子どものために地元を「面白いことをやっているまち」にしたい

大阪府河内長野市は京都、大阪、堺などから発して高野山に向かう複数の街道が合流する交通の要衝だったまち。市内にはそれ以外にも大沢街道や天野街道など幾つもの街道が通っており、歴史を実感させる寺社も点在している。

その河内長野駅前に商店街ができたのは明治になってから。それでも120年以上の歴史があり、最盛期には和歌山県橋本市などからも買い物客が来ていたほど。昭和末期以降に郊外の大規模店ができ始める前までは商店街を歩くと他人と肩がぶつかり合うほどだったとか。

しかし、他のまち同様、以降は商店街の衰退が始まる。だが、河内長野市では1965(昭和40)年前後から大規模住宅団地の開発がスタートしており、人口そのものは増加が続く。駅前は寂れつつあるものの人口は増えており、歴史のあるまちには富の蓄積もある。危機感を抱きにくい状況だったといっても良いかもしれない。

人口のピークは2000(平成12)年度末の12万2740人。その人口が2024年6月末時点で9万8505人に。昭和末期くらいに戻ったような数字である。

河内長野駅の前にある商店街入口にある高野街道のモニュメント河内長野駅の前にある商店街入口にある高野街道のモニュメント
河内長野駅の前にある商店街入口にある高野街道のモニュメント河内長野市の古刹、天野山金剛寺。女人高野として知られる

現在、東京で広告会社を経営する吉年海さんは大学進学以降に大阪市内に出て以来、河内長野を離れて生活してきた。が、このところ、地元を意識、2年後くらいには帰ろうと考えている。それにあたって気になっているのは子どもがこのまちをどう思うかということ。

歴史のあるまちではあるものの、その後の開発で歴史は見えにくくなっており、駅前などを見ている限り、現在の河内長野はどこにでもある、ごく普通の郊外のまちでしかない。かつて活気のあった商店街も空き地が目立つようになってきている。

「このままではこどもに冷たく『はああ?』と言われそう。そこで自分が動くことで『ちょっと面白いことをやっているまち』という思い出を与えられないかと考えました」

河内長野駅の前にある商店街入口にある高野街道のモニュメント河内長野駅前の商店街

駅前の土地購入を検討、市役所に相談

目についたのは駅前の商店街入り口、大型商業施設ノバティながのの向かいにある空き地だ。元々は薬局があった場所でこの12年ほど空き家となっていたが、売却されることになっていた。

「なぜそう思ったのかは自分でも分からないのですが、その土地を買おうと思いました。東京と比較すると安価ですし、このまちの一等地。そこで銀行にも相談、入札することにしたのです」

だが、買ったとしてもどういう用途で使うか。本業の広告制作で沿線の価値向上、地域の物産のプロモーションなどを手掛けていたことから興味はあったもの、まちづくりの実務に関しては知識、経験はない。そこで市役所の知り合いにまちづくりを教えてくれる人を紹介して欲しいと頼んだ。

目をつけた土地は駅側の商店街入口のすぐ脇。道を挟んで向かいには大型商業施設ノバティながのがある目をつけた土地は駅側の商店街入口のすぐ脇。道を挟んで向かいには大型商業施設ノバティながのがある
目をつけた土地は駅側の商店街入口のすぐ脇。道を挟んで向かいには大型商業施設ノバティながのがある前掲写真と同じ場所の、2018年時点の写真。まとまった土地であることが分かる

そこで最初に紹介してもらったのが関西を中心に事業を展開する事業者。市内に同社が展開するスーパーマーケットがあり、空き床を利用してコミュニティスペースを作るにするなどまちづくりにも意識のある企業だった。

その後も博物館や展覧会、商業空間設計の会社、地元の鉄道会社その他の事業者を次々に紹介してもらった。どの事業者も関与したいと積極的。2023年春にはそのうちの一部の会社に加えて、市も入って計4事業者で河内長野再生会議(以下再生会議)が立ち上がった。

駅前の空き地をどう使うか。議論を重ねていくうちに公園というアイディアが出た。そこで同年6月には実際の空き地を利用、空き地活用実験AKICHIDE LABを開始。ここで利用した空き地が現在の私設公園AKICHIDE PARKだ。

