は「暦」の一種であるのだが、これは現代人が思い浮かべるカレンダーとは少しイメージが異なる。
「暦」とは、もともと天体の動き、四季の移り変わり、自然現象などをつぶさに観察して、農業生産力を効率的に上げ、国家の繁栄をもたらす目的で作られた。農耕、行事、植物の萌枯、人や動物の生死などを記録し体系化し、そこに思想的意味を持たせ、民意のコントロールに利用してきた側面も持っている。
太陽や月、星は日々変化し、規則的にその形を元に戻していく。気候風土は春夏秋冬と姿を変え、1年という期間で元に戻る。昼は時間が経てば夜になり、また時間が経てば朝になる、といった具合に規則的に繰り返される。
このような森羅万象の循環の理(ことわり)を知り、予見し、備えるために生み出されたのが「暦」であり、その中のひとつが干支というわけである。
無慈悲なようだが、「暦」は民衆にとって都合のいいものばかりを指し示してくれるとは限らない。だからこそ、自分にとって都合が悪い部分は上手に避け、うまく立ち回り、為政者の思惑を逆手に取り、自分の力に変えていくようにするのが、古くからの民衆の英知というわけである。
干支の本質は「変化の循環」にある。それでは、2025年の干支「乙巳」が何を指し示しているのか、どういった行動をすれば干支を味方につけることができるのかを探っていこう。
陰陽五行思想から見る「乙巳」、爆発するような大きな変化を示唆
2025年の干支である「乙巳」が何を指し示しているのか、2つの視点から読み解いていく。1つめは、「陰陽五行思想」から見た干支の意味である。
「乙巳」は、十干が「乙(きのと)」、十二支が「巳(み)」である。
「乙」は、十干の2番目。生命の循環で言えば、誕生間もなくで、窮屈にかがまっている状態を表している。
「乙」は「きのと」、「陰陽五行思想」では「木の弟」と表記し、これは「木の陰」を意味する。五行の「木」は生長、柔和、曲直、春の象徴である。「陰」は消極的や小さいといった意味である。つまり「乙」は、漸進、善意、紆余、進展といったことを表している。
「巳」は、十二支の6番目。草木の成長が極限に達した状態を表している。
「巳」は「陰陽五行思想」では「火の陰」に分類される。五行の「火」は、「夏」の象徴で、光りきらめく炎が元となり、火のような灼熱の性質を表す。意味するものは、変化、情熱、直進、放出である。
これらが十干と十二支のそれぞれが意味するところであるが、「陰陽五行思想」で重要になるのが、その組み合わせである。関係性によっては、お互いに打ち消し合ったり、強め合ったりといったことが起きる。
「乙」と「巳」は、「木生火(もくしょうか)」という「相生(そうせい)」と呼ばれる組み合わせで、木は燃えて火を生むという関係性である。すなわち成長が極限に達し、内包するエネルギーの行き先が閉ざされたことにより、爆発するような大きな変化を引き起こす状態ということになる。
このように2025年の干支「乙巳」を「陰陽五行思想」で読み解くと、「伸び切った枝葉を糧にして、業火が起こる年」であることを表しているのである。
言葉が表す大いなる意志、身にまとう屈曲や停滞が劇的に変化する
2025年の干支である「乙巳」が何を指し示しているのか、2つめは「乙巳」という言葉そのものが示す意味を読み解いていこう。
日本では古来、言葉には霊力があると信じられてきた。「言霊(ことだま)」である。東洋思想では、言葉には天意が宿るとされ、その天意を形にしたのが「文字」であり、音にしたのが「音韻」であるとされる。
それでは、2025年の干支「乙巳」の「文字」と「音韻」から、そこに込められているとされる天意を探ってみよう。まずは「乙巳」という言葉の形、「文字」が表しているものである。
「乙」という漢字は、「ジグザグなもの」の象形から、物事がスムーズに進まないさま、種から出た芽が地上に出ようとして曲がりくねった状態を表し、そこから「まがる」、「かがまる」、「きのと」を意味する「乙」という漢字が成り立った。
「巳」という漢字は、「胎児の象形」から、胎児や種子を意味する「巳」という漢字が成り立った。これは、成長しきって次の新たな生命を生み出す準備が整ったことを意味している。『漢書』律暦志によると、巳は「已(い)」、止むの意味としている。草木の成長が極限に達した状態を表しているともされる。後に、覚えやすくするために動物の蛇が割り当てられた。訓読みの「み」は、蛇の古語「へみ」よりきている。
ちなみに、相場格言に「辰巳天井、午尻下がり、未辛抱、申酉騒ぐ。戌は笑い、亥固まる、子は繁栄、丑はつまずき、寅千里を走り、卯は跳ねる」というものがある。つまり、巳年の相場は俗に上昇相場とされるのだが、天井という言葉が意味するところは推して知るべしということなのだろう。
すなわち「乙巳」は、曲がりくねって進捗が遅く、成長が止まることを意味している言葉となる。
次に「乙巳」という言葉の音、「音韻」が表すものを見ていこう。
