かまどで炊く体験とご飯を楽しめる施設
三重県最北にある、いなべ市には、“おくどさん”がある昔ながらの家々が残っている。おくどさんとは、かまどのことを指す。もともと京都の方言といわれており、かまどの別名・くどに“お”と“さん”を付けて親しみを込めて呼んだ言葉で、周辺地域でも使われている。薪などを燃やして、鍋や釜でご飯を炊いたり、おかずを煮たりする設備のことをいう。
「okudo中村舎(なかむらや)」は、いなべ市にある築220年の古民家を活かし、おくどさんで炊いたご飯を中心にした食事を楽しむほか、おくどさんの体験ができる施設として2022年4月にオープンした。
代表を務める山崎基子さんに、オープンのきっかけや思いを伺った。
日本人にとって大事なことを伝えたい
okudo中村舎・代表の山崎基子さん。着付けの勉強もしており、ここで着付け体験もできる。建物を借りたときに残されていた衣桁(いこう)を活用し古い花嫁衣裳を飾り、体験のPRとともに日本らしい華やかな雰囲気を店内に醸し出している山崎さんは、株式会社イナベキカクの代表取締役として、地域創生のプロデュースや講演、行政からの依頼でいなべ市の魅力発信、観光コンテンツの紹介や商品開発、そして古民家再生など、多岐にわたる仕事に携わっている。その一環がokudo中村舎という位置づけ。また、個人事業で三重県の食材をブランド化するためのプロデューサーとしての活動を行い、いなべ市の豚肉・さくらポークと、桑名市で収穫される、もち小麦を使った小籠包を開発して四日市市内にある点心専門店Fuuも営む。
「20年間で25種類くらいの仕事をしているんです」という山崎さんだが、その原点となったのは保育士の仕事。働きながら保育士の国家資格を受験する準備をコツコツと進め、念願の保育園に就職。その保育園は、総ヒノキの平屋建てで、囲炉裏が真ん中にあり、田んぼで収穫した稲を脱穀して、そのお米をかまどで炊いて食事するという経験を大切にしているところだった。
もともと古典的な日本文化や暮らしが好きだったこともあり、「あぁ、これって日本人にとって大事なことだなぁ」と思い、食をテーマにした仕事を目指すことに。そこから桑名市内にある古民家カフェで店長として経験を積み、独立。しかし飲食業の厳しさを実感して、プロデューサー業に移行したのだが、結局「戻ってきちゃった」と朗らかに笑う。
イナベキカクを立ち上げる直前、地域おこし協力隊として、いなべ市の空き家利活用や移住促進の活動を2018年から2021年の3年間にわたり行ってきた山崎さん。そのなかで自身の“裏ミッション”として「おくどさんのある家を見つけるぞ」と思っていたという。「今のいなべ市には、空き家が3,000軒ほどありますが、そのなかでもおくどさんがあって、雨漏りなどしていなくてお家としても十分使えるところとなると本当に限られていて。生活するうち、バリアフリーやオール電化にリフォームされている方も多くて、おくどさんがあるお家にはなかなか出逢えませんでした」
そんなときに偶然、現在のokudo中村舎の家屋が市に寄贈され、市長から「なにか活用できないか」と相談をされた。地域おこし協力隊の活動期間を終えた後に、一般社団法人古民家再生協会を介して賃貸借契約を結んだ。
1年間コワーキングスペースとして貸し出し、飲食店オープンへ
母屋は築220年、和暦では江戸時代の天保の頃だという。持ち主だった中村家は、江戸時代には庄屋だったそうだ。80年ほど前に増築した部分を含めて8部屋ある。
市に寄贈された時点で、空き家となって4~5年経っていたそうだが、最後に住まわれていた方がきれい好きで、掃除が隅々まで行き届いていたため、母屋に関してはほぼ修繕は必要なかったという。
とはいえ、残されていた合板タンスやプラスチック製の衣装ケースなど現代的なものは処分して昔の雰囲気を出すようにする片付けや、飲食店を始めるための準備期間も要し、1年ほどコワーキングスペースとして貸し出すことに。そして2022年4月に飲食店としてオープンした。
ただ、オープンから4ヶ月でスタイルを変えた。名古屋や四日市など高速を利用しても1時間ほどのところに住む人をメインのターゲット層に考えていたが、地元の人にも来てほしいという思いも。そんななか当初は、かまどで炊いたご飯をおひつに入れて提供し、季節の料理を8~10品そろえる「かまど御膳」のみで、二部制の完全予約だったため、地元の人に来てもらいにくく、予約がなかなか埋まらない日も。
そこで、「かまど炊き味ごはん定食」や薬膳カレー、いなべ市特産の蕎麦など予約なしでふらっと立ち寄っても食べられる単品メニューを提供することに。そして土~月曜の3日間だけだった営業日を金曜日も増やした。「このスタイルに変えてから、地元の方が来てくださるようになりました。なので、地元の方もいれば、愛知県や岐阜県、滋賀県の方もいらっしゃるという、いいバランスにようやくなってきました」と山崎さんは語る。
かまど炊き体験では子どもたちが目をキラキラさせる!
1日1組限定で受け付けている、かまど炊き体験では、親子連れの参加が最も多いそうだ。
家が建てられたときのかまどは、現在は使用しておらず、この体験で使用するのは、食事メニュー用にも使っている80年ほど前に造られたと想定されるかまど。タイル張りで、江戸時代のものと比べると“新しさ”はあるが、十分、趣を感じる。
薪割りに始まり、マッチで火をつけ、火吹き竹でフゥフゥと息を送って火力を調整。ごはんの炊き上がりを待つ間は、屋根裏部屋など建物を探検できる。
「子どもたちは今の生活の中に“火”を見る機会がないことも多く、まずマッチをすったこともないんですね。だから、マッチで火をつけられたとしても、指の3cmほど先に火があるということで怖くてすぐに放してしまったりも。でも、最初はそうやって怖くて、おっかなびっくりだけれども、火を育てていくうちに楽しくなって、一生懸命フゥフゥするんです。薪割りでも、やり始めるとこういう薪がいいんだなと分かって、工夫するように。大人の顔っていったら変ですけれど、いい顔になってくるんですよね。ご飯が炊き上がったときには、すごくキラキラした目で蓋をあけて、香りを楽しむ。
昔は当たり前に火が暮らしの中にあって、薪で沸かしていたお風呂の火付けなどが子どもの役割でもありました。そんな日本の文化を感じつつ、もし災害が起きたときに電気がなくても大丈夫だという体験にもなってくれたらいいなと思っています」
ちょうどいい田舎感のある、いなべ
留学経験もあり海外を訪れることも多かった山崎さんは、「海外で日本人が日本の文化を伝えられない場面に遭遇し、日本人が日本を楽しんでいないなぁ、知らないなぁと思う経験をしました。日本ならではの体験ができる場を、このいなべにつくりたかったんです」と語る。
結婚して四日市市に拠点を持ちつつ、田舎への移住を考えていた山崎さん。仕事や家族のため何かあればすぐに戻ることもできる場所として、10年ほど仕事で行き来して友だちがたくさんでき、「面白い人がいるところは絶対面白くなる!」と、いなべの地を選んだ。
いなべの魅力は「ちょうどいい田舎感」だという。病院や学校、電車などの交通機関といった、子育てだけでなく、幅広い世代が生活するうえで必要なものが整っている。都心部からのアクセスがよいのに、豊かな自然が残っているのも魅力だ。
そんないなべ市から、日本らしい暮らしを発信。今後は増築された部分の2部屋をリフォームして、宿泊できるようにしたいそうだ。「いなべ市内の宿泊施設が少ないというのが課題としてもあるのですが、お酒を飲んで泊まっていってもらいたいというのと、インバウンドも視野に入れて」とのこと。すでにフランスの旅行会社と提携しており、視察旅行も受け入れた。言語はもとより、文化による食事の違いや、建物内の段差の問題、貴重品の対策といったことまでブラッシュアップしていくという。
たくさんの仕事で人をつなげる山崎さんのテーマは、“食でつながる”で、okudo中村舎は「同じ釜の飯を食う」場。食事を共にすることで、ぎゅっと距離が近くなることも願う。そして、敷居や畳のへりを踏まない、お箸がちゃんと使える、座布団に座る…といった当たり前だった日本文化を伝えていく。もう一つ、“郷愁と共感”もテーマにしているそうで、okudo
中村舎では、建物自体、おくどさんはもちろん、古い建具などに懐かしさを覚える。
現代の日々の暮らしは便利さに存分に助けられているが、そのなかには昔の暮らしからつながっているものもある。昔の暮らしを知ることで、新しいアイデアが生まれることもあるだろう。映像で見るだけよりも、実体験で得られるものは大きいはずだ。
取材協力:okudo中村舎 https://okudo-nakamuraya.com/
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