燃費データ不正問題の根幹

国土交通省では省エネ法に基づき燃費基準(トップランナー基準)を設定し、一定の環境性能を満たす自動車の購入に際しては、エコカー補助金を付与していた国土交通省では省エネ法に基づき燃費基準(トップランナー基準)を設定し、一定の環境性能を満たす自動車の購入に際しては、エコカー補助金を付与していた

自動車の燃費データ不正問題が話題になった。
燃費に影響を与える走行抵抗のデータに不正に手を加えていた問題が発覚した三菱自動車工業は、日産自動車から巨額の出資を受けて事実上、日産の傘下に入った。スズキは、簡易測定の経営責任をとるために鈴木修会長がCEOを退いた。

こうした問題の根幹は、温暖化ガス対策を名目とした直接的な政策介入にある。自動車からの温暖化ガス排出量は全体の2割を占めるために、国土交通省では省エネ法に基づき燃費基準(トップランナー基準)を設定した。また一定の環境性能を満たす自動車の購入に際しては、一台当たり最大25万円、総額6,300億円(2009-10年)ものエコカー補助金を付与していた。しかし温暖化ガス削減効果なら、多少燃費のいい車に買い換えるより、例えばロンドン市のように通勤を自転車主体に切り替える方がはるかに高い。でも自転車の購入には補助金はつかない。不公平な話である。

しかも国の定めた燃費計測方法(惰行法)は、風の影響でばらつきが多く合理的ではなかった。第三者機関が燃費データを計測する、さらにそのデータを検証する、というのも余分な行政コストがかかって非効率でもある。

炭素税の意義と建築物省エネ法の趣旨

今の住まいへの省エネ対策は、省エネルギー基準を定めて届出を義務付ける、断熱等性能等級及び一次エネルギー消費等級を住宅性能表示に盛り込む、基準に適合した住宅には税制や金利の優遇措置を講じる、といった方法である今の住まいへの省エネ対策は、省エネルギー基準を定めて届出を義務付ける、断熱等性能等級及び一次エネルギー消費等級を住宅性能表示に盛り込む、基準に適合した住宅には税制や金利の優遇措置を講じる、といった方法である

要するに、温暖化ガス対策として目標値を各部門に割り振り、特定機器・設備ごとに講じるという直接的な政策介入自体が不経済なのである。一方、温暖化ガス対策に最も優れた政策は、いうまでもなく炭素税である。温暖化ガス排出量という結果で測るので公平であり、自転車利用を含めた省エネ対策へのインセンティブも働く。また日本では化石燃料の輸入段階で課税すれば、効率的で漏れもない。
宇沢弘文氏による試算(2005年)では、炭素税額は$310/Ct、一人当たり炭素税額は$840という水準になり、日本全体で年8兆円に上る。熱帯雨林の伐採をいまの50%に遅らせるための費用が年間170~300億ドル、これで毎年20億トンを超えるCO2を吸収できる。したがって厳しめに試算しても、年1兆円を熱帯雨林保全に投じれば、毎年8.3億tの二酸化炭素排出量を抑えられる。日本全体の温暖ガス排出量は約13億tなので、劇的な貢献である。

同じ議論が、そのまま建築物省エネ法にあてはまる。まず政府側の問題設定としては、民生(家庭・業務)部門のエネルギー消費量が90年に比べて34%増加している、建築物における抜本的な省エネルギー対策が必要不可欠である、としている。
しかし家庭部門の割合は15%、そのうち暖房12.3%・冷房1.9%、ちなみに自動車は22.7%である。したがって、日本全体の温暖化ガス排出量に占める住宅建築要因の比率は2.1%ほどである。

いまの対策は自動車と同様な直接的な政策介入である。省エネルギー基準を定めて届出を義務付ける、断熱等性能等級及び一次エネルギー消費等級を住宅性能表示に盛り込む、基準に適合した住宅には税制や金利の優遇措置を講じる、といった方法である。

