黒磯駅前に新しい図書館「みるる」誕生
栃木県那須塩原市は2005年に黒磯市、那須郡西那須野町、塩原町の新設合併により誕生した自治体である。市内には東北本線(宇都宮線)西那須野駅、那須塩原駅、黒磯駅の3駅があり、那須塩原駅周辺では新庁舎建設が計画されている。
一方でかつての中心市街地のなかには活気の失われた地域も出てきている。そのひとつが黒磯駅周辺。車社会の進展で駅から離れた地域での宅地開発やロードサイドの大型店の増加が進み市街地が郊外に拡大。その結果、昼間歩いても人影を見かけることが少ないほどの状況になってしまったのである。
かつての黒磯駅は皇族が那須の御用邸に向かう際の最寄り駅としてお召し列車が発着しており、駅前はおおいに栄えていた。並ぶ商店も規模が大きく、立派な建物が少なくないだけに、それが閉まったままという風景の与えるインパクトは大きい。
那須塩原市が2019年6月に出した「広報なすしおばら」6月5日号によると、黒磯駅周辺地区の人口は直近5年間で323人、約6.8%減少しているとのこと。同期間の市全体での人口減少率が約0.8%であることを考えると、黒磯駅周辺では深刻な人口減少が起きているのである。
当然、住民も行政もこのままではいけないと手を打ち始めた。駅前の事業者は2007年から黒磯駅前活性化委員会を組織、四季を通じたイベントを開催するようになっており、市も2014年から5年計画で黒磯駅前のリノベーションを図ってきた。そこで誕生した施設のうちのひとつが2020年9月にオープン、黒磯駅前でひときわ目を惹く那須塩原市図書館「みるる」(以下みるる)である。
図書館らしからぬ図書館
駅前広場と一体として作られたみるるは従来の、本棚だけが整然と並ぶ一般的な図書館と比べるとかなり異色である。
私は最初、駅から最も遠い南西側のエントランスから入ったのだが、建物1階中央は駅までの、見通しの良い広い通路となっており、内部から外も、外から内部もよく見えるようになっている。蔵書を守るためだろう、閉鎖的な印象のある図書館が多い中にあって見た目からして異なる雰囲気なのである。
1階中央通路の両側にコの字型に並ぶのは本棚というよりたくさんの箱である。普通なら本は棚にぎっちりと詰め込まれるのだろうが、ここでは1冊ずつの表紙がよく見えるように飾られている。
違うのは1階だけではない。2階にあるアクティブラーニングスペースは階段状になった広場のような空間で、椅子に座っても、床に座っても使えるという。館内のあちこちに置かれている椅子が場所によって異なる形(ボール型クッションもあった!)になっているのも目につくところ。館内には1階、2階ともにさまざま場が作られており、その場その場で異なる本の読み方、時間の過ごし方ができるようになっている。
細かい部分は後述するが、近年、駅周辺の中心市街地に賑わいを取り戻そうと図書館を配する例が増えているが、みるるはそのうちでも際立って面白い。館内を歩いてみると図書館とは本を借りるだけの場所ではないこと、空間は使う人によって変化するものであることを意識、将来の変化をも織り込んで作られている場であることを感じさせてくれるのである。
コミュニケーションや交流を促進する場としての図書館
みるるの最初のコンセプトは2014年に行われた地域の人たちによるグループ「えきっぷくろいそ」のワークショップから生まれた。高校生や子育て中のお母さんその他幅広い参加者からはさまざまな「図書館でしたいこと」が集まった。
放課後、勉強を教えあったり、オンライン授業を一緒に見て討論したいという高校生や、本を借りる、読むだけでなく、実際に仕事に結びつく学びの場になってほしいというお母さん。このときに出た多様な要望を一言でまとめると読書という静的な行動だけでなく、行動する、共有する、交流するなどといったアクションにつながる場として図書館が望まれていたということである。
そうした声を踏まえ、みるるを設計したUAo株式会社の伊藤麻理氏がコンペで提案したのは「交流センターのような図書館」。地元の人たちに愛着を持ってもらえる場にするのは当然として、内部に多様な場所を作ることで、それぞれの場で交流や活動が生まれることを意識した図書館である。
交流を意識すると当然ながら、会話は許容されることになる。
「本市ではこの那須塩原市図書館をコミュニケーションや交流を促進する場にしたいと考えており、おしゃべりや飲食、他の人に迷惑をかけない範囲での写真撮影を可能としています。ただし、おしゃべりの声が大きめの方には図書館職員からお声がけをすることがあります」(那須塩原市図書館管理係・田川氏)
