使われなくなった銀行の建物を活用、会員制民間図書施設「8BOOKs SENDAI」に
仙台市営地下鉄南北線長町駅から一本道を歩くこと約10分。突き当たりにガラス張りの目立つ建物が現れる。元々は仙台に本店を置く地方銀行七十七銀行八本松支店だった建物で、4年ほど前、支店の統廃合で使われなくなったものを同じ通り沿いに本社のある株式会社アイ・クルールが取得した。
同社は不動産業を中心に飲食事業、メディア事業など衣食住に関わる事業を展開しており、この施設はメディアを作る拠点として位置づけられていると8BOOKs SENDAIの山田はるひさん。
「ここ仙台にはたくさんの魅力があるものの、それが広く伝わっていない、地域に関心を持つ人、ここで働こう、暮らそうという人が少ないと感じています。それを変えるためにはどうすれば良いか。思いつくのは教育、政治、メディアですが、教育、政治は対象が広範すぎてどこから手をつけてよいか分かりません。でも自分たちがメディアになることはできるのではないかと考え、その拠点としてこの場所を活用することにしました。
仙台には信頼度の高い地元紙がありますが、若い人はそもそも新聞になじみがなく、地元出身の記者も少なく、あまり読まれていません。Webメディアも複数ありますが、新しいものを作るというより情報を消費しているだけに見えます。そこで消費するのではなく、アーカイブできる、仙台の中で文化に触れることに寄与するメディアが必要と考えています」
そのためには人が集まり、何かが生まれる場所、情報の発信地を作る必要がある。それが8BOOKs SENDAI(以下8BOOKs)である。人を集めるための具体的なツールとして本を選んだのは同社の社長・石垣智浩さんの思いから。本から多くを学んだと石垣さんは本を媒介に昔の人の言葉、人生と触れ合うことが自分の人生を変えるスイッチになるのではないかと考えているという。
そこで購入、貸出をしない、いってみれば本のサブスクができる場として8BOOKs SENDAIが誕生することになった。ブックカフェはあるものの、宮城県、おそらく東北エリアでは初めての民間の図書施設である。ちなみに8は八本松の地名にちなんだもの。地域に愛される図書施設になるようにという思いが込められている。
高い天井が気持ちいい8BOOKsの読書空間には個性的な椅子も多数
開業したのは2022年8月。建物の形自体は銀行時代と変えていない。銀行時代は1階に窓口があり、2階が事務室になっていたそうだが、現在は1階の入って左側にスタッフのいるカウンターがあり、壁際はすべて書棚。中央に読書スペースがある。入り口近くにはドリンクコーナーや今月の選書紹介のブース、限定グッズも置かれている。
2階は主に子どものためのスペースとなっており、入ったところに飲食可能な机、椅子コーナーがあり、その奥、窓際は靴を脱いで寛ぎながら本に親しめるカーペットが敷かれたエリア。大きな窓からは駅方面が一望でき、それを見ているだけでも楽しめる。一部には子どもたちが好きな隠れ家空間も作られている。
「もともと天井が高く、気持ちの良い空間だったので、今も一度入館すると1時間、2時間、あるいはそれ以上と長く滞在する人が多くいらっしゃいます」。
中央には一段高くなった円形スペースがあり、ここはイベント時に舞台になったりする。2023年8月には開業1周年を記念したトークイベントで使われたそうで、ちょっと目立つ場所である。
目立つといえば館内に置かれた椅子、テーブルである。皮革製の大きな一人用ソファがあるかと思えば、カラフルな布製もあり、集中できるようにカバーされた席もあるなどバリエーションが豊富なのである。
「公立の図書館は建物、デザインが素晴らしくても椅子はそっけないことが多いようですが、ここではさまざまな椅子を用意。お気に入りの椅子を見つけてくださいねと言っています。運営会社であるアイ・クルール自体が不動産業を主たる事業として扱っており、家具付で住宅を提案することもあるので、インテリアにはこだわりがあります」。
いつも同じ椅子に座る人もいれば、その日によって違う椅子を選ぶ人もいるなど訪れる人は本だけでなく、椅子も楽しんでいるとか。家具、インテリア好きにはその面からも楽しめる図書施設というわけである。
8BOOKs の本との偶然の出会いが楽しめる選書と配置
壁一面に作られた書棚は「なりたい」「触れる」「気づく」「表現する」「繋がる」「参加する」「続く」「このさきも仙台に」という8つのコンセプトの元に選書され、配置されている。
選書を担当しているのは六本木で入場料制の書店「文喫 六本木」を運営する日本出版販売株式会社。2023年9月時点ですでに1万冊の本があるが、それに加えて毎月30冊前後の新しい本が入ってくることになっている。新たに加わる本のうち、売れ筋は2~3冊。利用者からリクエストのあった本も入るものの、あとは街中の書店ではあまり置かれないだろうものが入ってくる。
「仙台には個人書店が少なく、また、あったとしても売れ筋以外を多く並べる冒険はしにくい状況があろうかと思います。本に詳しい書店員さんも減っていると聞きますが、ここに来ればこんな本があったんだ!という驚きがあります」。
