森の担い手を育成する「INA VALLEY FOREST COLLEGE」
長野県伊那市は、森林面積が市の8割を超えるという。その森林を資源として有効活用していく取組みが行われている。2016(平成28)年には、50年かけて市民と共に価値を高めていくことを図る「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」を策定。市民生活と共生し、市民が活用できる森林づくり、森林資源・人材資源を育て、利用するといった循環社会などの実践が掲げられている。
そんななか、森に関わる担い手育成を目標としたプログラム「INA VALLEY FOREST COLLEGE(伊那谷フォレストカレッジ)」が2020年秋にスタートした。プログラムを企画・運営するのは、伊那市内で「森をつくる暮らしをつくる」を企業理念に、農林業、地域の木を使った製品を作る木工業などを手がける株式会社やまとわ。
日本各地で森に関わる仕事をする人や、地元で活躍する人などを講師として迎え、ワークショップ、レクチャー、トークセッションなど実践型カリキュラムを作成。森に新しい価値を生み出し、“森に関わる100の仕事をつくる”ことを目指す。
初年度は残念ながら新型コロナウイルスの影響でオンラインでの開催となったが、当初40人の予定だった定員が、200人を超える申込みがあり、定員枠を50人に増加。選考に漏れた人も“オブザーバー”として講座のアーカイブを送るなどし、情報共有している。
受講生は主に20代~40代。やまとわの榎本浩実さんによると、「森と暮らしが近い未来をつくりたい、森と私たちの関わり方について多角的な角度で見つめ直しながら今後の自分の活動に生かしていきたいといった思いのもと、ご参加くださっている方が多いです」とのことだ。
2020年12月から2021年2月にかけて、「森とものづくり」「森とまちづくり」といったテーマで全6カリキュラムが行われた。今回、「森と建築」のカリキュラムを拝見することができたので、リポートする。
木材に関わる仕事をする講師陣
今回のカリキュラム「森と建築」は、「地域の木を地域の建築に使うためにどんなことを考えていくことが必要か」ということを考えることがテーマ。3名の講師のクロストークや受講者からの質問に回答していったが、まずは最初に自己紹介を兼ねてお話された、森と建築に関わるそれぞれの活動をまとめたい。
建築士の倉田政人さんは、伊那市生まれ。高校の林業科、大学の林学科で学び、地元の建設会社で働いた後、2006(平成18)年に建築士事務所ヴェクトルを開業した。主に木造住宅の設計・工事監理をしているが、地元の里山の現状を知る勉強会を通して地域材の地産地消の大切さに気付き、仕事で地域材の活用を提案するように。「住まうことは『この場所に暮らすこと』」を信条に、伊那谷らしさ、信州らしさを生かした建築の設計に取り組んでいる。ご両親の家を建てた際には、当時は地域材が特に構造材としての流通がなく、1棟分を用意するのは困難だったため、今回同じく講師を務めた林業士の金井渓一郎さんと製材所に相談。木の伐採から乾燥までに約1年半、それから木材の加工・建築・完工までに約1年の歳月がかかったそうだ。また、普段の暮らしの中で木との関わりを深めるため、ご両親の家やご自身の事務所では、暖房や給湯の熱源を、薪を燃料にするウッドボイラーで自給している。
倉田さんのお話にも登場した金井渓一郎さんは、林業士、いわゆる“木こり”。20代のころにアルバイトをしながらインド、ネパールなどを放浪し、人々の暮らしや風景の美しさに心を打たれたという。日本の風景も振り返ると、昔ながらの建物が減り、現代的な建物が増えており、地域に根付いた建築を考えることも必要だと、2011年に伊那市に帰郷して林業を始めた。仕事は、森林所有者から山をどんなふうにするかの依頼を受けて整備をし、そこで切った木を売ることもする。「いい山づくりもするし、切った木をなるべく高く売るということも腕の見せ所だと思っています」と金井さん。ほか、地元の人へのチェーンソー講習も行う。
大庭拓也さんは、北九州生まれで、現在は東京在住。建築士として株式会社日建設計で活躍しているなかで、建物を造ることは少なからず何かを破壊している行為でもあると思い、資源の元となる山などにもいい影響を及ぼすべきと、「Nikken Wood Lab(ニッケンウッドラボ)」という社内プロジェクトチームを立ちあげ、都市・建築の木質化の研究および実践の活動をしている。随所に木材を使用した中・大規模の木造建築を手がける一方、木材とクランプ、キャスターで誰もが簡単に組み立て・解体・移設でき、必要なときにスペースをつくりだせる「つな木」という木質ユニットの開発を行っている。
