マンションに迫る“2つの老い”
都市部を中心に多くの人が居住するマンションは、いまや築年数がかなり経過したものも増え、またそういったマンションでは居住者の高齢化も進んでいる。いわば“2つの老い”が同時進行している状況だ。
さらには建築費の高騰などにより修繕積立金不足のマンションも増加するなど、マンションをめぐるさまざまな課題が顕在化してきている。そこで国は、高経年マンションの適切な維持管理や、円滑な再生に向けた取り組みの促進を目的に「マンションストック長寿命化等モデル事業」による支援を行っている。
2024年2月13日、これまでにマンションストック長寿命化等モデル事業を活用して実施された取り組みの成果報告会が、国土交通省の主催で開催された。会は国交省住宅局参事官(マンション・賃貸住宅担当)付 徳竹忠義氏による基調講演からはじまった。
徳竹氏は、「全国には約700万戸のマンションがあり、推計1,500万人以上の方が住んでいます。そのうち築40年を超えるマンションが約125万戸(2022年末時点・推計)。マンションの高経年化が進んでいることがわかります」と説明。築40年以上のマンションの数は、20年後には約3.5倍の445万戸にまで増加する見込みだという。
また、「世帯主が70歳以上の住戸の割合は、築40年以上のマンションでは約48%と、半分近い割合」(徳竹氏)と、マンションの高経年化とともに進む居住者の高齢化についても紹介した。
徳竹氏は、区分所有者でもある居住者の高齢化が進行すると、管理組合の役員の担い手不足を招いたり、総会運営や集会の議決が困難になったりするおそれがあると指摘。いわゆる管理不全化が進行したマンションでは、外壁の剥落などで周辺住民に危険を生じ、最終的には行政の代執行により除去された事例もあるという。
「こうした事例を出さないために適切に修繕を行っていくことが重要ですが、修繕積立金が長期修繕計画に対して十分にたまっているマンションは約3割しかありません。一方で、不足しているマンションも約3割。不明としたマンションも約3割。不明はおそらく不足している状況だと思われるので、実際には6割超のマンションで修繕積立金不足が起きているのでは」と徳竹氏。老朽化が進んだ場合、選択肢のひとつに建替えがあるが、実態はどうなのだろうか。
「国土交通省で把握しているマンション建替えは282件。戸数で言うと約2万3,000戸です。マンションの総ストック数が700万戸ですから、いかに少ないかがわかります。簡単に建替えられない理由は、区分所有者の負担が増加しているからです。1区分所有者当たり300万円ぐらいの持ち出しで建替えられた時代もありますが、2017~2021年に建替えられたものでは1区分所有者当たり2,000万円近くが必要となっており、こうなると合意形成もうまくいかないだろうと思います」
長寿命化と再生の円滑化。国が進めるマンション政策とは
こうした状況から、徳竹氏は国が進めるマンション政策の方向性をこう説明した。
「今あるマンションの長寿命化を図るのが大きな柱の一つです。そのうえでいずれ建物の寿命が来た場合には建替えを検討するなど、再生の円滑化を進めていくこと、それが2本目の柱です」
国はこれらの取り組みを支援するため、2020年度に「マンションストック長寿命化等モデル事業」を創設した。
これには「先進的再生モデルタイプ」と「管理適正化モデルタイプ」の2つのタイプがあり、それぞれ段階に応じて「計画支援」と「工事支援」が行われる(「先進的再生モデルタイプ」は「工事支援」からの応募も可能)。さらに後者の「工事支援」は、「長寿命化改修工事等」に対するものと「建替工事」に対するものに分かれる(「建替工事」は「先進的再生モデルタイプ」のみ)。
「計画支援は、事業の立ち上げの準備段階に対して行う支援で、 原則年間500万円を上限に最大3年間支援するというものです。その後工事実施段階に入ると、工事支援として基本設計や実施計画、実際の工事に対して、費用の3分の1以内を支援します」
支援を受けるためには要件を満たすことはもちろん、さらに大切な点として評価のポイントがあるという。
「先導性や、皆さんの参考になるか否かなど、有識者や学識者の方からなる委員会で審査します。具体的には、事業テーマが政策目的に適合していること、独自性や創意工夫があること、合理性があること、合意形成上の工夫があること、将来の維持管理に向けた工夫があること。こういった点を評価ポイントとして審査しています」
最後に「こちらの事業は非常に人気がありたくさん応募いただいています。令和6(2024)年度も継続して実施できればと考えています」と述べて基調講演を終えた。その言葉どおり、2024年度も募集が始まっている。第2回の応募受付(※)は、6月28日までだ(消印有効)。
※最新の情報は国土交通省のホームページをご確認ください
「改修工事支援」の採択事業を紹介
基調講演につづいて、事例紹介へとうつった。本稿ではそのなかから、「改修工事支援」の事例を2例と、「建替工事支援」の事例を2例紹介したい。まずは改修における工事支援の採択事例から。
スローガンを軸にコミュニケーション。改修工事支援の採択事例 ~パーク・エステート上板橋~
「パーク・エステート上板橋」は東京都板橋区にある298戸、築27年の単棟型マンションだ。台所排水の縦管(鋳鉄管)の漏水が複数発生していて、排水縦管(トイレ単独管以外)を樹脂管に更新し、点検口を設置する改修工事を行った。
◇評価委員会による評価ポイント
●同様の状況にあるマンションへの情報提供を視野に、既存の腐食状況を記録し、腐食診断ノウハウを蓄積する点において独自性・創意工夫が見られること
●漏水の原因究明のため、これまでも管理組合内の委員会で専門家へのヒアリングなど、さまざまな情報収集を行ってきたこと
●区分所有者への情報提供も積極的に行い、合意形成に向けた取り組みを継続して実施してきたこと
登壇者は同マンション管理組合理事長の山元氏。実はすべての事例発表の中で、唯一の居住者自身の登壇だった。
「我々のマンションでは、築22年目ぐらいの2018~2021年にかけて、排水縦管の漏水事故が6件発生していました。2019年に漏水対策委員会を組織。2020年にコンサルティング契約を結び、2021年から具体的な作業に入りました」(山元氏)
管材は軽量鋳鉄管で、黒鉛腐食で劣化・減肉していったものと考えていたとのこと。通常、鋳鉄管は4.5mm厚だが、抜管調査で肉厚測定すると、同マンションでは3.5mmのものが採用されていたという。
「肉厚があと1mmあれば、推測値で40年ぐらいはもったのではと話しています。この軽量鋳鉄管は1995~2016年に製造販売されていたので、同様のものが採用されているマンションは多いのではないでしょうか」
ほかにも、給排水管の材質的に耐久性が足りないマンションは多いという見立てだ。
「理事会として注力、配慮したことは、居住者の方々とどれだけコミュニケーションを図れるかということです。コンサルティング会社と契約し、アンケート調査やヒアリングを実施した後、298戸へ説明会を行うため、抜管調査後の報告と今後の基本設計計画についての説明を1日かけて行いました」
こうして2022年の臨時総会で決議され、改修工事に至った。
また、こんな話も語られた。
「コンサルティング会社のアドバイスでスローガンを掲げました。それは『100年住めるヴィンテージマンションを目指す』です。臨時総会や理事会でもスローガンを語るようにすると、居住者から『うちのマンションは100年住めるヴィンテージマンションを目指すから、こうですよね、ああですよね、それは違うのじゃないですか』と意見が出るようになりました。スローガンを共有したことで、建設的で前向きな議論ができるようになったと感じています」
最後に山元氏は、今後の展望を交え、こう締めくくった。
「マンションが抱える問題はたくさんあります。今後は、居住者の大切なお金を守れるよう、5年後や10年後の想定などを聞く、マンション内の国勢調査のようなアンケートをやりたいと思っています。必要な議案をあげる大切な基礎データになっていくでしょう。コミュニケーションを大切にし、住みよい『100年住めるヴィンテージマンション』を目指していこうと思っています」
安心と次世代への継承を実現。改修工事支援の採択事例 ~朝日パリオ浦和辻~
続いては、さいたま市南区にある116戸、築29年の単棟型マンション「朝日パリオ浦和辻」である。⾧寿命化改修と、各種設備・サービスを導入する総合的な改修工事を実施した。
◇評価委員会による評価ポイント
●時代のニーズに応える設備やサービスの導入を図っていること
●長寿命化、防災、省エネ、バリアフリー化などにわたる総合的な提案であること
●これまで実施してきた改修の成果を生かした提案となっていること
●長期優良住宅認定の取得や、マンション管理計画認定制度における認定の取得に向けた活動を通じた合意形成が先導的であること
