基調講演とパネルディスカッションから浮かび上がった「これからの住宅市場」
2021年度に86.6万戸だった新築住宅の着工戸数は、2040年度には49万戸まで減る(野村総研)と予想されるなど、日本の住宅産業は将来が見通せているとはいえない。しかし、住宅産業が日本経済にとって内需の大きな柱であるのは言うまでもない。
国土交通省は「住意識の向上を図り豊かな住生活を実現するため」毎年度10月を「住生活月間」と定め、住生活に関する幅広い分野を対象とする総合的な普及・啓発活動を実施している。その一環として住生活月間実行委員会が「令和4年度住生活月間フォーラム」をオンラインで開催した。第1部の基調講演ではLIFULL HOME'S総研所長の島原万丈氏が登壇。第2部のパネルディスカッションと合わせて、フォーラムのテーマである「『新たな住まい方』と、住宅循環システム」について明らかにするとともに、少子化で縮小し続ける住宅産業のこれからを模索した。以下、フォーラムの内容をレポートする。
“お荷物”の築古住宅が成長の資源。リノベーションは成長戦略のドライバー
島原氏の基調講演では、今なぜ住宅循環なのか、テーマにある「住宅循環」という言葉の説明と、人口減少の中、日本の住宅市場の危機と、その原因について解説がなされた。
「国交省の資料によると、日本の住宅市場での既存住宅の流通シェアは、わずか14.5%です。一方その他の先進諸国では、アメリカ79.8%、イギリス89.0% フランス74.4%と、圧倒的に既存住宅の割合が高くなっています」
島原氏は、ここに2つの問題点があるという。
「ほかに諸外国で新築住宅に依存している国は、人口が増加していて、既存ストックでは住宅が不足する国です。しかし、日本は人口減少局面にあるにもかかわらず、いまだ新築に依存しています。また、日本は人口のポテンシャルに対して住宅市場が小さすぎるということも問題提起したいと思います」
人口が減り、世帯数も頭打ちの状況で新築住宅を供給し続けることは、空き家が増える要因になる。また島原氏は、イギリスやフランスは日本の半分の人口にもかかわらず、日本と同じくらいの住宅流通戸数の市場が形成されているとして、日本の流通量の少なさを指摘した。
島原氏は、日本で既存住宅の流通が低調な理由としてその資産性の低さを挙げる。
「日本では、一度買った不動産は、売るときには大きく値を下げるのが常識で、数十年で建物の価値はほぼゼロになってしまいます。そのため、売りたくても無価値、場合によっては売却後にローンだけが残る赤字の状態になることもあり、一度買ってしまうと売るに売れないのです」
対照的な例として、島原氏が視察をしたアメリカの中古住宅の例が、写真とともに説明された。
「サンフランシスコで見たこの住宅(下写真左)は当時築47年、ロサンゼルスの住宅(下写真右)は築70年と、23年の築年数の差があり、日本ではこの間に資産価値がゼロになります。ところが、ご覧になってわかるように比べても見た目に遜色はなく、特に水回りは徹底してリフォームされており、両方とも同じような価格で売りに出されています」
一生に一度の買い物として住宅を購入し、使い捨てていく日本に対して、古い住宅でもリフォームを重ね資産価値を維持していく欧米との違いがそこにある。
「日本では住宅は一生に一度の買い物なので、住宅の流通規模も人口に規定されます。しかし、住み替えニーズに対応し諸外国並みに流通回数を増やことで3~3.8倍のマーケットの伸びしろが、リフォーム市場も2~2.8倍の成長余地があると考えられます。つまり人口が減っても、住み替え回数を増やすことで、市場は成長できるのです」
新築着工数が半分になっても、流通回数を2倍に増やせば住宅市場の規模は維持できると言い、唯一の成長戦略は、中古住宅のリフォーム、リノベーションとそれを流通させること。これしかないと島原氏は断言する。
コロナ禍でリノベーションのトレンドも変化
一般社団法人リノベーション協議会が開催する「リノベーション・オブ・ザイヤー」の審査委員長を務める島原氏。リノベーションそのもののトレンドも変化が見えるという。