口から発する音韻は、「納音(なっちん)」で分類することができる。納音も「陰陽五行思想」を礎としたもので、中国語の音韻理論で干支を整理した占である。干支は60種類だが、納音は30種類のため、干支2つに対して納音1つが割り当てられている。
「乙巳」の納音は、2024年の「甲辰」と同じ「覆燈火(ふくとうか)」である。
これは、燈篭や提灯のような、自分の周囲を照らす器具を意味している。ただし、こういった器具は本来、自身の周囲を照らすだけの弱い光であり、もし大火のように強烈な光を放ってしまえば、その衝撃で目が眩んで自身の足元が見えなくなってしまう。
このように、「乙巳」という言葉は、成長し切って停滞した事柄を贄として、一気に変化を起こす姿を示している。ただし同時に、その変化の急激さ故に、足元を見失い踏み外してしまう可能性があることも示唆しているのである。
過去、乙巳に起こったことは? 政変や戦禍の開始・終結など硬直化した現状を打破
このように2025年の干支「乙巳」を、「陰陽五行思想」と、「言葉が持つ意味(文字・音韻)」との2つの視点から読み解くと、「伸び切った枝葉を糧にして、業火が起こる年」を指し示していることが分かる。
しかし、そうは言っても具体的にどんなことが起こるのか。過去に「乙巳」に起きた事象を見てみよう。
まずは、多くの人が教科書で知っているであろう大事件「大化の改新」である。645年、「乙巳の変」をきっかけに大化の改新は始まった。中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を討った事件を引き金にして、天皇家を主とする中央集権国家体制が確立していくこととなる。
他にも紀元後に乙巳が巡った32回の中で、以下のような事象が起きているので列挙しておく。
45年:インドでクシャーナ朝が成立
105年:後漢の蔡倫が製紙法を改良
225年:諸葛亮孔明が南征に着手
285年:ローマ帝国の分割統治が始まる
705年:則天武后政権が瓦解したことにより中宗が復位し唐朝が復活
765年:道鏡が太政大臣禅師に就任
1125年:金が遼を滅ぼし内モンゴルを完全に支配した
1185年:壇ノ浦の戦いで平氏一門が滅亡、安徳天皇が入水
1305年:嘉元の乱が起こり北条時村が暗殺された
1845年:イギリスで薔薇戦争が終わりテューダー朝が開かれた
1545年:トリエント公会議が開会、カトリックはプロテスタントと一線を画すこととなった
1605年:徳川秀忠が二代将軍に就任。実質的に戦国時代の終焉を迎えた
1665年:第二次英蘭戦争が勃発、イギリスはニューヨークを獲得した
1785年:天明の大飢饉による死者数が急激に増加
1845年:水野忠邦が老中を辞職して天保の改革が終わった
1905年:日露講和条約(ポーツマス条約)が調印され日露戦争が終結した
1965年:米軍がベトナム戦争に本格参戦を始めた
世界で見れば毎年さまざまな事変が起きてはいるのだが、乙巳は、戦乱の開始や終結、政争・政変の開始や終結、社会変革のきっかけとなった出来事が目立つ。「乙巳」は、それまでの硬直化していた現状を打破する何かが起こってきた年まわりと言えるのかもしれない。
2025年の干支「乙巳」の変化は自分に関係する、想像以上の成果を手にすることも
2025年の干支「乙巳」は、2024年に白日の下に晒された様々な事柄が、一気に動き出すことを示唆している。もしくは隠されていたわけではないが、長年閉塞感に苛まれていた事柄が劇的な変革を迎えるのかもしれない。
「伸び切った枝葉を糧にして、業火が起こる年」とは、そういった鬱積したパワーが一度に解き放たれた奔流が襲ってくる年なのである。激流に呑まれないためには、足元をしっかりと固めて、何が起ころうとも平常心でいられる準備が必要になる。
人によっては、大波をうまく乗りこなし急激な成長を遂げる年になるかもしれない。今まで頑張ってきたこと、地道な努力が身を結び、才能が一気に開花する年になるかもしれない。腐敗が一掃され、世に正義が訪れるのかもしれない。これまで隠し続けてきたことが公になり、身を亡ぼすような大事になるかもしれない。もしくは鬱屈した何かが破裂して激しい争いが始まるかもしれない。
そして、それらの変化の波は、自身を中心とした身近な範囲にも及ぶため、他人事では済まないと、干支は指し示しているのである。世間がどう変わろうが自分には関係ないと安易に考えていると、窮地に立たされることになるかもしれないということである。
「乙巳」は変化の年である。良い変化になるか、悪い変化になるかは人の英知に委ねられているのだろう。2025年「乙巳」は、いつも以上に目を凝らし、周到に日々を過ごし、適切な選択をして、確実に対応すれば、想像以上に大きな成果が手にできる年とも言えそうなのである。
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