木材使用による「炭素貯蔵量」の項目が新たに設定
2026年4月、温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(SHK制度)が改正される。これまで主にCO2の排出量を測るための制度だったこの仕組みに、木材に固定されたCO2量、いわゆる「炭素貯蔵量」を算定する項目が新たに加わる。
制度改正は、木造建築、さらには不動産の価値の捉え方にどのくらい影響するのだろうか。
CO2排出削減の取組を可視化
SHK制度とは、温室効果ガス排出量の削減を促進することを目的に、「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づいて設けられた制度。一定量以上の温室効果ガスを排出する事業者に対し、自らの排出量を算定し国へ報告することを義務付け、その情報を国が公表している。この制度を通じて、環境に対する取組を可視化し、企業の排出削減努力を社会に示すとともに、国民や他産業における温室効果ガス排出抑制への関心や理解を高めることが期待されてきた。
2026年4月の改正では、新たに木材製品利用による炭素貯蔵量を数値として算定・報告できるようになる。これによって、自らが排出したCO2の量だけでなく、木材利用を通じた排出削減に相当する取組をどの程度行っているかを示せるようになる。
排出量とあわせて炭素貯蔵量が可視化されることで、企業の環境配慮はより具体的な数字としてあらわれる。こうした数値は、建物そのものの評価、さらには不動産の価値にどう影響していくのかが気になるところだ。
木造建築が「炭素の貯金箱」といわれる理由
改正後に追加される「炭素貯蔵量」。そもそも、木造建築はなぜ炭素を貯蔵できるのかという点も理解しておきたい。
森林の樹木は、光合成によって大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、炭素(C)として幹・枝・葉に蓄える。この状態は、木が伐採されて木材として利用されるようになっても変わらず、燃やさない限り炭素は木材の内部に固定されたまま放出されないという性質がある。
この「炭素の固定」こそが木材の大きな環境価値であり、木材はしばしば 「炭素の缶詰」「炭素の貯金箱」「炭素の貯蔵庫」 とも呼ばれる。
近年では、CLT(直交集成板)の普及によって大規模建築にも木材が使われるようになり、都市全体でより大きな炭素貯蔵効果を生み出す可能性が広がっている。最近増えつつある木造ビルが集まる場所や木造住宅地は、「都市の森林」「第二の森林」と例えられることもある。
木材利用の拡大は、炭素を長期間固定し続けるという点で、森林保全と並ぶ重要な地球環境保全のアプローチといえるのだ。
CO2排出削減の取組をアピールする足掛かりへ
SHK制度改正および、木造建築物や不動産の価値の変化について、林野庁木材産業課の中村誠さんにお話を伺った。
「端的にいって、売買など不動産取引の基盤となる制度にまで結びついているかというと、まだ途上という段階です。今回の改正では、企業が排出したCO2から、“炭素吸収や貯蔵量を増やす努力をした分”を引き算して明記することができます。計算した調整後のCO2排出量や炭素貯蔵量の記載が可能になることで、企業が木材利用に取り組んでいることを有価証券報告書などに定量的に記載できるようになるとは考えています。ただ、建物そのものの価値というよりも、まずは企業価値を高めるところから始まるのではないかというのが、現在の見方です」
建物単位で木材利用の価値を評価しようとする動きも
まずは企業価値への反映が中心、とはいえ建物単位での評価がまったくされないというわけではない。
「そもそも木造は、鉄骨造等に比べて、建設時のCO2排出量(エンボディドカーボン)が少なくて済みます。鉄やコンクリートは製造の過程で非常に多くのエネルギーを使いますが、木材は伐採して製材すればそのまま建材として使える。その点が、木材ならではの大きな利点です」(中村さん)
林野庁が策定した、建築物への木材利用に係る評価ガイダンスでは、評価項目の中に炭素貯蔵量の開示のほか、「エンボディドカーボンの削減」について明記されている。「国際的な基準も整いつつあり、国産材を活用することで地域貢献にもつなげたいといった目的のもと、結果として建物単位で木材利用によりCO2排出削減に取り組んでいるということを対外的にアピールする企業も増えてきた」と中村さんは言う。
今後は、こうした企業の取組を定量的な数値として示し、より分かりやすく発信できるようにしていくことが求められる。SHK制度の改正はその足掛かりともいえそうだ。
「ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンスの略)の観点から建築物を評価・認証する制度では、木材利用が加点評価につながるようになってきています。さらに、2028年度にはエンボディドカーボンを含む建築物のライフサイクルカーボンについて削減量などを評価・表示できる制度が始まる見込みで、CO2排出削減等の取組を不動産の評価に結び付けていく動きが加速すると予測されます。将来的に、木材利用による炭素貯蔵やCO2排出削減、またそれら以外の多様な効果が、資料や売買価格といった形で不動産の価値に反映される段階までつなげていきたいと考えています」と中村さんは話す。
社会の追い風と金額的な価値のギャップが課題
社会的な気運の醸成もあり、私たちの暮らしにおいても木造というものの価値が改めて評価されているのは感じることができる。
「肌感覚ではありますが、東京都内の木造化木質化したビルではテナントが埋まりやすいという話を聞きます。おもしろいのは、木造化に積極的に取り組んでいる企業がリクルート活動をすると、学生の集まりや定着率がいいそうです。最近は、サステナビリティに関心が高い学生が増えたこともあり、企業がそういう点に配慮していることが高評価につながっている例だと思います」と中村さん。
都市では木造高層ビルの建築が続き、国際博覧会で大屋根と大回廊を持つ木造建築が大々的に脚光を浴びたのも、木造というものが注目されている一例だろう。ただ一方で「木造化は、企業や建築物そのものの好印象につながる1つの材料ではあるけれど、やはり金額的な価値というところまではまだ認識できていない状況。それがこれからの課題になってくると考えています」と中村さんは話す。
国産木材活用住宅ラベルで価値、評価を高めていく
SHK制度で木材利用による炭素貯蔵量等の報告が可能になるのは、国産材を使ったビルやマンションなどの中高層建築物や店舗、倉庫といった低層建築物。一般的な住宅は対象外となるが、木材利用の環境貢献という点で、身近な木造住宅における価値についても、中村さんに伺ってみた。
「国産材の利用促進のため、いくつかのプロジェクトで運用がスタートしています。例えば、国交省が始めた『国産木材活用住宅ラベル』。その住宅に対して国産材をどれくらい使ったかというデータを入れると、ラベルが出てきて星の数で数値が見える化されるというもの。ラベルを見れば、『この家はスギ〇本分を使っています』『あなたの家にはどれくらいの炭素が貯えられています』といったことが一目でわかります。こうした取組によって、建築主に国産材が選ばれやすくなる動きは進んでいます」(中村さん)。
“環境にやさしい建物”というイメージから、数値で語れる資産への一歩を目指す
木造建築が「脱炭素スコアを稼げる資産」として評価されるには、まだまだ時間がかかるのが実情だ。
ただ、すでに金融界では、企業の評価に温暖化ガスの「吸収量」という新しい指標を反映させる動きもみられる。SHK制度に「炭素貯蔵量」という新たな指標が加わることで、木造建築は単に“環境にやさしい建物”というイメージから、数値で語れる資産へと一歩踏み出すことへの期待が高まりつつある。
【参考】
林野庁「森の国・木の街」の実現に向けて
林野庁「地球温暖化対策の推進に関する法律」の概要
環境省 サプライチェーン排出量とは?












