コンクリート打放しの豪邸が福祉目的の複合施設に
大阪府八尾市にある近鉄大阪線久宝寺口駅(きゅうほうじぐちえき)から歩いて5分。住宅街の中にひときわ目を引くコンクリート打ち放しの3階建て住宅がある。一見美術館か何か、公共建築物にも見えるが、もともとは1989元年築の二世帯住宅で、有名建築家の弟子が設計したものだという。地下に祖母、1~3階に当主一家が住んでいたそうだが、それが売りに出た。全体で400m2ほどの広さがあり、エレベーターももともとは2基あり、サウナなどもある豪奢な作りだったが、それだけに販売は難航した。
この住宅に限らず、今の時代、大きすぎる家は人気がない。家族数が減り、それほど部屋数は要らないと考える人が多いのだ。
だが、幸いにしてこの家は住宅としてではないが、無事に第二の人生(家生?)を歩むことになった。サイズを生かして地下に食堂、障がいのある人などを対象にした就労継続支援B型※の事業所、1階に女医による内科、整形外科のクリニック、2~3階に住居型有料老人ホームという複合施設「Qハウス」に生まれ変わったのである。
QハウスのQは「久宝寺」「クオリティ オブ ライフ」にヒントを得たネーミング。地下にはイベントなどに使える広い空間もあり、使われていない時には地域に開放して使ってもらう計画もある。
2021年2月にオープンしたため、地下の食堂で働くはずの料理人が1人入国できておらず、就労継続支援B型事業所も本格稼働には至っていないなど、フル稼働でのスタートにはならなかったが、それでも老人ホームは満室。クリニック、食堂と高齢者の生活に密着したサービスが1棟にまとまっており、地域で支え合って暮らすという考え方が評価されたのだろう。
※就労継続支援B型とは障がいや難病のある人のうち、年齢や体力などの理由で企業等と雇用契約を結んで働くことが困難な場合に軽作業などの就労訓練を行うことができる福祉サービスのこと。比較的簡単な作業を短時間から行うことが可能で、年齢制限はなく、障がいや体調などに合わせて自分のペースで働くことができる。
文化の違う人たちへの福祉サービスが必要
この建物を運営するのは株式会社夕陽紅(シイヤンホン)の増井麗新さん。夕陽紅は中国ではよく知られた言葉だそうで、晩年を迎えることは 赤い夕陽のようにこよなく美しいという意味なのだとか。社名からも分かるとおり、増井さんは2003年に23歳で夫や家族と共に中国から日本に来た。来日直後は化粧品会社の美容部員として働き、そのうち、夫の家族が病気になったことからその看護に関わり、以降、福祉の道へ進むことに。
当初は市の嘱託職員として在留邦人、外国人の生活や就労に関する相談員として勤務。医療通訳などもしながら社会福祉士の資格を取得する頃には自分で介護事業を立ち上げることを考えるようになったという。
「中国残留孤児の帰国者(以下、帰国者)や日本にいる外国人にとって日本の制度や、サービスは使いにくいところがあります。特に帰国者の多くは現在70歳を超え、介護その他福祉制度、サービスを利用する年代になっていますが、日本人でありながら中国生活が長かった人は中国の文化に慣れており、日本社会に適合しにくいところがあります。カラオケは1人ではなく、みんなで歌おうとしますし、折り紙はやりません。食事も和食より中華がよいということも。利用する本人に違和感があるのと同時に施設側にも不安があり、そうした齟齬を考えると両方の立場、考え方を理解できる人間が福祉に関わる必要があると思ったのです」
そこで30歳の時に帰国者向けとしては関西では初となるデイサービスを立ち上げた。その後、訪問介護、訪問看護、ケアプランセンターと仕事の範囲を広げ、いずれは自宅での介護には無理がある人たちのために老人ホームをと思っていた時に、久宝寺の大型物件と出合ったのだ。
建物の福祉転用の難しさ
空き家など使われていない建物の活用方法として福祉利用はよく検討される。福祉施設が足りていないなら、増えている空き家を使えばいいじゃないかという発想なのだが、実際の転用は意外に進んでいない。古い建物の場合、耐震性能が足りない、竣工時の図面や検査済証がないなど不足が多く、工事費や適法性の面などから使えない、収支が合わないことが多いのである。
ところが幸い、この物件の場合にはそうした難はなかった。書類はそろっており、耐震性能にも問題はない。だが、住宅を高齢者施設に変えるには大幅な改装が必要で、2~3階についてはスケルトンにしてからの工事になった。廊下の幅、壁の防火、見守りのためのカメラの設置等々、建築費は高かったと増井さん。
共同事業者として企画・提案・総合プロデュースに関わった一般社団法人大正・港エリア空き家活用協議会の川幡祐子さんも費用面では大変だったという。
「建物は6,000万円ほどでしたが、改修その他で1億円以上はかかったのではないでしょうか。地下の改修、見守りアプリの開発には国土交通省の『人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業』の助成を受けていますが、それが1,000万円ほど。それに対して9戸の老人ホームだけでは収支は合いませんが、増井さんは介護サービスを中心にこの地域に小規模な施設をいくつも展開しており、その一環として考えることでこの事業が成立しています」
公的な助成を受ける、不測の事態があった場合に避難しにくい人が利用するなどの要件を考えると福祉関連の施設に厳密な基準が必要なことは分かるが、こういう話を聞くたびにそれにしてもと思わざるを得ない。もう少し、施設を増やすために打つ手はないものだろうか。
地下は地域にも開かれた空間に
実際の建物を見ていこう。まずは地下。ここは野菜をふんだんに使った飲茶と家庭中華を出す「ikko」という店になる予定で、飲茶のデリバリーも予定している。もちろん、2~3階の居住者も食べられるし、いずれは配食サービスも視野に入れている。隙間時間には地域に開放し、生活に役立つ情報を伝えるセミナーや趣味の活動の場として使ってもらうことも検討されている。
また、就労継続支援B型の事業所ではレストランでの仕込みやテイクアウト用の配膳などの仕事を想定している。ただ、前述したように2人の料理人のうちの1人がまだ入国できていないため、飲食店としての営業はできておらず、現在は弁当販売のみ。レストランでの仕事が少ないため、増井さんがかつての縁で化粧品会社のサンプルの袋詰め作業を受託、それをやってもらっている状況だ。
店内は前居住者の趣味であろう和の趣を大事に改装されており、欄間その他見事な建具があちこちに残されている。舞台のようになった畳スペースなどもあり、いろいろな使い方ができそうである。
住宅らしい感じがもっとも残されているのは1階のクリニックだろう。かつての部屋が診察室や各種検査室などに使われており、木が多用されていることもあって明るく、ほっとする雰囲気なのである。このクリニックでは今後、地域の在宅高齢者への訪問診療も行い、できる限り、自宅に住み続けたい人をサポートしていくという。
ちなみにこちらのクリニックの先生は増井さんの友人でもあり、日本語、中国語で診療ができる。大学病院に勤務していたのを口説いて来てもらったそうで、この人の存在が上階の入所者にとっては大きな安心になっているのだろうと思う。帰国者に限らず、身の回りに外国籍の人が増えている今、多言語で診察できる医師にはニーズがありそうである。
重度の人たちも受け入れる老人ホーム
最後に2~3階の老人ホーム。現在9室中、6室が居住中で、取材時にはうち1人が2週間の予定で入院中だった。残り3室もコロナ禍以前から予約は入っているが、本人たちにぎりぎりまで自宅で過ごしたい、子どもや配偶者に面倒を見てほしいという希望があり、入所が延びているという。
現在の入所者は介護度3が1人、介護度5が5人でうち1人は胃ろう、もう1人は難病指定と圧倒的に重度の人が多い。ほかで断られた人も受け入れているとのことで、10人ほどのヘルパーで丁寧に面倒を見ているという。
規模が小さいため、全体に住宅に近いアットホームな感じがあり、取材前日も誕生日会が開かれており、写真にはその飾り付けも入っている。重度であっても生活の質を落とさないようにとできるだけで車いす利用で移動し、他の入所者と一緒に食事をとるようにもしているそうだ。
部屋には洗面、クロゼット、ベッドなどの家具とテレビが備え付けられており、広さは約13m2。どの部屋にも大きな窓があって明るいのが印象的だった。日当たりにこだわって造られた住宅がうまく生かされているわけである。
地域の人から障がい者、高齢者までを対象に医療、介護、看護に居場所までを提供するというQハウスだが、なによりもすごいと思ったのは、これだけの場を日本に来て約20年の増井さんが多くの協力者を得つつ作り上げたという点。現在はシングルマザーとして2人の子どもを育てながら事業に取り組んでいるそうだが、そのパワーと発想には感嘆しかない。
「中国では男女差がなく、女性も男性並みに働くそうで、増井さんもとにかく働く。やる気の塊でどんどん新しいものを取り入れ、チャレンジする。私たちも彼女の姿勢に学ばないと社会の変化に置いていかれますね」と川幡さん。
建築、不動産や福祉の世界の規制や不条理に文句を言うのではなく、それに従いながらもチャレンジする。それがQハウスが見せてくれているものなのだと思う。
Qハウス
https://qhouse.jp/
一般社団法人大正・港エリア空き家活用協議会
https://wecompass.or.jp/
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