著名なクリエイター16人による「誰もが快適に使える公共トイレ」
いきなりで恐縮だが、外出先で気になるのがトイレ。必要に応じて公共のトイレを利用することもあるだろうが、皆さんはどこのトイレを利用しているだろう?
日本財団が、全国の17歳~19歳の男女1,000名を対象に2021年5月に実施した「公共トイレ」に関する意識調査によると、「デパートや映画館など商業施設のトイレ」の利用率が57.1%と最も高かった。それに対し、「公園内や歩道にあるトイレ」は13.5%と低い利用率になっている。設置場所ごとのトイレの印象では、「デパートや映画館など商業施設のトイレ」は、「きれい」65.0%、「安全」24.3%、「明るい」26.3%など、比較的ポジティブな印象をもたれている。一方、「公園内や歩道にあるトイレ」は、他の設置場所に比べ、「汚い」67.6%、「危険」22.8%、「暗い」23.4%、「臭い」28.6%と、ネガティブなイメージで捉えられていることがわかった。
そうしたなか、この意識調査を実施した日本財団では、公園や道路沿いにある公共トイレのイメージを刷新しようと、東京・渋谷区と連携して「THE TOKYO TOILET」プロジェクトを進めている。渋谷区内の既存の公共トイレのなかから公園やまちなかにある17ヶ所のトイレを対象にし、改修するというプロジェクトだが、単なる改修ではない。性別、年齢、障害の有無を問わず、誰もが快適に使用できる公共トイレをコンセプトに、建築家の安藤忠雄さん、隈研吾さん、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんら、著名なクリエイター16人がデザインを担当。2020年8月から順次、個性的なトイレへと改修されている。現時点(2023年1月末現在)までに全17ヶ所のうち14ヶ所が完成し、利用されている。
コンセプトや斬新なデザインが注目を集め、これまでに多くのメディアで紹介されたり、国内外のさまざまな賞を受賞。また、世界的な映画監督であるヴィム・ヴェンダースの次回作品は、この「THE TOKYO TOILET」のトイレを舞台にした映像作品で、主演俳優の役所広司さんがトイレの清掃員を演じるということで、話題になっている(2023年公開予定)。
「公共トイレ」とはいうものの、本当に多くの人たちにとって使いやすい場所なのか?
このプロジェクトが企画されたのは、2018年。その背景について、日本財団・経営企画広報部の佐治(さじ)香奈さんはこう話す。
「日本財団は、社会をより良くするための仕組みをつくり、広めていくことを目指している団体です。これまでも子どもの貧困問題や障害者の就労、海洋に関する取り組みや被災地の復興支援など、さまざまな社会課題に取り組んできました。この『THE TOKYO TOILET』のプロジェクトも、『公共トイレといわれているのに、本当に公共に開かれたものなのか?』という課題があることから始まっています。公共のトイレなのに4K(暗い、汚い、怖い、臭い)の場所といわれ、多様な人々が使える場として整備されていないのではないかと、私たちは考えました。ですから利用をためらう女性は少なくないでしょうし、高齢者や障害者にとって利用しやすい場所ではなかったと思います。そうした社会課題の解決を目指し、このプロジェクトがスタートしました」
また、そのころは、東京五輪・パラ五輪を控えていた時期でもあり、来日する外国人に向けて、日本の「おもてなし文化」として、公共トイレの整備が必要だという考えもあったという。
建築をはじめ、さまざまな分野のクリエイターが参画
プロジェクトを実行するにあたり、公共トイレを管轄する行政との連携が必要になるのだが、日本財団が組んだのが東京都渋谷区。日本財団と渋谷区が2017年から5年間の包括連携協定を結んでいたというつながりがあったことから、渋谷区内の公共トイレを改修するプロジェクトとして具現化されることになった。
「このプロジェクトがモデルケースとなり、公共トイレの課題を広く発信したいという目的もあります。そうしたことからも情報発信力のある渋谷区と連携することは意義のあることです」(佐治さん)
公共トイレは多様な人が利用する場所なので、デザインにも多様性をもたせたいということから、建築に限らず、プロダクトデザイン、インテリアなどさまざまな分野のクリエイターが参加している。
デザイン性とともに、使いやすさ、快適性を追求
デザインにあたり、日本財団がクリエイターに出した条件のひとつは、より多くの人が利用しやすくなるよう、ユニバーサルブースを設置することだった。そしてトイレの設置機器や空間のレイアウトなどはTOTOの監修を受けること。
それらの条件に対し、クリエイターは快く受け入れ、面白がって取り組んでくれたという。実際、面白いトイレに仕上がっている。筆者も、完成した「THE TOKYO TOILET」のトイレのすべてをめぐってみたが、デザイン性豊かなトイレと出合えて楽しかった。モダンな一軒家のような外観のトイレ、杉板で囲まれたトイレなど、どこも公共トイレの暗いイメージを払拭するデザインに仕上げられているだけではなく、それぞれのトイレでは、「誰でもが快適に使える」を目指してさまざまな工夫がなされている。例えば、オストメイト(人工肛門・人工膀胱を造設している人)の設備を備えていたり、車いすでも方向転換しやすいようにスペースの確保がなされている、LGBTQ(性的少数者)の人や別性の介助者が利用しやすくなるように男女共用の個室が多く設けられている、介助ベッドが置かれている…などといった取組みだ。
そうした使いやすさに加え、抽象的な言い方になるのだが、清潔できれいなトイレであることに驚いた。完成したばかりのようにピカピカなのだ。「まちなかや公園の公共トイレ=きれいなことを期待してはいけないトイレ」といったイメージが強いせいかもしれないが、こんなトイレがあるのなら安心して外出できる。それもそのはずで、このプロジェクトでは、きれいで快適な状態を維持するためにメンテナンスに注力しているという。
いかに維持管理をしていくか。今後も続く課題
「このプロジェクトはトイレを造るまでが50%、造ってからの維持管理が50%です。10年後、20年後と、きれいな状態を保ち、長く使い続けることができるよう、維持管理することがなにより重要だと考えています」(佐治さん)
「誰もが快適に使えるトイレ」を目指してクリエイターたちが創意工夫をこらしたトイレを、いかに維持管理していくか。この重要な課題に向き合っていくのは、たやすいことではない。
まず、日々の清掃。渋谷区の公共トイレは、通常、1日1回の清掃で、水洗いとブラシがけを主とする湿式清掃を行っている。それに対し、「THE TOKYO TOILET」のトイレでは清掃は1日に2~3回。各回で乾拭き中心の乾式清掃を実施し、床や壁、便器などそれぞれの場所の汚れや、材質に応じて専用の除菌・消臭剤とダスターを使い、手作業で清掃を行っている。乾式清掃は水を使わないので、乾燥した状態で清潔感を保ちやすくなるという利点がある一方で、清掃にかかる手間は湿式清掃に比べて倍以上かかるという。
毎日の丁寧な清掃に加えて、落としきれない汚れに対処するために、月1回、高圧洗浄機などを使って定期清掃を行ったり、年に1回、外壁や屋根の特別清掃の実施というメンテナンス体制を敷いている。さらには、毎月、外部の専門家であるトイレ診断士による点検を行い、洗浄度や機器の劣化の有無など診断。その診断結果と日々の清掃業務の報告を受け、維持管理協議会でトイレを清潔に保つための問題点を話し合い、改善をはかっている。ちなみに維持管理協議会は、日本財団、渋谷区、渋谷区観光協会の三者で構成されている。
このようにメンテナンスに取り組んでいても、設備の不具合が起きることがある。例えば、2022年12月中旬、「代々木深町小公園トイレ」と「はるのおがわコミュニティパークトイレ」で発生した不具合。この2ヶ所は、ともに建築家の坂茂さんによるデザインで、ガラス張りの透明トイレとして話題のスポットでもある。外壁のガラスには電気が流れると透明になるフィルムが貼られており、使われていないときは透明になる。トイレがきれいかどうか、トイレに不審者がいたりしないか、一目でわかるので、利用前の不安や心配の解消につながるという狙いがある。そして、利用者が中に入り、施錠すると、電気が流れなくなって不透明になる仕組みだが、気温が著しく低下したためにガラスの粒子が固まり、不透明になるまでに時間がかかっていた。現在は常時、不透明の状態で運用中。トイレの利用は可能ながらも、特徴である透明・不透明の切り替えができない状態だ。維持管理協議会では再発防止のため、検証中とのこと。