専門家、利用者とチームを組んで設計
設計を進めるにあたり、伊藤氏は専門家、地元の人たちとのチームを組んで取組んできた。
「これまでの建築家に求められたのは、与えられた要件の中で条件を満たす建物を作ることでしたが、これからはそれだけでは足りないと感じています。公共建築では建物用途の複合化が進んでおり、まちの問題点、課題を踏まえたビジョンの下に複合化を進める必要がありますが、そうしたビジョンが明確にある自治体は多くはありません。
また、役所内では図書館を建てる部門、図書館を運営する部門はそれぞれ別。本来は運営を見越して建物を考えるべきですが、そこが連携していないこともあり、みるるでは私たちが提案、ビジョンから始まり、運営面も含め、専門家を入れて検討することになりました。
もうひとつ、建物は作ったら使われるというものではなく、作る過程から応援団を作り場所とその場所で行われる活動を支えていってもらう必要があります。そのために地元の若い人たち、アーティストその他さまざまな人たちと協業し、図書館がより広く使われるようにと意識してきました」
その点でひとつ、現状で課題と考えていることがあるという。図書館全体を企画運営する存在が必要だというのだ。
一般に図書館運営に関わるのは司書(及び司書補)と呼ばれる専門職の方々。書籍の選定、分類、貸出から読書に関わるアドバイスその他を行う人たちではあるが、みるるが目指す交流機能を考えると適任といえるだろうか。図書館の機能が拡張している中、本の専門職=司書だけが図書館運営の担い手であってよいのかどうか、考えてみる必要はある。
ちなみに司書はこの十数年で非正規雇用が増加している仕事でもあり、その点も課題のひとつ。長期的、継続的、横断的にモノを考え、計画することを短期雇用の人材に求めることが妥当かどうか。知識の蓄積が必要な仕事でもあり、図書館のあり方を考えるのであれば、司書のあり方も同時に考えるべき点ではないかと思う。
賑わいを可視化する1階
続いて図書館内部を具体的に見ていこう。まずは1階。ここはイベントなどにも対応し、市民が自由に活用・交流できる場。中央の通路はもちろん、全体としても賑わいを可視化できる空間として考えられている。
「賑わいとは人の動き。ここではまちの人がショートカットしようと図書館の中を歩く、その姿が外からも見えるようになっており、賑わいを引き込んで可視化するようになっています」
逆に本は少なく、ブックディレクターの幅允孝さんが選書したものに加え、図書館職員が選んだものなどが飾るように置かれている。壁には置かれた書籍の一文が抜き出してディスプレイされており、興味を惹く仕組みに。
選書のテーマは地元の歴史や名産物、この地在住のアーティスト・奈良美智さんなど、地方図書館の特色が出せるようなものが中心となっている。それ以外には新聞、情報誌なども置かれている。2階の蔵書が長く読み継がれる書籍などを中心にしていることに対し、1階はローカル、リアルタイムがキーワードになっているのだ。
一般的な本棚ではなく、箱になっているのには伊藤氏の思いがある。
「1階には3,000個の箱を用意してあります。現在は表紙が見えるような、すかすかな状態になっていますが、将来、書籍のデジタル化が進めばもっとスペースが空くかもしれません。そうしたら、ここをどうする? という余白をあえて作りました。小さなひと箱なら小中学生でも自分の好きなモノを展示するために使えますし、アートイベントに活用することも。子どもたちがここを貸してくださいと言ってきたら面白い、そんなことを考えています」と伊藤氏。
ただし、ここでも運営がネックになっている。司書の仕事は定められた分類に従って書籍を並べることであり、それをランダムな場所に持っていかれては管理ができない、探せなくなってしまうから困ると言われるのだ。
「アドレスを持たせたQRコードを書籍に添付すれば本の位置が分からなくなる問題は解消します。ただ、多くの人は過去の仕組みで新しい問題に対処しようとするので、それはできないということに。今後の課題でしょうね」とも。
小さな子どもから中高生まで、子どもの居場所多数
1階には子ども用の2つのコーナーも作られている。ひとつはゼロ歳から6歳、もうひとつは6歳から13歳のための場で、いずれも隠れ家的な、自分のテリトリーとして感じられる閉じた感じの場所。隅っこに入りこみたがる子どもからするとわくわくするような空間である。これはお母さんたちから子どもの居場所、連れて行く場所がないという声を受けてのもので、小さな子ども用の空間には大人は入れないようなトンネルも作られていた。本の中に入り込めるよう、本棚の中にベンチが作られてもおり、こんなところで本の世界に浸れたら本好きの子どもが増えそうである。
1階にはそれ以外にギャラリー、カフェ、ホールやラウンジが用意されている。駅前という立地もあって地元の人以外にも観光客の利用も多いそうだが、分かるなあ!である。
開放的な1階に比べると2階は落ち着いた雰囲気の、1階よりは図書館らしい空間である。建物の、駅に近い3分の1ほどは貸出等を行うカウンター、ブラウジングコーナーを中心にやはり棚の中身が見えるような形で書棚が広がっており、ところどころに座る場所も。ここは中央から外に向かってより集中できるように家具も含めて設計されている。
「中央は賑やかに話をしながら読んだりもできるように、ベンチなど複数人でも利用できるものを用意しています。窓辺に行くほどにより静かに集中できるよう、一人用の、周囲からは見えにくいソファを置きました」
椅子だけでなく、本の置き方も背表紙ではなく、表紙が見えるようになっており、眺めているとあれもこれも手を出したくなる。普段は本を読まない人でも刺激される図書館なのだ。
2階の大きな特徴は奥の3分の1ほどを占めるアクティブラーニングスペースと、その周囲の、主に中高生などの学習に使えるスペースだ。まず、中心にあるアクティブラーニングスペースは前述したようにオープンな階段状の広場である。
「普通の図書館だと専用の部屋を作り、その中でやりなさいとなるでしょう。ただ、そうなると大人は入りにくくなってしまう。子どもたちが悪さをしても見えにくくもなってしまう。そこでオープンにして、好きなことができるようにして、でも見える場所、多世代が交わる場所にと考えました。宿題をしているなら声をかけて教える人がいる、縁側のような場所、それが意図したところです」
一方で静かに集中したい人にはサイレントラーニングルームを用意した。ガラスのドアの中をのぞくと中央に緑が置かれたテーブルがあり、緊張した雰囲気が漂っていた。といっても各人がブースの中に閉じこもっているわけではなく、視覚的にはつながってもおり、切れているのは音だけである。
2階にはこれ以外にもグループ学習室、学習ブースが用意されており、誰かと一緒に勉強することも可能。その人のやり方にあった場所を選んで学べる、そんな形になっているのだ。
どこにいても気持ちの良い空間
みるるで中高生の学びの場が特徴的だと思うのは、ヨソのまち、図書館にはこうした場所が少ないからだ。
「中高生は学校が終わった後、コンビニ、ファミレス程度しか行く場所がありません。一般の図書館でも小さな子どもには絵本、年配の人たちには新聞その他が用意されており、居場所があるのに中高生に対して配慮がない。そこで図書館に居場所を作ってと要望されたのです」
居場所がないと思い続けて中高の6年間を過ごした子どもと、図書館に居場所を見つけ、そこで学校の先生、親以外と交流のあった子ども。長い目でその子と地域の関わりを考えると、後者のほうが子どもにも地域にも幸せだろうと思う。
最後に、建物全体の自然を感じる佇まいについても触れておきたい。建物全体が那須の森に見立てられており、館内は木を多用、サイレントラーニングスペースのように緑が配された(残念ながらリアルではないそうだが)場所も。コーナーの名まえもえほんのもり、森のポケットなどとされており、これまで無味乾燥な白い箱が多かった図書館、勉強室とは異なる雰囲気。緑、自然があったほうが集中できるそうだが、なるほどである。
入ってくる陽光も柔らかく、自然。トップライトからの光はこもれびのようであり、建物横からの光は高さで重なり具合の違うカーテンで場所によって異なる様相を見せる。
「カーテンはひだのあるスカートのように一枚の布を折り畳んだ三層構造になっており、上のほうは三重、二重、一番下は一重になっています。上階の布が重なっている部分には透過性がないので、本を読むときに横からの光が遮られますが、下のほうは光が入ってくる。場所によって光の量が異なるように設計しました」
多様な専門家が関わったプロジェクトらしく、カーテンはファッションデザイナーの発想で作ってもらったものとか。いろいろな人が関わることで面白いものができるという見本のような場でもあり、那須塩原市の人たちはこんな図書館を利用できて幸せだなあと思う。
那須塩原市図書館みるる
UAo株式会社 https://www.u-a-o.jp/
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