寂れる地元に向き合い十数年、古民家宿を開業へ

昨年(2023年)の秋、茨城県結城市に古民家宿「HOTEL(TEN)」が開業した。結城市は栃木県と接し、城下町としての歴史が垣間見られる場所だ。古い建物が並ぶ市街地通りのすぐ裏手に宿がある。

HOTEL(TEN)を運営する一般社団法人MUSUBITO(むすびと)の野口純一さんと飯野勝智さんに話を伺った。彼らは10年以上にわたって結城市の地域振興に取り組んできたが、宿経営に乗り出したのは必然だったという。彼らは「結い市」というマルシェや、「結のおと」という地域回遊型のライブイベントを手がけていて、さらにコワーキングスペース、シェアキッチンの運営、移住や起業の支援も行っている。

彼らの地域での取組みは、ゼロからのスタートだった。今回は、そのプロセスを中心に、いかに宿づくりにつながったのかを紹介していきたい。

1階の奥にあるダイニングキッチンは、古材も用いてリノベーション工事をした。結城市の味噌蔵から譲り受けた樽の丸い枠を鏡の淵に活用している1階の奥にあるダイニングキッチンは、古材も用いてリノベーション工事をした。結城市の味噌蔵から譲り受けた樽の丸い枠を鏡の淵に活用している
1階の奥にあるダイニングキッチンは、古材も用いてリノベーション工事をした。結城市の味噌蔵から譲り受けた樽の丸い枠を鏡の淵に活用している宿の2階は、以前の雰囲気を残している。モダンな掛軸が古い建物とのコントラストを生み出す

先行きの見えないなか、2人の若者が出会う

結城市の地域振興に取り組む野口さん(左)と飯野さん(右)結城市の地域振興に取り組む野口さん(左)と飯野さん(右)

野口さんは結城市の隣町の出身で、東京で働いていたが2010年に結城商工会議所に転職した。まちづくりを推進する部署に配属され、そこで飯野さんを紹介されたのが始まりだ。

飯野さんは、左官業を営む家に長男として生まれ、自分は結城市を離れられないと思っていた。友人が次々に結城市を離れるなか、外に出られないなら自分の街をよくしていこうと思っていたそうだ。大学で建築の道に進み、卒業後は実家から宇都宮にある設計事務所に通勤していた。
しかし、仕事帰りのある日、結城の市街地がシャッター通りに変わっていく現実を見て、何もしていない自分に気づいた。少年時代の原風景であるにぎやかだった商店街が、すっかり寂しくなっていた。残していきたいという想いに火がついた瞬間だった。そして行動に出ることに。

学生のとき、ヨーロッパでいろいろな建築を見てきたが、マルシェが魅力的だったと振り返る。広場にカフェがあって大道芸人もいる楽しい風景があった。それを結城市内でできないかとひらめき、企画書をつくって商工会議所を訪ねた。そこで紹介されたのが野口さんで、同年代ということもあり意気投合したそうだ。

結城市は、大動脈である東北本線などから外れた立地ということもあり、若い人たちの流出が止まらない。東京方面の大学に入学して、そのまま都心で就職する。地元に残る人は、実家の商売を継ぐケースが多いそうだ。

「この町の価値を理解して、主体的に新しいことを始められるといいな」と野口さんと飯野さんは話し合った。しかし2人だけでは難しく、チームをつくろうと、興味がありそうな人に声をかけてみたところ、10人くらいが集まった。

とにかく「自分たちがやりたいことをやる。そのために行動していった」と2010年当時を振り返る2人。自分たちのやりたいことを実行すべく、町の資源を掘り起こしたところ、形が見えてきたそうだ。

結城市の地域振興に取り組む野口さん(左)と飯野さん(右)1回目の結い市は、神社の例大祭に合わせて境内で行われた。30店が出店して盛り上がった

“やりたいこと”を“できること”から始めた「結い市」

いきなり「マルシェをしたい」といっても、商店街に理解されるのが難しいと判断し、初年度は健田須賀神社の例大祭にジョインすることから始めた。ネーミングもマルシェではなく「結い市」という地域に寄り添ったものにして、神社の境内での開催で30組の出店があった。最初は、出店依頼をするために、クリエイターたちに招待状を送ってスカウトしたり、直接会いに行って交渉したりもした。「ブランディングを大事にしたかったこともあり、モノづくり文化の残る結城市と相性がよさそうだと私たちが判断した人たちを選びました」と野口さん。

翌年の2回目のからは、開催エリアを広げ、商店街を巻き込むことに成功。前年に神社と共催したという実績と、商工会議所が関連団体として参加したことも安心感につながったのだろう。商店や飲食店にも参加してもらえるようになったほか、空き店舗などを活用してクリエイターが出店した。

結い市の参加店舗は街なかに広がった結い市の参加店舗は街なかに広がった

さらに3回目ではテレビ番組で結城の特集として「結い市」の参加店がランキング仕立てで紹介された。ちょうど放送日がイベントの日程と重なり、当日は大にぎわいとなったそうだ。
商店街で車が渋滞して動かないという、これまで見たこともない光景になった。しかし、それは手放しでは喜べず、悔しい経験となったそうだ。こんなにゴミゴミ混雑した街を目指したわけではなかったと野口さんと飯野さん。もっと丁寧に出店者の商品を見てもらいたかった。それ以後は仕掛けづくりにこだわる原点回帰を目指した。

