炭鉱のまちの石炭と人々を運んだ旧「美唄鉄道」
日本の近代化や戦後の復興を支えた炭鉱。その足跡が各地に残るなか、北海道では石炭を源泉に「北の産業革命」とも呼ばれるダイナミックな物語があった。石炭採掘から鉄鋼生産、鉄道輸送までの一連のつながりが、「炭鉄港」として日本遺産に認定されている。
「炭鉄港」の1つが、札幌市から旭川市方面に約60kmの美唄市にある。炭鉱のまちとして栄え、かつて「美唄鉄道」の最大10両の機関車が多くの石炭を運び、人々の暮らしを支えた。今でも、見学可能な状態では日本で唯一という、E型（動輪が5対）のSL（蒸気機関車）が当時のレールの上で眠り、市民らの手で守られている。
美唄市では明治後半に開発が始まり、中小炭鉱が相次いで開鉱するなか、大規模な炭鉱として「三菱」と「三井」の財閥系の2社が活動。最盛期の昭和30年代の人口は、市全体で約9万2,000人、炭鉱が集まり両社の作業員らが暮らした「東明地区」で約1万2,000人と、にぎわいを見せた。
1965年ごろに撮影された、三菱美唄炭鉱の全景（協力：美唄市教育委員会）勾配の厳しい路線を走る、特別に製造された機関車「4110」
旧美唄鉄道は、1914（大正3）年に当時の石狩石炭株式会社が設立した「美唄軽便鉄道」が前身で、翌年に三菱合資会社が買収して「美唄鉄道」となった。路線延長は約11km。大正時代から昭和にかけて、三菱美唄炭鉱の石炭やまちを支えた。
そこで活躍したSLの１つが、旧東明駅で保存されている「4110形式十輪連結タンク機関車2号」だ。当時の国鉄からの払い下げ機が多い中、1919年に美唄鉄道が自社発注し、三菱造船神戸造船所が製造した。原型は国鉄が1912年にドイツから輸入した「4100」で、25‰（1‰＝1000mで1mの上昇）という急勾配を高頻度で走るため、巨額の費用（当時の価格で約22万1609円）をかけて内燃機関を強化した特別仕様だった。美唄市教育委員会によると、国内に現存するSLでは、これ以外に同型機はないという。
当時のままのレールの上で佇む「4110」SLのなかでもよく知られた「デゴイチ（D51）」と比べて全長は短く、動輪が多いため、ずんぐりしたいでたちが特徴だ。実際にあったホームそばのレール上で、静かに佇んでいる。５～１０月は、旧東明駅舎が公開されていない日でも、重厚感のある漆黒の運転室に入ることができる。
美唄市教育委員会の生涯学習課で課長補佐を務める谷川毅さんは「この場所に立つと、まるで石炭運んでいる昭和の時代に戻れるようです」と言う。
迫力ある運転室。「4110」の内部には、階段を伝って入ることができる静かに佇む築70年超の東明駅木造駅舎
旧美唄鉄道で唯一現存する駅舎は、この「4110」が置かれる旧「東明駅」。三井・三菱の炭鉱の発展に伴ってできた住宅街に1948年に開業した。木造平屋の168m2で、待ち合いスペースには十分な広さがあり、往時のにぎわいが目に浮かぶようだ。
駅構内では看板や時刻表、運賃表などがそのまま残され、タイムスリップしたような気分になる。炭鉱のまちの盛衰や、暮らしぶりを振り返る写真パネルも展示されている。
屋根や壁が美しく整えられた旧「東明駅舎」。右奥に「4110」が見える駅舎はSLとともに、1972年の廃線後に三菱鉱業株式会社から市に寄贈された。市はSLと駅舎の修繕費や維持管理費を負担しつつ、複数の民間団体や美唄鉄道OBらが保存に協力してきた。
時刻表や運賃表をはじめ、当時のものが多く残された東明駅構内「まずは草刈りから」で顔を合わせる、保存会メンバー
現在、このSLと駅舎を保存しているのは、地元の住民でつくる「東明駅保存会」だ。きっかけは2006年、近くの飲食店「幸楽」の店主ら3人が「地元のために何かできないか」とイベント「がらくた市」を企画し、駅の花壇整備やペンキ塗りも手がけた。「まずは草刈りから」と活動を重ね、周辺の店や郵便局に募金箱を置き、燃料代などを捻出してきた。
毎年5月～10月の第1日曜日に一般公開し、年間で約400人が訪れる。地元の小中学生の見学が180人、鉄道ファンが120人ほどで、観光客やゆかりのある人らも多い。その公開日に合わせて、保存会のメンバーも顔を合わせる。かつて多くの人が行き交った駅は今も、作業後に仲間同士で食事をしたり、話を交わしたりする交流の場になった。
「幸楽」店主の寺田栄一さんは高校生の頃、通学で旧美唄鉄道を利用していた。「駅はみんなの思い出がある場所。年齢を重ねて里心がついて、離れた場所に暮らしていても『いつか行ってみたい』と言う人もいます。当時の名残があるのはここだけになってしまい、このＳＬと駅舎が記憶の糸口になっています」と懐かしむ。
保存会の有志メンバー。左から2人目が谷川さん、同4人目が関口さん「日本遺産」認定でクラウドファンディングも。来訪者が増加
美唄市教育委員会が実施したクラウドファンディングの画面これらの産業遺産への注目が一気に高まったのは、文化庁による2019年の「日本遺産」認定だった。美唄市のある空知地方の石炭が、国際貿易港として発展した小樽市まで結ばれた鉄道で運ばれ、やがて鉄路が延びると室蘭で製鉄業が盛んになった。日本遺産を構成する文化財として、小樽市の手宮線跡や夕張市石炭博物館といった有名なスポットと並び、SL「4110」や旧東明駅も取り上げられた。
一方で、製造から100年以上たつSL、築70年を超えた東明駅舎も経年劣化が激しく、屋外のＳＬは雪による傷みも大きかったため、修繕と維持管理の費用がネックだった。
そこで市教育委員会は日本遺産となったチャンスを捉え、翌2020年、ふるさと納税型のクラウドファンディングを実施。天野政俊教育長自らホームページなどで「近年、日本各地では幕末から明治時代の日本の変革時期を現在に伝える産業遺産に注目が集まっています」「まちの将来を担う子どもたちに『住んでいるまちには、石炭で日本や北海道を支えたものがある』ことを知り、誇りに思ってもらいたい」と呼びかけ、道外を含む235人が支援。400万円以上を集め、駅舎の屋根の塗装や修理、機関車の塗装などに充てた。
2021年の来訪者は、コロナ禍にあっても前年より約25％増えた。保存会の関口悟会長は「日本遺産の効果は大きいですね」と手応えを感じ取る。鉄道ファンばかりではなく、かつてこの周辺に暮らしていた人たちが、帰省のたびに足を運ぶことも多いという。
認定効果で、市内の中学生が授業の一環で美唄鉄道を知る機会が増えたという。市教育委員会の谷川さんは「SLと駅舎は地域の歴史のシンボル。まちの昔と今とがつながっているのが、目に見えて分かります。先人の並々ならぬ苦労が、脈々と今のまちにつながっていることを伝えていきたいです」と話す。
関口さんも「声をかけたら集まってくれる仲間がいるので、やっていけます。人が集まれるようにSLと駅舎をきれいに保ち、活動を長く続けられるようにしたい」と願う。
炭鉱で命をかけた人々が、近代化の原動力になった
1941年には三菱美唄炭鉱でガス爆発が起き、177人が犠牲になり、22人が負傷するなど、炭鉱のまちでは事故も発生した。
日本や北海道の発展の原動力になったのは、命がけで山に入った鉱夫やその家族だった。美唄鉄道のSLはその人たちの毎日を支え、急勾配で苦闘しながら「黒いダイヤ」を運んだ。
1971年頃撮影とみられる、現役当時の「4110」（協力：美唄市教育委員会）
旧東明駅の構内に常設されている写真パネル市内の全炭鉱の坑口が閉じられたのは、1973年の夏の盛りだった。旧東明駅に展示されている、エネルギー革命の波にのまれるまでの鉄道やまちの写真を見ると、厳しさのなかにもどこか力強さを感じ取ることができる。
錆びたレールの上に鎮座する漆黒の機関車と、風格ある木造駅舎は、また長く厳しい冬を耐え、雪解けとともに多くの人を迎える。2022年は5月から公開予定。
公開日:
