小さな町から生まれる革新的な試み
秩父の霊山、武甲山の麓には、埼玉県最大級の棚田(寺坂棚田)が広がる。埼玉県秩父郡横瀬町は、池袋から西武特急で最短72分とアクセスがよい立地にありながら、のどかな田園風景が広がり、武甲温泉やキャンプ場など、観光客に人気のスポットが多くある。その横瀬町は、観光地としてだけではなく、革新的な取り組みでも注目を集めている。
横瀬町の人口は7,600人ほどで、年々人口は減少傾向にあり、消滅可能性都市のひとつとして挙げられている。その未来を変えるべく、多数の地域活性化の施策が進められている。2016年9月末から開始された官民連携プラットフォーム「よこらぼ」では、これまで多くの官民連携プロジェクトが実行され、町に変化をもたらしているのだ。
3つの強みと1つの特徴
横瀬町について、横瀬町長の富田能成氏はこう話す。
「横瀬町は、3つの強みと1つの特徴がある、ポテンシャルのある町です。『豊かな自然環境』『しっかりしたコミュニティがある』『東京からアクセスがよい』という強み、そして『小さい』町であるという特徴です。小さいというのは予算面などで悪い面もあるかもしれませんが、小さいからこそベクトルが合わせやすくスピードを出しやすい。かつ柔軟に、一体感を出せる。これはある意味、強みにもなります」
富田氏は、2015年に町長に就任する以前、長らく銀行に勤め不良債権投資や企業再生の経験がある。これまで多くの地方都市を見てきたからこそ「この3つの強みがそろう町は珍しい」と言う。
「やってみよう」を応援する町
前述した、小さな町であるという特徴を最大限に生かしているのが「よこらぼ」だ。「横瀬町とコラボする研究所」の略で、まちづくりや実証実験など、チャレンジしたい個人や企業、団体などにフィールドとして横瀬町を提供する。毎月審査会が開催され、採択から実行までのスピードが速く、採択のポイントは町や町民のためになることという間口の広さもあってか、2016年9月の開始以降、これまで147件(総提案数は254件。2024年11月30日時点)が採択されている。
横瀬町の新たな特産品として、お土産物店や道の駅に並ぶどぶろく「花咲山」は、よこらぼから生まれた。花咲山醸造所(横瀬そばの会)がどぶろく特区を提案し、採択された後に横瀬町として特区申請し、埼玉県初のどぶろく特区に認定されたのだ。ほかにも横瀬町で開催されるイベントや実証実験、空き家活用、講談など、採択例を見てもこれと決まったジャンルがないというところがチャレンジのしやすさを物語っている。着実に地域の活性化に貢献しており、令和4(2022)年度ふるさとづくり大賞で優秀賞を受賞している。
「よこらぼでは、町をオープンにして、人や物やお金、情報をたくさん呼び込んで、町にもともとある資源と合わせて化学反応を起こさせるということをやってきました。必然的に町に関わる人が膨らみ、関係人口が増えたり、若者や地域おこし協力隊が来てくれたりという流れができてきました。このベースになる価値観は、『日本一チャレンジする町』『チャレンジを応援する町』であること。オープンでフレンドリーな町でありたいと思っています」(富田町長)
行政の仕事の本質に立ち返る「ウェルビーイング」の推進
横瀬町は、「日本一住みよい町、日本一誇れる町」をビジョンに、多様な幸せがある町「カラフルタウン」を目指しまちづくりを進めてきた。さらに、「その人らしく幸せに生きている状態」をウェルビーイングと考え、横瀬町総合振興計画(第6次、2024年策定)に独自のウェルビーイング指標を取り入れた。2023年に実施した住民向けアンケートや、重要施策として実施した「町の声を聴く」プロジェクトから、町としての指標を策定し、行政として住民の幸せのためにできることを推し進める。
「行政の仕事の本質は、地域の人たちが幸せに暮らせるようにお手伝いをすることです。『よこらぼ』は、ウェルビーイングの4因子である『やってみよう』『ありがとう』『なんとかなる』『ありのままに』のなかで、『やってみよう』につながっています。横瀬町では、当時 慶應義塾大学の前野隆司教授とのご縁をきっかけに、小学校でのウェルビーイングの授業を継続しています。人権教育と聞くと難しく感じるかもしれませんが、自分と違う主体を尊重することや違いを認め合うこと、そういった寛容の精神は『ありのままに』にリンクします。人権意識を高めると、おのずとウェルビーイングにつながっていきます」(富田町長)
「人」が中心の7つのウェルビーイング指標
前述したカラフルタウンを実現するため、横瀬町は、「人づくり」「健康づくり」「安全安心づくり」「産業づくり雇用づくり」「賑わいづくり中心地づくり」「景観環境づくり」「人の輪づくり」の7つを施策の柱としている。この、横瀬町総合振興計画の7つの柱ごとに、独自のウェルビーイング指標が加わった形だ。
ウェルビーイングというと、個人や社会のよい状態、心身ともに満たされた状態を表すが、これに具体性を持たせてまちづくりに生かすというのはピンとこないかもしれない。だが、横瀬町のウェルビーイング指標を見てみると、とてもユニークで、横瀬町らしいものになっているので、ご紹介したい。人づくり(①の柱)、人の輪づくり(⑦の柱)と、"ヒトで始まり、ヒトで終わる"ところも特徴といえるだろう。
横瀬町7つのウェルビーイング指標
・人づくり(①の柱)
子育てしやすく、子どもたちはいきいきと暮らしている。
・健康づくり(②の柱)
心身の状態は健康であると感じている。
・安全安心づくり(③の柱)
防災・防犯面に不安はないと感じている。
・産業づくり雇用づくり(④の柱)
自分のしたいことをする、または欲しいものが買える経済的なゆとりがある。
・賑わいづくり中心地づくり(⑤の柱)
町の未来に期待や楽しみ、ワクワクする気持ちがある。
・景観環境づくり(⑥の柱)
身近に自然を感じることができる。
・人の輪づくり(⑦の柱)
困った時や苦しい時に、地域の人は助け合っている。
町として達成するべき出生数や転出超過率など、多々の指標はもちろん設けられているものの、町に住む住民がどう感じているかという住民の心のうちを中心とした上記のようなウェルビーイング指標は、表現が平易で分かりやすい。自分事としてより身近にも感じられる。
「地域のために、例えば、経済循環が足りなければ経済や産業づくりが必要で、雇用が足りなければ雇用の場をつくる、道路に問題があれば整備してと、やるべきことはたくさんあります。でもすべての目的は住民の幸せのためにあります」と言う、富田町長の言葉のとおり、町の取り組みは、一つひとつをひもといていくと、「地域住民のウェルビーイング」につながっているといえる。
ウェルビーイングな実体験を支援する「しあつく」
富田町長と、しあつくプロジェクトメンバー。富田町長は定期的に自治体職員と面談の機会を設けており、そのときに必ず確認する2つのトピックスがある。現在のウェルビーイングの度合いと、異動希望だ。ウェルビーイングの度合いは、質問されることで自分の今の状態を振り返る機会になるという昨今、まちづくりにウェルビーイングの視点を取り入れることが注目されつつあるものの、具体的なまちづくりの指標として設けている自治体はまだ多くはない。全国的にまだウェルビーイング指標や実践が定着しているとはいえない状況のなか、横瀬町では、2022年に住民のウェルビーイングの実現を支援することを目的に「みんなでつくる日本一幸せなまち横瀬協議会」(以下、しあつく)を発足。全国のウェルビーイング調査や、幸福度調査も行う。前述した第6次総合振興計画では、町と連携して住民アンケート項目の設定や調査も行った。企業版ふるさと納税を原資に、町民がやりたいことやウェルビーイングな事業への助成やサポート支援も行う。
「事業やプロジェクトを応援する仕組みとして、『よこらぼ』は2016年からあって、ウェルビーイングにつながる取り組みを応援するためにできたのが、『しあつく』です。しあつくに関わるメンバーの方たちが、どんどん住民との接点を拡大して、伝統文化やコミュニティなど多岐にわたる相談事が生まれていて、その実現を伴走・サポートするということが始まっています。地域にウェルビーイングの和が広がり始めています」(富田町長)
少し先の未来を見据えて
富田町長は2015年より現職で、現在3期目。記事内で触れた関係人口の拡大やウェルビーイング以外にも、日本一歩きたくなる町プロジェクトの推進や子育て支援など、全方位での施策を次々と展開している。
富田町長は、これまでを振り返り「私たちはまず、町に人を集めて人の輪をつくるというソフト面の施策を進めてきました。今はそれがだんだんと形になってきて、施設の利活用や交流場所など、ハードの整備も進んで、物理的に町をつくっていくという段階に入ってきている。今後は、横瀬駅周辺の整備を西武鉄道さんと連携して進めたり、国土交通省と連携してグリーンインフラのまちづくりを進めたりなど、日本にはまだない自然と調和した町を企業や人を巻き込みながらみんなでつくっていきたい。でも、そうはいっても、これからも施策の中心が“人”であることには変わりありません」と話す。
消滅可能性都市のひとつとして挙げられている横瀬町は、少し先の未来に予想される人口減少と、それが町に与える影響に対しての強い危機感を持っている。「大切なのは危機感と一緒に、希望も共有することです」と言う富田町長の言葉どおり、これからも、未来を変えるための積極的な試みが続けられていくだろう。
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