神戸市郊外、海と山に囲まれた温もりあふれる図書館
神戸市の郊外に位置する塩屋町。昭和初期につくられた、イギリス人居住地区「ジェームス山」があることでも有名だ。中心市街地へも電車で十数分の距離にもかかわらず、海と山に囲まれ豊かな自然が残る。まちは海沿いを走る山陽本線沿いの傾斜地を中心に広がっている。
約1年前の2021年6月、傾斜地の階段を5分程上ったところに、私設図書館「世界のはしっこ Books&Field」がオープンした。これを企画・設計したのは建築家の秋松麻保さん。約築40年の軽量鉄骨の空き家を全面リフォームしたもので、1階は図書館、2階は管理事務所になっている。1階奥の壁面いっぱいに並ぶ蔵書はすでに1,200冊超、大人も子どもも自由に立ち寄って利用できる。蔵書は関係者みんなで持ち寄ったものだ。
「名称はグラフィックデザイナーの夫(太地さん)の発案です。自分の世界は、人と話したり本を読んだり、いろいろなものに出会うことで広がっていく。その世界のはしっこでも出会いを重ねて、さらにその世界を広げていってほしい。そんな思いからこの名前をつけました」と、麻保さんは説明する。
古家つき土地を購入。解体せず図書館として全面改修
「実は、最初から図書館を立ち上げようとしたわけではないんです」と麻保さん。以前は大阪市に住んでおり、そろそろ家を建てようと考え、自然の豊かな山のある地域を中心に土地探しをしていたのだという。なかなか希望に合う物件が見つからず、探す範囲を兵庫県にも広げていった。「芦屋市に近づくにつれ地価が高くなっていくので(笑)、飛び越えて出会ったのが塩屋です。一度友人を訪ねたことがあり、自然豊かな魅力的な場所なのは知っていました」(太地さん)
夫妻が塩屋で見つけたのは、傾斜地に位置する古家付きの土地。古家は先住者が退去し空き家になってから1年以上が経っていた。麻保さんはまず居住用の一戸建てを新築した後、空き家を解体せずに全面改修し、誰もが集えるような私設図書館に生まれ変わらせることを思い立った。住み開きである。
「坂道が続くエリアですが、この土地は平らで道に対して開けています。昔は近隣の子どもたちの遊び場でもあったという話を耳にしたこと、今もこの付近は小学生くらいの子どもたちが結構いるということもあって、昔のように人が集まる場所になったらいいなと思ったんですね。でも、『来てね』と言うだけではなかなか来にくい。そこで私設図書館はどうかと考えたんです」(麻保さん)
実は、大阪で太地さんの事務所があったビルは、「まちライブラリー」の提唱者が初めて私設図書館を立ち上げた場所だった。そこで、“本を切り口にした交流”を目の当たりにしていた夫妻は、住宅地にそのような場所があるといいなという思いも抱いていたのだという。
私設図書館らしさを演出するため外観も刷新
2020年ごろから、私設図書館へのリノベーションの準備を開始。空き家はハウスメーカーの軽量鉄骨造で躯体に損傷はなく、耐震性も担保されていたため、計画は間取りの一部と内装、外観の変更を中心とした。
「内装は、約40年の生活と背後の山からの湿気で傷んでおり、全面的な解体と改修が必要でしたね。外観は“古い建売の家”という印象だったので、公共施設と民間の建物の中間的な意味合いや、私設図書館らしさを演出するために改修することにしました」(麻保さん)
内装の解体後は壁・床などの下地や家具の造作などベースとなる部分は大工に任せ、塗装や左官などの仕上げは夫妻をはじめ友人たちがDIYで行った。筆者の目からは内装は大変きれいに仕上がっているのでコツを聞いてみたところ、塗装を始める前に設計者など施工の良し悪しを知る人が周囲を養生したり、塗装する箇所の端に緻密にマスキングテープを張ることなのだという。
「養生が甘かったりするとどんどんはみ出して粗い仕上がり、いわゆる“手づくり”という感じになります。下地を大工さんに任せたのも、きれいに仕上げるには正解でした」(麻保さん)
建築家である麻保さんが、DIYを前提に設計や材料を検討したことが大きな要因である。
コミュニティ形成を鑑みた神戸市の「空き家再生等推進事業」も活用
計画の段階で、外観の変更や屋根の補修など、思いのほか工事費がかさむことが分かった夫妻は、自治体などの補助金をリサーチすることに。そこで、神戸市空き家・空き地地域利用応援制度の中に計画内容に見合う「空き家再生等推進事業」(2021年当時)の補助金を見つけ利用を決めた。「一棟すべてを地域利用する場合に使える」「居住・営利目的は不可」「耐震基準を満たすこと」などの要件はすべてクリアしていた。耐震基準については、物件購入の際に耐震基準適合証明書を取得していたのだという。補助額は上限の233万3,000円だった。
地域利用のための施設として、滞在体験施設、交流施設、体験学習施設、創作活動施設、文化施設、周辺住民が利用するコワーキングスペースやシェアオフィス、その他市長が認める用途、などが資料に挙げられていた。
「市の担当者の視察の際、外観を含めてしっかりリノベーションすると町並みの印象が変わり、空き家を活用して何か行っていることも分かりやすい、といった感想を持たれたようです」(麻保さん)
楽しい記憶を頼りに子どもがUターンし、持続するエリアへ
「こんな山の図書館に誰か来てくれるのだろうか」という不安を吹き飛ばすように、オープン以来、近隣の大人が本を借りに来たり、子どもたちが遊びに来たりするという。子どもたちには「家」と呼ばれていて、中に入ると本を読むばかりでなく、好きな音楽をかけたり、おしゃべりしたりする。ここに一旦集合してみんなで他に遊びに行くことも茶飯事だ。子どもたちは2階で仕事をしている夫妻の隣に座り、興味深そうに麻保さんの作品を眺めたり、意見を交わしたりすることも。それはごく普通の光景だという。
麻保さんはこの図書館利用の方針をこのように語る。
「ルールのようなものは設けていません。私自身の幼少時代の体験なのですが、親以外の大人たちと友達みたいに対等に話せる、交流できる場所がありました。それは心地よかったし、大きな存在だったと思います。思春期の悩みみたいなものもため込まずに済み、誰かに笑い飛ばしてもらえるような環境でした。そういう場所をつくりたい」
今後、夫妻はこの「世界のはしっこ」を20年は継続して、子どもたちの楽しい思い出のきっかけになるようなことを手伝っていきたいという。
「遊んで楽しかった場所は記憶に残るでしょうから、この周辺から一旦巣立ったとしても、Uターンして後を継ぎたいと思ってもらえる場所、まちにしたい。それが自然な流れだと思うから」(太地さん)
現在、この周辺も高齢者が増え、空き家が増えている。この私設図書館がエリアのアイコンとなり、まちの庶民的な雰囲気や和やかなコミュニティを伝えることで、まちに合う人々が移り住んでくれることを夫妻は願っている。子どもたちのUターンも加え、気に入ったこのまちが永らく持続していくのが望みだ。
■世界のはしっこ https://www.instagram.com/sekai_no_hashikko/
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