アスベストは防音、断熱、耐火用素材として幅広く活用されていた
アスベスト(石綿)は極めて細かい天然の鉱物繊維(直径0.02~0.08μm程度と髪の毛の約5,000分の1の細さ)の総称で、体内に一旦吸い込むと排出されずに長く肺にとどまり、肺の線維化や肺癌、悪性中皮腫(胸膜や腹膜などにできる悪性腫瘍)などを引き起こす厄介者だ。
アスベストは1970年代以降、その危険性が知られるようになるまで、長らく断熱用、防音用、保温用に住宅や倉庫の外壁、屋根、軒裏などに成形した板状の建材として、またビルや公共施設では梁・柱の耐火被覆、機械室の天井・壁の吸音用に吹付け材として使用され続けてきた。その特性から、奇跡の鉱物、魔法の鉱物ともいわれていた。
子どもの頃、理科の実験室には必ずビーカーを温めるためのアルコールランプと石綿付きの金網がセットで用意されていて、石綿が身近なものであった記憶がある読者は筆者も含めて多いことだろう。それが体内に入ると重大な健康被害を及ぼすとは当時知る由もなかったが、安価かつ容易に加工可能で、断熱効果も高かったため普及したアスベストは、2005年6月にいわゆる「クボタショック」と言われる報道をきっかけに病気との因果関係が広く知られることとなった。
クボタショックで広く認知されたアスベストの危険性
クボタショックとは、かつてアスベスト製品を生産していた尼崎市の株式会社クボタ旧工場近辺で多くの住民が悪性中皮腫を発症した事実が報道され、アスベストと健康被害との関連、およびその危険性が広く一般に認知されるとともに、その後救済措置を定めた法律が制定される契機となった出来事だ。併せて2006年9月以降は、アスベストの使用が全面的に禁止されている。
このような経緯からわかることは、アスベストが人間にとって有害・危険なものであると一般に広く知られるようになったのはつい最近、わずか16年ほど前という事実だ。また、法律の規制と前後して、建築現場でのアスベスト使用が段階的に禁止・中止されてきた経緯があるため、アスベストは約50年にわたって一戸建て住宅や多くのマンション、アパート、ビル、工場などの建築物や工作物全般に建材や吹き付け材として使用されてきたという事実も浮き彫りになった。
筆者の自宅近くでも、つい先日賃貸オフィスが取り壊されてマンションに建て替えられる際アスベストの使用が判明し、そのため従前の建物全体を隙間なく覆い、飛散防止対策および周辺告知を実施したうえで慎重に解体工事が進められるという状況をテレワーク中の自宅から眺めるということがあった。アスベストはごく身近に存在していて、その健康被害についても決して他人事ではないと感じる。
改正大気汚染防止法の概要。厳しい罰則規定も
この厄介者のアスベストについて、この度法律が改正され、2021年(令和2年)4月から施行されて飛散防止対策が一段と強化された。
今後、不動産会社が流通市場で取り扱うであろう住宅や賃貸物件、オフィスの売買などでは、対象となる案件も数多くあるものと想定されるため、取引の現場においても見逃せない法律改正であり、最新のアスベスト対策について一通り知っておく必要がある。
今回のアスベストの飛散防止の概要は、すべてのアスベスト含有建材に対象が拡大され(これまですべてではなかったことが不思議だが)、アスベストがあるかどうかの事前調査についても法律で定めて書面作成と保存が義務付けられることになった。同時に、アスベスト含有建材の“見落とし”を防ぐ目的で、作業記録も作成・保存が義務付けられている。
また、規則を守らなかった場合の直接罰(一般に業務改善命令などの段階を経ずに即適用される罰則)も定められており、事前調査の結果の報告義務違反には30万円以下の罰金となるほか、届出対象特定工事にかかる除去等の措置の義務違反には懲役刑も設定された。
今回の「大気汚染防止法の一部を改正する法律」は、実は昨年6月に公布(周知開始)され、今年の4月から既に施行されているが、ポイントは、2022年4月、2023年10月と順次強化されることが現段階で決まっていることだ。つまりそれだけアスベスト対策は健康被害を拡大させないための対応が急務であるにもかかわらず、現場では必ずしも厳格な作業対応が為されているとは言い切れない状況を受けて、ハードルを上げて厳しく対応し罰則規定も設ける、という国の方針・意向が見て取れる。
改正大気汚染防止法の詳細。「徹底してアスベスト飛散を封じ込めよ」
「大気汚染防止法の一部を改正する法律」には、まず、建築物または工作物の解体・改造・補修工事(総称して以下解体等工事とよぶ)に伴うアスベストの飛散を防止するため、受注者は解体等工事の前に、規制対象のアスベスト含有建材(これを特定建築材料とよぶ)の有無の事前調査を行うべきこと、特定建築材料が使用されていることが判明した場合は、解体等工事の発注者が都道府県等に届出を行った上で、解体等工事の施工者が作業基準を遵守して除去すべきことが明記されている。
2021年4月以降の対策強化について主なものを挙げる。
①対象となる建材の拡大:アスベストが含有されているすべての建材が対象となり、これまでは対象となっていなかった「石綿含有成形板等」が含まれた。この成形板には実にさまざまな種類があり、屋根や外壁に使用されるスレートボードや天井の吸音材ロックウール、サイディング、床タイル、壁紙ほかのシートなどがあるため、まさに日常生活で身近にある建材はすべて規制の対象となったと認識すべきだろう。
②事前調査の信頼性の確保:アスベストの有無を確認する事前調査(書面調査、目視調査、および含有が明らかにならなかった場合の分析調査または石綿含有とみなす場合)の方法も法律で明確に定められ、これら事前調査に関する記録を作成して、解体工事終了後3年間は保存することが義務付けられた。ちなみに、2023年10月以降は調査を適切に行うために「必要な知識を有する者」による事前調査の実施も義務付けられることになっている。
③作業記録の作成・保存:文字通り、一連の作業に関する記録を作成し保存することを義務化。加えて発注者への報告も義務付けられた。併せて「必要な知識を有する者」による取り残しの有無等の確認も義務付けられている。念には念を入れよ、徹底してアスベスト飛散を封じ込めよという強い意志が感じられる対策強化である。
④直接罰の創設:解体等工事が短期間で終了してしまうようなケース、つまり作業基準適合命令を出す前に工事が完了してしまうような場合を想定し、適切な隔離等をせずにアスベストの除去作業を行った場合等の直接罰が創設された。
事前調査結果の報告義務違反については30万円以下の罰金、届出対象特定工事にかかる除去等の措置の義務違反については3月以下の懲役または30万円以下の罰金が創設され、直接罰ではないが併せて新法第18条の19に規定されている作業基準適合命令に違反した場合も、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金という厳しい罰則が規定されている。
さらに2022年4月以降は、
⑤事前調査結果の報告:床面積の合計が80m2以上の建築物の解体工事、および作業代金の合計額が100万円以上の建築物および対象工作物の改造、補修工事について、アスベスト含有建材の有無にかかわらず、元請業者または自主施工者が、事前調査結果を各自治体および所轄の労働基準監督署に報告することも義務付けられることになっている。
事前調査結果の報告については、今後電子申請システムの整備も実施される予定で書面作成の手間も軽減される予定だから、申請の不備などが発生しないよう、今から留意しておきたい。
その他、解体等工事の元請業者または自主施工者が工事を実施する際には、事前調査結果を公衆の見やすい場所に掲示するとともにその写しを現場に備え置くことも義務付けられた。細かいことだが、掲示物(板)の大きさも長さ 42.0cm 以上、幅 29.7cm 以上(A3サイズ以上/縦横問わず)と決められている。
なお、これらの詳細全容については、2021年3月に公表された「建築物等の解体等に係る石綿ばく露防止及び石綿飛散漏えい防止対策徹底マニュアル」(370ページの大作である)を参照されたい。
https://www.env.go.jp/air/asbestos/full001_1.pdf
不動産会社がアスベスト対策として心得るべきことは?
現状では、アスベストを含む建築物および工作物の市場流通を禁止するような強い規制は実施されてはいないが、宅建業法上では、売主が所有する建物についてアスベスト調査を実施した記録がある場合について、アスベスト使用の有無にかかわらずその結果を買主に説明する義務があることはご存じの通りだ。
また、築年数をある程度経た物件については、アスベスト含有建材の使用有無が対策費用も含めてクローズアップされる可能性もあり、事前調査によって明確にしておくことは、流通の安全を一定程度担保するものとして前向きに捉える必要がある。
さらに、実際に建物の流通に伴って改築・改装・補修などが行われるケースは少なくないため、物件の建築年から推察してアスベストが使用されている可能性が高い住宅を取り扱うことになった際は、これらの規制が強化されていることを情報共有し、関係する施工業者などが強化された規制について対応漏れが発生することのないよう、細心の注意を払う必要が出てくる。
特に事業用不動産、投資用不動産など第三者が利用している場合は、建物の所有者はアスベストの除去、もしくは封じ込め(造膜剤の散布など)、囲い込み(アスベスト含有建材を隙間なく覆うなど)の対策を行う必要があるから、必要な事前調査を実施しているか、および調査結果に基づいた適切な対策を講じているか否かで流通時の価格形成要因や流通そのものの阻害要因になることは大いに想定される。
アスベストの危険性は大変高いもので、対応を一つ間違えると関係者にも被害が及び、また経済的損害も発生する可能性があることを強く認識し、「大気汚染防止法の一部を改正する法律」の施行を機に、日常業務においても2006年8月以前に竣工・着工した建物については、アスベスト対策を意識した対応を実施して、売主・買主または賃借人の安心感と流通の安全を守りたいものだ。
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