阪神・淡路大震災の映像に戦慄。耐震診断の結果に眠れぬ思い

桜田通り沿いではひときわ目立つ高さ。写真に収めるのが大変桜田通り沿いではひときわ目立つ高さ。写真に収めるのが大変

築38年、桜田通り沿いに建つ全91戸の白金台マンションの住民が建替えを意識し始めたのは平成7年に起きた阪神淡路大震災がきっかけだった。震災後の耐震検査で強度が足りないと診断されたのである。

「家にいると、阪神淡路大震災でマンションの下層階が押し潰されたり、横倒しになったりした映像がいつもちらつきました。妻も怖がってしまい、夜寝ていても、ほんの少しの揺れに悲鳴をあげて飛び起きるほど。姉歯物件(*)よりも危ないという診断でしたからね、怖かったですよ」と住民のおひとり。診断後、一部補強はしたものの、本格的にやるとなると一戸あたり1000万円はかかると言われ、しかも、窓の外に鉄骨が走ることになり、圧迫感も出る。であれば、建替えようという意見が出るのは当然の流れだった。

しかし、そのまま建替えるわけにはいかなかった。竣工から30余年の間に、建築基準法改正や自治体の規制強化などがあり、白金台マンションは既存不適格になっていたのだ。このまま建替えると、床面積を3割程度縮小しなくてはいけないが、それでは住み続けられない。

当時理事長だった野長瀬範郎さんは事態を打開しようと様々な書籍その他にあたり、そのうちの1冊から総合設計制度を知る。これは一定面積以上の敷地内に地域の環境整備改善に資する空地を一定割合以上作ることで、容積率や斜線、絶対高さ制限が緩和されるというもの。この制度を使えば、従前よりも大きな建物を作ることができ、仮住まい費用も含め、入居者の持ち出し無しで建替えが可能になる可能性がある。野長瀬さんは著者を訪問、総合設計制度について詳しく聞き、ついで総合設計制度利用の建替えに実績のあるHOU一級建築士事務所に飛び込み、所長の山内研さんに相談。可能性を探ることになった。

(*)2005年に発覚した構造計算書が偽造されていた物件。耐震性に不足があり、震度5~6の地震が起こった場合、倒壊の可能性があると報道されていた。

単独建替えから共同建替えへ方向転換。3年で建替え決議成立

桜田通りから入った建物裏側に設けられている公開空地部分がそのままクラウン白金台のあった場所になる桜田通りから入った建物裏側に設けられている公開空地部分がそのままクラウン白金台のあった場所になる

平成16年に建替えを考え始めた時点での計画は白金台マンション単体での建替えだった。しかし、現地を見た山内さんから隣地マンションと共同で建替えをしたほうがメリットが大きいとの提案があり、平成18年以降、計画は大きく方向転換をする。とはいえ、隣のマンションとはそれまで全く付き合いがなく、規模、築年も大きく異なる。交渉役となったのは野村不動産住宅事業本部マンション建替推進部の西出敏彰さんだった。

「隣接するマンション、クラウン白金台は築25年。新耐震で、居住者の中には半年前に引っ越してきたという人もおり、建替えの必要性など全く感じていない状況でした。そこにいきなり行って、隣と一緒に建替えませんかという話をするのですから、最初のうちは何を言っているんだという反応でした。しかも、全7戸、1戸あたりの専有面積が120m2近い物件。総戸数が少ないので2人に反対されたらダメ。皆さんから同意をいただくのに、何度も足を運びました」。

将来隣接物件を建て直す場合、現在と同じ規模しか建たず、全額自己負担での建替えになることを一人ひとりに丁寧に説明、それなら負担なしで建替えられる共同建替えにのったほうが良いと全員が判断、建替え決議に賛成することになった。この賛成には隣接マンション住民に建替え後は従前の1.5倍の面積を約した山内さんの提案も大きい。

「白金台マンションの容積率は500%。クラウン白金台は300%。共同建替えに賛成してもらえたら、より大きなものが建つことになるので、それならクラウン白金台の居住者には1.5倍の広さを確保しましょうと提案したのです。これだけのメリットがあるなら、との判断が全員賛成につながり、建替え決議が成立しました」。

着工目前にリーマンショック。建設コストは42億円から70億円超に大幅アップ

平成20年9月。総合設計申請に最大の割増率350%を獲得、いよいよ着工という時にリーマンショックが起こった。原油価格は133ドルになり、建築資材は高騰、一方でマンション価格は下落、経済自体も大きく落ち込む事態となり、当初予定した建設コスト42億円は70億円を大きく超えるまで跳ね上がった。このまま作ると住民の持出しは避けられない。どうするか。

