「松江市中心市街地活性化基本計画」が進行中
島根県松江市は、島根県の東部に位置し、山陰のほぼ中央にあたる。島根県の県庁所在地でありながら、北部は日本海に面し、東側に中海、西側には宍道湖が広がり、自然豊かな都市でもある。2015年には松江城天守が国宝に指定され、堀川遊覧船や温泉など観光資源も豊富だ。島根県といえば出雲大社を思い浮かべる人も多いと思うが、行先の候補として松江市周辺を挙げる人も多いのではないのだろうか。
古くから城下町として栄えた歴史のある松江市の中心市街地だが、居住人口の減少や少子高齢化、低未利用地の増加など、課題を抱えていた。松江市では、2008年に松江市中心市街地活性化基本計画を策定。2019年には2期計画が終了し、現在は3期目となる計画が2019年から2025年3月までの期間で進められている。市は「歴史・文化・水辺を活かす、若者が活躍する松江のまちなか」をまちづくりのテーマとしてかかげて、さまざまな事業を進行している。
長きにわたり中心市街地の活性化を進めてきた松江市では、いまどのような変化が生まれているのだろうか。松江市の目指す方向性や、これまでの取り組みについて、市長や実際に街づくりに関わる人たちに聞いてみた。
職人商店街に込めた"松江らしさ"の実現
松江市には、長く城下町として栄えた歴史から、今も多くの職人が活躍している。松江市長の上定昭仁氏は、「職人商店街」創出事業を2022年から開始。松江ならではの手仕事やものづくりに触れることができる商店を増やしていくことを目的に、要件を満たした店舗を対象に「松江市職人商店街創出支援事業補助金」を支給している。
「松江城が400年前に築城されてから、7代目藩主の松平不昧公が茶の湯文化を市民にも広めました。松江にはこの茶の湯の文化が今も色濃く残っていて、私自身も子どものころからお茶に親しんできたんですね。おやつと一緒にお抹茶を飲んで育ったんです。茶の湯から派生して、和菓子、陶磁器、お盆、漆塗りなどいろいろな伝統工芸文化が発達し、今も受け継がれています。それで松江には伝統工芸に携わる職人さんがたくさんいるんです。でも、店舗に行っても、職人さんがいない、顔が見えない。松江には400年前からの歴史があるのに、肌でぬくもりが感じられないのはもったいないと感じていました。そのギャップを埋めるのが、職人商店街創出事業です」と、事業をはじめた背景について上定市長は話す。
松江市は京都、奈良に続いて国際文化観光都市に認定され、京都、金沢と並ぶ日本三大和菓子処でもある。現在は職人商店街創出支援事業補助金を活用し、八雲塗の絵付けが店舗1階のモニターに映し出される山本漆器店や、和菓子職人の実演が見学できる彩雲堂などの事例が出てきている。
「職人商店街で漆塗りの絵付けの体験をしたあと和菓子店にも立ち寄ったら、滞在時間が延びて日も暮れてきます。すると、松江で食事をすることになるでしょうし、そのまま泊まる人も増えます。職人商店街を起点に、旅館やホテル、観光業、飲食店、職人の雇用創出など、さまざまな効果が期待できます」と、上定市長。
今まさに「消費型」の観光から、「体験型」の観光に観光客の需要は動きつつあるといわれているなかで、松江市の職人商店街は外国人観光客の目的地となりえるのかもしれない。
離れて分かった松江にしかないもの
松江らしさを生かした中心市街地の活性化を進める上定市長だが、意外にも、自身が松江の魅力に気が付いたのは地元を離れてからのことだったと言う。
「松江市を外から見たら、唯一無二のユニークな街です。ただ、私が子どものときには気が付いていませんでした。『松江にはなんにもなくて都会にはなんでもある』と思っていたんです。大学に進学し松江を離れてはじめて地元の魅力を知りました。灯台下暗しで、松江市民にもその良さに気が付いていない人がいます。できれば子どものころからこの街の良さを知って育ってほしい。松江の小学校6年生は、松江城と松江歴史館について学ぶ機会を必ず設けています。松江を知ってもらうことが、松江に生まれ育ったという愛着や誇りにつながると思います」(上定市長)
松江市では、30代の比較的若い世代のUターンが多いという。もしかすると上定市長と同様に、松江を離れて街の良さをあらためて発見した人が多くいるのかもしれない。
「松江市が、一度地元を離れた人や、移住したい人たちにとって、スキルを活かせる場所でありたいとも思っています。松江市の将来像『夢を実現できるまち 誇れるまち 松江』に向かっていくことで人口減少、少子高齢化を防げるのではないか。職人商店街創出事業や商店街の再生は、人口減少問題を解決に導くと確信しています」(上定市長)
「カラコロ工房」は松江でしかできない体験ができる場所になる
松江市は、JR松江駅から松江城があるエリアまでを「L字ライン」と呼び、ここを起点として活性化に重点的に取り組んでいる。このL字ラインの北側にあるのが、「カラコロ工房(旧日本銀行松江支店)」だ。
カラコロ工房は京橋川に向かってたたずむモダン建築で、1938年に元の木造建築を改築、増築して完成した。多くの銀行建築を手がけた建築家長野宇平治の設計で、当時は山陰で初めてエレベーターが設置された施設として注目を集めたという。長く日本銀行松江支店として利用されていたが、その後建物は日銀から島根県へ、そして松江市に譲渡された。松江市は、「匠」をテーマに施設をリニューアル。2000年からは和菓子づくり体験など松江の匠の技に触れられる施設として活用されてきた。歴史的にも価値のある西洋建築であり、2016年には国の登録有形文化財に登録されている。老朽化が進んでいたことから、2023年4月から全館休館し大規模改修工事が行われている。
「カラコロ工房は、2024年10月にリニューアルオープン予定で、中心市街地のにぎわいの拠点となります。1階は地産品や食材が購入できるマルシェに、2階・3階はものづくりが体験できる場所に、地下にある銀行の名残である金庫室はそのまま残し、学びの場としての整備を進めています。和菓子教室などの、イベントを頻繁に開催したいですね。2023年10月から「朝から夜まで楽しめるカラコロFOODHALL」としてテナント募集を始めていますが、主体的にまちづくりに関与してくれる方に入居していただきたいです」と、上定市長。大規模改修だけでなく、リニューアルもされて、松江ならではの「匠工房」が体験ができる場所になりそうだ。
官民連携で進む商店街の活性化。土曜夜市には最大2万人が来場
「夢を実現できるまち 誇れるまち 松江」を創造し空き店舗の減少にも効果が期待できる施策が、チャレンジショップ事業費補助金だ。松江市は、中心市街地活性化基本計画の計画区域を対象に、業種や営業時間など一定の条件を満たした商業者へ、出店にかかる経費の一部を最大150万円まで助成している。
「空き店舗の活用を進めるには、補助金などのハード面の施策も必要ですが、同時に人を呼び込むソフト面での施策が欠かせません。居住しない、活用されない、ただ放置された空き店舗は、建物が朽ちていくことで、ゆくゆくは解体され、駐車場になってしまいます。あちこちに駐車場が増えると、街の雰囲気が変わってしまいます。2023年6月の土曜夜市復活をきっかけに、少しずつ空き家・空き店舗の所有者の気持ちも変化してきているようです。土曜夜市には、6月に推計2万人、7月は1.5万人、8月は1.8万人、9月1.5万人と、多くの人が訪れました。『こんなに人が来るのか』との驚きがあったようで、少しずつですが店舗として貸してもいいという声が聞こえてきているようです」(上定市長)
2022年には、地元の山陰合同銀行や島根銀行などが出資した、松江のまちづくりを担う民間のまちづくり会社「株式会社まつくる」が設立。土曜夜市や水辺の利活用、職人商店街などさまざまな事業を、松江市、松江市中心市街地活性化協議会などと連携して推進している。
まちづくりコーディネーターがつなぐ空き家活用
松江市では、30代の比較的若い世代が移住やUターンをするケースが多いと前述したが、そんな若者たちの相談に乗り、伴走してサポートするのが松江市中心市街地活性化協議会まちづくりコーディネーターの伊藤知恵さんだ。
伊藤さんは松江市に生まれ育ち、コーヒー店や飲食店の経営に関わっていたこともあり、飲食店の出店を目指す人から相談を受けることが多かったという。まちづくりコーディネーターとなってから6年が経ち、多くの店舗の出店や不動産に関する相談にも乗ってきた。年間でおよそ30件の相談があるという。
「ここ数年で、空き店舗だけでなく、空き家をリノベーションして店舗にする事例も増えてきました。いまちょうどリノベーションしているのは、地域おこし協力隊として沖縄から移住してきた女性が手掛けるギャラリー兼販売、飲食もできる複合施設です。出店したいという相談があったときは、どんな業種で、家賃はいくらくらいとか、希望するエリアを聞いて、市とも連携して空き店舗や空き家を紹介しています。リノベーションが必要な場合は連携している建築会社を紹介して、費用に応じてDIYを取り入れるなどして開業までをサポートしています」と、伊藤さん。伊藤さんのまちづくりコーディネーターとしての仕事は、開業までの支援だけでなく、マルシェなどのイベント開催の希望があればアドバイスをしたり、出店者を募ったりと、多岐にわたる。
松江で店舗事業をはじめたい人にとっては、伊藤さんのような相談に乗ってくれる人の存在は大きい。空き店舗と店主をマッチングした後も、月に1回程度、店主が集まる会を開催しているそうで、店主同士のコミュニティがあることも魅力といえるだろう。「事業をはじめたもの同士、似たような悩みを持っていることが多いんですね。お店の相談とかアドバイスとかをし合って、デザイナーさんが『デザインするよ』って手を挙げたり、『一緒にイベントやろうよ』って声をかけあったり」と、松江には一緒に街を盛り上げていこうというコミュニティがあることも強みといえるかもしれない。伊藤さんは、さらに若い世代にとっても、コミュニティがあることはよい影響があるのではないかと考えている。
「島根大学のボランティアサークルとのつながりが15年前からあるのですが、土曜夜市は大学生がお手伝いしてくれて、OBもきてくれています。イベントなどを通して飲食店の経営者と触れ合ったり、コミュニティに関わることで、『いつかは松江に帰ってきたい』と言ってくれる人もいます。まちに関わることで、松江に暮らす楽しさを知ってほしいですね」(伊藤さん)
宍道湖の水辺活用にも期待
主に中心市街地の活性化を中心に紹介してきたが、松江市では、「水の都」の象徴ともいえる宍道湖周辺の水辺整備も同時に進んでいる。宍道湖北岸の親水護岸と、千鳥南公園の整備により、水辺がより身近になる予定だ(2024年完成予定)。
「私の親の世代は宍道湖で泳いでいたそうですが、私は宍道湖で遊んだ記憶はありません。宍道湖に浅場ができて湖岸の砂場で子どもたちが水に触れて遊べるようになります。子どもたちが宍道湖で遊んだ記憶は、大人になっても心に残るでしょう。その原体験が松江を誇りに思う気持ちにつながるのではないでしょうか」と、今後の展望について上定市長は話す。今もミズベリング縁日やSUP、期間限定の水辺のテラス席などが開催されているが、より水辺の活用が進むことが期待される。
2024年1月14日に閉店することが決定している島根県唯一のデパート「一畑百貨店」の跡地がどうなるのかも気になるところだ。跡地活用について上定市長は「松江駅前の一等地で、松江の玄関口に当たる立地です。今回の閉店を契機に中心市街地に必要な機能やデザインを考えるため、2023年度中に、検討委員会を立ち上げる予定です」とのことだ。
新幹線開通による経済効果、観光振興も地域活性化の起爆剤として期待が高まる。1973年に決定された山陰新幹線と中国横断新幹線(伯備新幹線)の基本計画路線を、整備計画に格上げするため働きかけを続けるとしながらも、同時に「松江が旅の目的地となるよう、魅力ある街にしていく」と上定市長。松江ならではの魅力を磨き、世界へ広めるまちづくりは今後も余念なく続いてくようだ。
松江城に職人商店街、歴史的建築、水辺と、多くの見どころがある松江市だが、個人的には、やはり宍道湖の夕日には驚いた。こんなきれいな夕日が毎日、まちなかの中心市街地で見られるというのは、ここでしかできない贅沢な体験なのではないだろうか。
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