築50年の信用金庫ビルの改修が、地域を見据えた総合的なプロジェクトへと発展

2022年8月、群馬県のJR前橋駅至近で、老舗ホテルに続き、建築家による改修を軸にしたプロジェクトがお目見えした。同駅から徒歩10数分、国道17号線沿いの前橋市中心部に立つ、築50年超、延べ床面積約810m2のしののめ信用金庫前橋営業部ビルの改修だ。当改修は、並行して同敷地内にエフエム群馬の社屋を新築し、敷地中央に交流スペースとして広場を設けるなど、市民のコミュニケーションの場としての仕掛けを盛り込んだ、総合的な地域再生プロジェクトの一環である。

建物の改修設計を手掛けたのは、建築家の宮崎晃吉さんが代表を務める株式会社HAGI STUDIO(東京都台東区)。構造設計は有限会社金箱構造設計事務所(東京都品川区)が担当した。また、複数の企業をまたぐ複雑なプロジェクトであることから、プロジェクトデザインを専門とする、株式会社トーンアンドマター(東京都港区)の広瀬郁さんが当初から参画した。
「当プロジェクトには、同信用金庫とエフエム群馬の社員も加わり、将来の前橋市中心部のあるべき姿を見据えながら、関係者全員で計画を練り上げていきました」と宮崎さんは説明する。

しののめ信用金庫前橋営業部ビルの改修設計を担当、及び改修に伴う地域再生プロジェクトに参画した、建築家の宮崎晃吉さん(写真:介川亜紀)しののめ信用金庫前橋営業部ビルの改修設計を担当、及び改修に伴う地域再生プロジェクトに参画した、建築家の宮崎晃吉さん(写真:介川亜紀)
しののめ信用金庫前橋営業部ビルの改修設計を担当、及び改修に伴う地域再生プロジェクトに参画した、建築家の宮崎晃吉さん(写真:介川亜紀)国道17号線側から見た2つの社屋。向かって右が改修を行ったしののめ信用金庫、左奥に新築したエフエム群馬(写真:特記以外、千葉正人)
しののめ信用金庫前橋営業部ビルの改修設計を担当、及び改修に伴う地域再生プロジェクトに参画した、建築家の宮崎晃吉さん(写真:介川亜紀)建物のロビーの様子。吹き抜け上部のハイサイドライトから空間全体に光が注ぐ。写真中央の螺旋階段は2階のつどにわライブラリー付近へとつながっている
しののめ信用金庫前橋営業部ビルの改修設計を担当、及び改修に伴う地域再生プロジェクトに参画した、建築家の宮崎晃吉さん(写真:介川亜紀)螺旋階段付近から1階入り口方向を眺める。向かって左側がしののめ信用金庫の相談窓口

「危険性あり」の建物が、改修で耐震基準を満たせると判明

このビルはもともと、しののめ信用金庫として合併する前の「前橋信用金庫」の本店として1964年に竣工したもの。設計は久米建築事務所(現株式会社久米設計)が手掛けた。当時にはそう多くない、鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)である。同じ群馬県内に立つ旧富岡製糸場などと同様に、レンガを多用したファサードが印象的な外観だったという。
しかしながら、築50年を超え老朽化が目立ち始めたため、2015年に耐震診断を行ったところ、危険性ありとの結果に。以降は建て替えが予定されていた。そのようなタイミングで、宮崎さんはしののめ信用金庫で既存社屋などの利活用を検討していた横山慶一理事長と出先で偶然出会い、帰りの上信電鉄に揺られつつ話し込み、この建物の話に至った。興味を持った宮崎さんが見学を申し出たことが、改修に関わるきっかけとなった。

「もとの1階部分に当たる、SRC造の2層分の無柱空間など建築としての魅力もさることながら、長らく地元に親しまれてきた価値ある建物。これをなんとか残すことはできないかと考え、建て替え案と改修案の双方を同信用金庫に提出しました」(以下、発言はすべて宮崎さん)
その後、構造設計者によって調査を実施。その結果、既存の構造に致命的な欠陥はなく、壁量や位置を調整して耐震基準を満たせることが分かり、改修へと大きく舵を切ることになった。2018年のことだ。

1964年、竣工当時の信用金庫の建物の様子。近隣と比して規模の大きさがわかる(提供:しののめ信用金庫)1964年、竣工当時の信用金庫の建物の様子。近隣と比して規模の大きさがわかる(提供:しののめ信用金庫)
1964年、竣工当時の信用金庫の建物の様子。近隣と比して規模の大きさがわかる(提供:しののめ信用金庫)2019年、改修前のロビー及び営業室の様子。2層分の吹き抜けを活用した伸びやかな空間だが、来客からは職員の仕事の様子が見え、いかにも金融機関らしい雰囲気が伝わる(提供:しののめ信用金庫)

敷地内でエフエム群馬の新築も。「前橋市の中心部で何を目指すか」が課題に

この改修の前段階で、この建物の敷地内の駐車場スペースに地元メディアのエフエム群馬の社屋を新築することが決まった。その際、(建物の改修及び新築にとどまらず)地域金融としてのしののめ信用金庫と、地域の主要メディアとしてのエフエム群馬が、前橋市の中心部で何を目指し、どのようにプロジェクトを進めていくかが課題として挙げられた。その結果、空洞化したこの地域に新たな住民の交流を生み出し、その動きを浸透させていくことがひとつの目標となった。
プロジェクトデザインを担う広瀬さんは、プロジェクトの構成メンバーとして両社の役員だけでなく、若手社員の参画を希望。計画の初期段階から加わってもらった。
「そのうえで、最初の半年から1年の間、事業全体についてじっくり話し合いました。このときに話題に出た、敷地での社屋の配置などは基本計画に活かされています」

当プロジェクトの敷地は、北西に国指定の重要文化財「臨江閣」、1954年開園の市の遊園地「るなぱあく」などのある行楽エリア、南西に県庁や市役所などがある官公庁エリア、そして南東には昨今アートに関する取組みで注目されるエリアが位置しており、それらの結節点に当たることからも、今後の地域再生のために重要な場所だと考えられるという。

図の中央にあるのが当プロジェクトの敷地。この四方に、官公庁、観光地などが分散している(提供:HAGI STUDIO)図の中央にあるのが当プロジェクトの敷地。この四方に、官公庁、観光地などが分散している(提供:HAGI STUDIO)
敷地内の配置図。しののめ信用金庫とエフエム群馬の社屋がほぼ対角に位置し、それらに囲まれた場所につどにわがある。緑色の線は来場した人々の動線を示したもの敷地内の配置図。しののめ信用金庫とエフエム群馬の社屋がほぼ対角に位置し、それらに囲まれた場所につどにわがある。緑色の線は来場した人々の動線を示したもの

この場所により多くの人々を引き込むために、敷地中央に広場を設けることがまず提案された。エフエム群馬の社屋はこの広場に面し、当信用金庫と対角に配置された。以前は、敷地への入り口は、東に走る国道17号線側のみだったが、この度の敷地の改修で、新たに北・南・西側にも設けられた。これによって、以前と比べ敷地が開放的な印象に変わり、人々が一層立ち寄りやすくなった。

「東西南北に接した道路から人々が気軽に広場に入ってくつろぎ、また、思い思いの方向へと移動していくことができます」
広場に面してカフェスタンドを設けたほか、中程にはステージ及びベンチを兼ねた階段状のウッドデッキ、全体に四季を楽しめる植栽を施すなど、人々が気軽に立ち寄ってとどまり、楽しめるよう工夫された。ランドスケープアーキテクトの提案から、広場のコンセプトは米・ニューヨークの『Parley Park』を参考とした。イベントが頻繁に行われる、広大な芝生広場ではなく、都市の中の憩いの場をイメージしている。

「オープン初日の写真を見ると、近所のおばあちゃんたちが遊びに来て広場でくつろいでいたり、その向こうではコーヒースタンドでコーヒーが淹れられるのを待つ若い人たちもいたりする。これはまさに僕の頭に思い描いていた光景で、実現したのは本当に嬉しいですね」

図の中央にあるのが当プロジェクトの敷地。この四方に、官公庁、観光地などが分散している(提供:HAGI STUDIO)2つの建物に囲まれたつどにわの様子。階段状のウッドデッキの周囲に、植栽、街灯が配されている。植栽に用いた草花には、主に前橋で多くみられる在来種が選ばれた

建物まで人々を引き付けるよう、「外」を「中」に引き込む設計に

建物はレンガづくりの重厚な外観から一転、真っ白でシンプルな、いわば親しみやすい外観に生まれ変わった。そして、建物の改修設計にも、広場と相乗効果で地域の人々が立ち寄りやすくなる仕掛けを取り入れた。大きな特徴は、「“外”を“中”に引き込んだ」ような屋外と屋内の連続性と、来館した人々が心地よく過ごせる開放感である。
建物の1~2階の2層分の吹き抜けだった大空間の一部を区切り、北側奥に約1.5層分の営業室の空間を確保。一方、1階の入り口付近は2層分の吹き抜けをそのまま生かして、人が自由に行き交う伸びやかなロビーとし、そこに面する位置に、同信用金庫のお客様窓口、ATMコーナー、コーヒースタンドを配した。ロビーに面したファサードはガラス張りで、広場との一体感と空間のさらなる広がりを生みだしている。
執務を行う営業室は壁で区切ったため、建物のロビーから来館者の目には触れにくい。そのため金融機関特有の堅苦しさは感じられず、気軽に相談窓口を利用できるような明るい雰囲気だ。

広場から建物の内部までの連続性を可視化するため、1階ロビーの床面には、広場の路面と同じレンガが使用された。このレンガは前橋市で広域に用いられており、国道17号線沿いの歩道から広場、建物の内部へと連続する格好だ。そのほか、1階ロビーには、広場に用いた街路灯や、高木や草花が植えられたコンクリート枠の植物帯も取り入れられている。

営業室の上部に当たる、増築された2階部分には、吹き抜けに面したオープンなスペース「つどにわライブラリー」やコワーキングスペースがある。ここには、1階ロビーから螺旋階段で自由に上がれるようにした。誰でも仕事や勉強に利用できるよう、つどにわライブラリーには自習机と本棚をしつらえ、要所にコンセントも備え付けた。書棚の書籍は地元の書店「レベルブックス」が選書した。
「営業室の相談窓口が定時に閉まっても、建物の入り口から自由に出入りでき、ロビーのコーヒースタンドや2階のライブラリーを利用できるように計画しました。銀行のセキュリティは保ちながら、夜や週末にも地域の方々が利用できます」

ロビーからの吹き抜けに面したつどにわライブラリー。カウンターデスクにはコンセントもあり、仕事にいそしめる。本棚の背後は1階営業室の吹き抜けだロビーからの吹き抜けに面したつどにわライブラリー。カウンターデスクにはコンセントもあり、仕事にいそしめる。本棚の背後は1階営業室の吹き抜けだ
ロビーからの吹き抜けに面したつどにわライブラリー。カウンターデスクにはコンセントもあり、仕事にいそしめる。本棚の背後は1階営業室の吹き抜けだロビーのコーヒースタンドは、屋内・屋外側双方から飲み物、軽食の購入が可能(写真:介川亜紀)

とはいえ、2階にライブラリーやコワーキングスペースを設けたのは、単にコミュニケーションを促すためではない。
「同信用金庫の経営層の方々はもともと、職員の学びの場をつくりたい、同時にそれを地域に開かれた場にしたいという思いを抱いていたそうです。例えば、その場で中学生や高校生が自習してもいい。また、そんな若い人たちが地元の大人が懸命に学んでいる様子を横目で見ながら、自分たちの青春の1ページをこういうところで過ごすと、(後に思い出し)地元も捨てたもんじゃないと気づくのではないかと僕は思っています」

当プロジェクトの重要な目標のひとつに、「地域に根差す地域金融としての信用金庫本来の可能性を呼び覚ますこと」があったという。信用金庫は銀行などの金融機関と異なり、株式会社ではなく、地域との共存共栄を目的とした共同組織の法人である。地域の魅力を高め、地域住民が集う場を提供することは、ひいては経済の循環にもつながり、地域との共存という信用金庫の可能性もかなうことになる。
「株主の顔色をうかがう経営ではなく、地域と一蓮托生で発展していくことが目的化している。プロジェクトを通じてそれを実感しています」
場づくりを軸としながら、多様なプレイヤーが協働し、長期的な視野で地域再生を目指すプロジェクトの好例である。

ロビーからの吹き抜けに面したつどにわライブラリー。カウンターデスクにはコンセントもあり、仕事にいそしめる。本棚の背後は1階営業室の吹き抜けだ2階のコワーキングスペースの通路側の壁はガラス張りになっており、中の様子がつどにわライブラリー周辺からも目に入る。また、ガラス張りにしたことで、開口部から通路側まで光が注ぎ開放感が生まれている(写真:介川亜紀)
ロビーからの吹き抜けに面したつどにわライブラリー。カウンターデスクにはコンセントもあり、仕事にいそしめる。本棚の背後は1階営業室の吹き抜けだ2階から1階入り口付近を見る。取材時、ロビーの待合コーナーでは親子連れの来館者がくつろいでいた。向かって左側には信用金庫の営業室が位置し、相談窓口が面している(写真:介川亜紀)

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