「代々木深町小公園トイレ」が暖色系でまとめているのに対し、同じく”透明トイレ“の「はるのおがわコミュニティパークトイレ」はさわやかな寒色系。ユニバーサル・トイレ、女性用、男性用、トイレに人が入っていないときは透明になる(上の写真)。筆者は2022年夏にこのトイレに入ってみた。多くの人が集う公園にあって、スケスケ状態のトイレの中へ入っていくことに少し抵抗を感じたものの、中に入って鍵をかけると、ガラスが不透明に変化し、外の様子がまったく見えなくなった(撮影:永禮賢、提供:日本財団)※「代々木深町小公園トイレ」と「はるのおがわコミュニティパークトイレ」は、2022年12月中旬より、ガラス壁の不具合のため、当面は常時、不透明の状態で運用長くきれいに使い続けるには、使う人の意識の向上も求められる
公共トイレの維持管理をするうえで、管理する側がメンテナンス、清掃を行うことは欠かせないことだ。さらに、公共トイレを使う一般市民も、自分たちの場所として大事に使おうという意識をもつことも大切だと気づかせられた。
「このプロジェクトのトイレは、クリエイティブなトイレが話題になったこともあり、使う側が『汚してはいけない』という気持ちになりやすいかもしれません。おおむね、きれいに使ってくださっていると感じています。それでもビールの缶などごみが放置されていたり、落書きや故意に設備を壊されたり、タバコの火の不始末と思われる設備の焦げつきといった事例があとを絶ちません。こうした問題は、もともと公共のトイレにあった課題ではありますが、思っていたよりも根深くて、どう解決していくのか、模索が続いています」(佐治さん)
そうした課題が明らかになっているなか、筆者が興味深く感じているのは、「THE TOKYO TOILET」のトイレで、小学生などを対象にした清掃体験イベントが開催されていることだ。参加者は清掃体験を通して、公共トイレをきれいに使うことの重要性や、デザインの可能性を感じるなど、さまざまな気づきを得られるだろう。こうした清掃体験イベントは今のところ、実施される機会は少ないようなので、これからはどんどん開催してほしいと思う。
斬新なデザインで使い勝手もよく、安心して使える公共トイレは地域の価値を高める
さて、「THE TOKYO TOILET」のプロジェクトのトイレには維持管理という課題はあるとはいえ、利用者から好評であることは言うまでもない。特に女性から「これまでは利用を避けていたまちなかの公共トイレを、安心して利用できるようになった」「きれいなトイレがあるから、子連れで公園に出かけやすくなった」といった声が多く寄せられている。さらには、この公共トイレをめぐることを目的に渋谷のまちを訪れる人も増えているというから、観光スポットのような存在にもなっている。
また、『THE TOKYO TOILET』のトイレは夜にはライトアップされ、場所によっては夜道を明るく照らすランドマークのような存在になっているトイレもある。「以前は暗くて不安だったので、近道でも避けていたのが、今はトイレが明るいので、夜でも安心して通れるようになった」と喜ぶ地域住民の声も届いているといい、地域の価値を高める役割も果たしているようだ。
「THE TOKYO TOILET」の斬新なトイレが、暮らしに必要不可欠なインフラである公共トイレに興味をもったり、そのあり方に目を向けるきっかけを投げかけていることは間違いない。
「THE TOKYO TOILET」のトイレは、2023年1月末時点で未完成のトイレが3ヶ所あり、2023年3月末までの完成を目指して工事が進められている。順調にいけば、2023年春には全17ヶ所が出そろう。楽しみに待ちたい。
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