熊野古道を支えてきた里山が抱える課題
「熊野古道」は2004年に世界遺産に登録された1000年を超える歴史を持つ参詣道だ。
世界遺産に登録された理由のひとつが、「熊野古道」をとりまく里山の文化的な景観である。しかし、地域産業に携わる人の減少により山は荒廃し、耕作放棄地も増加。その結果、熊野古道を支えてきた里山は荒れ始めている。
そこで、次の1000年に里山文化をつないでいくために立ち上がったのが「熊野 REBORN PROJECT(リボーンプロジェクト)」だ。このプロジェクトの目的は、首都圏に住む登山好きのフィールドワーカーと「農業・林業・狩猟・観光」に従事する熊野の地元事業者の力で、新たな里山観光モデルをつくること。
具体的には3回の座学と現地での3日間のフィールドワークを通じ、熊野と継続的な関わりを持つ関係人口を増やすためのアイデアを出し合う。実現に向けて商品化、サービス化までを行うことが目標だ。
今回、この「熊野 REBORN PROJECT」にフィールドワーカーとして参加してきた。現地で見てきた地元事業者のユニークな取り組みを紹介したい。
ドローンで植林支援。“木を切らない”林業とは
熊野には、林業の課題に植林支援を通じて取り組んでいる会社がある。
本来、伐採と植林は併せて行うが、人手不足により伐採をした後に同じ分だけ木を植えられなくなっているそうだ。
そこで登場するのが伐採をした後に木を植える、“木を切らない”林業をなりわいとする株式会社 中川だ。この会社は、山林所有者や森林組合などから依頼を受け、苗を山の斜面に植えていく。杉やひのきなどの針葉樹だけではなく、広葉樹も積極的に植えるという。創業者の中川 雅也氏によれば、広葉樹は根の張り方が垂直ではないため、雨が降り土が流されるのを木の根が食い止めて災害を防ぐ役割も期待できるのだという。
植樹の強力な助っ人として活躍するのは自社開発したドローン。導入前は40分かけて人が苗を運んでいたが、自社開発した林業資材運搬用ドローンを使うことにより2、3分で済むようになった。
山に植える苗は、地元で集めたどんぐりから育てられた苗である。
「これまで苗は県外から買っていましたが、どんぐりも地産地消できないかと考えたんです。どんぐりは、置くだけで芽がでます。学校やそれこそマンションのベランダでも苗を育てられる。今は“どんぐり”と箱に書いておいておくと、地元の人が箱にどんぐりを入れてくれるようになりました」と中川氏。
実際に斜面に登り土を掘って苗を植えると、自分の植えた苗が今後どのように成長を遂げるのか、見届けたい気持ちになった。
虫食いをデザインに取り入れたインテリア
熊野の山には「あかね材」と呼ばれる木材がある。
あかね材とは、スギノアカネトラカミキリという虫による食害を受けた杉やヒノキ木材のこと。食べた痕には変色や凹凸などが表れる。強度や耐久性に問題はなくても、見た目の悪さから建築材としては敬遠されてきた。
そんな中、この虫食いの痕を家具などのインテリアデザインとして取り入れたブランドが「BokuMoku(ボクモク)」だ。「BokuMoku」の名前は、“素朴な木”を意味する。虫食いの痕を木材の個性と捉え、家具のデザインのひとつにしてしまうという発想である。「BokuMoku」の机は、和歌山県田辺市にあるインテリアショップ「Re-barrack interior(リバラック インテリア)」で展示・販売されている。確かに虫食い痕は美しい模様のようにみえ、存在感が生まれていた。
熊野のフィールドワークでは、ヒノキの箸づくりも体験できる。手で触れて、ヒノキの匂いを感じ、思い描く形に削ることで愛着を持った。
熊野の森は収穫適齢期を迎えた木が伐採されず、放置されることで「山の少子高齢化」が進んでいることが問題になっている。こうした素朴な木を積極的に使用し、伐採後に苗木を植えることによって、山の循環が促されていくのだそうだ。
鳥獣被害を防げ!食べられる以上につらいこととは
鳥獣被害も熊野の課題のひとつだ。
和歌山県といえば、みかんや梅の産地としても知られている。しかし、せっかく苦労して育てた果物が収穫前にイノシシや鹿などの野生動物により食べられてしまうこともしばしば……鳥獣被害は、地元農業に深刻なダメージを与えていた。
それでも「みかんが食べられてしまうのはまだいいほう」と株式会社日向屋代表の岡本和宜氏は言う。「ひどいときには、果樹そのものが倒されてしまうこともある」そうだ。
みかんの木が育ち、おいしく食べられる実がなるまでには15年以上かかる。長い年月をかけて育て、これからというときに倒されてしまった農家の無念は計り知れない。
そういった鳥獣被害を防ぐため、わなを仕掛けるのは、尾根道。山の中に仕掛ければもっと捕獲できそうだと思うが、それはしないという。あくまでも、農作物への鳥獣被害を防ぐために行うのだ。また、わなにかかったイノシシや鹿などの野生動物の命も無駄にしない。肉をさばいたのちに、ジビエとして一流の料理人がレストランでふるまう。
森の中に食べられるものがなくなれば、動物は里に下りてくる。広葉樹を植えることで、どんぐりが落ちれば、森の中に食べ物があるので動物が里に下りてきたり、果樹を食べずに済むのだという。だからこそ、どんぐりを植え、適切に間伐し、地面に光が届くようにしていく。
林業、農業、狩猟とそれぞれ「熊野 REBORN PROJECT」での体験プログラムを提供してくれた人は異なったが、同じ課題と目的をもっていると感じた。
熊野古道歩きから学ぶ課題
フィールドワーク最終日は、田辺市長 真砂充敏氏による案内のもと、熊野古道を歩いた。滝尻王子から高原までという中辺路のほんの一部ではあるものの、標高341メートルの飯盛山を通る登山道のほか、熊野古道・中辺路で最も古い建物である高原熊野神社や、熊野古道に面した民家や畑など、里山らしい光景も目にすることができる充実のコースだ。
真砂市長によれば、熊野の森は約9割が私有林であり、その多くが杉やヒノキなどの人工林であるが、近年では、地元にいない森林所有者や相続がされておらず所有者が不明な森林の増加等により、手入れがされないまま放置されるケースが増加しているのだという。
古道歩きの最中においても、適切に間伐がされず、木々が細かいまま成長し、森に日光が入らず薄暗くなっている様子を目にする場面があった。
「杉、ヒノキなどの人工林を植えたのは人間です。一度山に手を入れたのであれば、最後まで手をかけ続けなければなりません」と真砂市長はメッセージを伝えた。
田辺市では森林保全対策として要件を満たせば尾根筋への広葉樹植栽に対する補助を行う「よみがえりの森づくり事業」に取り組んでおり、2019年度からは、国から「森林環境譲与税」が譲与され、適切に手入れがされていない森林の整備促進に向けた新たな事業「森林経営管理制度」にも取り組んでいる。しかしながら財源があったとしても依然として人手不足や所有者不在の問題がある。これから50年、100年と長い期間をかけて立て直していかなければならない。
それでも田辺に住む人が危機感を持って知恵を絞り新しいことに取り組んでいる姿に、力強さを感じた。フィールドワーク後のディスカッションでは、「好きなことを話す人を見ているのは面白い」「本当にいい顔をして話す」「物語がそれぞれにあった」などの感想も上がった。地元で働く人自体が、熊野の魅力のひとつであるようだ。
フィールドワークではほかにも、小学校をリノベーション・増築した秋津野ガルテン見学や、200店舗以上の飲食店が軒を連ねる味光路や南方熊楠顕彰館などを巡る田辺市街歩きも行った。目まぐるしいほどに詰め込まれたスケジュールではあったが、熊野の街を後にするのは名残惜しかった。
熊野は歩きやすく、舗装路もあれば登山道もあり、民家や畑が織り交じる光景が独特で面白い。いずれも1000メートル未満の低い山ばかりなので、トレッキングや登山の初心者におすすめしたい道だ。
2021年1月23日に、熊野フィールドワーカーの発表を通じて、最終回を迎えた。この光景を守っていくために、山好きの視点からできることを考えていきたい。
取材協力:
和歌山県田辺市
一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューロー
秋津野ガルテン、株式会社日向屋、株式会社中川
Re-barrack、BokuMoku
株式会社ヤマップ、大内征氏
■参考
https://sp.yamap.com/kumano/
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