九州工業大学の近くにある築60年の木造2階建てに、小さな店舗が集結
北九州市の中央部に位置する戸畑区。区域の広範を新日鐵住金八幡製鉄所が占める企業城下町である一方で、市内では文教地区としても知られる。
ここに本拠を置く九州工業大学(以下、九工大)のキャンパスは、“赤レンガ東京駅の建築家”、辰野金吾がマスタープランを描いたものだ。その創設時の姿を残す正門の斜向いに、今回の舞台、“cobaco tobata(コバコ・トバタ)”はある。
築60年ほどの小さな木造の建物に、個性豊かなスモールショップが集まって、2017年11月にオープンした。
大学とまちづくり法人の産学連携で建物の活用策を探る
九工大で准教授として教鞭を執る徳田光弘さんは、(一社)リノベーションまちづくりセンター(以下、センター)の代表でもあり、長く不動産ストックを活かした地域再生に携わってきた。その徳田さんも、毎日の通勤途上にあるこの建物に、目を留めたことはなかったという。外から見ればごく普通の戸建て住宅。しかし元は産婦人科医院として建てられたもので、中に妊産婦が休むための小部屋が並ぶ。かつて地域の子どもたちが、ここで産声をあげた。
約20年前に医院を閉めたあと、長く使われていなかったこの場所の使いみちについて、持ち主が徳田さんに相談を持ちかけたのが2016年の秋のこと。活用策を見いだせなければ売るしかない、という話だった。徳田さんは「自分自身の生活圏にあるこの建物を救えなくてどうする」と身を引き締めたそうだ。「大学の使命は、教育と研究と社会貢献。建物活用の実践を通して学生たちと学びながら、大学ではできないリスクのある事業はセンターで担い、小さな産学連携を回していくのが僕のやり方です」
2016年の暮れに研究室の学生たちとワークショップを開き、持ち主に3つの事業提案をプレゼン。そのアイデアのひとつが、小部屋ひとつひとつを小さな店舗として貸す“cobaco tobata”に発展した。もとの診察室を含めて部屋は10室。うち1階の2室は全体の運営管理を手掛けるセンターのオフィスと、研究室のサテライトとして借りる。問題は、どんなお店に入居してもらうかだ。キーワードは、“学びと何かが生まれるきっかけの場所”。1室は学びのスペースとして空けておくことにした。
改修中からワークショップを開催し、地域の人々とつながる
プロジェクトが始動したときから学生のリーダーを務めているのが九工大4年の大山佑季さんだ。「建物の改修は大工さんと学生とで進めました。まずセンターが入る104号室から始め、ある程度準備ができたところで、誰でも参加できるDIYワークショップを数回開いたんです」。改修中からまちに開き、オープンに向けて作業する様子を地域の人々にも見てもらい、参加してもらう。2017年7月の3連休には、テナント募集を兼ねたワークショップを開催。事前に徳田さんと持ち主があちこちに声をかけて回ったことが功を奏し、この時点で今入居しているほとんどの店主とつながった。
“cobaco tobata”の企画・設計・施工・リーシングから開業後の運営管理まで、一貫して携わってきた大山さんは、この経験を材料に、卒業論文をまとめている。
うつわでつながる陶器店と自家焙煎の珈琲店
いの一番に“cobaco tobata”への出店を決めたのは、市内に工房を構える陶芸家夫妻、松下広樹さん・紗英子さん。以前は各地の展示会やイベントで作品を販売していた。「お客さんから、お店はないんですか、と聞かれるようになって。工房では狭いので、場所を探していたところに、ここの話を聞いたんです」と広樹さん。
ふたりの工房「つなぎ」のシンボルは白象。作品もロゴマークも、愛らしい象の姿をモチーフにしている。そして白象は、摩耶夫人がお釈迦様を懐妊したときに夢に現れた伝説の動物だ。もと産婦人科医院の建物に、縁を感じたという。
“cobaco tobata”に出店したことで、これまではカフェなどに出張していた陶芸ワークショップも、建物内のイベントスペースで開催できるようになった。
その「つなぎ」のワークショップの参加者だったのが、「マルハチ珈琲焙煎舎」の店主、八児(やちご)美也子さんだ。2017年4月に東京からUターンしたばかり。元会社員で、店舗経験ゼロからのスタートだ。
「はじめからカフェ開業を目指していたわけではないんです」と八児さんは言う。会社勤めを続けるかどうか迷っていた頃、カフェやコーヒーについて文化的背景や地域社会との関わりまで幅広く学ぶ「カフェ自由大学」を受講。2年ぐらい考えた末に「北九州に帰って自家焙煎のカフェを開こう」という結論にたどり着いた。
東京から戻ってほどなく内覧に訪れた“cobaco tobata”は「私が思い描いていた空間そのものだった」と八児さん。「まだ準備は足りなかったけれど、絶対にここがいいと思った。その場で借りたいと意思表示しました」。そこからオープンまで、焙煎機やエスプレッソマシーンなどの手配、バリスタとしてのトレーニング、店内の改修を同時進行で進め、なんとかグランドオープンに間に合わせた。
「展開が早すぎて怖かったけど、これまでに吸収してきたことを形にできて幸運でした。カフェはお客様によってつくられるもの。日々の出会いから空間が変化していくのを楽しんでいます」。
花とキャンドル、木と布と、紙と本。館内で広がるコラボレーション
雑貨店「peace」の商品は、すべて店主の島村貴子さんと谷口久美さん、その友人たちによる手づくりの一点ものだ。島村さんは木工、谷口さんは布担当。“cobaco tobata”に出店する前は、島村さんの自宅で週に1度だけ開店していた。「子育てと両立できるペースで10年間続けました。子どもたちが大きくなったので、そろそろ働き方を変えようと思っていたところへ、ここのお話をいただいたんです」と谷口さん。
水曜日だけ開くお店から、水曜日だけ休むお店へ。2人の生活は大きく変わった。店番は3日ずつの交代制だが、店舗に並べる商品と、オーダーメイドの制作に追われる。今やオーダーは納品まで1〜2ヶ月待ちという人気ぶり。「毎日開店すると、こんなに忙しいとは」と谷口さんは苦笑する。
廊下にまではみ出してアンティークのソファを置いているのは、「BUN1123・まなび舎ことり」。部屋の奥にはイラストレーターでグラフィックデザイナーのスズキリエさんがアトリエを構える。結婚後しばらく夫の仕事を手伝っていたが、久しぶりに前職に復帰しようと考えていたところに“cobaco tobata”のオープンを知り「自分の城」を得た。
店内に並ぶ商品は、スズキさんオリジナルのカードやポスター、テキスタイルなど。ほか、本棚でコーナーをつくり、絵本や児童書を並べている。こちらはスズキさんの妹、後藤知子さんによるブックショップ。“cobaco tobata”の館内であれば、好きな本を自由に持ち出して読むことができる。
「せっかく“cobaco tobata”に来てくださった方には、買い物して帰るだけでなく、ゆっくりと豊かな時間を過ごしてほしい」とスズキさん。今後はそのための仕掛けをもっと考えていきたいそうだ。
“cobaco tobata”のファサードを彩る、花と葉っぱとキャンドルの店「Flor Folha(フロルフリア)」の田中光恵さんも、“cobaco tobata”オープンを機に前職に復帰した。花屋経験は長く、かつては8年間自分の店を営んでいたが、ここ4年ほどは休業し、キャンドルの制作に勤しんでいた。「もうお店を持とうとは考えていなかったけれど、友人たちにこの場を教えられ、背中を押してもらいました」と田中さん。
「一人で店を営んでいたときに比べ、ここにはいろんなお店があって、にぎやかで楽しい。おしゃべりしたりお茶を飲んだり、あっという間に一日が終わります」と田中さん。店舗デビューの前出・八児さんも「一人だったら落ち込むこともあっただろうと思いますが、ほかの店主さんたちに助けられています」と語る。
複数の店舗が集まることで、相互の顧客層も広がった。コラボレーションも活発だ。「マルハチ珈琲焙煎舎」は食器に「うつわ つなぎ」の作品を使っているし、「Flor Folha」はアレンジメントに「peace」の木箱や「BUN1123・まなび舎ことり」のカードをあしらっている。ワークショップ用に空けておいた1室では「meets cobaco」と題し、外部からヨガやよもぎ蒸し体験の講師もやってくる。開業してからも、前出の徳田さんや大山さんを中心に定期的にミーティングを開き、軌道修正や魅力向上について話し合う。
“cobaco tobata”をきっかけに、店主たち、学生たち、そしてお店やワークショップに訪れる人たちの輪が広がっている。「今後はさらに、周辺にもストック活用ビジネスを展開していきたい」というのが、近隣住民でもある、徳田さんの想いだ。
cobaco tobataホームページ https://cobacotobata.wixsite.com/cobaco-tobata
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