「2019年ごろまでとそれ以降では、明らかにリノベーションのトレンドに変化が見えてきました。それまでは、画一的な新築住宅に対して、個人のライフスタイルに合わせた“尖った”デザインやプランが重視され、素敵なデザインだなぁと見た目でわかるものが評価されていました。それが近年は、例えば職住一体の部屋づくりやリモートワークを目的とした住宅、さらには省エネ改修や耐震改修など、建物性能の向上に関わるものが評価されてきており、趣味性の高いビジネスから社会課題を解決するビジネスへと役割が変化してきています」
リノベーションを通じて、中古住宅の価値を上げる。果たして住宅産業の構造転換は可能なのだろうか。
「従来の不動産市場で重視されていた立地にしても、コロナ禍以降は変化が見えます。都心から、自然が多い郊外、見晴らしのいい郊外へという、利便性より心地よさに価値が変わってきています。働き方や家族の形にも変化が見え、社会構造そのものが変わってきていると言えるでしょう。そのなかで、リノベーションやシェアハウス、地方移住、2拠点居住、アドレスホッパーなど、住まいも急速に多様化してきています」
このような住まいの変化に応える中古住宅のリノベーションについて、引き続きパネルディスカッションで議論された。
既存住宅を活用した事業を行う3人が登壇
パネルディスカッションでは、パネリストとして3名が登壇。それぞれの取組みを短いプレゼンテーションで紹介した。最初はリノベる株式会社 ピープル&カルチャー本部ブランド戦略部 部長の木内玲奈氏。
「自分で中古住宅を探しリノベーションをするには不安が多いですし、リノベーション済みマンションを購入するにも満足のいく物件に出合えるのは限定的だと思います。そこで、弊社の『リノべる。』事業では、中古物件を探し、暮らしに合わせてリノベーションを行うという、物件探しから設計、施工、インテリアまでをワンストップで行っています。中古を購入し、自分たちで思い描く住宅を設計し、施工するのは意外とハードルが高いものです。そこで、これをパッケージにしてお手伝いしています」
顧客層としては、30代、40代のファミリーの1次取得層が多いという。これは新築需要の顧客層と変わらない。新築に代わる選択肢として、選ばれているそうだ。
続いて、株式会社Studio Tokyo West 代表取締役の瀬川翠氏が同社の手がけるシェアハウス事業を紹介。
「2010年から“10年暮らせるシェアハウス”として、『アンモナイツ』を運営しています。学生時代に親族から譲り受けた一軒家に当時やっていたバンドの仲間と暮らし始めたのがきっかけです。メンバーたちと“共に暮らすバンド”というコンセプトでした。当時それを職業にしようと思い立って、今やシェアハウスがライフワークになっています。当初の物件を売却後、ビルのワンフロアを買ってセルフリノベーションしメンバーと移住。そうしている間にメンバーに子どもが生まれました。そこで、子育てもできる物件に移り、今に至ります。学生たちで初めたシェアハウスが今や夫婦2組や子育て世代と共に暮らすシェアハウスになりました。子どもも含めて15名のメンバーで暮らしています」
NPO法人南房総リパブリック 代表・馬場未織氏は、『週末は田舎暮らし』という本を8年前に執筆。2拠点生活を推奨、実践し、16年目になるという。
「8年前に本を書いた当時は、そもそも田舎にもう一つの家を持つというのは一般的ではありませんでした。ところがコロナ禍の副産物とでもいいましょうか、ワーケーションやリモートワークが一般的になって2拠点生活という言葉も広く知られるようになり、社会が変わるとニーズも変わるんだなぁというのが実感です」
地方暮らしに関する2021年のアンケート(※1)では地方暮らしや移住したいとの回答が35.4%、2拠点居住をしたいが39.7%にもなり、合わせるとかなりの人がそういった暮らしを望んでいるというデータも紹介された。
「よく聞かれるのが、別荘とどう違うのかということです。別荘と違うのは地域社会と一定の関係を持ちつつ暮らすということ」と馬場氏。季節を問わず定期的に反復して滞在し、避暑や避寒は含まないと定義しているという。
もうひとつよくある質問が、田舎のコミュニティーは排他的でよそ者は排除されそうと感じる人が多いのではないかということ。これについては、「過疎化が進んだ地域ではコミュニティーは開かれています。若い人が出て行って残ったお年寄りたちと、生活を楽しむ機会は多い」回答。実践者ならではの話に、登壇者たちも興味深く耳を傾けていた。
※1:「地方ぐらしに関するアンケート」(株式会社トラストバンク調査)
リノベーションは住むほどに満足度が高まる?
3人のそれぞれの事業の紹介の後は、クロストークだ。順番にそれぞれのプレゼンテーションに対する質問や感想を語った。そのなかから、注目すべきトークを紹介する。「リノベル。」でリノベーションを選択した夫婦が「リノベーションをしたことで“開かれた暮らし”ができた」と語ったインタビューについて、馬場氏からその因果関係について質問が出た。
木内氏は「できたものを買うのではなく、リノベーションを進めるにあたって、自分がどう生きたいかとか、家族や近隣との関係性とかを考えながら、家や暮らしをつくっていくのですね。その過程で、自分の暮らしが周囲に広がっていく。そんなふうに見えます」と答え、参考資料を示した。
「アンケートで、リノベーションされた方と新築を購入された方への、住み始めてからの意識の変化を聞きました。すると、リノベーションをした方は、経年でどんどん暮らしが楽しくなってくるのですね。リノベーションの場合はだんだん暮らしが深まっていき、満足度も高まるという興味深いデータだと思います」
島原氏も「非常に面白い資料ですね。通常、家の満足度というのは、築年数とともに下がっていくというのが常識ですからね」と応じた。
続いてファシリテーター役の島原氏が、コロナ禍での事業の変化についてそれぞれに質問した。
木内氏は、「単身者のリノベーションニーズが大きく増えたように思います。もっと暮らしをちゃんとしたい、充実させたいと考える単身者のちょうどいい選択肢として、リノベーションは注目されています」と回答。これに対し島原氏は、これまで単身者は「アパートで数年住んだら出ていくだろう」と市場で軽視されがちだったが、単身者の割合が増え、彼らの住まいの質を向上したいというニーズにリノベーションが応えているとみた。
ターゲット層の変化についても「以前は中古住宅を買ってリノベするというのは、おしゃれな人が多かったのですが、今は普通の選択になってきた」と木内氏。馬場氏も「中古住宅は今まで新築に届かなかった次善の選択だったのが、新築と中古をフラットに見た結果、『やっぱりこっちがいいね』と、中古+リノベが選択されてきているように思う」と応じた。
他方、住まい方について、シェアハウスと外の関係が加速したと明かすのが瀬川氏。もともと1階部分をワークスペースにして外にも開いていたが、コロナ禍で昼間から住民が1階にいることが増えるとともに、近所の人が訪れてくる機会も増えたという。
紡いだ暮らしの物語を受け継ぐことで価値が生まれる既存住宅に
ここまで、既存住宅を利用した住まいの話を聞けたが、最後に、既存住宅の流通を活性化させ業界が生き残っていくためにはどうすればいいのか、各氏がその展望を語った。
「生活に合わせて何度も住み替えていくスタイルが一般的になっていくのではないでしょうか。リノベした住宅を住み継いで豊かになっていく。そのためには、住宅が、モノとしてハードだけが循環するのではなく、前の持ち主の考えや、物語や暮らし方も受け継がれて循環していけば素敵だと思います」と木内氏。
続いて瀬川氏は、「シェアハウスは、外部のコミュニティーに飢えている地域の人々の受け皿にもなりますし、地域に開けば人も集まりやすくなっています。そこでは福祉の視点も生まれ、地域の福祉の役割も担えるかもしれません」と、既存住宅が地域の社会課題の解決を担えるのではないかとの見解を示した。
馬場氏は、「既存住宅は年を重ねているのが魅力。従来の既存住宅は、前の持ち主との関係をあえて断ってきました。モノとしてだけじゃなく、そこにある暮らしが紡いだ物語が、先へ先へとバトンタッチされていく。これで愛着とか責任感とかが生まれると同時に、既存住宅の価値がもっと輻輳(ふくそう)的に伝わっていくのではないかと感じます」と、既存住宅だからこその特性を、魅力に昇華させることを提案した。
最後に島原氏が、「住宅は使い捨てられていく一生に一度の買い物ということをやめたほうがいいと思います。それだと住まいに暮らしや人生を合わせて暮らすことになります。そうではなくて、暮らしに合わせて住まいを自由に変えていくことができるようになれば、どうすればもっと暮らしが楽しくなるかという視点が生まれ、主体的に暮らすきっかけになると思います」とまとめ、フォーラムは終了した。
日本経済の浮き沈みにも影響を及ぼす住宅産業のこれからについて、興味深い話を聞くことができたと筆者は感じた。
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