優遇措置の費用対効果

優遇措置としては一戸に対して、ゼロエネ住宅補助金125万円エネファーム設置補助19万円、低炭素住宅・長期優良住宅で住宅ローン減税最大500万円、不動産取得税の公助1,300万円で税率4%を3%、固定資産税では5~7年間を50%減額、フラット35Sで金利0.3%減額等と盛りだくさんである。

排出権価格を7千円/CO2tとすると、家庭から排出される温暖化ガス総量は年5,093kg/CO2、自動車分を除くと3,937 kg/CO2だから、これらを照明・家電製品由来のものも含めてすべてゼロエネにしても27,560円/年、冷暖房費用に限ってこれをゼロにすると3,913円/年というのが温暖化ガス削減効果の貨幣評価である。優遇措置は数百万円に上る一方、温暖化ガス削減効果を冷暖房費削減30年分として十数万円、明らかに釣り合いはとれていない。何より生活者にとっては、高規格のガラスサッシ、断熱材などの数十万円もの負担が増える。割高の製品が間違いなく売れるので、サッシメーカー、ガラスメーカーには好都合なのかもしれないが。

<b>省エネルギー措置の著しく不十分な場合?①:</b>二層吹き抜けで窓いっぱいの緑を楽しむ。目覚めが気持ちいい省エネルギー措置の著しく不十分な場合?①:二層吹き抜けで窓いっぱいの緑を楽しむ。目覚めが気持ちいい

行政のコストと裁量余地

行政コストも膨大である。
エネルギー消費性能基準についての申請書類作成、建築物エネルギー消費性能適合性判定に関わる審査手続き、さらに税制・融資等の優遇措置のための申請手続きなどの業務負担が嵩む。個々の建材に関しても、ガラス・サッシ、ドア、断熱材、設備(換気、冷暖房、照明、給湯、コジェネレーション、太陽光発電など)などの品番ごとに性能基準を評価・認定する作業も必要となろう。自動車の燃費問題ではないが、建材に関するデータ不正を完全に防ごうとするなら検査・再検査業務の負担もかかる。検査にも裁量余地が残ると、さらに根深い問題にもなる。監督官庁や外郭団体の権益やポストが増えるだけ、というのでは困りものである。

そして人々の暮らし方が、政策的に干渉されてしまう。住宅・建築物の省エネルギー対策に関する工程表においては、2020年までに小規模建築物にも省エネ基準への適合義務化が提示されている。
そうなると「目覚めたときに、窓いっぱいに朝日を受けた緑を眺めるのが何より」「風通しのよい住まいなので、夏でも窓を開放すれば体感温度が7℃下がるので冷房いらず」「地階に居室を設けるので、そのままでも夏涼しく冬暖かい」といった住まい方も『省エネルギー措置の著しく不十分な場合』として容認されなくなることが懸念される。
そして、縁側や土間、透過性のある扉のある民家のように、開放性を備えた空間が人々の挨拶や立ち話などを誘発し、良好なコミュニティを築いてきた作用も失う恐れもある。閉じた住宅の中では、人が叫んでも倒れても外からは安否すら分からない。冷暖房効率はいいとは思うが、冷蔵庫のように開口部のない住宅には、まったく閉口してしまう。

温暖化ガス対策を名目に、市民生活に直接的に政策介入するのは、社会全体として著しく不公平かつ不効率であり、行政対応も肥大化する。統制経済の発想や手段は役に立たない。省エネ法や各種優遇措置は早々に廃止すべきだろう。そして温暖化ガス対策は炭素税に一本化して行政コスト等を効率化しつつ、多様な暮らし方と排出抑制に向けたインセンティブやイノベーションを促すことが本筋ではなかろうか。

<b>省エネルギー措置の著しく不十分な場合?②:</b>中庭をはさみ、地階に離れとリビングのある住まい。</br>家族各々がお互いに気配を感じながら、気分によって居場所を変えられる省エネルギー措置の著しく不十分な場合?②:中庭をはさみ、地階に離れとリビングのある住まい。
家族各々がお互いに気配を感じながら、気分によって居場所を変えられる

公開日: