廃校の小学校の校舎が魅力的な場所に

北海道ではワイナリーが増加傾向だ。2021年に新しく誕生した「上ノ国ワイナリー」は、函館から車で約1時間、木古内を経由して、上ノ国町の湯ノ岱(ゆのたい)という集落にある。もともとは小学校だった建物を再利用し、サテライトオフィスも併設した施設だ。

ワイナリーは三角形の大屋根が印象的な木造建築。「校舎からの改築を最小限にとどめました」とスタッフの向井寿章さんは言う。閉校した旧湯ノ岱小学校の校舎は、もともとモダンなデザインで、目立った損傷もなく大規模改修の必要がなかったそうだ。教室を小分けにして、8つの宿泊ルームをつくった。ワイン販売コーナーも元は教室だが、高級感のある雰囲気だ。サテライトオフィスは、吹き抜けのある集会室をそのまま活用するなど、どれも小規模な改修で済ませている。ちなみにワイナリーは、体育館をそのまま活用して、機材を持ち込んだそうだ。

小学校の木造校舎が、ワイナリー施設に生まれ変わった小学校の木造校舎が、ワイナリー施設に生まれ変わった
小学校の木造校舎が、ワイナリー施設に生まれ変わったワイナリーの中を案内していただいた向井さん。コワーキングスペースでは暖を取るために薪ストーブを使用
上ノ国町の広報誌に、昭和60年ごろの旧湯ノ岱小学校の校舎や校庭が掲載されていた上ノ国町の広報誌に、昭和60年ごろの旧湯ノ岱小学校の校舎や校庭が掲載されていた

湯ノ岱地区は山間にありながら、湯ノ岱小学校の全校児童は最盛期の1959(昭和34)年には272人を数えたという。戦後復興と林業が活況を呈したためで、その後は過疎化が進行し、2015(平成27)年3月の閉校時の児童数はわずか4人だった。

校舎は築26年と比較的新しく、近年建てられた学校施設としては珍しい木造校舎だった。床はナラ材のフローリング、内壁はヒバ材の天然羽目板、外壁は丸太風に加工したカラマツの天然木板を使用するなど、木のぬくもりを感じさせる内装とシンボリックな外装は、地域の豊かな林業資源を象徴する建物だ。

小学校の木造校舎が、ワイナリー施設に生まれ変わった吹き抜けの廊下など、当時の学校としてはモダンな設計だったようだ

頼れる地元の起業家とタッグを組んで成功へのアプローチ

湯ノ岱小学校の閉校後、上ノ国町は「小学校は地域住民の心のよりどころであり、何とか校舎を活用して地域振興を進めていきたい」という方針を持っていた。そこで目を付けたのが、農業の6次産業化であるワイン製造だった。
町の基幹産業である農業や漁業の1次産業は、従事者数と所得額の減少に加え、従事者の55%以上が60歳以上という高齢化に直面している。将来を担う人材が不足していて、町の農林課と水産商工課は、既存産業への支援による産業振興には限界があると見ている。こうして高付加価値化によって所得の向上を図る方策を模索し、6次産業化を目指すことなった。

町による環境調査では、町内の気候と土壌がぶどう栽培に適していることが分かり、さらに、ワイナリーの運営に見込みがつき、工藤昇町長がワイン製造による農業の6次産業化への方針を示した。その決断には、地元起業家の加藤卓也さんのアドバイスが大きかったそうだ。官民が連携した結果ともいえる。

加藤さんは、上ノ国ワイナリーの役員も兼務している。工藤町長が町役場職員だった時代からの付き合いで、一緒に地元の産業振興に挑戦してきた仲だ。加藤さんはこれまでにも、持ち込まれる相談ごとを実現させたり、事業化させることで地元の雇用の拡大に貢献してきた。

ワイナリーの貯蔵スペースで、加藤さんに施設の説明をしてもらったワイナリーの貯蔵スペースで、加藤さんに施設の説明をしてもらった

理想のワイナリーづくりを一から研究

宿泊施設として、ベッドや椅子等を設置している宿泊施設として、ベッドや椅子等を設置している

ワイナリーの運営は、上ノ国開発株式会社が担った。名古屋市に本社を置く広告代理業の株式会社アルファポイントが2019年12 月に設立した関連会社で、同社代表の丸山和之さんが代表を兼務する。町が包括連携協定を結び、互いの役割を果たしながら事業を進めている。ちなみに加藤さんの会社、上ノ国ファーム株式会社が畑の管理と運営のバックアップを行っている。

もともと丸山さんは、加藤さんの紹介で名古屋からやってきた。自身でワインバーも経営していて、ワインの知識や人脈も豊富だ。しかしワインを作るノウハウがなかった。
そこで2019年3月に加藤さんと丸山さんはトルコに行きワイナリーを視察した。宿泊施設もあり、年間のべ数万人が泊まるというその規模の大きさに加藤さんたちは圧倒されたそうだ。

上ノ国町のワイナリーも、宿を併設する方針にした。学校の教室をそのまま使えるだろうという意見が出て、さらにサテライトオフィスを併設するアイデアも生まれた。

宿泊施設として、ベッドや椅子等を設置しているサテライトオフィスには大きな開口部から光が差し込む。S字型のデスクは、小学校で使用していたものを活用
バスケットボールのリングが残されていて、元は体育館だったことがわかるバスケットボールのリングが残されていて、元は体育館だったことがわかる

加藤さんは、町外の人脈が豊富で、そのツテで、醸造もしてぶどう栽培もできるという人を紹介してもらった。さらに、新しいワイナリーに出資したいという人も集まってきて、立ち上げの準備が整ってきた。

2020年、町は体育館をワイナリー、校舎をサテライトオフィスと宿泊スペースに改修し、「運営は民間に任せ、町は施設を貸し付ける」という役割分担となった。同年、体育館だった醸造所には、圧搾機や瓶詰め機などの機材が設置された。

豊富な人脈を頼りに、ワインづくりが実現

2020年からワイナリーは本格稼働した。ところが、ワインづくりのために新たにぶどう栽培をするのは、簡単ではなかったと加藤さんは振り返る。北海道ではワイナリーが増加傾向で、苗の入手にも難儀した。初年度は苗も買えない危機となったが、丸山さんの人脈で手配ができ、5,000本の苗をワイナリーの近隣に植えることができた。

さらに、初年度はワインの仕込みも簡単にはいかなかった。ぶどうの仕入れ先が見つからなかったのだ。加藤さんのツテで、厚沢部町にあるぶどう園から購入できることになった。収穫も、加藤さんのトマト農園で働いているスタッフが収穫応援をしてくれたことで、ワインの仕込みのタイミングに間に合ったそうだ。

イタリアのトスカーナにある「イタリアソムリエ協会本部 / アカデミア・ディ・ヴィーニ」と提携もしている。立ち上げ当初は、実際に上ノ国ワイナリーに来てもらってアドバイスを受けた。タンクの形もイタリアで昨今使用されている玉子型にしている。一般には寸胴型だが、玉子型のほうが循環によって熟成にいいそうだ。
現在では、イタリアソムリエ協会本部 / アカデミア・ディ・ヴィーニの担当者と定期的にweb会議をして、送ったサンプルを見てもらいながら、さまざまなアドバイスをもらっている。

上ノ国ワイナリーの方針としては、毎年、同じ醸造家が醸造に携わるのではなく、ここで醸造家を育て独立する人を作っていきたいという。誰か1人に固定するのではなく、いろいろな人がチャレンジできるようにしているのが特徴だ。

「外に開かれたワイナリーづくり」を通じて、町外のいろいろな才能を持った人たちとの交わりが増え、地元に仕事が増えることで、お金も入ってくるという良い循環を生み出したいと加藤さんは言う。

アメリカから取り寄せた玉子型の貯蔵庫。発酵させる際、丸い形状が対流効果を生むそうだアメリカから取り寄せた玉子型の貯蔵庫。発酵させる際、丸い形状が対流効果を生むそうだ

初年度は上々のワイン、次にGACKTワインで話題性も

「上の泡 セイベル ロゼスパークリング」のラベルは、「上」と「神」を掛け合わせたデザイン「上の泡 セイベル ロゼスパークリング」のラベルは、「上」と「神」を掛け合わせたデザイン

初出荷ワインの「上の泡 セイベル ロゼ スパークリング 2021」は、上ノ国の隣町、厚沢部町で育てられたワインぶどう品種、セイベルを100%使ったスパークリングワインだ。赤ワインに近い濃い色合いと、セイベル種のドライな酸味が特徴。瓶内で二次発酵させるシャンパーニュ製法で作られ、繊細でエレガントな味わいになっている。
加藤さんや丸山さんの活動に賛同したワイン好きの人々が多く購入するなど、玄人受けする味にまとまり、初年度にしては、評判も上々だったと丸山さんは振り返る。

「上の泡 セイベル ロゼスパークリング」のラベルは、「上」と「神」を掛け合わせたデザイン教室を販売コーナーにリニューアルしている。室内は一定の温度を保っている
GACKTさんの上ノ国町でのワイン作りへの想いが書かれたチラシGACKTさんの上ノ国町でのワイン作りへの想いが書かれたチラシ

この4月から、新しいプロジェクトが始まっているそうだ。上ノ国ワイナリーの出資者に音楽業界の人もいる関係で、ミュージシャンのGACKTさんがワインづくりに関わることになったのだ。ワイナリーの隣の校庭だった場所に専用圃場「GACKT Vineyard」を設けた。GACKTさん本人もやってきて、畑づくりから始めたという。GACKTさんが、思い入れのあるピノ・ノワールを苗木からセレクトし、土づくり、肥料選びにもこだわっているそうだ。

北海道では後発でありながら、ユニークな方法で着々とファンを増やしている上ノ国ワイナリー。隣町の木古内や江差とも連携を進めていて、ワイナリーに滞在しながら周遊するワインツーリズムの基地となることを目指している。元小学校の建物が、ワイナリーの風格を漂わせつつある。

「上の泡 セイベル ロゼスパークリング」のラベルは、「上」と「神」を掛け合わせたデザインワイナリーの隣には、GACKTさんが自身で植えたぶどうの畑がある

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