そもそも、アーツコミッションってなんだ?
横浜市に長く住んでいる人でもアーツコミッション・ヨコハマ(以下ACY)と聞いて「ああ、あれね」と思う人はあまり多くはないと思う。15周年を記念して2022年8月に横浜市市民協働推進センターで開かれたフォーラムの冒頭挨拶で、横浜市の担当者もそう言った。横浜市は文化芸術創造都市を掲げ、2004年からさまざまなアートプロジェクトを開催、拠点づくりを進めるなどしてきており、ACYの活動もそのひとつ。しかし、残念ながらACYを内包する、大きな目標である文化芸術創造都市施策自体もあまり知られていない。
だが、ACY15周年記念として2022年7月21日から8月12日まで横浜市庁舎2階で行われていた「クリエイターのいるYOKOHAMA」で掲示された100枚のポスターを見た人なら、ACYの活動が横浜の風景、生活の中にあることを感じただろう。
ポスターの中からランダムに挙げていくと、横浜駅西口の仮囲いや街中のあちこちにある歩行者案内地図、みなとみらいにあるグランモール公園、赤レンガ倉庫1号館のサイネージ、横浜シネマリン、象の鼻パーク/テラス、横浜みらとみらい本町小学校、左近山アートフェスティバル、図書館で演劇を行う「テアトル図書館」、NPO法人全国ひとり親居住支援機構、横浜市交通局広報誌ぐるっと……。
街中のサインから印刷物、建物、空間、イベント、そしてもちろんアートに関するさまざまなプロジェクトまでを下支え、縁の下の力持ちとなって実現させているのがACYというわけである。
具体的には公益財団法人横浜市芸術文化振興財団が担っている事業であり、「芸術文化と社会を横断的に繋いでいくための中間支援」のプログラム。アーティスト、クリエイター、企業、行政、大学、NPO、非営利団体等の創造の担い手が活動しやすい環境づくりを推進するものとされている。
戦争への反省から生まれたイギリスのアーツカウンシル
事業開始にあたり、参考となったのは1946年、第二次世界大戦終了の翌年に生まれたArts Council of Great Britain(現在のArts Council Englandなど4団体。以下英国アーツカウンシル)。セミナーでは株式会社ニッセイ基礎研究所研究理事・文化芸術プロジェクト室長の吉本光宏氏が「ACYから地域アーツカウンシルを考える」と題した講演の中でその点に触れた。
英国アーツカウンシルは戦争への反省から生まれた。ナチス・ドイツが1933年の政権獲得後、反ナチ的な芸術家を退廃芸術との名目で弾圧、戦意高揚のために御用芸術家が動員され、芸術は戦争に加担した。二度とそのようなことがないよう、英国アーツカウンシルは政府と一定の距離のある、独立した専門性の高い機関としてアートを支援してきた。継続的な投資で多くの芸術家を輩出、社会と協働し、コロナ禍ではロックダウン後23日目には芸術家たちを支援する助成事業を立ち上げたそうだ。
講演の中で、英国アーツカウンシルが自分たちの活動に対する評価をまとめたフィルムが流されたのだが、そこでは芸術が社会において重要であることが、さまざまな分かりやすい言葉で語られた。いくつか、メモしたキーワードは「創造力は経済にとって重要」「美術館が人を呼び、街を変える」「アートは人を自由にする」「図書館がコミュニティを繋げる」「子どもたちにインスピレーションを与える」「才能を支援し、花を咲かせる」……。いずれも今の社会に必要な活動であり、美術館の中にあるものだけが芸術ではないことを教えてくれる。
翻って日本では、国や地方公共団体による文化芸術活動といえば、美術館や劇場、コンサートホールといった「ハコ」の建設と、そこで行われる展覧会や公演のイメージが先行しているだろう。そうした中で、助成や相談といった施設やイベント活動ではない、中間的な支援が広がりはじめている。それらは地域アーツカウンシルと呼ばれ、2007年のACYを皮切りに東京都、沖縄県(2012年)、大阪府・市(2013年)、新潟市、大分県(2016年)、岡山県、高知県、青森市(2017年)、浜松市、前橋市、松山市(2018年)、宮崎県(2019年)、静岡県(2021年)、長野県(2022年)と全国の自治体でアーツカウンシルが誕生してきている。
「クリエイティビティのない街は滅びる」、だから支援する
ただし、日本の場合は独立性、専門性が特徴の本家のアーツカウンシルと異なり、設置した自治体の目的によって行政との距離感、性格、位置づけなどが異なる。助成を中心に行う、コーディネーターとして関わるなど活動方法もいろいろ。横浜の場合は人数、予算が少ないこともあり、自分たちで手を動かす、外部と連携しての事業が多いという。
「芸術を社会のなかに広げていくと考えた場合、路上のイベントは効果的です。ただその際は、芸術的観点からの支援に加えて、行政に対する法的な問題への対処や地域住民との調整など、実務的なサポートが必要なことが多くなってきます。芸術への理解と社会の理解をもって、双方の主張を通訳するような役割です」と創設以来、ACYを担当する杉崎栄介氏。
では、具体的にどのような活動をしてきたか。セミナーで語られたうちのいくつかをご紹介しよう。まずは記事でもご紹介したことがある国の重要文化財であり、日本に現存する商船用石造りドックとして最古の「旧横浜船渠第2号ドック」を復元して生まれた「DOCKYARD GARDEN(ドックヤードガーデン)」地下を利用して作られたBUKATSUDO(ブカツドウ)。みなとみらいで働く14万人に加え住民、クリエイターなどを対象にしたシェアオフィス、ワークスペース、ギャラリー、コーヒースタンド、レンタルキッチンなどからなる「大人の部活が生まれる場所」である。
これは、所有者である三菱地所株式会社から場所を借りたACYの本体である横浜市芸術文化振興財団が使い方を公募。そこで選ばれたリノベーションやシェアハウス事業で知られる株式会社リビタが運営するもので、2014年にオープン。活動は8年目に入る。ACYはこのプロジェクトを企画から立ち上げ、民間と一緒に税金を使わない公民連携を模索、実現に導いた。
この場の意義についてはプレス発表時、ドックヤードガーデン活用事業運営協議会会長で横浜市文化観光局長(いずれも当時)の中山こずゑ氏はアメリカの社会学者リチャード・フロリダの言葉を引用し、「クリエイティビティのない街は滅びる」と語っていた。単なる貸スペースではなく、クリエイターも含め、さまざまな人々が交じり合う魅力的な場を作ることで、それが街に拡張していくことを期待していたのだ。アートそのものを支援するというより、アートの持つ力が街に広がることを支援したというわけである。
アートの力が街に広がる、街を変える
街にアートが広がることを支援するという観点では、今年で14回目を迎える「関内外オープン!」にも同様な面がある。これは2009年にスタートした年に1回開催される関内駅周辺を舞台にしたイベントで、最初はクリエイターのスタジオを開放、街中に増えつつあるクリエイターへの理解を深めてもらうために始まった。その後、2016年から道路を利用したパークフェスが始まり、このくらいから街を使ってのイベントとなっていったのだとか。
面白いのは最初の年に、道路に芝生を敷いてヨガをする、路上を子どもたちの落書きの場とするなどのために警察などと協議を始めたときには、人のいない日曜日の関内でイベントを開く意味が分からないと世間からは冷たい対応だったという。オフィス、役所の多い関内で子ども向けのイベントをしても人が集まらないだろうとも。
だが、実際には関内の道路を使った遊びには子どもたちの姿が溢れた。これによって昼間、週末の関内の可能性が顕在化し、そのニーズにどうアプローチするか、地域のまちづくり関係者が考えるようになったという。「空き地、道路を使って遊ぶことから公共空間の活用に繋げていくのは得意技のひとつです」と杉崎氏。遊びは実験であり、変革のきっかけになる可能性を秘めているのである。
同じように空いている場所を使っての活動としては、旭区にある左近山団地の「みんなのにわ」も印象的だ。このプロジェクトが目指したのは団地内の庭を居住者それぞれが使える空間として再生。住環境の向上を目指すことで住民の減少・高齢化、空き家の発生などの問題に抗しようとしたもの。このプロジェクトで設計提案が採用され、左近山団地に関わるようになったランドスケープデザイナーの熊谷玄氏は、団地内の空き店舗を活用してアート拠点「左近山アトリエ131110」を開設。アートフェスティバルなどを開催している。遊休地にアートを持ち込むことで社会問題にアプローチしようというのである。
社会の問題解決という点では、耳が聞こえない人がもっとアートに親しめるようにという活動を行う手話マップへの助成、病室に文化を届けようという俳優たちの活動のオンライン化への支援なども事例として紹介された。アートは課題解決の手段として存在するわけではないが、課題を解決する手助けとして有用なことも多いのだ。
芸術不動産が生み出した数々の拠点
不動産をベースとするメディアとして取り上げたいのは芸術不動産なる、不動産を利用したクリエイターのための拠点づくり。クリエイターが集積することで周囲に影響が及ぶはずとクリエイターの事務所開設への助成、民間の不動産オーナーへの助成などを行ったのである。
その結果、市内中心部に6棟のクリエイターが集まる建物が誕生。さらに助成を受けたうちの1社は助成とは別にクリエイターのための物件を提供するようにもなった。地価の高い横浜で借りやすい条件の不動産が提供されるのは有益と、フォーラム登壇者からは高く評価されており、あんな会社が増えてくれたらという声さえもあった。不動産会社の皆さんにはぜひ、ここまで言われるような活動をしていただきたい。
ちなみに芸術不動産の活動は現在、不動産仲介を直接できる団体にということで2022年4月からヨコハマ芸術不動産推進機構に移行している。
こうした場を使う活動以外にもポスターの説明部分で触れたように、街の景観を形作るものへの支援も大きい。公共空間のみならず、横浜市信用保証協会のイメージキャラクター「ハマ福」や港町ヨコハマを満喫させてくれる水陸両用バス「スカイダック横浜」のデザインなど、民間企業の商品デザインなどにも関与しており、街中で見かける多くのものにACYの支援が及んでいる。人は街で見たものをその街らしさと思うものだが、それを考えるとACYの活動は街のブランディングに大きく寄与しているといえるわけだ。
アートを社会の共有意識に
フォーラムに加え、杉崎氏の話を聞いて感じたのはACYは触媒であり、編集者であるということ。杉崎氏はそれを「畑の土のような仕事」と評する。どんな種が蒔かれるは分からないが、蒔かれたものを枯らさず、どう成長させるかを考え、行動する仕事というわけで、学ぶことも多く、面白いとも。
フォーラムの中であったように、医療や障がい者福祉、孤立といった社会にある問題と深くつながった活動を自分の芸術という人がいるなど、芸術活動やその表現が多様になってきている。蒔かれる種がこれまでの想像を超えたものである可能性も考えると、アーツマネジメントも毎回異なるものにならざるを得ないわけだ。
一方で以前の美術館では展覧会に関する仕事はすべて学芸員と一つの職として行っていたところが、収蔵品管理や記録、資料収集や調査というように細分化されて、中間的な仕事が仕事として成り立つようになってもきているとか。アートに関わる人が増えているということだろう。
前述したようにアーツカウンシル自体も全国で増えており、それによってアート作品、作者と社会がより結びつきやすくなれば、景観や社会課題へのアプローチも変わってくるかもしれない。とすると、地域のアーツカウンシルの動きに注目することは地域とその変化、これからを知ることに繋がるかもしれない。
また、そうした変化によって日本でのアートの意味合いが変わってくることにも期待したい。冒頭でも述べたように、日本でのアートはどこか遠い存在。アートが社会に共有されていない感がある。
コロナ禍で欧米では早々に芸術家への支援が行われ、日本では長らく放置されていた背景にそうした社会の意識があるように思うが、だとすればこれからがそのままでよいわけはない。ACYはもちろん、全国のアーツカウンシル、アートに関わる人たちの活躍を期待したい。
写真提供/ACY(最後の写真を除く)
アーツコミッション・ヨコハマ
https://acy.yafjp.org/
ヨコハマ芸術不動産推進機構
https://yokohama-art-real-estate.jp/
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