私有地を空き地にしてみたら大きな波及効果が

この土地は吉年さん家族が所有しており、かつては店として貸していた。だが、その店舗が廃業、解体され、そのまま19年間仮囲いの向こうに空き地となっていたもので、広さは約140坪(約460㎡)。まずは実験としてこの土地を開けてみようとスタート、かき氷を食べる場になったり、本に関連するイベントの場になったりと継続的に利用。空き地としての可能性を探ってきた。

元々の目的であった駅前の空き地の入札は残念ながら入札できなかった。落札した事業者は駅前という立地を生かす計画を立てているという。

駅前の空き地が使えなくなり、それでも開いてみた空き地には可能性が感じられた。そこで2024年3月、同地に私設の公園AKICHIDE PARKがオープンした。敷地の奥には楠が植えられ、その足元にはAKICHIDEロゴ形の檜ベンチ。足元にはウッドチップが敷き詰められている。

開園日には子ども向けにシャボン玉や射的などの遊び、石にペインティングするワークショップなどが用意され、フードトラックも出店した。翌週には大人向けに講演会形式で近隣でのまちづくり事例を学ぶイベントAKICHIDE FORUMが開催され、講演後には交流会も。場は違えど、吉年さんの思いは形になったわけだ。

コンパクトな私設公園AKICHIDE PARK。小さい空間ながら思った以上に使われているとかコンパクトな私設公園AKICHIDE PARK。小さい空間ながら思った以上に使われているとか
コンパクトな私設公園AKICHIDE PARK。小さい空間ながら思った以上に使われているとかオープン時のイベントの様子。キッチンカーも出て楽しそう

そして、形になった思いは当初は思ってもいなかった波及効果をもたらした。

「駅前の建築計画に複数の事業者と一緒に提案をさせてもらえることになりました。まちの玄関口にあたる場所ですから、まちに開いたものにして欲しい。具体的にはオフィスワーカーも使え、昼も夜も食事ができるカフェのような場所、大阪市内の友達に手土産として持っていけるような産品を売る店やワークショップが開ける場所など、地元の人に好まれる場にできないか、提案をしようと考えています」

コンパクトな私設公園AKICHIDE PARK。小さい空間ながら思った以上に使われているとか大人向けのオープンイベントでの吉年さん。私設公園を始めたことで地域でも知られるようになった

地域の活動を点から線へ、いずれは立面へ

また、2025年に開催される大阪万博の参加型プログラムには河内長野市も参加しており、再生会議も同様に駅前商店街の活性化、既存の活動を繋ぎ拡張させるなどの内容を掲げて参加している。これをきっかけに地域の他のプレイヤーにも声をかけて協業したいという意図である。

「河内長野には私よりも前からまちづくりに関わって来た熱い思いを持つプレイヤーが何人もおり、少しずつ形になってきたものもあります。ただ、今の段階では点で存在しているだけで、まちを変えていくためにはそれが線になり、立体に見えるようになっていく必要があるのではないかと思っています」

実際、駅周辺では去年今年あたりから新しい店が増えるなど変化は起き始めている。とはいえ全体としては2減1増というところで、変化は感じても増加には見えない。そうした流れを可視化、加速していくためには横の繋がりが必要ということだろう。子どもにいいところを見せたい、郷里をおもろい場所と思ってほしいと思った父の願いはどんどん広がり始めているのである。

この通りの右側に私設公園AKICHIDE PARKがあるこの通りの右側に私設公園AKICHIDE PARKがある
この通りの右側に私設公園AKICHIDE PARKがある歩いてみたところ、古井建物を改装した子どもの居場所を発見。変化を感じた

さて、公園の話である。作られた経緯には触れたが、現状はどうなっているのだろう。取材時は酷暑のさなかだったため、残念ながら無人だったが、それ以外の時期には思った以上に使われていると吉年さん。

「放課後には小学生が鬼ごっこをしていたり、周辺でアルバイトしている人達がお弁当を広げたり、高校生が密談したり。かと思えばおばあちゃんが孫らしき子どもを連れてきていたり、夜には近所で飲んできたらしい大人たちがベンチに座っていたり。

幸いなのは近所からの苦情が全くないこと。ゴミ箱は置いていませんが、これまで大きなゴミは捨てられておらず、ベンチへのいたずらもなし。大事に使われているようです」

この通りの右側に私設公園AKICHIDE PARKがあるベンチの足元にはウッドチップ。お弁当を食べたり、会話するにはちょうどいいスペース
この通りの右側に私設公園AKICHIDE PARKがある駅近くの遊び、憩いの場として広く活用されている

商店街と連携、イベントを開催するなど活用は拡大中

イベントで、マルシェで使いたい、DIYをやりたいなど使いたいという人からの相談も相次いでいる。公共の公園は営業行為ができない、飲食に制限があるなどいろいろできないことがあるが、こちらは私設。周囲に迷惑をかけないことであれば何にでもチャレンジできるのがなによりのメリットだ。

2024年8月にはAKICHIDE PARKを起点に商店街の店舗を回るAKICHIDE WORKクイズラリーなるイベントも開催される。これは小学3~6年生を対象としたもので、子ども達が商店街の店を訪ね歩くというもの。

「先日、その説明に商店街の店を一軒ずつ回ったのですが、どこも快く引き受けてくださり、ありがとうとまで。これまで開催されたことのないタイプのイベントで、子ども達にとって記憶に残るものになってくれたらと思います」

商店街の店舗は現在15店ほどだろうか。数は少なくなったが、そのうちには遠くからわざわざ買い物に来る人がいる鮮魚店などもあり、商圏は確実にある。そこにしかないモノがあれば人は来るはずだが、そうした循環をどう作っていくかが今後の課題だろう。

特にゲートがあるわけではなく、夜間も空いている特にゲートがあるわけではなく、夜間も空いている

公園に関していえば、現在仮囲いに囲まれている隣の空き地を今後草刈りして公園として使えるようにしていきたいという計画がある。

「よその方の土地で今の時点では建物を建てるなど明確な活用はできない状態。それでも草刈りなどはやっていいと言われています。日差し、雨を防げる東屋などを作れないかと画策中です」

特にゲートがあるわけではなく、夜間も空いている今後手を入れる予定の隣地。確かに日陰、雨露をしのげるスペースがあったら利用しやすくなるかもしれない

地方で活動するなら受け身ではダメ、能動的に活動を

また、現在は河内長野駅周辺で活動をしているが、今後は河内長野市全体をもっと知ってもらえるような活動にも広げていきたいとも考えている。

「河内長野には文化財は多く、教育レベルも高いと思いますが、どれも上位ではあっても一位ではなく、深谷といったらネギ、練馬といったら大根のように誰もが知っている分かりやすい名産品もありません。

引っ越してきた人は住みやすいといい、私も住環境はとても良いとは思うものの、それは当事者になってみないと分からない、対外的にアピールしにくいもの。それをどう伝えていくか。悩ましいところです」

ちなみに河内長野の名産としてはほぼ100%近くが海外産というすだれのうち、格式の高い料亭や旅館などで使われている一部商品、同じく爪楊枝のうちで黒文字と呼ばれる一部など。新幹線のぞみ号で使われているベアリングも河内長野産というが、あまりにニッチ。ただ、日本の多くの自治体は河内長野市同様、誰もが知る名産品、名所があるわけでもないことを考えると、ここでの試みは日本全国に共通するものともいえる。

河内長野駅前。この風景から歴史のあるまちとはなかなか思えない河内長野駅前。この風景から歴史のあるまちとはなかなか思えない

ところで最後に河内長野をおもろい場所にという流れの中で吉年さんの話に出てきた受動、能動という言葉を紹介したい。

おそらく多くの人は東京は刺激的で面白い場所だということに賛成するだろう。その面白さは受動的であっても十分満喫でき、だから東京を離れたくないという人も多いのだろうと思う。

「でも、河内長野では自分が動かないと面白くなりません」と吉年さん。

受け身で、自分が動かないままでいたら周囲も何も動かず、面白くもならない。逆に吉年さんのように20歳以降でまちを出てしまい、繋がりが無い状態であっても能動的に動き始めればそれを応援、流れが生まれてくることもある。動く人が少ないから目立つ、動く人がいたら支援したいという人も多いのである。

動き方は人それぞれだと思うが、いずれ地域で何かをと考えているのであれば受け身であるよりは自ら動く人でいたほうが変化を起こしやすいということだろう。吉年さんの経験には学ぶべきものが多いと思う。

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