建設コストが嵩むと困るのはどんな建物でも同じだが、建替えの場合にはことにダメージが大きい。これは建物の半分を地権者が、残りの半分を事業に協力するデベロッパーが持っていると考えれば分かりやすい。100戸の建物なら、50戸ずつを持っているという計算だ。そこで1000万円建設コストが上がったとすると、普通なら1000万円を100戸で割って負担することになる。一戸あたり10万円だ。ところが建替えの場合、地権者がコストアップの負担をすることは難しいので、上昇分、1000万円は50戸で負担しなくてはならない。つまり、一戸当たり20万円の負担になる。いくら都心立地でも、コストが上がったからと言ってその度に価格を上げて売れるわけはない。結果、1年間計画は止まってしまった。

といっても、水面下では建替え実現に向けての努力は続いていた。設計や仕様などを見直すのはもちろん、合意形成のため、山内さんの妻が各戸の問題を聞いて回り、住民間の合意を取り付ける作業などが続き、最終的には平成22年に再度建替え決議が成立した。ただし、仮住まい費用は住民が負担することにはなったが、還元率は100%。新しい住まい取得にあたっての持ち出しはゼロという結果で建替えが実現することになったのである。

公開空地、高さ制限など行政ともシビアなやりとり

総合設計制度を利用したマンションではどこかにこうした掲示が掲げられており、公開空地がどの部分かも明示されている総合設計制度を利用したマンションではどこかにこうした掲示が掲げられており、公開空地がどの部分かも明示されている

経済動向、建設コストに加え、行政とのやりとりにも時間がかかった。まず、公開空地のあり方を巡り、行政から注文がついた。人通りの多い、桜田通り側に公開空地を作るべきであるというのである。確かに公開空地を設けたビルが多い新宿副都心では、ほとんどの空地が人通りの多い、地下通路側に設けられている。だが、この建物では建物裏手、もともとはクラウン白金台が建っていた場所を公開空地にしている。

公共性という言葉を単純に考えると、多くの人が利用しやすい場所であることが優先されるのだろうが、実際にできあがった建物で見ると建物背後に空地を作ることで、これまで消防が入れなかった道路が広がり、背後にある建物は日照が得られるようになった。桜田通りから公開空地への通路は近道にもなっており、地域の環境を良くするという公開空地の役割は十分果たしている。一般的にはこうだからという発想で作っていたら、こうはならなかっただろう。

平成24年2月には港区が建物に高さ制限をかけることを発表した。もし、港区の当初案通りに制限されることになれば、この物件の高さも制限されてしまう。そこで区に対し、地域の住環境に寄与する総合設計制度を利用していること、住民が自ら建替えに立ちあがっていることなどを伝え、総合設計制度利用の建物に関しては除外という結果に。これ以外にも住戸の専有面積、日影規制についてなど、山内さんは実現に至るまで、いろいろな行政からの注文と戦ってきたという。そういう設計者との建替えだったから成功した、住民の多くが同じ言葉を口にした。

竣工披露に集まった住民の顔は輝いていた

高齢者も多い集まりだったが、どの人も年齢より若く、生き生きと見えたのが印象的だった高齢者も多い集まりだったが、どの人も年齢より若く、生き生きと見えたのが印象的だった

平成22年6月に建替え決議、7月に野村不動産による等価交換での事業化の決定などを経て、解体工事が始まったのは平成23年2月。解体が始まった直後に東日本大震災が起こり、現場では緊張が走ったそうだが、無事工事は進行。その3年7カ月後の平成26年9月3日に建物共用部を見学、竣工を祝う会が行われた。

完成した建物は高さ約120mの34階建て。総戸数は188戸で従前居住者のうち、新しい建物に戻ってくるのはおよそ3分の2ほど。高齢者も多いマンションだったため、仮住まい期間中に亡くなった例もあるのだとか。規模の多い建物になると、建築には時間もかかる。今後、建替えを検討する際にはこうしたケースも考えておくべきなのだろう。

桜田通り沿いでもひときわ目立つ建物には屋上にスカイデッキ、25階にゲストルーム、1階にラウンジ、地下1階にはライブラリー兼集会室が設けられており、参加した人たちは眺望などに歓声を上げながら見学。当初30人の予定が50人以上になったというから、どれだけ待ち望まれていたかが分かるというもの。計画が始まってから10年、長かったよと異口同音に言いつつ、どの人の顔も本当にうれしそうだった。

共同建替え成功の要因と苦労については「10年がかりでマンション2棟を共同建替え。関係者一同が語る苦難の道のり②」でご紹介します。


■記事中に登場した情報の詳細はこちらから。
総合設計制度とは(国土交通省):http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/seido/kisei/59-2sogo.html
HOU一級建築士事務所:http://www.hou.co.jp/
野村不動産のマンション建替え事業:http://www.proud-web.jp/form/index.html

2014年 10月02日 11時02分