ミューラルって知ってる? キャンバスは、街なかにある「よい壁」

街なかを歩いていると、不意に現れる壁画。その鮮やかな色合いと個性豊かな表現で、人々の目を引きつける。壁画を意味するミューラルとは、海外(特に欧米)では日常に溶け込むストリートアートとして受け入れられているカルチャーのひとつである。アーティストそれぞれによって描く内容や題材が異なるのは、油絵や抽象画などのアート表現と同様だ。異なっているのは、彼らが描くキャンバスが、外壁やシャッター、塀などだという点にある。

ストリートアートというと一般的によく混同されるのが、バンクシーに代表されるグラフィティだ。グラフィティは、もともと落書きを意味する。グラフィティは建物所有者の許諾を得ずに行われる非合法な破壊行為を含むが、ここでいう「ミューラル」は、所有者の同意を得て壁に描かれるアート行為を意味している。

《HANASAKA MURAL vol.3》 atヨドコウ桜スタジアム(提供:WALL SHARE株式会社)《HANASAKA MURAL vol.3》 atヨドコウ桜スタジアム(提供:WALL SHARE株式会社)
《HANASAKA MURAL vol.3》 atヨドコウ桜スタジアム(提供:WALL SHARE株式会社)制作する様子を眺める子どもたち(提供:WALL SHARE株式会社)

「ミューラルは、公共空間に大きな表現を求めて描くアートです。外壁がキャンバスとなるため、街の風景にも影響を与えますが、だからこそアーティストはそれに責任を持って描くのです。景観と併せ持ってほとばしるエネルギッシュさがミューラルの魅力だと感じます」。そう話すのは、WALL SHARE株式会社 代表取締役 川添孝信氏だ。

WALL SHAREは、ミューラルを活用したプロモーションや建物への壁画制作を行う企業で、設立は2020年4月。それから2023年2月までに、100作品のミューラルを国内に誕生させている。日本ではまだまだ希有な業界で、注目を集めている。

《HANASAKA MURAL vol.3》 atヨドコウ桜スタジアム(提供:WALL SHARE株式会社)WALL SHARE株式会社 代表取締役 川添孝信氏

かっこいい! からスタートした事業。熱い思いが壁を変える

川添氏は、当時勤めていた会社の外車営業部門で全国セールス販売賞を3度受賞したこともある経歴の持ち主。「大きな変革点はアメリカのファイブ・ポインツというグラフィティの聖地を訪れた時でした。ヒップホップが好きなこともありストリートアートには関心が深かったのですが、実際に建物全体に描かれた絵画を見た時は、その規模感も含めて衝撃を受けましたね。帰国してからも、自分が感動したアートを、日本で見られる機会を増やしたいと考えるようになりました」

アーティストがアトリエを持つには維持費がかかるが、大型の作品だとなおさらだ。日本はアートの市場規模が、海外に比べてまだまだ小さいのが現状。だからといって助成金に頼り続けると、いつまでも独り立ちできなくなるケースも多い。対企業でアートビジネスを仕掛ける必要があると元営業パーソンの川添さんは考え、目をつけたのが外壁だった。

《淀壁》2022 大信ペイント本社(提供:WALL SHARE株式会社)《淀壁》2022 大信ペイント本社(提供:WALL SHARE株式会社)
《淀壁》2022 大信ペイント本社(提供:WALL SHARE株式会社)《HANASAKA MURAL vol.5》 atヨドコウ桜スタジアム(提供:WALL SHARE株式会社)

「日本には比較的真っ白な壁が余っています。企業に広告費をもらって、空いている壁にミューラルを描く。企業も公共空間にメッセージを伝えることができ、描くアーティストにも制作費を渡すことができる。そうすれば、結果的に街じゅうにミューラルを増やしていくことができる。ウィンウィンの関係を維持しながら日本にアートが増えると考えました」

きっかけとなったプロジェクトは2020年、神戸で行われた「Kobe Mural Art Project(神戸ミューラルアートプロジェクト)」だ。2020年3月に閉鎖されて解体が決まっている、神戸市の市庁舎2号館の南北の壁面と、隣接する壁面にミューラルを描くというプロジェクトで、実際に6組のアーティストが参加した。この時、運営をしていた関わっていた⺠間団体「Kobe Mural Art Project 実行委員会」に川添さんもメンバーとして入っていた。「僕たちの活動の着火点になり、最初のポートフォリオの一つになりましたね」と川添さんは振り返る。

《淀壁》2022 大信ペイント本社(提供:WALL SHARE株式会社)JRA 阪神競馬場。子どもたちによるワークショップも行われた

家主ならぬ、壁主。壁とアーティストをつなげるビジネスモデル

神戸でのプロジェクトを経て、志を同じくする仲間とWALL SHAREをスタートした。ミューラルアートには“よい壁”が必要となるが、それは窓が少なくなるべく大きな壁のことだ。よい壁を見つけると、建物を所有する大家に営業をかける。個人や法人、管理会社を介する場合もある。彼らはそれを“壁主”と呼んでいる。「不動産事業者と提携している場合もあります。不動産賃貸と同様に、壁も賃貸していただいています」。最近ではWEBサイトやSNSからの問合せも増え、現在提携している壁は200を超えるという。

此花区の街を歩きながら、ミューラルを案内してくださった川添氏此花区の街を歩きながら、ミューラルを案内してくださった川添氏
此花区の街を歩きながら、ミューラルを案内してくださった川添氏川添氏の言う、よい壁の一例。窓が少なく、描ける面積が広く取れる

まず協力者である壁主には、「世の中にミューラルを増やしたい」という会社の意図を伝えて了承を得る。あくまでもアーティストが描くキャンバスとしての提供となるため、壁主による絵画の指定はできない。これは広告案件の場合も同様だ。壁主の費用負担や収益は基本的にはないが、企業による広告案件やプロジェクトベースの場合は、賃料が発生するケースもある。

「アーティストの選定はこちらでキュレーションしています。壁主の承諾をもらって、アーティストにも制作費を支払って、制作を進めていくスタイルです」と川添氏。制作に必要な塗料や足場、クレーンなどはWALL SHARE側が用意する。広告掲載の場合は期間限定で壁を原状復帰するケースもあり、ケースバイケースだ。創業して3年間のうちに国内で生まれた約100作品のミューラルは、こうやって地道に生まれてきた。

此花区の街を歩きながら、ミューラルを案内してくださった川添氏立体駐車場の壁に、アイナ・ジ・エンドが描かれた広告(提供:WALL SHARE株式会社)
此花区の街を歩きながら、ミューラルを案内してくださった川添氏広告ミューラルの制作課程(提供:WALL SHARE株式会社)

世界中からミューラルが集まる大阪市此花区

2023年から、「FUJIFILM INSTAX presents MURAL TOWN KONOHANA」がスタートしている。これは大阪市此花区を舞台に、世界のミューラルアーティストを招聘して、絵を増やそうという取り組みだ。主催はWALL SHAREで、富士フイルム株式会社の特別協賛を受けている。現在10ヶ国のアーティストが9つのミューラル作品を街なかの壁に描いている。

此花区は、川添氏が7年間居住している街。ミューラルに適したよい壁があるなと感じていた矢先に、富士フイルムから声がかかったのだという。

「アメリカ、スペイン、インドネシアなど、世界各国のミューラルアーティストがこの街に作品を残しています。ギャラリーや画廊、美術館だけでなく、日常の街の中でもアートに触れてほしい。街全体をキャンバスと捉え、ミューラルを通じて、誰もが気軽にアートに触れるきっかけをつくっていきたいです」

■参考
FUJIFILM INSTAX presents MURAL TOWN KONOHANA

此花区の川沿いに並ぶ元倉庫群に一部ミューラルが描かれた此花区の川沿いに並ぶ元倉庫群に一部ミューラルが描かれた
此花区の川沿いに並ぶ元倉庫群に一部ミューラルが描かれたロンドン出身・Dan Kitchenerによる作品。銭湯・千鳥温泉に描かれたミューラル

此花でも、ミューラルに対しては賛否両論だという。

「日本ではミューラルという文化はまだまだ発展途上なので、いろいろな意見をいただきますが、長く暮らす70歳のおばあちゃんがミューラルを見て、街を明るくしてくれてありがとうと言っていただけた時はうれしかったです。うちの家の上にも描いていいよと言ってくれる大家さんもいます。特に大阪では、面白そうだからやったらええやんと言ってもらえるケースが多い気がします」

川添氏が例に出してくれたのは、ハワイのカカアコ。倉庫の壁がミューラルで彩られたフォトジェニックなスポットだ。もともとは工業地帯だったエリアに、今ではさまざまなショップが並び、旅行客が集まる観光スポットとなっている。一足飛びにはなしえなくても、此花が新しい風景を生み出していることは確かだ。街には空き家以外にも、外壁という余白がまだ残っていた。ミューラルの文化が、日本でどのように受け入れられていくのか、普及していくのか彼らの活動を通して注目したい。

此花区の川沿いに並ぶ元倉庫群に一部ミューラルが描かれた日本とスペイン出身・Zosen、mina hamada.LURKによる作品
此花区の川沿いに並ぶ元倉庫群に一部ミューラルが描かれたインドネシア出身・FIVUSTの作品

公開日: