建築に至る考え方を含めた展示
2010年にスタートした「U-35」(35歳以下の若手建築家による建築の展覧会)は若手建築家に議論、評価の場を作ろうという意図からスタートした。当初は30歳以下が対象だったが、2014年からは35歳以下に。10年以上続いていることもあり、2022年の現在では若手建築家の登竜門といわれるイベントとなった。
2022年の会期は2022年9月30日(金)~10月10日(月・祝)まで、大阪梅田の「うめきたシップホール」で行われている。対象となる35歳以下の一世代上の建築家、建築史家10人をゲストに、彼らが推薦する建築家及び公募枠の中から審査委員長(毎年交替する)が7組を選出。展示を行った上で、会期内の2022年10月1日に行われたシンポジウム(講評会)で1組にゴールドメダルを授与するというもの。今回の審査委員長は建築家で滋賀県立大学教授の芦澤竜一氏が務めた。
エントリーや推薦から選ばれた出展者と作品は以下の7組(敬称略)。奥本卓也《ENHANCED architecture》、甲斐貴大《mistletoe》、Aleksandra Kovaleva+佐藤敬《ヴェネチア・ビエンナーレ ロシア館の改修》、佐々木慧《非建築をめざして》、西倉美祝《偶然の船 / 壊れた偶然の船》、森恵吾+Jie Zhang《全体像とその断片、あるいはそれらを行き来すること》、山田健太朗《積層の野性/野性の積層》。
会場にはその7組の展示が置かれていたのだが、率直なところ、解説がないと素人には単なる壁やレンガにしか見えない展示もあり、最初は戸惑った。だが、会場内を見ているとその場で建築家本人が説明している姿が多く、それを聞いているうちに意図が分かってきた。この展示は建築そのものを見せるというよりは建築に至る考え方、建築への姿勢などを見せる、問題意識を問うようなものなのである。
実際、展示を見た後に参加したシンポジウムでは建築家自らが展示の意図を解説、それに対してゲスト建築家が講評、質問をすることで展示の輪郭が明確になり、そういうことか!とようやく理解した展示もいくつか。
今年は審査を含めたシンポジウムは終了してしまったが、来年見に行こうと考えている人はぜひシンポジウムに参加し、目の前の霧が晴れるような経験をしていただきたい。また、今年の会期中には建築家の建築家 伊東豊雄氏が、ゴールドメダルとはまた別に授与する伊東賞を選出する。その講評も含めたシンポジウムⅡもの10/8(土)にあるので、ぜひ会場に足をはこんでみて欲しい。
展示にはヴェネチア・ビエンナーレ ロシア館の改修事例も
さて、シンポジウムでは7組の意図解説、講評が繰り返され、最後に全員揃ってのディスカッション、最後にメダル授与が行われたのだが、そのうちからいくつか面白かった展示、やりとりを紹介したい。
もっとも話題になったのはKASA/KOVALEVA AND SATO ARCHITECTS(アレクサンドラ コヴァレヴァ氏、佐藤敬氏)によるヴェネチア・ビエンナーレ ロシア館の改修。歴史とともに閉鎖的になり、使われなくなった空間もあった建物を再生したプロジェクトで、それぞれの場の良さを見直した改修だという。これに対し、建築家の平沼孝啓氏は大きな操作をせず、少しのレベル差で全体を変えた点を評価。建築史家の五十嵐太郎氏は以前のロシア館を変な建物だったとした上で、来年訪れるのが楽しみだとも。
また、ここでは「つくろう」という言葉が出た。前述したように建築への思想などを見せるという展示であることから全員がマニフェスト的な言葉を掲げていたのだが、そのうちでも「広がりのある言葉ではないか」と建築家の藤本壮介氏。これからの建築のあり方に触れた言葉でもあり、建築以外に広がる部分がある言葉でもあるとも。割れた茶碗を漆や金で蘇らせる金継ぎのはやる世の中であることを考えると、しばらく忘れられていた感のあるこの言葉から建築を考え直すことには意味があるかもしれない。
建築の難しさを感じたのはKENYAMADAATELIERの山田健太朗氏による積層の野生/野生の積層という展示。積層建築を極めたいという山田氏はピラミッドや正倉院の校倉造りなどの整然とした積層の一方で散らかった部屋や店頭のように雑然とモノの積まれた積層があることを例示、積層の可能性を示唆した。
身近にある乱雑ながら落ち着く空間を想像、そんな建築があったら面白いと思ったのだが、現実の展示は非常に整然としたもの。ゲスト建築家の評から察するに、実際に建物を作る際の安全確保のための制限その他を考えると、どうしても技術寄りに考えることになる。建築家は思い描く空間と安全がせめぎ合う狭間にいるわけで、その中でどうやって安全な逸脱を生んでいくか。できないと諦めずにトライする若さ、その点にもこの展覧会の意味があるように感じた。
建築の不完全さが意味するもの
また、studio archeの甲斐貴大氏のmistletoeという異なる樹種の木材を編んだような展示には、建築家の悩みを感じた。甲斐氏は設計だけでなく、制作も自分で行っており、家具、什器、彫刻など手掛けるものは幅広い。
展示の説明の中で出てきたキーワードは形の無根拠性。人のふるまいを規定しないことを無根拠性といっているそうで、その背後には建築の形が人の行動を規制することへの罪悪感があり、それを問い直したいという。展示した作品は「形態を構造解析して得た応力の違いを、樹種の違いで解決」して生まれたパヴィリオン。建築家が意図をもって設計した形でないものであれば人の行動を規制することもなかろうというわけである。
これを建築家の吉村靖孝氏は不完全さの解像度が上がっていると評した。いささか禅問答のようなやりとりだが、察するに建築が人に及ぼす影響が深く、広く理解されるようになったことでそれをカバーしようという具体的な動きが出ているということだろう。個人的には建築家が作らなかったとしても、空間はそれ自体で人の行動を規制してしまうものだと思うが、自分で手を動かして空間を作ることでより良い姿を模索するというやり方には、悩みと同時に誠実さを感じた。
建築家が「言葉にこだわる理由」
こうした禅問答的なやりとりに評価する難しさを感じた、というゲスト建築家の永山祐子氏の発言も印象的だった。それぞれの説明にはマニフェスト、それに類した言葉が登場したのだが、それに縛られているのではないかというのである。建築は最終的にできあがったものがすべてであり、その過程で言葉は重要ではあるものの、できたところで捨てる「乗り物のような」もの。だが「U-35」は、それまでのプロセスをも楽しむものなのかもしれないという発言である。
永山氏の発言にうなずきながら思ったのは、若い建築家が悩みながら生み出したマニフェストにはその時代に建築に関わることの悩みや迷いが反映されているのだろうということ。それを登壇する同年代、一世代上の世代、そして来場する学生などさらに若い世代と共有することは次の時代の建築にプラスになるはず。
このイベントにはそういう意図もあるのだろうと思った。
全体をまとめるように「分からない価値観に立ち向かうときには言葉が武器になる」という建築家の藤本 壮介氏の言葉にも多くの人がうなずいていた。「良い建築、いまひとつな建築に対して、それぞれが自分なりの価値観を持っているはずだが、それが揺らいでいる、ずっと揺らいでいるのかもしれないが」と藤本氏。
今ではモダニズム建築の巨匠と呼ばれるル・コルビジェが登場した時、その当時の人たちは彼の作品を評価できなかったそうで、それは評価する言葉が無かったから。自分も分かっていないことを探っていくときには言葉が必要で、特に価値観が揺れ動く時代に新たな価値を探求し、形作っていくのは言葉。そのために言葉を交わし、ひとつひとつの言葉を検証し、確認する。やりとりが禅問答に聞こえるのは建物の具体についてではなく、その背後にあるものがテーマだからなのだ。
今年のゴールドメダルは、「非建築」がめざす建築
さて、最後のゴールドメダルだが、全体の議論を受け入れたうえで、その年の審査委員長が選定する。この日、芦澤氏からメダルを授与されたのは、非建築をめざしてと題した展示のaxonometricの佐々木 慧氏だった。シンポジウムの流れから会場にいた人たちには唐突に感じられたようだが、芦澤氏は「非建築と言いながら、建築の可能性を広げようとしている」と評価した。
佐々木氏の展示は複数の、実際に建設が進んでいる建物の模型で、素人目にはもっとも建築展らしい。それなのになぜ、非建築というのか。
「従来、建築の枠組みの中に無かったものを取り込む建築の手法のことをあえて非建築と言っています」と佐々木氏。
建築と建物は同じものと考えられがちだが、佐々木氏は実はこの2つは違うものだという。建築、architectureは抽象概念で数えられない単語であり、統合する行為を指す。統合して生まれたものが建物、buildingである。そう考えるとアウトプットは同じく建物になるとしても、その前段階である統合には、いろいろなやり方があり得る。そして、どう統合するかでできた建物には差が生ずる。
佐々木氏は建物とその周辺にあるもののヒエラルキーを排除、あらゆるものをフラットに扱うことでその場にふさわしいものを模索するという。簡単に言えば建物を作った残りの土地に庭、できた空間にインテリアといった建築ファーストから脱し、もっと広い視野でその場の空間、流れてきた時間なども含めて全体を俯瞰し、取り込む作り方ということである。
ゴールドメダリストの佐々木氏、「幸せな建築をつくりたい」
佐々木氏から建築例として挙げていただいたのは、福岡の天神から徒歩圏につくっているというホテルだ。一戸建て中心の、その土地に愛着を持っている人が多く住む住宅街に建設が進んでいるが、地域性を考えると住民の合意がなければ成り立たないプロジェクトだったという。
「前面に公園、隣には小学校があり、並木の続く緑の豊富な土地です。そこに街に寄与する、誇りと思ってもらえるものをつくらなくてはいけない。よくある近隣から大反対されるような経済効率優先の建物ではなく、地域に大事に思って愛される、でもきちんと経済合理性も兼ね備えたものを考える必要がありました」。
結果、現在進んでいるものは小さな建物が重なっているような、立体的な街にも見える緑の建造物。前面の公園の植栽と同じものを採用、元々そこにあったかのような街としての連続性を有しており、説明会では異論ひとつ出ることなく受け入れられたという。
VRが進んでもリアルは要ると佐々木氏。工場のような場所でもゴーグルを着用すれば疑似空間は味わえるという人もいるが、それでも体験のためにはリアルの場は必要である。そこに光や風、人が集まり、それが集積して街になる。ひとつひとつの幸せな空間が幸せな街をつくると考えると、嫌われる、反対される不幸な建物はつくりたくない、という。
佐々木氏の話を聞いてそうした建物があふれる街を見たいと思った。現代の都市には地域に喜ばれていない不幸な建物が少なからず存在しているが、若い建築家がそれを変えていこうと考えるなら街は変わっていくはず。期待したい。
「Under 35 Architects exhibition 2022 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会」は2022年10月10日まで開催。この記事が出た後も会期中なのでぜひ足を運んで若い建築家の挑戦を会場でみてほしい。
■Under 35 Architects exhibition 2022 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会
会期:2022年9月30日(金)~10月10日(月・祝) 12:00~20:00 期間中無休 最終入場19:30 ※最終日は16:30最終入場、 17:00閉館
入館料:1,000円
会場:うめきたシップホール(大阪市北区大深町4-1うめきた広場)
公式サイト:http://u35.aaf.ac/
■取材協力
特定非営利活動法人(NPO法人)アートアンドアーキテクトフェスタ
http://www.aaf.ac/
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