住宅ローン減税の対象となる住宅の床面積が40m2以上に緩和。ただし……
2021年度の税制改正大綱が可決・成立し4月からの実施に向けて動きだした。
2020年度は主に消費増税対策として住宅ローン減税および住宅購入目的の贈与税非課税枠の維持などの緩和措置が実施されたが、今年度はコロナの影響による着工の遅れや住宅市場全体の縮小傾向を受けて、前年度の税制が延長・拡充される方向で実施されることとなった。
具体的には、
①住宅ローン控除13年の特例期間を2年間延長
住宅ローンの控除を10年から13年に延長する特例期間を2022年12月末入居まで延長
2019年10月の消費増税に伴う特例措置だったが、コロナ禍で建設・資材調達に遅れが生じていることが考慮された
②13年の特例が受けられる面積要件を「40m2以上」に緩和
単身者やDINKS、夫婦二人のみの世帯にも対象を拡大する目的で新たに導入
ただし40m2以上50m2未満の住宅については年収1,000万円までの所得制限(50m2以上は3,000万円で変わらず)
③子や孫への住宅資金の贈与にかかる贈与税の非課税枠を維持
現行長期優良住宅などで1,500万円まで、一般住宅では1,000万円まで非課税とする住宅購入資金贈与が2021年12月末まで延長 2021年4月以降1,200万円および700万円に引き下げる予定だったがコロナ禍で8ケ月間繰り延べ
などが主な制度内容となっている。
このうち、対象となる住宅ローンの年末元本1%控除(元本の上限は4,000万円)については、会計検査院より「国民の納得できる必要最小限のものになっているか検証」せよとの指摘を受けていることが明らかになっている。
これは現状の住宅ローン利用者の78.1%が金利1%未満での借り入れをしている事実に鑑みて“逆ざや”状態になっていること=毎年のローン金利負担額を上回る控除を受けている可能性について指摘したものだ。また本来であれば住宅ローンを組む必要のない所得層が控除の恩恵を受けているとの指摘もあって、この1%控除については税制改正大綱に2021年度以降に見直しすると明記されることとなった。
一方で、住宅ローンを組む購入者は、長期にわたって固定資産税や都市計画税を納める重要な“税源”となるのであり、入口のハードルを低くすれば結果的に税収を増加させる効果があるとの意見もあって1%控除の行方は今後注視する必要があるだろう。
また、面積要件の緩和措置は消費増税の特例措置の一環であり、対象となる物件は消費税10%であること、すなわち新築もしくは買取再販物件であることも一般に広く知られる事実ではない。さらに、床面積の算定方法が壁芯(かべしん)であることから、間取り図上では少なくとも43m2程度の面積が必要となるため、住宅ローン控除を目的として高額な不動産を購入させてしまう可能性についての指摘もあり、住宅ローン減税を巡る制度変更は、様々な課題感を残しつつ新年度を迎えることになる。
贈与税の非課税枠も含めて税制に不公平感があってはならないが、一方で税収の確保はコロナ関連の歳出が突出して増加していることを考えれば喫緊の課題ともなる。
新年度の住宅関連税制について、制度設計に詳しい専門家の見解を聞く。
「借入額が多いほどおトク」という住宅ローン控除の不健全 ~ 松崎のり子氏
松崎のり子:消費経済ジャーナリスト。生活情報誌の副編集長として20年以上、節約・マネー記事を担当。雑誌やWebを中心に、生活者目線で記事を執筆中。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない』(講談社)ほか。「消費経済リサーチルーム」https://www.ec-reporter.com/新型コロナ禍は皮肉にも住宅業界にとっては追い風となったようだ。特に都市部ではリモートワークやオンライン授業で在宅時間が増えたため、住まいへの関心が高まったからだ。長期金利が上昇傾向とのニュースも流れ、「買うなら早いほうが」とのセールストークに揺らいでいる人もいるのではないか。さらに背中を押すのが、令和3年度税制改正大綱に盛り込まれた住宅ローン減税の変更だ。まずは、消費税10%増税の緩和策として導入された「住宅ローン控除13年の特例」について、対象となる購入・入居期限を延長する。住宅の新築なら2021年9月まで、分譲・既存住宅なら11月までに契約し、2022年中に入居すれば減税の対象になるとしている。もし今年がラストチャンスとなれば、駆け込み契約が増えるそうだ。
加えて、雲行きが怪しくなってきているのが「住宅ローン控除率」問題。現行制度では住宅ローン年末残高の1%を控除する仕組みだが、今やローン金利は1%を下回るのが当たり前で、実際に払っている利息よりも控除額が多くなりかねない「逆ザヤ」現象となっている。もし今後、控除率が1%ではなく実際の支払い利息額に応じた引き下げに動くようなら、ますます早めの購入を促す動機になるだろう。
しかし、首都圏の住宅価格に目をやれば、東京都区部の分譲マンション平均価格は8000万円近辺まで上昇しているという。手が出せるのは、よほどの富裕層か、あるいは高所得者同士のパワーカップルとなろう。特に後者の場合、夫婦それぞれが住宅ローン控除の恩恵を受けられるからとペアローンを勧める声が大きい。逆ザヤ状況の今なら、双方が目いっぱいローンを借りてフルに減税を受けるのが経済合理的に正しい選択、というわけだ。
しかし、目先の損得で借入金を増やすのは健全なのだろうか。
マイホーム購入のタイミングとは、子どもが小さく、かかる家計費や教育費が少ないため収支バランスに余裕があるものだ。そのイメージのままで、甘い返済計画を立ててはいないだろうか。
しかし今の稼ぎ力のまま、この先30年35年を維持できる保証はない。現実にコロナ禍による減収や、テレワークで残業代がカットされた家庭は少なくないのだ。将来を楽観することなく、たとえ夫婦どちらかの収入が大きく減っても持続可能な返済プランかどうかをシビアに吟味すべきだろう。
ローン金利や減税の恩恵から見れば、早めに決断したくはなる。しかし、夫婦それぞれが減税を受けられておトク、という数字上のシミュレーションではなく、身の丈以上の借り入れになっていないかを冷静に俯瞰してみよう。国はあなたのために「おトク政策」を打ち出しているのではなく、いくらの家を、どんなローンを組んで家を買うかはまさに自己責任なのだから。
金利負担に応じた減税を検討する時期に差しかかっている ~ 中川雅之氏
中川雅之:1984年京都大学経済学部卒業。同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に「都市住宅政策の経済分析」(2003年度日経・経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年学会賞・論文賞)がある2021年度の税制改革大綱においては、消費税増税対策として拡充された住宅ローン減税の、控除期間の延長、面積の緩和措置などが決定している。その一方で、住宅ローン元本の1%を控除するローン減税制度の再検討も同時に要請されている。
1990年代後半に現在の骨格がほぼ固まった住宅ローン減税は、マクロ経済対策として始まった。消費財増税の際に拡充が行われていることなども、この制度の景気安定化策としての性格を色濃く反映している。しかし、ほとんど恒久化している税制であれば、コロナ禍などの特別な時期における意味とは別に、その減税の社会における普遍的な意味を考え直してみる必要があろう。
その点については経済学では必ずしも明確な答えは用意されていない。持家が様々な意味で社会にとって望ましい効果を有するという先行研究は、米国を中心に多くある。大家は借家人の維持管理のレベルを観察できないという、情報の非対称性がある賃貸住宅に比べて、持家は維持管理レベルが高いとされている。また、持家の所有者は自身の資産価値を維持するために、コミュニティの環境の維持向上を図るインセンティブがあるという指摘もある。これらのことから、持家はある種の外部性を持っているとされている。
しかし、それが住宅ローン減税の規模にふさわしいものなのかについては、必ずしも明確な答えはない。さらに、米国の住宅ローン減税は、持家率に対して非常に限定的な影響しかないという先行研究もある(米国の住宅ローン減税の1%拡充は、持家率の0.0009%上昇)。日本においても、1998年に60.3%の持家率は2018年で61.2%と微増であるが、ほとんどの年齢階級で持家率は下降し、年齢構成の変化が全体の持家率の微増を説明する。
もし、持家の外部性に着目して、持家率を上昇させることに意味を持たせるのであれば、現行制度のように住宅ローン金利とは独立に、減税のレベルを決めるというのは一つの考え方だろう。しかし、持家率の上昇に強いエビデンスがないのであれば、(住宅ローンの規模が制限され、金利が高いなど)個人の借入制約に配慮した税制という本来の姿に近づけることが必要ではないだろうか。元本の1%という定率の控除は、高金利時代には過少な支援を、低金利時代には過剰な支援を行っている可能性があろう。このため全体の仕組みを、住宅ローン金利負担に応じて減税額が決定される仕組みに立ち返ることも必要だろう。
一方、今後日本の世帯構造や、多拠点居住など住まい方の自由度が増える可能性を考えれば、面積要件のより大胆な緩和や二つ目の住宅を対象にするなどの要件緩和をより大胆に進めることが求められよう。
高品質・高性能な住宅の取得を支援する抜本的な制度改正が必要 ~ 田村 修氏
田村 修:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任日本の住宅政策は基本的に持ち家の取得を推進してきた。
背景には戦後の圧倒的な住宅の量的不足がある。現在の住生活基本法が制定される以前は住宅建設計画法によって5年ごとに新規の住宅供給計画が示されてきた。住宅のストック数が総世帯数を上回ってからもしばらくの間、新築住宅の供給促進策は継続された。新たに住宅を供給していくことは、住宅の量的な不足を解消するだけではなかった。経済波及効果の大きい新築住宅の開発・販売を推進することによる経済成長に加え、持ち家という高額商品の取得を促すことで景気浮揚策にもなった。そのため、持ち家の取得促進策は過去何度も景気対策の有力なカードとして打ち出されてきた歴史がある。
2021年度の税制改正で住宅ローン控除の特例期間を延長したことや面積要件を40m2以上に緩和した措置は、コロナ禍でダメージを受けた経済状況を立て直すための景気刺激策の意味合いが強い。困ったときの住宅政策頼みである。ただ、面積要件の緩和は増え続ける単身世帯や夫婦二人世帯を対象としたコンパクトマンションの新規供給を促す狙いがある。これまでのマンション供給は3LDK・70m2台以上のファミリータイプが主流だったため、良質なコンパクトタイプのストックが不足している。住宅の需要構造が子どもの複数いるファミリー世帯から単身・小家族世帯へと変化し、ストック市場では需要と供給のミスマッチが起きている。それを解消していくための施策として面積要件の緩和は期待できる。新築だけではなく、買取再販物件も対象であるため、流通市場の活性化にも部分的に寄与する。
新築住宅の価格は事業用地と建築費の高騰により、長期にわたり上昇が続いている。中古住宅も新築につられ成約価格は上昇傾向にある。一方で住宅ローンの金利は歴史的な低水準が継続し、共働きによる世帯収入の増加もあって住宅の取得能力は高まっている。そのため、住宅価格が上昇し続けているにもかかわらず、市場は比較的好調に推移している。今回の税制改正は好調な市場をさらに後押ししそうだ。
今後はどのような住宅関連税制が必要になるか。住宅価格の高止まりとローンの超低金利は当面続くだろう。今回のコロナ禍で家族がそれぞれ一定の距離を保って家で仕事ができるワークスペースのある面積の広い郊外の住宅が求められるようになった。一方、職住近接が改めて見直され、より都心に近い住宅へのニーズも強まった。政府が進めるカーボンニュートラルに伴い、建築物省エネ法が改正されることになり、今後は一般住宅の省エネ基準が厳しくなる。住宅はますます高品質・高性能になり、取得価格も高くなる。購入者の負担を減らすための住宅取得政策の役割はますます重要だ。税制はその要になる。ただし、日本の財政は厳しくなる一方であり、消費税はいずれ欧州の各国並みに高くなっていくことが予想される。住宅に係る消費税の負担は重い。これまでのような特例措置を繰り返す方策ではなく、消費税を非課税にするか、大幅な軽減税率を導入するなどの抜本的な制度改正が必要だと考える。
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