「環境の時代」にこそ求められる、「治す力」

私たちは今、「環境の時代」を生きている。
住宅についても、もはや膨大に膨らむ欲望の実現ではなく、遠く将来を見据えて、必要しかるべきものをつくっていくことが求められる。
既存のストック住宅が増える中、新たにつくるのではなく、設計技術者は建築を治す技術を習得する必要があるのではないかと思う。

しかしながら、あまた建築高等教育の場がある中、建築を治す技術について体系的に学ぶ場は、はたしてどのくらいあるのだろうか、ということについて考えてみた。

日本のストック住宅の現状と住宅を治す手法

現時点での既存住宅のおよそ35%が、1981年の新耐震基準と、オイルショックを受けて1987年に制定された旧省エネ基準以前に建てられている。これらの住宅は、耐震性に乏しく、冬はかなり寒い家である。
大地震が来れば身の危険があり、高齢者にとっては、ヒートショックで年間1万人近くが、家の中で死亡している。このように多くの問題を抱える既存住宅の現状を、正確に把握し的確な改修設計を行なうことが急務でありながら、高度成長期からずっと、新しく住宅をつくることばかり考えていた設計者は、住宅を治す手法に対して、長らく向き合うことがなかった。それゆえ改修設計に自信が持てないというのが実情だ。

実は、私自身も10年以上前は改修設計に対し「頼まれれば引き受ける」といった態度であった。
それは、自信を持って提案できる改修設計方法の確信がなく、経験に頼った場当たり的なものであったことを白状せざるを得ない。そんな矛盾を抱き、問題意識が芽生えはじめた頃、英国で学問体系として存在する「建築病理学」を知ることになった。
早速、当時、教鞭をとっていた岐阜県立森林文化アカデミー(以下、森林文化アカデミー)において、木造建築の専門教育を実践の一環として2006年より「木造建築病理学講座」を開始することになった。

既存住宅のおよそ35%が、1981年の新耐震基準と、</br>オイルショックを受けて1987年に制定された旧省エネ基準以前に建てられている既存住宅のおよそ35%が、1981年の新耐震基準と、
オイルショックを受けて1987年に制定された旧省エネ基準以前に建てられている

英国のカリキュラムを基にした「木造建築病理学」とは

カリキュラムは、スティーブ・マイカ先生が率いるレディング大学のカリキュラムを参考にした。ただ日本と英国では建物の構造や仕様、さらには様々な環境が異なる。それで内容に関しては、木造に特化した上、日本の状況に合わせたものとして「木造建築病理学」とした。
2010年には、レディング大学を訪ね意見交換を行い、さらに2011年の英国研修では、実際にマイカ先生の講義を受講し、その教育方法を学ぶことができた。

その研修では、英国に公認サーベーヤーという職能があり、英国公認サーベイヤー協会(RICS)から指定された公認サーベイヤーが不動産に関する専門家として、不動産や建設、それを取り巻く問題について専門家からの立場で提言や助言をする役割を担っていること。その分野は、積算、建築物欠陥調査、不動産鑑定、開発計画、地質形状と地盤調査、鉱物調査など多岐にわたるということを知った。

公認サーベイヤー(Chartered surveyor略称 CS) の資格を与えている組織、英国公認サーベイヤー協会(The Royal Institution of Chartered Surveyors通称RICS)は、サーベイヤーの団体として世界でも抜きんでていて、日本では江戸時代に当たる1868年に設立されている。

「建築家が庶民の家を設計する」日本だからこその「住宅医」の可能性

老朽化した築104年の長屋の改修。基礎を造り替え耐震性能は万全となった老朽化した築104年の長屋の改修。基礎を造り替え耐震性能は万全となった

さて、英国での住宅を取り巻く状況を学ぶことによって、英国と日本との環境の違いを大いに認識することになった。
比べてみれば、「建築家が庶民の家を設計する」ことは稀ではなく、設計者がこれほど「住宅設計」にかかわることは日本の特徴である。それならばその特徴を活かすことを考えるべきではないだろうか…ということである。

既述したように多くの問題を抱える既存住宅の現状を正確に把握し的確な改修設計を行なうことが急務であることは明らかで、それが出来るのは住宅設計者に他ならないと思う。その信念から、「木造建築病理学」の位置づけを、英国のサーベーヤーが有する調査・鑑定といった職能ではなく、改修を目的とした「治す力」を有する「住宅医」という職能育成のための学問体系として中心に据えていくことになった。

このような知見を持った「住宅医」の活動が、社会が求める適切な改修を実現化することを可能にするのではないだろうか。
既存住宅の快適性・耐震性を高め、住み継ぎを可能にすることによって、住文化の継承や町並み景観保存の可能性を見ることができるのではないだろうか。

住宅の「名医」の存在を意識し、選択することの大切さ

冬寒く、夏暑い室内環境は断熱強化で快適に。地元の木を使いインテリアも一新した冬寒く、夏暑い室内環境は断熱強化で快適に。地元の木を使いインテリアも一新した

この住宅医育成の提案が、2009年、国土交通省の長期優良住宅先導事業において、特に人材育成で評価され採択されたことを契機に「住宅医ネットワーク」が組織化された。そして2009年には名古屋で「住宅医スクール」が開校。またそれと同時に、既存建物の調査・診断方法および改修設計・施工方法、改修前後の性能向上評価ツール研究・開発を行い、成果を見ている。

現在、アカデミーの「木造建築病理学講座」、住宅医ネットワークが運営する「住宅医スクール・東京」「住宅医スクール・大阪」では、24講義からなる「木造建築病理学」を学ぶことができる。そして2013年秋から 一般社団法人・住宅医協会が設立し、各地で地域の設計者が中心となって改修実践のための学ぶ場をつくり、それらがネットワークをつくりながら潜在的な「真面目なリフォーム希望者」の掘り起こしを図っている。

この住宅医の存在によって、既存住宅に健全な改修がなされ、そのことから居住者の住環境が向上することで、私たちを取り巻く様々な問題の解決に繋がらないかと願うものである。

既存住宅の改修技術は、すなわち「治す力」である。
治すことと新しくつくることは性格が全く異なり、治すことは新しくつくることより数段難しい。ただ難しいからこそ面白く、そして価値がある。多くの設計者には、「治す力」を持った名医を目指してほしいと思う。

そして(医者のセカンドオピニオンではないが)中古住宅の改修を考える際、居住者の側からも「治す力」を持った「名医」の存在を意識し、選択することを心掛けてほしいと思う。

2014年 06月24日 10時54分