老朽化した空き家の使い方を数年かけて模索

改修前の2棟。どちらも、かなり老朽化している(写真提供/オルガワークス)改修前の2棟。どちらも、かなり老朽化している(写真提供/オルガワークス)

2017年秋、大阪市大正区の小川文化という、その当時で築60数年という2棟の長屋の1棟を利用して1階に工房と店舗、2階に住居を配したクリエイターのための職住一体の複合施設「ヨリドコ大正メイキン」(以下、メイキン)が誕生した。LIFULL HOME’S PRESSでも記事として取り上げたので記憶にあるという方もいらっしゃるかもしれない。私も誕生から2年少したった2020年1月に現地を訪れた。

驚いたのは改装されなかった南棟の状況。2018年の暴風雨で瓦が飛び、扉が空を舞うほどの被害を受け、訪れた時には屋根にはブルーシート、一部の窓はベニヤ板で塞がれており「これでは再生は難しかろう」というような状態だったのである。

大阪市大正区「ヨリドコ大正メイキン」。取り壊し寸前の長屋がシェアアトリエ+住居+店舗に

改修前の2棟。どちらも、かなり老朽化している(写真提供/オルガワークス)北側の改修後。南側は北側改修後も入居者がいたため、そのままの状態がしばらく続いた(写真提供/オルガワークス)

だが、2023年6月。その南棟が「ヨリドコ 大正るつぼん」(以下、るつぼん)という福祉×アート×小商いをテーマに掲げた地域の暮らしのヨリドコ長屋として再生されると聞いた。多世代が交流、地域内の相互扶助コミュニティを生む場として使われるのだという。

あの長屋を使うのは大変だっただろうと現地に向かったのだが、そこで見たのは南北2棟の間に緑の中庭がある、かつての長屋の様子とは全く異なる風景。しかも、大事なことは見た目が変わっていたことだけではない。2017年の北棟のリノベーション以降の数年をかけて南棟のあるべき姿を検討、作り上げてきたのだという。

建物の工事に時間がかかったということではない。ここに何を作るべきかを考え、そのための実験を行い、そこで人間関係やノウハウを培ったうえで、最後に手を入れたのが建物。建物を造ってから使い方を考えるのではなく、まず、その中で営まれるべきこと、それと地域との関係を考え抜いたうえで箱を造ったのだという。一般の不動産の作り方、使い方とはかなり異なる、ソフト最優先で誕生した複合施設ができるまでをじっくり聞かせていただいた。

改修前の2棟。どちらも、かなり老朽化している(写真提供/オルガワークス)改装前の南棟の状況がこちら。よく改修したものである(写真提供/オルガワークス)
改修前の2棟。どちらも、かなり老朽化している(写真提供/オルガワークス)今はとても魅力的に見える中庭だが、改修前はこんな感じ。単なる室外機置き場だった(写真提供/オルガワークス)

食がキーワードになる。その予感から飲食店を経営

細川さん(左)と小川さん。お二人とも穏やかな話しぶりが印象的細川さん(左)と小川さん。お二人とも穏やかな話しぶりが印象的

メイキン、るつぼんなどを運営するオルガワークス株式会社は、大家さんである小川拓史さんと小川さんが運営するビルの空き室に個人事業主として入ってきた細川裕之さんがメイキンを作った1ヶ月後に立ち上げた会社。

小川さんはもともと小川合名会社という大正11(1922)年に創業した不動産を管理する会社を経営しており、建物の老朽化に伴ってソフト面の開発、アパレルなどと幅広い事業を展開してきた。ジャンルは多岐にわたるが基本的には「人と人とのつながりを中心に衣食住に関わる仕事」と小川さん。また、ライフワークの一環として地域活動にも関わっていた。

そうした各種事業を行っているうちに、手伝ってくれていた細川さんと一緒に事業をすることになって会社を立ち上げたのだが、その時点からメイキンは完成していないという感覚があったと細川さん。

「アートを通じてモノを作る人同士はここでつながるけれど、地域への広がりはありません。もっとこの場を地域の日常に必要なものにしていかなくてはと思ったのです。そのためには人が足りていない、もっと集落的な要素を育てていきたいと考えました」と細川さん。

それを模索するためにメイキンの半年後から飲食店・TENCHOS(テンチョス)の経営を考え始めた。次にここで何かをやるときには食が絡むはず。そのときに自ら運営できるノウハウを身につけておこうと考えたのである。

実験の場である。普通の飲食店が選ばないところでやってみようと場所を探した。条件は駅から徒歩10分以上、雑居ビルの2階以上の、なんでこんなところに飲食店を開くのだろうと思われる場所というもの。飲食店経営そのものが目的の人であれば怖くて選べないような立地である。

