貧困や差別に苦しむ「社会的弱者」が生まれる社会構造とは
「社会的弱者」であることを理由に安定した住居を確保できず、ネットカフェや知人宅をその日暮らしで転々とする人たちがいる。なぜ「社会的弱者」と呼ばれる人たちが生まれ、こうした暮らしを余儀なくされるのだろうか。
厚生労働省が2024年1月に行った調査によると、確認されたホームレスの数は2,840人にのぼる。就労・居住支援や生活保護、シェルターといった政策が国によって行われているが、公共政策だけで解決するのは難しいのが現状だ。
そこで、空き家を活用して、貧困や差別で行き場のない人の一時保護・自立支援事業を行うのが、合同会社Renovate Japanだ。「誰もが生きやすい社会」をビジョンに掲げるRenovate Japan。生きづらさを抱える人々や「社会的弱者」と呼ばれる人々が生じるのは、個人ではなく社会構造に問題があるのではないかと代表の甲斐隆之さんは話す。
「今でこそ貧困に陥っている人とそうでない人がいますが、昔は総貧困で人類はさほど豊かじゃなかったはずなんですよね。制度やインフラ設計が進む過程で、マジョリティに標準が置かれた社会がつくられてきた傾向があります。その結果、標準からはみ出した人たちが制度やインフラ面でこぼれ落ち、貧困や差別に苦しむ"社会的弱者"となってしまったと考えられます。それぞれ事情や程度も異なるマイノリティに対しては個別支援が必要ですが、行政は性質上、個別支援が難しいのが現実と思われます」
例えばシェルターの政策では、相部屋が多い。しかし一時保護を必要とする人たちは、人間関係やコミュニケーションが得意でなかったり、ペットや子ども連れであったりと、相部屋になじめない場合も多い。むしろそういった事情があるために貧困に陥っている可能性もある。そうなると、むしろ避難所(シェルター)から避難する人さえ出てきてしまう。
「公共政策は、基本的には大衆向けです。みんなで税金を納めているから、平等に使わないといけません。行政からすると、国民から集めた税金をマイノリティだけに手厚く使うことは難しく、個別対応に向かないんです」
以前は公共政策のコンサルティングを行っていた甲斐さん。大衆向けの公共政策では、個別対応が必要なマイノリティに必要な支援が届きにくいという構造に課題を感じたため、民間企業として個別支援を充足させていくことにしたという。行政と民間がそれぞれの役割を担うことで、支援の全体的な機能性が上がり、構造からこぼれ落ちる人が減っていく。
ちなみに甲斐さんは、自身が貧困や差別といったマイノリティ側の立場を経験したことが、今の事業につながっているという。生い立ちや起業の背景については、当社別媒体の「LIFULL STORIES」にて詳細を書いているので、ぜひ読んでほしい。
「貧困問題は他人事、なんてない。―公共ではなく、民間から当事者にアプローチする。Renovate Japan代表・甲斐隆之がたどり着いた答え―」LIFULL STORIES
「家が空いているのに、家が足りていない」。空き家を一時保護の解決手段にした事業モデル
シェルターでは、相部屋になじめない人たちがこぼれ落ちてしまう。そこで、プライバシーを確保できる住まいとして着目したのが空き家だ。
「活用できるリソースで、真っ先に余っていると思ったのが空き家でした。家が空いているのに、家が足りていないわけです」
しかし、改修前の空き家は住める状態ではない。改修後の空き家ではリノベーション費用回収のために賃料がかかるため、避難を必要としている人は支払えず、住めない。そこで甲斐さんが目を向けたのが「改修中」の空き家だった。一時保護が必要な人(=「リノベーター」)に、改修中の空き家の完成個室に住みながら残りのリノベーション作業を行ってもらうことで、住まい・就労・コミュニティを提供するという仕組みだ。
①リノベーターを受け入れる部屋の改修を行う
②受け入れ環境が整ったら、リノベーターに部屋を提供し、住んでもらう
③リノベーターは、改修中の空き家の一部屋に住みながら、リノベーション作業を行う。作業には給料が発生。給料で生活費を賄う。
④2~4ヶ月ほどのリノベーション期間中に、現場のスタッフたちと相談しながら次のステップに進む準備を行い、リノベーション完了後に卒業する
人×家×社会の「タテナオシ」を目指すRenovate Japan。リノベーターの生活の立て直しと空き家の建て直し、それによる社会の立て直しを実現する事業となっている。
「まずはビジネスを担保することを考えている」と話す甲斐さん。リノベーションが完了した物件はシェアハウスなどとして貸し、賃料でリノベーション費用を回収している。物件完成後の賃料収入を見積もり、見合った予算内で簡易なリノベーションを行うことで、収支を担保しているそうだ。事業開始から3年で資金回収を終え、利益も出始めている。
これまで手がけてきた物件は、合計で6軒。シェアハウスとして運用するだけでなく、シェアキッチンや、バリアフリーのeSportsハウスといった、コンセプトで付加価値を生み出す物件づくりにも取り組んできた。コンセプトに興味を持った人が入居することで、完成後も住民によるコミュニティづくりが行われるような、社会的意義のある物件となる。
現場から見るRenovate Japanの特徴
実際はどのように改修を行うのだろうか。東京都東村山市秋津の作業現場を訪れた。この物件は、家主が3年ほど前にRenovate Japanの活動を新聞で見かけ、自身が空き家所有者になったタイミングで思い出して連絡をくれたという。
Renovate Japanが手がける物件のほとんどは、空き家の家主からの問合せで確保している。思い入れがある家だからこそ手放したくないという想いから、放置状態となってしまうこともある空き家。しかしこの事業においては、思い入れがある家だからこそ提供したいと問合せをする家主は多いという。
「資産価値を下げずに、社会貢献活動につなげることができるというのは、家主さんにとって手放す意義を与えやすいようです。見知らぬ不動産さんに預けるよりは、僕たちに渡した方が思い入れを昇華できるのだと思います。秋津の現場で6軒目になりますが、2軒目以降の物件は基本的に家主からの問合せです。今も新たに2軒の相談が来ています」
空き家を手放すネックとなる思い入れの部分が、Renovate Japanの事業では手放す理由となっているのは興味深い。
この日は、まだ住居用個室が完成していなかったため、リノベーターはまだいなかった。作業を行っていたのは、起業に興味がある高校生に、社会保障を学ぶ大学生、建築関連の大学院生と物件の家主。学生はみなインターンとしてRenovate Japanに携わっているという。会社の正社員は代表の甲斐さんのみで、ほかは10人から15人ほどの学生インターンや社会人プロボノで成り立っている。さまざまな社会課題を複合的に取り扱っているRenovate Japanだからこそ、興味関心のフックが多く、関わる人の興味関心が多面的なのが特徴的だ。
秋津の物件は、1階にリビングとキッチン、水回りがあり、2階に個室が2部屋あるという造りとなっている。この日の作業では、壁の試し塗りと、2階の個室を3部屋にするために押し入れ部分を解体する作業が行われていた。完成後には、地域の図書室として1階部分を地域住民に開く予定だ。
リノベーターの自立に向けて。明日の暮らしから、来月の暮らしへ
一時保護を必要とする「リノベーター」は、居住や困窮者支援の相談窓口を運営するNPOなどを通じて面談を行い、受け入れにつなげている。これまでの対象者は、比較的前向きに社会復帰を望んでいて、路上生活歴は浅い人たちが多い。
リノベーターとして受け入れたのは、最初の2年間で5名。そのほとんどが、発達障害や精神障害のある人だった。ネットカフェや知人宅を転々とする生活をしていて、相談窓口経由でRenovate Japanにつながったそうだ。一般的な就労面では障害を感じるリノベーターも、ここでのリノベーション作業を行うにあたって特段問題が起きたことはない。その理由について甲斐さんは、「リノベーターとして来た方々は、みんな謙虚だったと感じています。思っていることや抱えている課題をうまく伝えることができなかったから、一時保護を必要とするような状況になっている節もあるからなのではないでしょうか」と話していた。
リノベーターとして来る方々は、どのように次のステップを見つけるのだろうか。落ち着いた住環境があることで、自然と先の暮らしについて考え始めるようになると甲斐さんは話す。
「受け入れてから大体2週間くらいたつと、落ち着いて自分の進路を考え始める傾向があります。転々とする生活の中で明日の暮らしを考えないといけないのか、住居が補償された中で来月の暮らしを考えないといけないのかとでは、結構差はあると思っています。明日のことは考えなくていいから、来月くらいのことを考えようという状態に、2週間くらいでたどり着くようです。皆さん進路について希望は持っていて、それを作業スタッフが聞きながら、一緒に自立に進んでいきます」
そうしてこれまで卒業していった5名のリノベーターは、就職が2名、親族との再接続が2名、生活保護が1名となっている。
しかし、リノベーターの受け入れや卒業については、まだまだ課題がある。相談窓口やカウンセラーとの連携を強化していく必要があるという。
「リノベーターの受け入れニーズを拾ってくることに難しさを感じています。ニーズ自体はあると思うんですが、現状では相談窓口とのつながりをベースで受け入れているので、つながりのある団体の状況や意向次第での受け入れになってしまうんです。なので、今後はスムーズに連携できる体制をつくって受け入れをしていきたいと考えています。
また、卒業した後のリノベーターの相談に乗ることもありますが、どこまで相談に乗るのかという部分は考えなければいけません。あくまで一時保護というスタンスを貫いたほうがいいのかなとも思います。リノベーターのアフターケアについては、専門的な相談機関と連携をして、役割分担をしっかりしていきたいです」
行政に相談したものの、縦割りがゆえにたらい回しにされてしまうといった話もよく聞く。民間企業だからできるシームレスな支援が、連携強化によって期待できる。
静岡県焼津市の廃業ホテル「タテナオシ」で、新たにまちづくり領域にも挑戦
現在Renovate Japanでは、静岡県焼津市にある廃ホテルのリノベーションも手がけている。ホテルのリノベーションは初だが、オーナーから声がかかり、挑戦してみることにしたという。「空き家」「一時保護」といったこれまでの取り組みに加え、「まちづくり」の要素も加えた新たな挑戦だ。
焼津漁港は水揚げ金額が8年連続日本一で、海産物や温泉などの地域資源のポテンシャルが高い町である。最近では、漁港が盛り上がっていた時期の充実したインフラを活用したリノベーション企画が盛んに行われているそうだ。甲斐さんは焼津に入ると、まちづくり政策についても、民間企業だからこそできることがあると感じたという。
「焼津のまちづくりは、各々で取り組まれているものの、バラバラな印象がありました。それを行政がまとめようとすると、ここは取り上げたけどここは取り上げない、という不平等が起きかねず、発信する内容をまとめにくい難しさがあります。民間経営のホテルであれば、下手にそうした公平性を気にせずに、気軽に人やお店とつながり、まちのブランディングに貢献できるのではないかと感じました」
これもまた、公共政策では手の届かない、個々のまちづくりを生かすような発想である。
「CRAFTHOTEL 西町DOCK」という名のこのホテル。コンセプトは、「つくることで町や旅の人たちがつながる場所~完成しないホテル~」だという。
「『完成しないホテル』としたのは、あえて手を加える要素を残すことで、外壁を塗ったり、シーズンの装飾をしたりといった"つくる"という行為をいつでもできるホテルにしたいと考えたからです。町の人であれ、旅の人であれ、"クラフト"を通じて交流やつながりが生まれていくような施設を目指したいと思っています」
空き家のリノベーションという一種のクラフトを主たる事業として行うRenovate Japanらしいコンセプトだ。
加えて甲斐さんは、廃業ホテルのハード面の活用だけでなく、「ローカル・ソーシャル」に興味がある若者を集めるという、ソフト面のリブランディングにも携わっている。「今はまだ余白の多い焼津だからこそ楽しく、やりがいがあるこれからの盛り上げに寄与しつつも、この余白をできるだけ守っていきたい」と言う甲斐さんは、まちづくりにおいても手を加える要素を残しつつ、完成しないまちづくりを行っていくだろう。
民間企業だからできるやり方で、働き方や生き方を広げていく
生活保護や居住・就労支援といったセーフティネットにたどり着けない要因として、心理的ハードルの高さが挙げられる。国からの保護を受けることに対するよそからの目線や、税金を使ってしまうことに対する申し訳なさなどが心理的ハードルの一部といわれている。
しかし、Renovate Japanの取り組みでは、リノベーター自身の生活課題が解決されるだけでなく、空き家課題の解決という自己効力感も得られるため、セーフティネットにつながる心理的ハードルが下がると感じた。空き家を手放す心理的ハードル、セーフティネットに救われる心理的ハードルが、組み合わさることによって相互的に低くなり、お互い社会に救われながら社会に貢献できる画期的な仕組みだ。
こうした「タテナオシ」を社会現象にしたいという展望を持っているRenovate Japan。そして一時保護や空き家物件のニーズも高い。しかし、キャパシティ的に、数を拡大していくことの難しさを感じているという。また、他者に真似してもらうにも、領域をまたぐ複合性が相まって複雑で難しいのだそう。社会貢献性が高く、共感や協力の得られやすい事業だからこそ、リノベーターやインターン、プロボノといった関わり方をする人たちが増えていくだろうし、そうした方々が、ゆくゆくは自ら社会の「タテナオシ」の動きを拡大していくことにも期待がかかる。
最後に、甲斐さんにこれまでのRenovate Japanの活動を踏まえて、今後やっていきたいことを伺った。
「働き方や生き方を広げていきたいと思っています。これまで受け入れたリノベーターの方を見ていて、発達の特性や精神疾患を持っていても、活躍できる場面はまだまだあると感じました。いわゆる『ブルーカラー』といわれるような職種が該当しやすいですが、成果が見えやすい仕事の方が、達成感の得やすさや評価のしやすさという点で相性がよいと思っています。しかし、職種として合っていても、働きやすさやマイノリティに対する理解という点では、職場環境が合わないことも多いかもしれません。そこで、働きやすさを重視したブルーカラー系統の就労現場を増やすこともできたらと思っています」
具体的には、リノベーション作業を行う中で、リノベーターと工務店等との緩やかなマッチングをしてみたいとのこと。リノベーションの過程を通じて、雇う側・雇われる側の理解が進み、ポテンシャルを引き出せるような就労につながる可能性がある。
ほかにも、マイノリティに向けたやりたい事業がたくさんあるという甲斐さん。不動産業界における外国人などのマイノリティに対する差別問題の解決を図るラベリングビジネスや、渡航ビザ申請期間中の行動データを活用した外国籍の方の信用可視化・強化、夜間オフィスの空きスペースを活用した緊急宿泊事業など、ビジネスの手法を活かして解決したい課題もたくさんあるという。取材を通じて、発想の柔軟さを感じた。
行政は大衆向けの制度による支援を拡げ、民間はそれらの制度からこぼれ落ちる部分の支援を拡げることで、社会構造によって生まれてしまう「社会的弱者」は減っていくかもしれない。
■取材協力
合同会社Renovate Japan
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