数々の建築賞受賞。志摩の自然と伝統技術に魅せられた施主
リアス式海岸の美しい里海が広がる三重県志摩市。伊勢志摩国立公園内の森の中に、どこか懐かしさを感じる木の家がある。「志摩の小庭 いかだ丸太の家」だ。
このいかだ丸太の家は、国土交通省の「サステナブル建築物等先導事業(気候風土適応型)」に採択、第40回三重県建築賞住宅部門会長賞受賞、ウッドデザイン賞2021受賞、そしてこの度、第53回中部建築賞住宅部門の入賞も発表されるなど、さまざまな分野で評価されている住宅である。
その評価のポイントは、建物そのもののデザインや快適性、建材の地産地消、気候風土の適応、地域住民のつながりなど、ひとことでは言い表すことができないのだが、もっとも大きな特徴は伝統構法によって建てられていることだろう。
「いかだ丸太の家の天井や壁、三和土を見ていると、一緒につくってくれた人たちの顔がふと浮かんでくる。みんなが作業する姿が思い出されるのも、この家の素晴らしさです」といかだ丸太の家の施主である、志摩の暮らしを楽しむアーティスト竹内千鶴さんは話すいかだ丸太の家の施主である竹内さん夫妻は、豊かな自然に魅せられ、英虞(あご)湾を見下ろす高台に約2,800坪の広大な土地を購入。敷地内には築約80年の古民家と蔵があり、その改修を「東原建築工房」に依頼した。
この古民家は改修後の2018年3月、「旧猪子家住宅」として国の有形文化財として登録されるほど見事な仕上がりに。竹内さんは旧猪子家住宅を利活用し後世に伝えるためにも、管理者である自分たちが作業し寝泊りできる建物を新たに建てることを決めた。それが「いかだ丸太の家」だ。
旧猪子家住宅の主屋と蔵の改修によって伝統構法の素晴らしさを実感した竹内さん夫妻は、新たな建物の建設も東原建築工房に依頼。デザインや構法などは、信頼する東原さんと愛知県北名古屋市のm5_architecte(エムサンク_アーキテクト)一級建築士事務所の六浦基晴さんにほぼお任せだったそうだ。
伝統構法「石場建て」「土壁」「三和土土間」などを採用
「志摩の小庭 いかだ丸太の家」はさまざまな伝統構法を採用し建てられている。そもそも伝統構法とは何なのか。
大地さんは言う。
「何を以って伝統構法というのか難しいですが、その地域の気候風土に育まれた昔から存在する構法が伝統構法といえるのではないでしょうか。例えば石の上に家を建てたり、瓦を土で葺いたり。白川郷などの茅葺屋根も伝統構法でしょう。ただ皆さんがよく耳にする“在来工法”は、言葉こそ昔からあるように聞こえますが、伝統構法とは似て非なるもの。例えばほとんどの在来工法がコンクリートの基礎にプレカットの柱を立て、梁などを金物で結合していきます。現在の木造住宅はほとんどが、この在来工法です」
さらに父・達也さんがこう続ける。
「在来工法にもメリットはたくさんあります。例えば工期は短く済みますし、木材はプレカットのため、職人の高い技術も不要です。逆に組み立てるビルダーとしての技術は必要かもしれませんね。これまで木造だけでなくコンクリートや鉄骨の家なども建ててきました。ただ歳を重ねて改めて伝統木造の良さを感じるようになり、伝統構法に立ち返ることになりました。もちろん昔は当たり前のように伝統構法で家が建てられていましたし、私が駆け出しの頃はまだ土壁を塗ったり三和土土間(たたきどま)を作ったりすることもありましたが、それもだんだんと減ってしまいましたね」
そんな伝統構法を用い、5代目の大地さんが棟梁となって「いかだ丸太の家」は建てられた。
家族や仲間とつくることも「いかだ丸太の家」の素晴らしさ
「よいとまけ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。数年前にNHK紅白歌合戦で美輪明宏さんが『ヨイトマケの唄』という自身のヒット曲を歌い話題となったが、よいとまけとは、重い槌と滑車を使い、大勢で地固めすることをいう。機械のなかった時代は、地域の人が集まりよいとまけをしていたそうだ。
いかだ丸太の家も、家族や仲間、地域の方が集まり「よいとまけ」をした。
いかだ丸太の家は中央が団欒スペースになっているのだが、この部分は伝統構法である「三和土土間」だ。三和土とは、土と石灰とにがりを混ぜたものを塗って固めたもの。同住宅の三和土は、地元の海水でつくったにがりを混ぜているそう。
多くの人の手によって行われたよいとまけや土間・土壁づくり。みんなで力を合わせて行ったからこそ、より愛着の湧く住宅となったことだろう。
真珠のいかだ丸太を活かすレーモンドスタイル
志摩市と言えば真珠や牡蠣の養殖が有名だが、”いかだ丸太”とは養殖いかだで使用する、若くて細い尾鷲ヒノキの丸太だ。いかだ丸太は納屋や小屋などをつくる際に使用することはあるが、住宅で使われることは少ない。
しかし今回、志摩らしさを表現するため真珠のいかだ丸太を使用。”レーモンドスタイル”に学び建てられた。
レーモンドスタイルとは、チェコ出身の建築家アントニン・レーモンドが日本の伝統的木造建築のなかに欧米様式を入れ込んだ独特の美しいディテール。いかだ丸太の家にはレーモンドスタイルの特徴である細丸太やシザーストラス工法などの要素があちこちに見られる。
学校で学ぶ機会の少ない伝統構法を守り継承したい
東原建築工房は今年で創業120年。
「子どもの頃から当たり前のように、家にはスギやヒノキの残材があり、それを使って遊んでいました。大工になりたいと思っていたというより、他の職業になろうと思うことはなかったですね」
祖父や父の背中を見て育った大地さんは、工業高校建築科、そしてものつくり大学へと進学し建築を学んだ。
「実は通常、高校や大学ではほとんど木造建築について習わないのですが、私は学生時代に多くの機会に恵まれました。工業高校時代には、木造歴史建築を実測調査し模型作成。また「高校生ものづくりコンテスト」木材加工部門に選抜され県大会優勝を果たすことができたのも、いい経験でしたね。さらに私が進学したものつくり大学は、木造教育を行っている日本では数少ない大学です。大学時代は長期のインターンシップを経験したり、技能オリンピック埼玉県代表に選抜されたりと、木造建築を学ぶたくさんの機会に恵まれ、私の基礎を作っていただきました」と大地さん。
そして父・達也さんは続ける。
「大工仕事は、現場で親方や先輩の技術を学び習得します。今、建てられている住宅は在来工法が多く、プレカットの木材を使用する家がほとんどですが、昔は職人が「墨付け・手刻み」をしていました。「墨付け」とは面図を見て木材に目印をつけることをいいます。木材の特徴、例えばねじれや曲がり、節の有無など1本1本確認し適材適所の木を選ぶ。これを大工は「木配り」というんですよ。墨付け後は、ノコギリやカンナを使い「手刻み」をします。プレカットは合理的ですが、木の特徴を生かせない。丁寧に木配りをした木材を手刻みし木組みする職人の技により、家を強く長持ちさせることができます。でもこの墨付け手刻みができる職人もどんどん少なくなっていますね。墨付けや手刻み以上に、伝統構法を今現場で学ぶのは難しい。伝統構法を守る云々の前に、伝統継承ができていないのが現状です」
ではどのように伝統構法を習得するのか。
「父よりも上の世代の技術を持った大工さんの元に教えてもらいに行ったり、同じように伝統構法を守りたいと思っている日本全国の工務店さんとコミュニケーションを取って情報交換をしたりしています。伝統構法の家は、今、改めて見直されているんです。建てたいけれど建てる人がいないとならないように、知識と技術を磨きたいですね」と大地さん。
ただ課題も多いという。
「在来工法と伝統構法では、その構造が違います。今、職人の技術継承だけでなく、限界耐力計算などの伝統構法の構造計算や、立体で設計する「木造BIM 」にも取り組んでいます。また確固たる技術があっても、需要がなければその技術を発揮する場所がありません。まずは伝統構法の素晴らしさを多くの人に知ってもらい、伝統構法で家を建てたいと思ってもらわなければなりませんね」と大地さんと達也さんは話してくれた。
今回の取材で、おばあちゃんの知恵袋のような理にかなった伝統構法に触れ、この伝統技術はもちろん、家族や仲間とつくることも失くしてはいけない文化だと感じた。
目をキラキラ輝かせ「いかだ丸太の家」を案内してくれた志摩の若き棟梁は、この先人の知恵と技術を後世に伝えてくれるだろう。この挑戦を心から応援したい。
写真提供:岩咲慈雨、朴の木写真室
公開日:








