Aerocabin「動庵」の実例第1号「Tiny House ZEN~倉橋島」がオープン

瀬戸内海に面して黒い小屋3棟が並んでいる。この夏私がオープンした一棟貸しの宿「Tiny House ZEN~倉橋島」だ。設計は日本でのタイニーハウスのパイオニアといわれる建築家・村井正さんによる。

村井さんは、アメリカのコロンビア大学を卒業後、帰国して磯崎新のアトリエに入り、独立後は大型建築物を手掛けていたが、2003年になると「エアロハウス」という日本では画期的なタイニーハウスを発表した。20年後の2023年秋には、小屋建築のあり方をさらに刷新したAerocabin「動庵」を発表した。

そして、ご縁あって、Aerocabin「動庵」第1号の実例を、広島県呉市の穏やかな海の真正面に「Tiny House ZEN~倉橋島」として私が建てることになったのだ。今回は、Aerocabin「動庵」リリースまでの経緯と、実際に建ててみた体験談をご紹介しよう。

一棟貸しの宿、Tiny House ZEN ~倉橋島は瀬戸内海の正面に建っている一棟貸しの宿、Tiny House ZEN ~倉橋島は瀬戸内海の正面に建っている
一棟貸しの宿、Tiny House ZEN ~倉橋島は瀬戸内海の正面に建っている村井正氏を訪ね、都内の北参道にある設計事務所にて撮影

影響を受けたのは「プリミティブハット」と「茶室」。事例をリサーチしながら小屋建築を学ぶ

村井さんは、若いころから小さな建築について考えていたという。プリミティブハットと茶室の2つの建築形態に影響を受けたのが始まりだった。

「プリミティブハット」(原始的な小屋)は建築の出発点とされ、西洋建築の根幹に位置づけられている。ギリシャの神殿も、もともとは木造で、プリミティブハットの建築形態だった。その後石造りへと発展したが、当初の木造建築のディテールが石の建築にも受け継がれるなど、プリミティブハットは建築の原初的な形態であると考えられている。

一方で、日本には約500年前から続く独自の建築形態、「茶室」が存在し、他に類を見ない建築様式で、現在でもその伝統を維持しながら建てられている。村井さんはそこに興味を持ったそうだ。ヨーロッパではバロック建築を現代において新築することは珍しいが、日本では依然として茶室が新たに建てられている点が特徴的である。茶道の伝統が脈々と続いているだけでなく、茶室自体にも独自の魅力と価値があると村井さんは言う。

村井さんが小さな建築と向きあって見いだした答えは、「自由」が最大の利点であるということ。「自由」とは、どこにでも建てられる柔軟性と、自己完結的につくることができる独立性にあるという。

インスピレーションを得た作品の一つが、村井さんがかなり前から注目していた「フューチャーシステムズ」だ。1960年代から活躍したイギリスの建築家グループで、彼らはハイテックなデザインでありながら自然エネルギーを利用する先駆的な思想も取り入れていた。また同じくイギリスの建築家グループのアーキグラムによる「リビングポッド」と呼ばれる小さな居住空間にも村井さんは感銘を受け、小規模でありながら高度なデザインを持つ建築の可能性を探求したくなったそうだ。

一方、茶室や小屋の概念は、自由で個性的な居住空間として現代において日本でも再評価されてきた。例えば、神奈川県川崎市の民家園にある「菅の船頭小屋」は、4人で担いで移動できるほどの軽さと機能性を兼ね備えた設計がされている。こうした建物には、建築の固定観念にとらわれず、軽快で自由な発想をもとにした設計が求められる。その世界観に村井さんは没入していったのだ。

川崎市の民家園にある菅の船頭小屋川崎市の民家園にある菅の船頭小屋

「小さいが快適」な空間を目指し、設計・試作を開始

ここ最近の建築には、伝統的な大規模建築とは異なる「小さいが快適」な空間が求められていると村井さん。さらにキャンピングカーやトレーラーハウスといった移動可能な居住空間の需要も高まってきているという。

村井さんは、小さな建築に対して「大きい建物の代替品ではなく、むしろ小さいからこそのメリットを活かすべきだ」と考えている。例えば、茶室では狭い空間にもかかわらず、むしろそのコンパクトさが長時間の滞在となっても快適さを生む。

しかし、こうした空間には多くの制約があり、インテリアが固定されてしまうことや断熱性能の低さ等が問題となることがある。村井さんは、そうした制約を克服しつつ、茶室のような小さくても機能的で快適な空間を作りたいと考え、2021年から小規模な居住空間の設計・試作を独自に続けてきた。

村井氏の小屋のスケッチ案。試行錯誤を感じさせる村井氏の小屋のスケッチ案。試行錯誤を感じさせる
村井氏の小屋のスケッチ案。試行錯誤を感じさせるスケッチ案から気に入ったアイディアをチョイスして模型にした

試行錯誤の連続、原寸大の茶室を模造紙で作成

茶室実測図を購入し、原寸大のサイズに拡大コピーした茶室実測図を購入し、原寸大のサイズに拡大コピーした

村井さんは実験の期間中、多くの設計案や模型を制作した。

工房では、茶室実測図を原寸サイズに拡大コピーして、空間を再現する取り組みも行われた。プラスチックの板に実測図を貼り付けることで、茶室の空間構造が立体的に理解できるようになったそうだ。ちなみに茶室実測図は、茶室を建築として初めて取り上げたモダニズム建築家である堀口捨己氏によるものを参考にした。茶室の存在が当時の世界の建築界では、あまり注目されていなかったが、同氏がその価値を見いだしたパイオニアである。

茶室実測図を購入し、原寸大のサイズに拡大コピーした堀口捨己氏の企画展の会場に展示された原寸大サイズの茶室絵図

このプロジェクトは「自分で作れる大きさ」にこだわったという。木材の購入から始め、藤野や八王子近辺のホームセンターを利用し、必要な材料を揃えた。

そして2023年には、理想の小屋建築Aerocabin「動庵」が完成し、リリースした。これはまさに「小さいが快適」な空間が実現できたと村井さんは振り返る。

茶室実測図を購入し、原寸大のサイズに拡大コピーした村井氏は藤野にある工房を借り、小屋の実験をしていた

Aerocabin「動庵」第1号の建築プロジェクト。一棟貸し宿オープンまでの体験談

村井氏自身が作成した小屋。「動庵」と名付けられた村井氏自身が作成した小屋。「動庵」と名付けられた

Aerocabin「動庵」がリリースされて間もない2023年末、瀬戸内海の海沿いで一棟貸し宿の開業を目指していた私は村井さんに声をかけ、Aerocabin「動庵」第1号を建てる計画を始めることになった。小屋の持つシンプルさが、瀬戸内海の多島美を満喫できる仕掛けになるのではないかと考えた。まるでベンチにたたずむような気楽さだ。そして外観のフォルムも可愛らしい。
もともとは高床式のエアロハウスを新築する予定だったが、予算や納期の点で宿の開業プロジェクトが行き詰まっていた。そんななか、Aerocabin「動庵」ならどちらもクリアできると村井さんからアドバイスをいただき、背中を押された。

村井氏自身が作成した小屋。「動庵」と名付けられた「動庵」のリリースでの案内図。屋根が斜めになっているのは茶室がヒントに

年末に簡単なラフ案を村井さんに送り、すぐに設計プランまで落とし込んでもらった。通常なら、ここから構造・見積計算等で施工実施までに時間がかかるところ、数日後には、神奈川県の藤沢市の工場で組立が始まるというスピーディーな展開となった。

村井氏自身が作成した小屋。「動庵」と名付けられた盛り土をしたので、テラスから瀬戸内海が見える

アイディアによって当初のコンセプトをクリア。小屋はトラックで800kmを移動

神奈川県の工場で小屋を3つ組み立てた神奈川県の工場で小屋を3つ組み立てた

宿のコンセプトは、海辺の景観で安らいでもらうこと。私はここの眺めに心が癒され、多くの人にも共有したいと考え、宿をつくる決心をしたのだ。

しかし、倉橋島の建設予定地は、海沿いに位置するものの、防波堤が目の前にあり景観が楽しめない。そこで、当初予定していたエアロハウスは、高床式にしようと考えていた。Aerocabin「動庵」に変更となったが、高床式でなくても、海側に盛り土を行えば小屋から瀬戸内海を存分に感じられる。「海辺の景観で安らいでもらう」というコンセプトを変えないで、計画を進められることになった。

進め方としては、盛り土の上に神奈川県藤沢市で作った小屋をトラックで運び、クレーンで設置する計画だ。2024年1月から藤沢市にある工場で、小屋3棟の製作がスタートした。

神奈川県の工場で小屋を3つ組み立てた土の崩れを防ぐ目的でコンクリートを敷く
地元の竹を活用して土留めにした。土は隣の江田島から運んだ地元の竹を活用して土留めにした。土は隣の江田島から運んだ

小屋の製作期間、倉橋島では、地元の事業社によって盛土の作業が行われた。使用した土は隣の江田島から持ち込んだ。花崗岩質で水はけが良い特性を持つが、粘土質が少ないため、崩れやすさに注意が必要だった。そこで、土の流出対策として、土中には巨大なコンクリートの塊を設置し、またプラスチックの杭と地元の竹を活用して土留めにしている。

藤沢市の工場で製作された小屋3棟は、同年3月に大型トラック2台で約800kmの距離を移動し、倉橋島へ到着。トラックからクレーンで吊り上げられ、盛土の上にリビング棟、寝室棟、水回り棟の3つの小屋が順次設置された。その後、地元の施工会社によって、3つの小屋をつなぐウッドデッキとパーゴラを設置し、さらに電気、上下水道、水回り棟のキッチン、洗面、トイレ、シャワー室を工事してもらった。

同年春に完成し、旅館業の許可を取って夏には宿泊事業がスタートしたのだ。

神奈川県の工場で小屋を3つ組み立てた藤沢市から小屋をトラックで運び、クレーンで設置した

居住性を重視したAerocabin「動庵」は、従来の小屋建築とは異なる「第3のスペース」

水回り棟には、洗面の他、キッチン、トイレ、シャワー室を設置水回り棟には、洗面の他、キッチン、トイレ、シャワー室を設置

村井さんによるとAerocabin「動庵」と「一般的な小屋」との違いは、居住性や耐久性にあると言う。一時的な滞在ではなく、居住性を重視し、建物としてしっかりと作られている点が特徴だ。耐久性に関しては、50年持つことを目標に設計されている。長期的な使用を前提とすることで、転売などの可能性も視野に入れ、末永く使い続けてもらえる価値を提供している。それは、従来の小屋や移動型住居とも異なる、小型でありながら居住性を備えた「第3のスペース」だと村井さんは話す。

一方、手動で移動可能なこの空間は、固定式の建築物と異なり、軽快さと柔軟性も特徴である。例えば、季節ごとに小屋の設置場所を変えることも可能だ。居住性と軽快さを兼ね備えた画期的な小屋となっている。ちなみに建物基礎がないので、固定資産税がかからないのもポイントだろう。

水回り棟には、洗面の他、キッチン、トイレ、シャワー室を設置小屋の内観。リビング棟としてソファーベッドが置かれていて、心地良い居住性がある
Tiny House ZEN倉橋島では、盛土をしたことで、窓から海の景観を楽しめるTiny House ZEN倉橋島では、盛土をしたことで、窓から海の景観を楽しめる

小屋のコンセプトは、自然との調和を重視する村井さんの建築思想とも結びついている。「Tiny House ZEN~倉橋島」では、瀬戸内海を眺めるベンチからの景色をイメージさせつつも、窓から景色の特定の画角を切り出すことで、全く別の場所にいるような感覚を味わえる。この技法を用いた建築は、滞在者に新しい視点を提供している。

今後この「第3のスペース」を活用した小屋建築が、景観の美しい場所に多く広がる可能性を期待する。

水回り棟には、洗面の他、キッチン、トイレ、シャワー室を設置動庵の外壁は、用途や環境に応じて変えられる柔軟性も特徴だ

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