探して見つけたのは北区兎我野町。歴史的には寺町だが、現在はラブホテルや、風俗店が集まっているエリアだ。

「人の縁をたどってしか来られない場所に人が集まりやすい食の場を作ったら、どういう人がどういうルートで来るのか、実験をしようと思ったのです。大正区も同じような立地と考えると、ここで経験してみることには価値があるだろうと考えました」と細川さん。

不便な飲食店にわざわざやって来る人たちが求めるもの

TENCHOS は、2019年4月にオープン(*)。ゴールデンウィークまでは知り合いが訪ねてきてにぎわった。だが、その後に誰も来ない暗黒の2ヶ月が続いた。しかし、面白いことにそこから状況が変わった。知り合いの知り合いが訪れたり、常連さんができたりと徐々に人が来るようになってきたのである。

「しかも、しゃべりたい人が来ました。最初に4人グループで来店、そのうちの一人、しゃべりたそうな顔をしている人が3日後にもう一度来るぞと思っていると、その通りにその人が一人でやって来る。その後も何度もやって来るのです」

と聞くと、話したい人ばかりが来るかのようだが、そうではない。自分の話だけしたい、他人の話を聞かない人はいつの間にか来なくなり、自分も話すが、他の人の話も聞く、誰かと関係性を作りたいと考えている人たちが来るようになった。

訪れる人には職種にも偏りがあった。弁護士などいわゆる先生と呼ばれる職種の人たちや行政職員、介護職、看護職など人の悩みを解決する側の人たちが集まるようになったのである。カウンターに立つ小川さんや細川さんと話をしようとカウンター席が先に埋まるようになっていき、コロナ禍中も自分にとってセーフティな場所と思われたのか、訪れる人の数は変わらなかった。

かつて経営していた店、TENCHOS。賑わいぶりがよく分かる(写真提供/オルガワークス)かつて経営していた店、TENCHOS。賑わいぶりがよく分かる(写真提供/オルガワークス)

こうした関係の中で2人が発見した言葉は「大きく言うと福祉。この言葉の本質が人間関係であることを理解しました。それにつれ、あの長屋は関係性を紡ぐ、地域の人の生活を楽にするためのハブになり得るのではないかと思うようになったのです」。

(*)2022年に営業終了

連続性を大事にしたやり方で地域の信頼を得る

自然に空き家になっていた南棟。角の住戸の室内(写真提供/オルガワークス)自然に空き家になっていた南棟。角の住戸の室内(写真提供/オルガワークス)

時間をかけて飲食店を経営、実験をしているうちに南棟の状況が変わった。居住していたおじいちゃん、おばあちゃん、移住者は前述した2018年の暴風雨以降にそれぞれ退去し、2019年末には空き家になっていたのだ。これは建物が「まだやれるぞ」と言っているのだと2人は考えた。だったら、急いでやらないと。

2020年3月、相談を受けた空き家活用のプロ集団、大正・港エリア空き家活用協議会WeCompassの総合プロデューサー・川幡祐子さんは2人の「あの長屋を改修します、福祉をやりたいんです」という言葉に驚かされることになる。川幡さんはメイキンでも2人に並走していたが、それ以降で南棟の劣化が進んでいたことはよく知っていた。コロナ禍でもあり、建築費も高騰、社会情勢的にはよいタイミングとは言えない。だが、再生計画はスタートした。

自然に空き家になっていた南棟。角の住戸の室内(写真提供/オルガワークス)改装は柱と梁を残してスケルトンにしてからスタート。銀行などには本当にあの建物を再生するのですかと不思議がられた(写真提供/オルガワークス)

最初は国土交通省の補助事業に応募した。だが、1日ごとに変化したい、日々の経験から育まれる可動性や流動性が強みの彼らの仕事の流儀と、固定した用途で10年間やってくださいという事業が相いれるはずはなく、採択はされたものの、さんざん悩んだ結果、途中で辞退することになった。

「ただ、採択されたことは内容、方向性の正しさについての自信になりました。また、採択された他事業者と話をしているうちに、自分たちが連続性を大事にしてやってきたことが福祉に関わる事業をスムーズに伸展させるために必要なことにも気づかされました」

福祉関連の施設建設にあたっては、近所の人たちから外の人が来るのが怖い、嫌だなどと反対を受けることがある。土地だけを所有し、地元とはそれまで何の関係もなかった事業者が土地を活用して施設を造るような場合にはありがちなことだ。

だが、るつぼんでは経営にあたるオルガワークスが新築するより多額の費用を投じるというリスクを背負いつつも、建物、周囲との人間関係はそのまま継続されている。以前住んでいた住民に彼らが「取り壊すつもりはないから、ずっと住んでいていいよ」と言っていたことも地元の人は知っていただろう。

「自分たちの合理性を優先して新築を選んだり、居住者に出て行ってもらったりしていたら反発されていたかもしれません。でも、私たちはひたすら時が来るのを待って、地域とその連続性を大事にしてきました。完成後には地元の人たちをお呼びした時には『残してくれてありがとう』と言われたり、昔話をされたり。喜んでいただけました」

自然に空き家になっていた南棟。角の住戸の室内(写真提供/オルガワークス)改修前にはいつ物が落ちてきてもおかしくないほど劣化が進んでいたそうだ(写真提供/オルガワークス)
自然に空き家になっていた南棟。角の住戸の室内(写真提供/オルガワークス)かつての写真と比べると建物が改装されただけでなく、庭ができたことで魅力は倍ではなく、3倍、4倍になった気がする

飲食店の常連だった人が出店、人間関係がるつぼんを支える

これまでと違う福祉というジャンルでの事業だが、2人はこれまでさまざまな場所で人と会って来ており、その点での不安はない。特にTENCHOSの存在は大きい。たとえば建物1階角におばんざいカフェ「まにまに」を開いた、子育てが終わったところという50代の女性はTENCHOSに客としてやって来ていた人。

「お節介焼きでイベント慣れしていて、食をやりたい、福祉も知っているという人で、声をかけたらやると即答。出店を決めてくれました。また、最初に出店を決めてくれた人は、長年、障がい者デイサービスをやってきた人で、以前、大正区でも事業をやりたいとヨリドコ大正メイキンを見に来てくれました。そのときには建物がバリアフリーでないことから障がい者デイサービスは難しいと諦めたものの、私たちと仕事がしたいと、新たにるつぼんで就労支援事業所B型の事業を始めることになりました」

角にオープンしたのがおばんざいカフェ「まにまに」。丁寧な手作りの味が人気だという角にオープンしたのがおばんざいカフェ「まにまに」。丁寧な手作りの味が人気だという
角にオープンしたのがおばんざいカフェ「まにまに」。丁寧な手作りの味が人気だというグルテンフリー、ヴィーガン焼き菓子の店、アトミヨソワカの店内。取材の最中もご近所さんと思しき方々が買いに来ていた

同事業者は建物西側の1階、2階を借りて作業所としてグルテンフリーのヴィーガン焼き菓子を作って路面店で販売しており、その隣には訪問介護事業所も。事業を始めて18年目にして初めて就労支援事業所を始めることになり、何を売るべきか悩んだものの宗教やアレルギーに関係なく、誰にとってもおいしいお菓子を作ることにしたとか。

働く障がい者、購入する人、そして事業者の三方よしを目指しており、ここに出店してからフードロス、ワンウェイプラスチックなど環境問題にも目覚めたそうだ。

それ以外にも今後訪問看護をしたいという構想に対し、手伝いたいと自発的に修業に行っているTENCHOSで知り合った看護師さんがいるなど、2人の周りには一緒に働きたいと言う人たちが数多く集まってきている。

「今は優秀な人を雇うのが大変な時代です。でも、私たちはTENCHOS以外のビジネスでも自ら出向いて人と話をして売るなどつながりを大事にしてきて、これまでに何十人、何百人と出会ってきました。最初にお金の話をするのではなく、リノベーションや社会性の高い仕事をすることで共感してもらい、そこから次の仕事をする。新しい事業を展開するときにも人がいるから最初からアクセルが踏めます」

角にオープンしたのがおばんざいカフェ「まにまに」。丁寧な手作りの味が人気だという右が店舗、通路を挟んで左側がキッチンになっている

使う人、ビジネスを作ることで空き家を再生

2階の福祉テナントの入居を予定している区画。内装などはとてもシンプル2階の福祉テナントの入居を予定している区画。内装などはとてもシンプル

逆に建物だけ造って、そこでビジネスする人の募集を経緯も思いも共有していない不動産会社に任せ、誰が来るかが分からない状況のほうが不安ではないかと細川さん。2人は食の場を作るために3年間自営してきており、それ以前のシェアオフィス、シェアアトリエでも入居者の悩み相談に乗ってきた。

ときには頼まれてもいないのに紅茶のシロップを勝手に試作して打ち合わせに持って行ったり、以前は照明の設計をしていたインテリアのプロである細川さんが入居者と一緒に店舗に置く家具を見に行ったりと、超絶お節介にコンサルしまくっており、そうやって当事者と一緒に場を作ることが成功への第一歩となっている。

「日本ではビジネスを学ぶチャンスがなく、分からないままに数百万円の投資をしてビジネスを始める。それではいくら限られた地域内での小商いでも成功にはつながらない。学んで実践して成功を増やしていかないと空き家の再生にもつながりません」

