幸福度や創造性、生産性にかかわるバイオフィリックデザイン

緑のある空間で仕事をするのは、机と椅子だけの何もない空間よりもストレスが少なく、作業効率も高くなる。誰もが何となくわかっている「緑の効能」を、事業として追求しているのが、パソナ・パナソニック ビジネスサービス株式会社の「COMORE BIZ(コモレビズ)」だ。

同社は、パナソニックの総務業務を受託していたパナソニックビジネスサービスと、パソナが資本提携をして2015年に誕生した。コモレビズは2017年にスタートした事業で、バイオフィリックデザインの考えに基づいて、適切に選んだ植物を最適に配置し、音響や香りにも配慮した空間設計で、快適な職場環境を提供するというもの。バイオフィリックデザインとは、人間は本能的に自然を好み、自然を求める傾向があるという、アメリカで1980年代に提唱された「バイオフィリア」の概念を反映した空間デザインの手法だ。心身の健康に寄与するといわれ、幸福度や創造性、生産性の向上が期待できるとされている。

同社の代表取締役副社長の岩月隆一氏によると、コモレビズを始めた背景には、企業に健康経営の必要性が認識されるようになり、オフィスの環境が従業員の生産性や創造性、就業満足度といったものに影響すると考えられるようになったことがあるという。

「健康経営は業績や株価の向上だけでなく、リクルートや社会的な評価などにもかかわるとわかったことや、働き方改革によって、より自由で、より働きやすい環境が求められるようになったことなどから、オフィスのあり方を検討する企業が増えました」(岩月氏)

岩月氏は、観葉植物などに興味を持つ男性社員が増えたことも、コモレビズへの関心の後押しをしているのではないかと分析している。

コモレビズを導入したコワーキングスペース。緑に囲まれているコモレビズを導入したコワーキングスペース。緑に囲まれている

緑に囲まれて仕事をする効果・効能とは

運河に面した「ザ・パークレックス天王洲[the DOCK]」の「CANAL CABIN」。入り口を入ると緑が出迎えてくれる運河に面した「ザ・パークレックス天王洲[the DOCK]」の「CANAL CABIN」。入り口を入ると緑が出迎えてくれる

現在コモレビズは、企業のオフィス、エントランスや打ち合わせスペース、コールセンターや研修室などに導入されている。三菱地所レジデンスが東京都品川区東品川で運営する「ザ・パークレックス天王洲[the DOCK]」は、コワーキングスペースに利用している事例だ。「the DOCK」は、蔦屋書店がプロデュースし、約700冊の図書を備えた共用部の「BOOK PARK」をはさんで、「MAIN CABIN」と「CANAL CABIN」の2つのスペースで構成されている。

運河に面した「CANAL CABIN」は約100m2で、最大24名が同時に利用できる。デスクの周囲には多くの植物が配されていて、「緑に囲まれて作業をする」といった表現がオーバーに思えない雰囲気。岩月氏によると、生産性や空間満足度が高まる植物の量は、豊橋技術科学大学 松本博名誉教授らの研究の結果、「緑視率」で10%から15%とわかったそうだ。緑視率とは「人の視界に占める緑の割合」で、緑の多さを表わす指標のひとつとなっている。用いられている植物は、同じく実験によってストレス軽減効果があるとわかった種類のもので、コモレビズのパ-トナー企業の専門家が、月に2回程度メンテナンスを行っている。延べ4,000人を対象に行った実証実験によると、適切な植物が適切な緑視率で配置された空間は、植物のない空間に比べて、ストレス値は約10%低下したそうだ。

運河に面した「ザ・パークレックス天王洲[the DOCK]」の「CANAL CABIN」。入り口を入ると緑が出迎えてくれる緑視率は、左右120度、奥行き5mの視界に入る緑の量で、最適な緑視率は10%~15%という研究結果がある
運河に面した「ザ・パークレックス天王洲[the DOCK]」の「CANAL CABIN」。入り口を入ると緑が出迎えてくれるストレス軽減効果のある植物を、最適な緑視率で置くことによって、約10%のストレス軽減につながることが実証実験でわかったそうだ。一方、すべての植物がストレス軽減に効果があるわけではないことも、実験から明らかになった

緑だけでなく、水の音や鳥のさえずりも

「CANAL CABIN」の一角には「せせらぎ」が再現されていて、流れる水の音はハイレゾ音源の音も加えたハイブリッド仕様になっている。また、朝と昼は、同じくハイレゾ音源の鳥のさえずり、夕方には虫の声が流れるようになっていて、空間のデザインはもちろん、時間の経過も「自然」を感じさせる工夫がなされている。デスクのレイアウトと植物によって、他の利用客と視線が合わないようになっているので、一人で落ち着いて作業に没頭したい人には適した空間といえそうだ。

一方の「MAIN CABIN」は、より多様な使い方に対応することを想定したスペースだ。最大40名が利用できるデスクのほかに、会員専用のデスクや区画などが用意されている。スペース内に緑は少ないが、その代わりに鉢植えの観葉植物が用意されていて、好きなものを選んでデスクに置き、緑を近くに感じながら作業をすることができる。

「CANAL CABIN」の一角にあるせせらぎ。水の音が心地よい「CANAL CABIN」の一角にあるせせらぎ。水の音が心地よい

競争激化のコワーキングスペース。コモレビズで差別化を

天井まで届きそうな樹木天井まで届きそうな樹木

「the DOCK」には、「人と仕事と感性が集う創造的なリノベーション・オフィス」というコンセプトがあり、その具体化の一端をコモレビズが担っているわけだが、他のコワーキングスペースとの差別化にコモレビズが必要との判断もあった。
働き方改革などによって、働く場の自由度が高まり、会社のオフィスだけが仕事をする場ではなくなり、コワーキングスペースなどの利用が増加。それに伴いコワーキングスペース自体の数が増え、競争の激化を招いているためだ。東京臨海高速鉄道りんかい線と東京モノレールの天王洲アイル駅、京浜急行電鉄の北品川駅から、それぞれ歩いて約9分という、アクセスの面で不利なロケーションにある「the DOCK」にとって、コモレビズの採用は、「選ばれる」ために欠かせない選択でもあったのだ。

さらにコロナ禍が、コワーキングスペース利用の増加に拍車をかけた。利用ニーズもより多様化している。たとえば、オンラインでの打ち合わせや会議が普及したために、個室やブースなどを設置して対応した。また、リモートワークが当たり前になり、本社オフィスを持たないスタートアップ企業などが、その代わりとして使うケースも増えているため、これまでと違う設備や備品を用意することも求められるようになっている。「the DOCK」も、当然のことながら、こうしたニーズにきめ細かく対応している。

天井まで届きそうな樹木デスクに座れば、視界に緑が飛び込んで来る。

バイオフィリックデザインの「見える化」で広がるコモレビズの用途

パソナ・パナソニック ビジネスサービス株式会社</br>
代表取締役副社長 岩月隆一氏
パソナ・パナソニック ビジネスサービス株式会社
代表取締役副社長 岩月隆一氏

コロナ禍は3年目に突入するが、岩月氏はアフターコロナをどう展望しているのだろうか。

「働き方が元に戻って、リモートワークや在宅勤務が姿を消すとは思えません。ワーケーションに代表されるように、健康的な環境の中で、リラックスして働きたいというニーズも、まだまだ強くなるでしょう」

コモレビズやコワーキングスペースなどに対するニーズは、コロナ禍後も続くとみている。こうしたニーズに応え、コモレビズの導入の促進を図るためには、「エビデンスを積み重ねて、何となく感じている緑の効果・効能といったものを、より明確に示していく必要があります」と岩月氏。

すでに同社は、トヨタ自動車と共同で「植物と共生しながら働く空間が人に与える効果」について研究を行っており、研究を通じて、バイオフィリックデザインの空間が人に与える影響の評価基準や、設計指針を確立したいとしている。

「バイオフィリックデザインを『見える化』することによって、コモレビズの用途やバリエーションはさらに広がるはずです」

今後はオフィスだけでなく、図書館や病院、大学などの公共施設、マンションの共用部などへの展開も目指している。

パソナ・パナソニック ビジネスサービス株式会社</br>
代表取締役副社長 岩月隆一氏
さまざまな分野への展開を目指す「バイオフィリックデザイン」

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