起業家の銭湯の3代目が西新井のまちのためにと継続を決意
東武スカイツリーライン西新井駅は1994年以降、駅前にあった工場跡地の再開発が進み、現在では商業施設やマンション、公園が整然と並ぶ住宅街。その駅前から少し離れた昔ながらの関三通り商店街のある通りに1942(昭和17)年に創業した老舗銭湯・堀田湯がある。
堀田湯は宮造りの、いかにも東京の銭湯という趣の建物にタイル画が名物だったが、それらを残しつつ、2021年から2022年にかけて一時休業、大規模なリニューアルを行って2022年4月にリニューアルオープンした。きっかけとなったのは世代交代だった。
「銭湯のリニューアルが行われたのは、3代目への代替わりのタイミングでした」と話す、堀田湯店長の大塚輝さん。大塚さんは堀田湯3代目の堀田和宣さんが経営する会社の社員である。
堀田さんは、名前を聞けば知っているだろう有名ファッション通販サイトやリゾートウェディングの会社の創業に関わってきた起業家である。
「先代から銭湯のこれからをどうするかと相談され、久しぶりに西新井に戻ってきた時に商店街が子どもの頃の記憶と異なり、ずいぶんと寂しくなっていることにショックを受けたそうです。一方で銭湯に入ってみると来ている人達の幸せそうな笑顔が印象的。そこでまちのために銭湯を残そうと決意したそうです」
自身が日常の経営に携わることは難しいと堀田さんは大塚さんに銭湯をやってみないかと声をかけた。大塚さん自身はこの話があるまで銭湯には関心がなく、入ったこともなかったものの、尊敬する起業家とマンツーマンで事業ができることに魅力を感じて、「やります」と答えたという。
それから開業までの間に都内の銭湯を回り、話を聞いてきた。
「きれいで若者に人気のところもあるものの、それはごく一部。高齢化、老朽化が進むなど衰退する銭湯も見てきました」
耐震補強からサウナ、露天の外気浴スペースまでの銭湯大改造
そのうち、杉並区高円寺にある小杉湯ではがっつりアドバイスをもらい、台東区上野の寿湯では3カ月間現場体験をさせてももらった。どちらの銭湯もクラシカルな、昔ながらの建物だが、そこに若い人達を呼び込んでいる。それ以外にも建物が新しく、モダンな中野区東中野の松本湯、墨田区錦糸町の黄金湯などが印象的だったという。
「本業である結婚式は一生に一度の、リピートされることのほとんどない、3時間ほどの式に大きなお金が動く仕事です。一方の銭湯は毎日顔を合わせる、結婚式とは異なる幸せを生む仕事で、金銭的には一人ずつから受け取るお金は少ないけれど、その少しを地道に積み重ねていく仕事。ある意味、両極端な仕事だと実感しました」
銭湯の運営を学びながら、改修も進んだ。以前と変わらなかったのは宮造りの建物本体とタイル画、壁くらいだろうか。それ以外は多くの場所に手を入れたという。
「大黒柱は傷んでいたので交換しましたし、安全のために耐震もしっかりやりました。内湯、露天風呂、サウナはすべてアップデート。男湯にはもともと露天、地下水利用の岩風呂があったのですが、外気浴スペースや東京最深160cmの露天水風呂などを整備しました。また、大きな更新は薪で沸かしていたものをガスに変更したこと。これによって人件費は削減できるようになりましたが、その分、ガス代が大幅にかかるようになりました」
ただ、注意したのはやりすぎないこと。もともと、地元の常連客が多い銭湯で、その人たちに違う場所になってしまったと思われることは避けたい。また、足立区からは従来の銭湯として継続することを条件に助成も受けた。
そのため、新しくなった堀田湯は新しさ、若々しさを随所に感じはするものの、全体としては昔ながらの銭湯という趣を残しており、銭湯が無くなるのではないかと心配していた地元の常連さんたちから高い評価を得ている。残った、しかも、キレイになったけれど私たちの堀田湯だ、そんな評価だ。
まちに関わることを明確にした銭湯のコンセプト、「この街を、温める」
リニューアルというと建物に目が行くが、堀田湯の場合、リニューアルに際してまちに関わることを宣言していたことも大きい。キーワードは「この街を、温める」。暖簾に掲げられた「ほっ」という言葉も堀田湯のほであると同時に、まちのほっとする場でありたいという気持ちが込められている。
地域との関わりとしてリニューアルに当たっては2つの取組みが行われた。ひとつは地元マップの作製。西新井駅のお隣には正月に多くの人が集まる西新井大師があり、江戸時代からの面影を残す参道、レトロな雰囲気の店などが残されている。西新井ものんびりした雰囲気の商店街があるまちである。それらを堀田湯の暖簾と同じオレンジ色でまとめたマップを作成。配布している。Web上からもダウンロードすることができるようになっているので、湯に入りに行くついでにプリントアウトしておくと西新井が2倍楽しめる。
もうひとつは鏡広告の復活。今からはあまり考えられないかもしれないが、その昔、銭湯はまちの人の大半が集まる場所であり、カランの上にある鏡には地元企業の広告などが掲載されていたもの。銭湯がまちの情報ステーションだったのである。
銭湯を利用する人が減るにつれ、広告を出す効果が薄れ、現在ではほとんどの銭湯で見られなくなったが、堀田湯ではそれを復活させたのである。
堀田湯の「西新井の街を、温める」に共感してくれた地元の店やスポット、銭湯に関連のあるナショナルブランドなどにも広告を出してもらったそうで、西新井大師の団子屋さんや新弟子を募集している相撲部屋、地元の八百屋さんの広告があるかと思えば、ナショナルブランドの風呂上がりに飲める飲料やかみそりの広告も。鏡ごとに異なる広告が出ているからそれを見るという楽しみもある。
地元企業、ナショナルブランド、さまざまな相手とアイディアでコラボを起こす銭湯
リニューアルオープン後には地元企業はもちろん、ナショナルブランドからもコラボレーションしないかという声が相次いでいる。
「地元や近くの北千住の大型商業施設、地元企業から一緒に何かやりましょうとよくお声を頂いています。ナショナルブランドのメーカーさんとは暖簾をそのメーカー、商品のモノに変える、その会社の商品が体験できるようにするなどのコラボイベントを何度か、開催。その度に多くの人に集まっていただいています」
人気のある銭湯は違うなあと思ったが、大塚さんによるとこうした依頼は以前からどこの銭湯にもあったものだという。
「メーカーから商品を提供します、お客さんに渡して使ってみてくださいという依頼自体はごく一般的でよくあること。ですが、多くの銭湯はそれを本当にお客さんに商品を渡すだけで終わらせてしまっていました。しかし、堀田湯ではそれをイベントにすることを提案。ホームページ、SNSで広く告知して集客、さらに商品を使ってもらうだけでなく、使ってみてどうでしたか?というところまでをフォロー。イベント開催を収益に繋げています」
これまでの銭湯がモノを提供してもらうところまでの受け身な姿勢で終わっていたところを、堀田湯では依頼を積極的に利用、これまで生めなかった収益を生んでいるのである。
つまり、これまでも銭湯にはチャンスがあったのに、誰もそれを掴もうとしていなかった。これは言い換えればビジネスセンスのある人が関われば銭湯はまだまだ変わり得るということ。大塚さんの話にはよくある言い方だが、目から鱗的な衝撃があった。
これまで銭湯の衰退は社会の変化が大きな要因と言われてきた。ほぼ100%に近い家風呂普及率を考えると銭湯利用者が減るのは仕方ない。地域自体が高齢化、衰退している地域もある。だが、本当にそれだけだったのか。考えてしまった。
リニューアル後、銭湯利用者は約6倍に増加。「沸かす株式会社」のビジネスセンス
ハード、ソフトが変わった結果、堀田湯の利用者は約6倍に増えた。平日は350人ほど、土日には600人ほどの利用者がいるそうで、地元の利用者は平日がメイン、平日以上に土日は遠方からの利用者が増えるそうだ。年代でいうと昼は年配の人が多く、夜は若者。
男女で言うと男性が6、女性が4。この男性客優勢にはサウナの存在が大きい。露天で外気浴スペースに岩風呂、水風呂があるのだ。日によっては待ちが出るほど人気だ。
そんな男湯に入りたいと女性からの要望が多く、2023年からは不定期開催でレディースデーも始まった。この日は事前に申し込んだ女性客だけが入れ、男湯、女湯どちらも入り放題でお土産もつく。SNSで募集をすると各回(2時間制)すぐに埋まるそうだ。確かにあの外気浴スペースなら一度は経験してみたいものである。
さらに堀田湯のリニューアルを受けてまちにも変化が生まれてきている。道路を挟んで向かい側に湯上りにちょっと一杯楽しめそうな飲食店ができたのだ。それだけではない。
「たこ焼屋さん、ヘアカットの店もできました。人が集まるようになると店が成り立つんじゃないかと考える人が増えるのでしょう」
とはいえ、課題もある。
駅と堀田湯の間には新しく開発されたエリアがあり、そこには住宅のほかにほとんどのものが揃う大規模な商業施設がある。そのため、マンションに住む多くの人たちはそのちょっと先の堀田湯がある通りまでは足を延ばさない。
「私自身、前の職場に勤務しながらこのまちに引っ越してきたのでその気持ちが分かります。その時にはまだ堀田湯勤務ではなく、商店街があるのは知っていたものの行く機会がなく、なんとなくおっくうで尻込み。こっち側には来ていませんでした。でも、堀田湯をきっかけに商店街エリアにもなじむようになってまちの魅力が分かってきました。
今、このまちに住んでいる人も駅前だけで暮らしているのではまちを半分しか味わっていないことになり、もったいない。堀田湯は双方エリアのちょうど境にあるので、接点としての堀田湯を意識、今後、もっといろいろ仕掛けていきたいですね」
ちなみに最後に聞いて驚いた情報をお伝えしておこう。
大塚さんは堀田湯の店長であると同時に「沸かす株式会社」という会社の一員でもあるのだが、この会社は堀田湯と小杉湯、そして博報堂が出資して作ったイベントのための会社。
デザインその他のセンスが違うのは当たり前といえば当たり前だったのであった。ここにもビジネスを知る人が関わる強みがあった。
公開日:





