2階の福祉テナントの入居を予定している区画。内装などはとてもシンプル2階中央の通路。一部、古い柱もあり、建物の歴史を垣間見ることができる

共感する人を育てる、その人と一緒に新しいビジネスをする、成功するように力を合わせる、それがぐるりと回って空き家の再生につながっているのである。つまり、まず空き家再生ではなく、空き家を使える人、ビジネスを生むことで空き家を使っていこうというわけで、これはこれまでにないやり方なのではないかと思う。

ところで、肝心の建物の話を書いていない。最後にざっくりとご紹介しておこう。

南棟は北棟同様に5軒長屋だったが、柱、梁を残してスケルトンにして壁の位置を変えて改装。1階、2階にそれぞれ共用のトイレを設け、1階には通り側と北側との間の庭に抜ける路地的な通路が設けられている。1階はその通路を挟んで東側が就労支援B型事務所のキッチンがあり、西側には通りと、庭から入れるように6区画が用意された。

そのうち、就労支援B型事務所のキッチンスペースと向かい合う場所にはキッチンで作ったヴィーガンスィーツを売る店舗、同じ事業者が営む訪問介護事業所が入っている。その隣の2区画は現在壁がない、1区画の状態で募集中。西側の2区画にはおばんざいカフェ、和紅茶カフェが入っている。

2階は東側に就労支援B型事務所の作業スペースがあり、建物の真ん中、東西の廊下を挟んで4区画が用意されている。ここは福祉事業のテナントが入る予定で、一番角は交流の場としてキッチン、テーブルが用意されている。

ここでは月に2回、福祉の窓口として開かれる予定で学び合う、相談するような場になるそうだ。ちょうど道路が交わる、建物としても角に当たる場所で大きな窓があり、建物全体に開かれた印象を与えている。

2階の福祉テナントの入居を予定している区画。内装などはとてもシンプル平面図。1階には主に店舗、2階には主に事務所と考えると分かりやすい(図面提供/オルガワークス)
2階の福祉テナントの入居を予定している区画。内装などはとてもシンプル入居している人たちが使えるほか、買ったものをここでいただくことも。また、勉強会などの会場にもなる2階の共同リビング(写真提供/オルガワークス)

小さな中庭が生む大きな可能性

ご神木がちょうど中央に見えるなんとも素敵なロケーション。夜、光が入るともっと素敵かもしれないご神木がちょうど中央に見えるなんとも素敵なロケーション。夜、光が入るともっと素敵かもしれない

2階にはもうひとつ、休憩室として南北2棟の間の緑を見下ろす場にベランダが造られている。ここは予算の関係で一時造らないことになっていたが、働いている人のメンタルヘルス的にも、また、建物のにぎわいを外に見えるようにするという意味なども考えて造られた。

ベランダに立つと正面に道を挟んで向かい合う泉尾神社のご神木が正面にそびえ、守られているような雰囲気である。

そして大事なのが2棟の間にある中庭。以前は室外機が目立つ、役目のない場所だったが、現在は地域交流の場として位置づけられている。室外機は木の格子でカバーされており、ベンチとして使えるように。

「建物が小さいので店の中に客をとどめて抱え込むのは諦め、中庭や通り庭のような路地を使って回遊してもらい、場を共有しようと考えました。建物だけを器として考えるのではなく、エリア全体をフィールドにしてしまおうというわけです」

ご神木がちょうど中央に見えるなんとも素敵なロケーション。夜、光が入るともっと素敵かもしれない室外機に木のカバーをすることでベンチ風に

緑が多く、ちょっと座れる場所なので、買ったものをその場で飲んだりするにもいいし、ライブなどイベントの場としても機能する。ウェディングもいいねという声もあり、そのときにはその昔の公民館での結婚式のように、みんなで炊き出しをして振る舞うスタイルも面白いのではという声も出ているそうだ。

中庭を挟んで既存のクリエイターたちのアートの場と新たに生まれた福祉、小商いの場が交わり、新しい関係が生まれると考えると、中庭の意味は大きい。空間としては限られた小さな場所だが、これからいろいろなモノ、コト、人が重なっていくはず。場としてもそうやって使われることはとてもハッピーだろうと思う。

ご神木がちょうど中央に見えるなんとも素敵なロケーション。夜、光が入るともっと素敵かもしれない2つの建物に挟まれた中庭はどこか隠れ家風でもある(写真提供/オルガワークス)
ご神木がちょうど中央に見えるなんとも素敵なロケーション。夜、光が入るともっと素敵かもしれないさまざまな人が交じり合い、会話の生まれる場所になるんだろうなと、訪れてみて思った(写真提供/オルガワークス)

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