発表では、工事の設計監理を担当した有限会社八生設計事務所の鈴木氏が登壇。
「管理組合では、『安心して暮らしやすいために』と『次の世代への継承』という、大きく2つのテーマを掲げ、今回の事業に取り組んでいます」(鈴木氏)
「安心して暮らしやすいために」というテーマについては、電力需要の削減に向けた工事やバリアフリー工事のほか、駐車場区画には電気自動車の充電設備を設置。ほかの駐車区画にも今後いつでも充電設備が設置できるよう、先行配管工事も行った。ほかに防災対策として、浸水による電源喪失リスク防止対策の実施、防災倉庫への改修などを行っている。
「次の世代への継承」というテーマについては、大規模修繕の周期を12年から18年に延長するために、高耐久材あるいは高耐久な工法を採用した工事を実施した。
その結果、「一時的に積立金が不足するというような計画になっていたものが、3回の大規模修繕を含めた54年間の計画で、積立金は変更なしで不足が生じない結果になりました」と鈴木氏。
さらに今後のための準備も周到だ。
「タイル補修では、貼り替えたのか注入したのか、今後の修繕時に活かせるよう1枚単位で分かる補修図面や資料を作っています」
「今回の事業は、設計事務所や工事会社からの提案で進めたものではなく、管理組合さんが以前から検討してきたことを、設計事務所や工事会社と協力してやり遂げたものです。2回目の大規模修繕でここまでできたのは、管理組合さんの積極的な取り組みの継続、それに尽きるのではないでしょうか」と鈴木氏はまとめた。
「建替工事支援」の採択事業を紹介
次に紹介するのは、建替えにおける工事支援の採択事例だ。
既存棟を仮住まいに利用。建替工事支援の採択事例 ~下野池第2住宅~
下野池第2住宅は、大阪府堺市北区にある総戸数410戸、築53年の団地型マンション。大きな敷地面積を活かした仮住まい計画が特徴的な事例だ。
◇評価委員会による評価ポイント
●高齢者向け住宅や医療モールなどの地域貢献機能の導入を計画していること
●既存棟の仮住まい利用、防災備蓄倉庫、ガスコジェネレーションによる災害時対応、カーシェアリングなどの独自性、創意工夫があること
●仮住まい利用をした場合の損益分岐点の検証を行う点に合理性が認められること
●部会、ワークショップによる建替え計画検討など、合意形成上の工夫も見られること
発表では、株式会社地域計画建築研究所 西村氏が登壇した。このマンションでは、2020年に管理組合の総会で建替推進決議が採択され、2021年に事業協力者の募集を実施。2023年に一括建替決議が可決され、報告会の時点で建替え事業が進行中である。
事業全体の特徴は、敷地の利用方法だ。西村氏はこう説明する。
「本団地は東側と西側の敷地とに分かれており、真ん中に道路が通っています。この特徴を生かし、土地の東側は再建マンションの敷地と設定。対して西側は保留敷地として売却を考えています。この西側保留敷地の既存建物を、東側の建物を解体・再建するまでの間に仮住まいとして利用する点がこの事業のポイントです」(西村氏)
これこそが、建替え計画成功の鍵だと西村氏は言う。
「西側棟を仮住まいとする計画は、マンションの再取得者と転出者の双方にメリットがある計画であり、合意形成がしやすいと考えました。例えば、東側棟から西側棟に移って仮住まいをする方は、同じ団地内で住環境を変えることなく再取得まで過ごすことができます。また、西側棟以外で仮住まいをする方は、仮住まいで建替組合に入る賃料収入を原資に、仮住まい支援金を受け取れるようにします。さらに転出者にとっても、西側棟で仮住まいを確保することにより転出先の候補が多くなり、より希望に近い転出先探しができるというメリットが出せます」
事業を進めるうえではルールが決められた。ルール設定で重視した点はこうだ。
「権利者にとっての公平性を意識しました。例えば再取得者と転出者の公平性。これには西側仮住まいの会計の独立性を確保することが何より重要です。もうひとつは、再取得者間の公平性。仮住まい費用に差が生じないよう、外部で仮住まいをする人に支援金を設定したのです」
一方で難しい面もいくつかあるという。
「1つ目は、仮住まいにどれだけの方が入っていただけるのか予測がつかないこと。2つ目は、仮住まいとする西側棟も、住戸によって状況が違うため、家賃をどう設定するのかという点。3つ目は、仮住まい可能時期の判断。西側棟からの転出者には、本来の明け渡し期日より前の退去に協力いただけるかをご相談しました」
西村氏は、再取得者の引越し費用が軽減できるという点が住民から評価され、建替決議の後押しになったと考えているという。「このあたりは、今後の大規模団地での建替え事業において参考になるのではと思っております」と述べ、説明を終えた。
困難を乗り越え自主再建。建替工事支援の採択事例 ~スカイライフ武蔵小山~
最後に紹介するのは、東京都品川区にあった15戸、築47年の単棟型マンション「スカイライフ武蔵小山」。2023年に竣工した、小規模マンションの建替え事例だ。
◇評価委員会による評価ポイント
●立地制約上、デベロッパーの参加が期待できない建替えを、管理組合が主体となって検討していること
●資金調達の方法や建替え後の維持管理方法の検討なども提案されていること
●同様の課題を抱える小規模マンションでの、管理組合主体の建替えの先導的な事例となり得ること
発表は、NPO法人都市住宅とまちづくり研究会(以下、としまち研)の関氏。
「としまち研は、地権者さんらの希望を合致させて進めるコーポラティブ方式によって“自分たちの住むマンションを自分たちで作る”ことをお手伝いする専門家です。既存マンションの建替えや、大規模修繕、管理組合支援の専門家とのつながりもあります」と紹介。
「本事例は、旧耐震基準、エレベーターがない、漏水事故が多い、修繕積立金が積み上がっていないというなかで、改修か建替えかの検討が進められていました。結局建替えることにはなったものの、立地制約上、保留床は数戸程度でデベロッパーの協力が得られません」と、マンションが置かれていた状況を説明した。
「建替え事業は、建替円滑化法による建替えと、全員合意による任意の建替えがあります。さらに、デベロッパーなど外部の事業協力者の参加を得るのか、あるいは区分所有者のみでの自主再建かに分かれます。私たちは区分所有者の希望をもとに、全員合意で行けそうだと見えた時点で、任意の建替えかつ、自主再建方式で検討を進めることにしました」(関氏)
事業主体として、もともとの権利者と新たな取得希望者による建設組合が作られ、建替え事業はスタートした。
しかし、建替えには全員合意したものの、自主再建方式ならではの難題がぶつかってくる。
「建設組合は民法上の組合であり、法人格はありません。必要な契約や発注は、すべて組合が主体となって行い、それに伴う費用も調達しなければいけません」
特に事業期間中の資金繰りに苦労があったと関氏は語る。
「設計、解体、着手金や中間金、完了金などと、だいたい4、5回ぐらいに分かれて費用が発生するタイミングがありました。それをつなぎ融資でどう乗り切っていくか……公的機関や民間の機関などに資金の相談をもちかけました。そこで障壁になったのが、建設組合に法人格がないこと。つなぎ融資していただく金融機関さんから、法人格を得ることはできないのかと言われました」
その辺りを含めて関氏はこう振り返る。
「本当にいろいろな方の協力によって実現できたと思っています。自主再建を決めたなら、当然自分たちで課題を解決していかなければいけません。しかし、そのときにどういった外部との協力体制が組めるかということは課題です。また事業主体が法人格か否かということは、資金計画上重要になると思います」
スカイライフ武蔵小山の建替え事業における知見やノウハウが、同様の小規模マンションの再生に生かされる点は大きいだろう。
難化するマンション問題。居住者一人ひとりの管理への積極的関わりが必要
報告会で紹介された事例はいずれも特徴的で、既存マンションの長寿命化や再生の円滑化という、国が進めるマンション政策の方向性がよくわかるものであった。
高経年マンションの増加と居住者の高齢化……この“2つの老い”を抱えるマンションの問題は、今や日本が抱える大きな課題のひとつだ。冒頭で述べたように、昨今は建築費の高騰や修繕積立金の不足なども重なり、問題はますます難化傾向にある。
しかし、こうしたなかでも今回の事例のようにより良い方向へ成果をあげるマンションがあるのも事実だ。これらに共通するのは、管理組合が積極的に居住者とのコミュニケーションを深め、議論を重ねている点にある。
国が進める「マンションストック長寿命化等モデル事業」は反響が大きく応募も多いとのことから、マンション管理への関心も高まっていると思われる。事業採択を受けた事例では、居住者らの合意形成のプロセスなども評価ポイントとなっているが、そのためには、居住者一人ひとりが管理組合の一員として、マンション管理に関心を持つことが重要である点を忘れてはならない。
公開日:











