日本はいずれ消滅する!?

渋谷区神南ネウボラ子育て支援センター(通称:coしぶや)渋谷区神南ネウボラ子育て支援センター(通称:coしぶや)

先日、アメリカ電気自動車大手「テスラ」のイーロン・マスクCEOのツイートに衝撃が走った。日本の出生率の低さを指して「日本はいずれ存在しなくなるだろう」とつぶやいたからだ。

このマスク氏のコメントは、2021年の日本の総人口が前年よりも、過去最高の64万人が減少したことを受けて警鐘を鳴らした形だ。今後、出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、いずれ日本は消滅するという論旨。至極当然の話だ。

なぜ、日本では出生率が伸び悩むのか? 「失われた30年」と言われるように停滞した経済の問題や未婚化はもちろん、内閣府では、「共働き世帯での仕事と子育てを両立する環境整備の遅れ」や「子育てに対する負担感の増大」などを理由としている。核家族化などで子育て世帯が孤立しがちで、ある意味、日本は安心して子育てができる国ではなくなってきているのだ。

そんな中「渋谷区」では、子育て支援に力を入れ「渋谷区子育てネウボラ」という仕組みを構築。その拠点施設として「coしぶや(こ・しぶや)」を2021年8月に開設した。

フィンランドで評価される子育て支援「ネウボラ」とは?

「ネウボラ」とは日本では聞き慣れない言葉だ。これはフィンランドで導入されている子育て支援システムであり、フィンランド語で「ネウボ」が「相談」、「ラ」が「場所」を意味する。本国では、妊娠期から就学前の子どもと家族を対象に、産前・産後・子育ての切れ目のない支援を行う仕組みとなっている。

渋谷区では、このネウボラの仕組みを取り入れ、妊娠期から18歳になるまで、子どもとその家族に担当保健師が寄り添い、子育てをサポートしていく。

その拠点施設の中に目玉として入ったが「coしぶや」と名付けられた子育て支援センターだ。渋谷駅から徒歩10分の場所に建設された8階建て屋上付きのビルの2階〜3階がcoしぶやとなる。ビルの4階以上には中央保健相談所、子ども発達相談センター、子ども家庭支援センターなど子育てに関する専門機関があり、その入口としての役割を担う。まちの研究所株式会社がこの施設の企画・運営を担い、株式会社良品計画が空間設計・デザインを行った。

coしぶやは1階のエントラスから緩やかにつながる2階にプレイグラウンドとアトリエ、さらにはコミュニティカフェを併設。3階は子育て相談もできる未就学児中心の子育てひろばの空間を用意。保育士はもちろん、助産師やコミュニティを豊かに繋ぎ育むコーディネーターが常駐しており、子どもや子育て家庭に向けて、日々さまざまな企画を準備している。

エントランスから上がった2階には、子どもたちが大喜びの大きな箱型のジャングルジム。室内は木材を多用した落ち着いた空間に。エントランスから上がった2階には、子どもたちが大喜びの大きな箱型のジャングルジム。室内は木材を多用した落ち着いた空間に。

大人がゆったりくつろげる空間

運営を任されているまちの研究所株式会社の岡庭 希氏は「coしぶや」のコンセプトの1つは「分けない」ことにあると説明する。

「通常、市町村が提供する子育て支援の場というのは、区内在住者や未就学児と対象が限られていますが、当施設は区外の方や2階フロアは小学生も使えるなど開かれた場となっています。また、子育て世代以外の方や地域の方も利用していただき、交流が生まれるようにコミュニティカフェは学生の方や地域の方なども自由に利用いただける形態をとっています」

渋谷区子育てネウボラのコンセプトが「出会う、集う、語る、 つながる。地域みんなでこどもを育てる」なのだが、まさにそれを体現する場所なのだ。
「子育ての経験がない人もここで交流をすることで、子育て世代の困りごとや生活を知ったりすることができるのではないかと思います」と岡庭氏はこの施設の役割を願う。

もちろんここでは、子育て世代の利用者も多様な人々を受け入れる。父親の参加や外国籍の方も歓迎だ。コミュニティコーディネーターを務める大和桂子氏は、だからこそ空間自体も「大人が考える“子どもが好きなかわいらしさ”をあえて避けている」という。

「子どもを遊ばせる場所というのは、どうしても子どものためのだけの空間になってしまいがちです。たとえば色を多用したり、かわいらしい動物の絵が描かれていたり。もちろん子どもたちが居心地よく過ごせることが重要ですが、加えてここでは大人でも居心地のよい空間を意識しています。結果、木を多用した落ち着いた空間になっています」

当然、男性の利用者も増えており、「居心地がよくて、訪れやすい」との声も聞かれるそうだ。

coしぶやはエントランスから連続して2階フロアにつながるcoしぶやはエントランスから連続して2階フロアにつながる

既製品に頼らず、子どもの創造性を広げる

そのほかにも、「coしぶや」は空間としてもさまざまな工夫がなされている。1階入り口から2階へは、大階段でゆるやかにつながる。これも「分けない」を感じさせる魅力的なつくりだ。大階段横には本棚があり、階段でゆっくり本を読みくつろぐことができる。本棚の蔵書には子ども向けの書籍のみならず、大人向けの書籍がおかれている。そんな点にも「coしぶや」の多世代交流をコンセプトにしたこだわりが垣間見える。

階段を上り2階に入ると、大きな箱型のジャングルジム、通称「モッキンガム」が存在感を放つ。この日も子どもたちが、階段を上ったり下りたり、いろんなボックスから外を覗いてみたりして遊んでいた。幼児期以降の子どもたちが、身体と頭を使って遊べる空間となっている。

そして、その先にあるのがアトリエスペースだ。ここでは、単なる図工室ではなく、頭よりも先に心と手が動く仕掛けがふんだんに準備されている。本物の土の粘土を遊び道具としたり、松ぼっくりや葉っぱなど自然の素材もたくさんあって、それを工作したり、顕微鏡で観察できたりする。傍らにはライトテーブルが置かれており、光を当てて影を楽しむエリアなども存在する。

アトリエスペースのライトテーブルコーナーは子どもの想像性を育むアトリエスペースのライトテーブルコーナーは子どもの想像性を育む

そして、もうひとつ特徴的なのが「しぶやマテリアル」と呼ばれる廃材を遊び道具としていることだ。

「われわれまちの研究所では、これまでも『まちのこども園』などで、“既製品に頼らずに子どもたちの創造性を広げようと、廃材の活用”などに取り組んできました。ここcoしぶやでも同じく渋谷区内の企業様などから寄付していただいた廃材をマテリアルとして創作活動に利用しています」(岡庭氏)。

寄付されているのは、例えば「ヤマハ」が提供するピアノやクラリネット、ギターなど楽器を形成する木材の一部。自動車メーカー「BOSCH」からは、アルミの端材。カジュアルファッションを展開する「ADASTRIA」では、多種多様な端切れを提供する。このほかにも多くの企業から提供されるマテリアルは、色や形、そして素材感もさまざまで子どもたちの自由な創造性を刺激する。このアトリエには子どもの創造活動を支える専門職員「アトリエリスタ」が常駐するなど、独自の取組みも魅力的だ。

アトリエスペースのライトテーブルコーナーは子どもの想像性を育むアトリエスペースでは「しぶやマテリアル」をつかった創造も。

遊びに来たついでに、相談も

coしぶやの3階は、未就学児を対象とした子育てひろば。木材を多用したおしゃれな空間で、広いスペースに木製の遊具やおもちゃがたくさんある。壁面の収納スペースがおままごと用のキッチンになっているのも面白い。

さらにこの階には、通院、官公庁事務手続きなどで短時間の保育が必要になった際に子どもを預けられる「短期緊急保育室」もある。こちらは渋谷区内在住の未就学児が対象だ。

そのほか、相談室もあり、育児全般・栄養士相談、看護師相談、助産師相談、発達相談など各種相談が可能だ。冒頭で紹介したが、このビルの4階以上には、保健相談所や発達相談センター、家庭支援センターなど専門的な相談窓口があるが、なぜcoしぶやにも相談室が設置されているのだろうか?

「いきなり各種相談窓口に行くのは勇気がいると感じる親御さんもいらっしゃいます。そのため専門家の方に逆に降りてきていただく巡回相談というものをご用意しています。遊びに来たついでにちょっと相談できる。また、専門スタッフだけでなく、我々がお話をうかがって各種相談窓口に連携していく場合もあります」と大和氏は説明する。

本来「ネウボラ」とうのは、一人の保健師が子どもとその家族をサポートし続けるものなのだが、日本ではまだ始まったばかり。うまく間をつなぎ、地域との架け橋になるのがcoしぶや。その役割をここは空間としても見事に具現化している。

「子育て支援の課題はここだけの問題ではありません。coしぶやを実験ケースに、少しでも安心して子育てができる環境、支援が広がっていけたらと考えています」(岡庭氏)。

子育てを難しくしている問題の一つが「孤立」。渋谷区子育てネウボラ、coしぶやが発信するような、「出会う、集う、語る、 つながる。地域みんなでこどもを育てる」が少しでも実現すれば、日本での子育てが今とは変わったものになってくるのではないだろうか。

3階の「子育てひろば」も木のぬくもりと香りに包まれたやわらかな空間3階の「子育てひろば」も木のぬくもりと香りに包まれたやわらかな空間