神社との共催事業としてスタートした結い市は、毎年秋の例大祭に合わせたイベントに育ち、現在では2日間で2万人が集まるイベントになっている。

結い市の参加店舗は街なかに広がった規模が次々と大きくなった結い市は、食事の場所も充実

新しい関係性の創出、そして音楽フェスへ

「結い市」に出店するクリエイターの熱量は、商店街の人にも伝染していった。まさに一緒にイベントをつくり上げるイメージだ。

「結い市」の準備では、出店者にあらかじめ結城市の街の雰囲気を知ってもらうため、事前に出店場所を探すツアーを行う。その後、希望を出してもらいマッチングしていく。出店場所が決まると、大家さんと顔合わせをして、使い方などのすり合わせをする。空き家の場合は、掃除のイベントなどを通して出店場所として磨き上げていく。大家さんと出店者との関係性ができたことで、「結い市」の後に、同じ場所で個展を開いた人もいる。

しかし「結い市」が盛り上がっても、終わるといつもの静かな街に戻ってしまうことに野口さんと飯野さんは課題を感じていた。理由のひとつが、借りられる空き店舗が少ないことだとわかった。例えば、大家さんは高齢者が多い。また店舗併用住宅のために、店を通らないと住居に入れず、さらに電気も引き込みのため他人に貸せないというケースが少なくない。イベント期間だけ貸すことはできても、ずっととなると構造的に難しい。

ところが出店者との関係が強まり、貸してもいいと心変わりする大家さんが増えてきた。
「自分たちのやりたいことと、地域が同じ方向を向いてきました」と野口さん。

イベントは「結い市」だけではない。春には音楽のイベント「結のおと」と名付けられた音楽フェスが開催されるようになった。街なかのいくつもの会場に演奏の音色が響き、巡回して楽しめる。2日間のイベントではミュージシャンが活躍し、いつもは高齢者ばかりの街も若い人たちでにぎわう。

結のおとは、音楽イベントであり、結城市の素晴らしさを伝える場でもある。出演者は着物で伝統的な結城市のイメージを表現結のおとは、音楽イベントであり、結城市の素晴らしさを伝える場でもある。出演者は着物で伝統的な結城市のイメージを表現

「HOTEL(TEN)」の開業へ。次の世代の活躍も視野に

「結い市」や「結のおと」によってにぎわいが出てきて、視察に来る人も増えたことから、ハブになる場所がほしいと思ったと野口さんと飯野さん。2017年には市と連携し、もともと呉服屋さんでしばらく空き家だった建物を改修したコワーキングスペースをつくった。コワーキングスペースをきっかけに、結城市以外の人たちとの交流が加速度的に生まれるようになったそうだ。

「ゆいのわ」は、コワーキングスペースとシェアキッチンを併設したコミュニティスペースだ「ゆいのわ」は、コワーキングスペースとシェアキッチンを併設したコミュニティスペースだ

野口さんと飯野さんは視察を受け入れるときはいつも、イベントを案内した後に視察団とともに夕食を取る。しかし残念ながら結城には泊まる場所がなく、そこで体験が止まってしまう。2人は、イベントから体験が連続するような宿が結城にできるといいと思うようになった。そこから宿をつくる構想が始まったという。2019年のことだった。

後に古民家宿「HOTEL(TEN)」となる建物は空き家であったが、イベント会場として利用していたこともあってオーナーとの関係性ができていた。宿の開業を目指し2020年に立ち上げた一般社団法人MUSUBITOが主体となり、2023年に建物を購入し、リノベーション工事をした。資金は、自己資金以外に補助金やクラウドファンディングで調達。仲間たちにも手伝ってもらって、同年10月「HOTEL(TEN)」が完成した。

宿の運営を担当するのは20歳代の若い女性。彼女と同年代の仲間も関わってくれるようになって、野口さんと飯野さんは「嬉しい」と言う。彼らも40歳代半ばになり、次の世代の活躍を見越しているのだろう。

野口さんと飯野さんは、「2010年は荒れ地に鍬(くわ)を入れたという感覚で、少しずつ耕し、種をまき、やっと芽が出てきた感じです。これからは若い世代が主役になってもらいたい」と話す。2人は支え役に徹し、新しい主役を舞台につなげるという意味で、「MUSUBITO(むすびと)」つまり“結ぶ人”と名乗っているのだろう。
これからの結城市が楽しみだ。

「ゆいのわ」は、コワーキングスペースとシェアキッチンを併設したコミュニティスペースだ宿づくりのために、多くの若手ボランティアが残置物撤去を手伝った
「ゆいのわ」は、コワーキングスペースとシェアキッチンを併設したコミュニティスペースだいただきものの大量の木箱を新しい宿に生かそうと、ワークショップを開催

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