実際の書棚を見ると小説の隣に写真集があったり、新刊の隣に古くからのベストセラーがあったりと連想ゲームのように同じ言葉のもとに多種多様な本が並べられている。興味ある本の隣に全く手にしたことない分野の本が並んでいたら、なんだろうとつい手にしてしまうかもしれない。本好きにはもちろん、何を読んだらよいか分からない人にも気軽に本に親しめるきっかけがあるのだ。
「いくら検索してもネット上で出てくるのは自分が入れた検索ワードの結果だけ。でも、ここでは自分が検索しないワードとの出会いがあります。偶然の出会いはリアルでしか生まれないものだと思いますが、ここにはそんな出会いができるような仕掛けがされているのです」。
雑誌は多少置かれているが、新聞はなく、漫画はそれほど多くはないが置かれている。
図書館の活用方法は、仕事、読み聞かせ、勉強と使い方はその人次第
出会いを促進する仕掛けもある。入館すると渡されるしおりである。裏にニックネーム、SNSアカウントをメモできるようになっており、次に来たときに続きを読めるように読みかけの本に挟んでおくことができる。その本を手にした人は同じ本を読んでいる人がいることを知り、交流することもできる。書棚を見ているとしおりが挟まれた本もあり、読まれているのだと思うだけでその本を手に取りたくなるのは不思議だ。
利用のための入場料は日額で大人1300円、大学生1000円、中高生、小学生は500円で保護者と未就学児は1000円。月額で会員になるという手もあり、利用料金は年齢や所属によって異なるが、1000円~3000円ほど。午前中の9時半~12時限定で500円という料金設定もある。休館日は水曜日。朝9時半から夜19時まで利用できる。
現在、会員は330~340人ほどおり、月に30~50人ずつ増えているという。うち、50人はほぼ毎日やってくるという「常連」。逆に観光的にやってくる人もいるそうだ。
「周辺がいわゆるベッドタウンなので平日の午前中は人が少なく、夕方くらいから混んできます。仕事をしている人もおり、最近でも朝10時から夕方6時までとほぼ一日セカンドオフィスのように使っている人もいます。出入り自由で、飲み物も1杯は無料ですから、ノマドワーカーのような人の利用も少なくありません」。
周辺に中学、高校が多いことからテスト期間中は生徒たちの姿が増える。自宅の部屋は静かすぎて落ち着かないのでとわざわざここに来て勉強をする子どもたちもいるそうだ。
2階では子どもに読み聞かせをしているお母さんの姿も多い。
「絵本などけっこう高い割に子どもが大きくなってしまうと読まれなくなるもの。そこでここにある本で読み聞かせされる姿も。他に読まれている本としてはデザイン、表現に関する書籍やよく知られている著者、タイトルの本など。ビジネス系ではお金の運用、マイホーム関係、子どもが少し大きくなったお母さんたちには再就職を意識してか、資格やビジネストレンドなど仕事の本が選ばれているようです」。
8BOOKsをきっかけにイベント参加者が地域を訪れることで賑わい創出にも期待
順調に会員は増えつつはあるものの、意外に来訪が少ないのが大学生。仙台駅エリア周辺に学校があるため、ここまで足を延ばそうという気にならないのだろう。だが、8BOOKsのアルバイトは全員大学生。アルバイト募集には200人もの応募があったそうだ。
「バイトの皆さんには本にこだわることなく、情報発信をしてもらっています。宮城の学生の毎日、宮城の魅力、宮城の中小企業の紹介など内容は多岐にわたっています。彼らが構成、質問を考えて行っており、Webサイトだけでなく、YouTubeで動画の配信も。それらが蓄積していくことで街の魅力が伝わるようになっていけばと考えています」。
彼らが作ったコンテンツは8BOOKsのホームページ内で8BOOKs学生部として分かりやすくまとめられている。今、仙台で学生たちが何に関心を持っているのか、どんなイベントが開かれているのかなどといった真面目なことから、ドライブやチャーハンを極めるなど仙台で暮らす大学生の日常が垣間見える記事も。就職関連の記事もあるので学生には役に立ちそうだ。インスタグラムでの発信も行っている。
8BOOKs では今後、施設の通常利用以外にも、イベントの開催を積極的に行い、より仙台や地域に関わりながら活動していく予定だ。
「8BOOKsの周辺は住宅が多く、歩いてもいまひとつ楽しい場所ではありません。ですが、イベントに参加してくれた人が周辺のカフェを訪れるなどで少しずつこの地域に賑わいが生まれてくればと思っています」。
長町は複数の遺跡があり、江戸時代には奥州街道の宿場町として栄えた歴史あるまちで、JR東北線、仙台市営地下鉄南北線が利用できるなど交通利便性も高い。1997年から駅周辺の貨物ヤード跡地を利用して大規模な区画整理が行われたことから駅周辺にはマンション、その周囲には一戸建ても多い。ただ、大規模商業施設は複数あるのだが、比較的新しいまちのため、ちょっと立ち寄りたくなるような場所、個人店は少ない。
そこに生まれた8BOOKsが核になり、住宅地に魅力を加えることになれば住んでいる人にとってはハッピーなこと。駅からは分かりやすい場所である。仙台では自転車を持っている人が少ないそうだが、平坦で走りやすい道でもある。ぜひ、訪れてみていただきたいものだ。
公開日:























