アフォーダブル住宅への期待と、検証すべき実態
住宅価格や家賃の上昇が続く東京都で、子育て世帯などに手頃な住宅を届ける新しい取り組みが始まった。それが「アフォーダブル住宅」だ。東京都は2025年11月、アフォーダブル住宅を供給する官民連携ファンドの運営事業者候補として、野村不動産やSMBC信託銀行などが参加する4つのコンソーシアムを選定。2026年2月に運営事業者を決め、5月には第1弾の入居者募集がスタートしている。
東京都は、この取り組みを国内で初めての官民連携ファンドによるアフォーダブル住宅の供給と位置づけている。民間の資金やノウハウを活用しながら、住宅費の負担を軽くしようとする新しい試みだ。
では、この「手頃な住宅」は、実際にどれだけの世帯に届くのだろうか。本レポートでは、供給規模、家賃水準の妥当性、制度の持続可能性、そして既存の住宅施策との組み合わせの観点から、アフォーダブル住宅の実態を検証していきたい。
供給規模は、子育て世帯のわずか0.1%強
東京都のアフォーダブル住宅は、家賃を市場相場の8割程度(一部コンソーシアムは75%)に設定し、官民連携ファンドによる供給目標は350戸程度となっている。これに加えて、東京都住宅供給公社(JKK東京)は既存の公社住宅を活用し、年間200戸程度、6年間で累計1,200戸程度を供給する計画だ。両者を合わせると、現時点で示されている供給規模は1,550戸程度となる。
この1,550戸という規模を、東京都全体の子育て世帯と比較してみよう。2020年の国勢調査によれば、東京都の一般世帯は約722万世帯。そのうち18歳未満の子どもがいる世帯は約118万世帯とされる。単純に供給戸数と子育て世帯数を比較すると、1,550戸は子育て世帯の0.1%強に相当する。つまり、「1,000世帯に対して1戸程度」の規模である。
もちろん、すべての子育て世帯がアフォーダブル住宅への入居を希望するわけではなく、実際の対象世帯も所得や家族構成などによって限定される。また、1,550戸すべてが一度に供給されるわけでもないから、この数字をそのままカバー率とみなすことはできない。とはいえ、東京都全体の子育て世帯に向けた政策として見るなら、現時点の供給規模が非常に限定的であることは明らかだ。
アフォーダブル住宅は、東京都全体の住宅問題を一気に解決する施策というよりも、新しい官民連携の仕組みを構築し、その有効性を検証する実証的な取り組みと捉えるべきだろう。今後問われるのは、この仕組みをどこまで広げられるかだ。
「市場の8割」の賃料は、本当に手頃なのか
供給規模に加えて、もう一つ考えたいのが「アフォーダブル」という言葉の意味である。アフォーダブル住宅では、市場相場より一定程度安い家賃が設定される。しかし、“市場より安いこと”と、“家計にとって手頃であること”は、必ずしも同じではない。市場家賃が25万円まで上昇すれば、その8割でも20万円になる。市場価格から2割引かれていることは事実だが、それだけで子育て世帯が無理なく支払える家賃になるとは限らない。
ここでチェックしたいのが、LIFULL HOME'Sの掲載・反響データだ。
東京23区のファミリー向き賃貸物件では、2026年7月時点の掲載賃料が25万9,107円と、前年同月比109.2%となっている。一方、実際にユーザーから問合せのあった物件の反響賃料は18万1,950円で、前年同月比103.6%。拡大傾向にある両者の差は約7.7万円に達し、反響賃料は掲載賃料の約7割にとどまる。
反響には物件の面積や築年数、立地など、さまざまな条件の違いが影響するため単純比較はできないが、掲載されている賃料と、実際に住み手が検討している価格帯には大きな差があることがわかる。現在の賃料高騰を踏まえれば、実質賃金の上昇が伴わない限り、市場価格の2割引きでは割安と実感するのは難しいはずだ。相場からの割引率だけではなく、対象世帯にとっての“手頃”とはどの程度なのか、実態に応じた検証が求められる。
手頃な家賃を、持続的に提供できるのか
もう一つの論点が、手頃な家賃をどのように持続させるかである。アフォーダブル住宅の家賃を市場より低く設定できる背景には、東京都による出資や、民間出資者の利回りを抑える仕組みなどがある。民間の収益確保を前提とする通常の賃貸市場では成り立ちにくい、手頃な住宅供給を可能にする工夫といえる。
また、東京都は都市開発制度を活用したアフォーダブル住宅の誘導など、ファンドとは別の手法による供給促進も進めている。こうした官民連携の仕組みには、民間の資金やノウハウを生かして住宅を供給できるメリットがある。
今後検証すべきなのは、こうした仕組みがどの程度の期間、どの程度の規模で継続できるのかという点だ。市場環境が変化した場合にも、同水準の家賃を維持できるのか。民間事業者にとって、社会的な意義と事業としての収益性をどのように両立させるのか。現時点では、まだ実績が積み上がっている段階ではない。アフォーダブル住宅を一度きりの住宅供給としてではなく、民間資金を継続的に呼び込みながら、10年、20年単位で家賃水準を維持できるかが問われている。
改めて見直したい、公的住宅ストックの活用
アフォーダブル住宅と合わせて、もう一つ目を向けたいのが、既存の公的住宅ストックである。全国の公営住宅は約213万戸、UR賃貸住宅は約70万戸にのぼる。両者を合わせれば約283万戸だ。さらに、公社住宅などを含む公的賃貸住宅ストックという広い定義で見ると、全国には約320万戸規模のストックが存在する。
これらをそのままアフォーダブル住宅に転用できるわけではないが、既存住宅の空き住戸や、建て替え・改修のタイミングにある住宅を、子育て世帯向けにどう活用するか。こうした視点は、今後ますます重要になるだろう。特に、住宅需要の強い都市部では、限られた土地を新たに取得して住宅を供給することはコストと時間がかかる。既存ストックを活用できれば、住宅供給のスピードを高められるはずだ。
また、従来の公営住宅は、基本的に住宅に困窮する低所得者を対象としてきた。しかし、あらゆるものの価格が上昇する今、住居負担の問題は必ずしも低所得世帯だけのものではない。共働きで一定の世帯所得があっても、都市部で子育てをしながら十分な広さの住宅を確保することはすでに難しくなりつつある。それなら郊外に住めばいいという意見もあるが、共働きが前提の社会ができあがりつつある以上、職住近接は譲れない住まいの条件である家庭も多いだろう。公的住宅ストックの一部を、従来とは異なる制度設計によって中所得の子育て世帯にも活用すべきだと考える。
供給だけでなく、住宅手当という選択肢も
さらに考えたいのが、住宅を供給する政策と、住宅費を補助する政策の組み合わせである。住宅手当など所得に応じた家賃補助には、既存の民間賃貸住宅ストックを活用しながら、住宅費負担を直接的に軽減できるという利点がある。公的住宅などの供給側支援には、市場だけでは十分に供給されにくい低廉な住宅を確保できるという利点がある。
多くのOECD諸国では、この両方が住宅政策の手段として用いられている。日本にも生活保護の住宅扶助や住居確保給付金といった給付型の支援は存在するが、あくまでセーフティネットとしての限定的な支援にとどまる。一方、諸外国の多くでは、中間層や若者、学生なども広くカバーする社会保障として住宅手当が機能している。
東京都のアフォーダブル住宅は、まさに供給側からの支援の試みである。その意義は認めつつも、1,550戸程度の供給規模では、東京都全体の子育て世帯に広く支援を届けることは難しい。であれば、アフォーダブル住宅のような供給型政策に加えて、公的住宅ストックの活用や既存の給付型支援の対象拡大も、あわせて検討する価値があるだろう。
アフォーダブル住宅の先に、必要な政策とは
そもそもなぜここまでアフォーダブル住宅が必要とされ、注目されているのか。それはひとえに、住居費が高すぎるからだ。住居費の高騰には、需給の問題だけでなく、建築資材や人件費、エネルギー価格の高騰、土地価格、金利の上昇、円安など、さまざまな要因が絡んでいる。東京都が住宅政策に民間資金や事業者のノウハウを取り込み、手頃な住宅を新たな方法で供給し始めたことは歓迎すべきだが、それだけでは住宅市場全体の価格形成を変えることはできない。
スピード感を持って子育て世帯の住まいを支えるためには、価格高騰への対処と合わせて、以下のアプローチが必要だと考える。
1. 新たなアフォーダブル住宅の供給
2. 既存の公的住宅ストックの活用
3. 所得に応じた住宅手当・家賃補助
それぞれの強みを生かし、組み合わせていくことが重要だ。アフォーダブル住宅という新しい試みから得られた知見が、既存ストックの活用や住宅市場全体の政策にも生かされ、また、東京のみならず、大阪、愛知、福岡など、同様の課題を抱える都市圏各地にも波及し、子育て世帯の救済につながっていくことに期待したい。
【参照】
・東京都「官民連携アフォーダブル住宅供給促進ファンド」運営事業者候補選定発表
・東京都住宅政策本部「都における『アフォーダブル住宅』について」
・総務省「令和2年国勢調査 人口等基本集」「世帯の家族類型,世帯員の年齢による世帯の種類別一般世帯数(東京都)」
・LIFULL HOME'Sマーケットレポート(2026年8月版、東京23区賃料動向)
・住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律
・都営住宅の現状「公的住宅の管理戸数 」
・国立社会保障・人口問題研究所「OECD Affordable Housing Database」
執筆:LIFULL HOME'S総研 楢崎 美香(ならさき みか)
早稲田大学第二文学部卒。住宅リノベ会社を経て、2018年より株式会社LIFULLにて不動産メディア「LIFULL HOME'S PRESS」「住まいのお役立ち情報」の編集を担当。保有資格は宅地建物取引士、二級建築士、2級FP技能士。LIFULL HOME'S総研 研究員として、また二児の母として、マイホーム購入や子育て世帯の住み替えなど「少子化と住宅市場」をテーマに発信する。





