「縁起物(えんぎもの)」とは、どういったものなのか

初詣にいった神社や寺院の社務所や寺務所で、干支の置物が売られているのを見かけたことはないだろうか。このようなおめでたい飾りのことを「縁起物(えんぎもの)」と呼ぶ。

「縁起」とは本来、寺社仏閣の由来やいわれを指す言葉で、「縁起物」は、五穀豊穣や商売繁盛、無病息災など、寺社の神仏のおかげをいただくものであった。しかし、社務所や寺務所だけではなく、参道や門前の露店で販売されるものもあり、広義には、良いことが起きるようにとの願いや祈りをこめたもの、すべてを縁起物と呼ぶようになった。

飾り物だけではなく、縁起の意味は広義にとらえられ、正月の鏡餅や福袋、節分の大豆、桃の節句のひな人形や端午の節句のこいのぼり、中秋の名月に飾るススキや大晦日の年越しそばなど、さらに獅子舞などの芸能や、花火なども縁起物と呼ぶ場合も多い。

縁起物の小物たち縁起物の小物たち

定番のお土産にもなった、広島「宮島のしゃもじ」の由来

寺社が深く関わる縁起物の例を見てみよう。
安芸の宮島に鎮座する、厳島神社は、縁起物としてしゃもじが有名である。これは祭神の弁財天が持つ琵琶の形を模したものだ。

寛政年間(1789~1801)ごろ、宮島の光明院で誓信という僧が修行していた。宮島は、島自体がご神体であるため、稲作や畑作などが叶わず、山の木の薪で年貢をおさめていたそうだ。ある夜誓信は、弁財天の夢を見てその琵琶の形の美しい線から杓子(しゃくし)を考え、御山のご神木で作って売ることを島の人々に教えたという。そのご神木でつくられたしゃもじでご飯をよそうと、弁財天の神徳をいただける、というわけだ。
のちにしゃもじはご飯をすくうことから、「敵を召し取る(飯取る)」に通じるということで、必勝祈願や願い事の祈願などにも使われるようになったという。

ちなみに、杓子はのちにしゃもじと呼ばれるが、しゃもじ自体の歴史は古く、弥生時代にさかのぼる。長崎県平戸市にある弥生時代から中世にかけて人が居住した里田原遺跡から、木製のしゃもじが発掘されているのだ。弥生人もしゃもじを使っていたかもしれない。日本人にとってしゃもじは、米と同じくらい馴染みの深いものといえる。

宮島の大しゃもじ宮島の大しゃもじ

福を掻き集める。酉の市の「鷲神社の熊手」

酉の市で有名な、浅草の鷲神社(おおとりじんじゃ、わしじんじゃ)。鷲神社では11月の酉の日に酉の市が開かれ、開運・商売繁昌のお守りの縁起物として熊手(くまで)が授与される。

祭神であるヤマトタケルは、朝廷に逆らう東の蛮族を征伐に来たとき、鷲神社に参拝して戦勝を祈願した。その後、見事勝利したため、帰りにも立ち寄り、社前の松に熊手をかけて祝ったとされる。
現在では熊手といえば、竹でできた掃除用の熊手を思い浮かべるが、鉄で作られたものは敵をひっかけて馬から引きずり降ろしたり、倒したりする武具としても利用された。ヤマトタケルが松にかけたのはこうした熊手だろう。鉄製の熊手は農具としても使われたことから、収穫祭を起源とする説もある。また、熊手には「福徳をかき集める」「福徳をわしづかみにする」願いもこめられているという。

いつから始まったかはわからないが、江戸時代中期の俳人である宝井其角が、「春を待つ 事のはじめや 酉の市」と詠んでいるから、江戸時代中期には、酉の市は冬の風物詩になっていたのだろう。

鷲神社の熊手鷲神社の熊手

福娘が縁起物をつける、大阪「今宮戎神社の笹」

東の酉の市に対して、西では十日えびすが知られる。
正月の10日が「本えびす」、前日の9日を「宵えびす」、次の日の11日は「残り福」と呼ぶ、3日に亘る祭りだ。お多福や小判、米俵といったさまざまな縁起物を集めるのは酉の市と同じだが、熊手ではなく福笹と呼ばれる笹につけてもらう。
なぜ笹なのかは諸説あるが、えびす様の持つ釣り竿に由来するとするのが一般的だ。また、生命力が強く殺菌効果もある、まっすぐに育つ竹は縁起の良い植物とされる。

えびすの総本社である西宮神社の公式サイトによれば、鎌倉時代の古記録に、「十日えびす」の居籠についての記述が残っているようだ。居籠は大祭の前に精進潔斎して家に籠る行事で、10日早朝の開門神事、参拝の一番乗りを競う、いわゆる「福男選び」は、禁忌が明けた氏子が競って参拝した名残りだという。

「福男・福娘選び」は、各地のえびす神社で開かれるが、福娘で特に有名なのは、商売繁盛の神様「えべっさん」として知られる大阪市の今宮戎神社の十日えびすだろう。毎年、福娘が選ばれ、本えびすの日に宝恵籠と呼ばれる駕籠の行列に入ったり、お祭りで参拝者の笹に縁起物をつけたりして奉仕する。
笹につける縁起物の量によって値段が変わるが、前年より減らすと商売も衰退するとされるから、最初の年から金額をはりこんでしまうと後が大変になる。

今宮戎神社で笹に縁起物をつける福娘今宮戎神社で笹に縁起物をつける福娘

浅草のほおずき市で有名な「浅草寺のほおずき」

お寺のゆかりの縁起物といえば、ほおずき市のほおずきもあげられる。

ほおずきは、仏教と縁の深い植物だ。感じでは「鬼灯」とも書き、その赤い提灯のような形から、ご先祖の霊が帰ってくる際の提灯として、今でもお盆では枝付きでお供えする。

ほおずき市で有名なのは浅草の浅草寺だ。浅草寺の本尊は絶対秘仏の聖観世音菩薩で、功徳日でありほおずき市の開かれる7月10日に参詣すれば、4万6千日参詣したと同じ功徳があるとされ、多くの人で賑わう。浅草寺の公式サイトによれば、この日にほおずき市が開かれるようになったのは明和年間(1764~1772)で、芝の愛宕神社で開かれたほおずき市の影響だったという。ほおずきを煎じれば癪や子どものかんの虫を治す薬になると信じられており、4万6千日詣での帰りに買い求める客が多かったという。

浅草寺のほおずき市浅草寺のほおずき市

「豪徳寺の招き猫」「国分尼寺のお守り犬」など

最後に、寺社にお参りせずとも手に入る縁起物をみてみよう。

招き猫は知らない人はいないだろう。
招き猫発祥の地とされる東京世田谷区の豪徳寺の伝承によれば、彦根藩主の井伊直孝が鷹狩りから帰るとき、豪徳寺門前にいた白猫が手招きをするように見えたため、山門に入った途端、天気が急変して雷雨になった。荒天を免れた直孝は豪徳寺に感謝し、菩提寺にしたのだという。招き猫は直孝を招いた猫をモデルにしているのだ。

発祥だという、豪徳寺の「招き猫」発祥だという、豪徳寺の「招き猫」

猫に並んで人気のペットといえば犬だが、犬の張り子は安産の縁起物とされる。
大和の国分尼寺である法華寺では、聖武天皇の正室である光明皇后が犬のお守りを作り、無病息災を祈願して人々に授けられたと伝えられ、今でも昔と変わらない製法でのお守り犬を授与している。

竹かんむりに犬を書くと「笑」に似ていることから、竹ざるをかぶった「笊かぶり犬」も庶民たちに愛され、民芸品として愛でられてきた。
だるまはなかなか倒れないことから「七転び八起き」の縁起物とされる。赤い色も魔除けの意味があるのだ。
音が「福来郎」「不苦労」に通じるふくろうの置物も、人気の縁起物といえる。

新型コロナ感染症の収束がいつになるのかわからず、閉塞感があるからこそ、新年を少しでも良い年にしたいものだ。お正月には、何か縁起物を手に入れてはいかがだろうか。


■参考文献
光村推古書院『縁起物 京の宝づくし』岩上力著 2003年1月発行
亜紀書房『江戸の縁起物』木村/吉隆著 2011年12月発行

発祥だという、豪徳寺の「招き猫」竹ざるをかぶった「笊かぶり犬」

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