木の建築の良さを経験談から解説
最初のクロストークは「木の建築のいいところ」について。
主に住宅を手がける建築士の倉田さんは「鉄骨、コンクリート造とあるなかで、木に限っては循環するものとして考えられるというところ。住宅で取り入れるというのは、人が生活する建物、空間として、無垢材であればよりいいと思いますが、肌が接触する部分に木材が使われるというのは、身体にとってもいいことだと思います」と語った。
一方、木造でも中規模から大規模な建物を手がける大庭さんは、担当する国際大会競技施設を例に話を。「例えば外装ですと、木には断熱性能や遮音性能がありますので、そのためだけに断熱材などを使うのではなく、木を見せながらその機能を担保できるというのが一つ。そして、大きなアーチ状の屋根にも木を使っていますが、木はすごく軽くて、圧縮力に強いので、アーチ状の架構に使うとすごく合理的に構造が組めるんです。このような機能的なことのほかに、木は付けたり、外したり、追加したり、改修もしやすいもの。僕の実家も何度もリノベーションしています」
また、金井さんは江戸末期ごろに建てられたといわれる古民家をリノベーションし、実際に住んでいる感想を。「肌触りがあったかいです。あと、住宅を改修したときに思ったのが、回収した材料がゴミにならず活用できるんです。土に還ることもできるし、環境に負荷がかからないのが木の良さではないかなと思います」
木造住宅の希望は増えている?
木の家のよさについてのトークのあと、金井さんから建築士である倉田さんと大庭さんに質問が。「今、家を買う方は、木造住宅を選ばれるのか、コンクリート造か、どういう意向ですか?」
「自分がお手伝いさせてもらうなかでは、ほぼ木造の方が多いです」と倉田さん。「構造での比較になりますが、坪単価上の構造材が占める割合からすると、金額的に一番安価なのが木造です」ということも理由にあるようだ。
実際に長野県のホームページの資料で倉田さんが調べたところ、令和元年度では木造が増加。全国と比較してみても長野は多いそうだが、使われている木材は地域材に限られたものではなく、残念ながら倉田さんが受ける注文も、地域材で、という希望はないそうだ。
なお、大庭さんによると「中規模・大規模建築では、木造を選択すると金額が高くなってしまう」とのこと。しかし、「10年前に僕が入社したころは木造はほとんどなかったのですが、行政が動いてくれて、木材利用促進法をはじめ、公共施設などで木を使いなさいというような条例も出ています。あと、最近ではSDGsや、政府からカーボンニュートラル(脱炭素社会)の話が出たりして、大きくそれに貢献できるのは大規模な木造だね、となりつつあるので、問合せ案件は増えてきています」と語った。
地域の木を地域で使うことで建物の独自性も
最後に「地域の木を地域で使うことの森側のメリット」をご紹介したい。木こりの金井さんがお話された。
「木を建築のために使うのは山から木を切らなければいけないので、はげ山になってしまうわけです。1961(昭和36)年に伊那で大雨が降り、各地で土砂崩れがおきました。その時の山は、はげ山なんです。この時代は高度経済成長期で、住宅を建てるということで全国各地の山から木が切り出されました。それにプラスして燃料でも使われていたのです。
ですから、森を守るためには木は使わないほうがいい…と思うのですが、水害が起きて人が住まなくなり、人が山から離れていった。現代はどうかというと、今度は木が使われなさすぎて、せっかく使うために植えられた木が寿命を迎えはじめているんです。もったいないですね。
人工林の森に限りますけれど、植えたら育てて収穫する時期があるわけです。いま、昭和30年代に植えられた全国の山の木が収穫時期を迎えています。収穫されずに木が倒れてしまう山も出始めています。暮らしの周りにそういった山があれば、自分たちにも危険が及んでしまいます。植えたら使う、ただ、使いすぎない。使いすぎないけれども、放置しすぎない、というバランスのとれた木の使い方が大事だなと思います」
現状、1年間に建築などで使われる量の木材が日本の山々にはあるそうだ。国内自給率は高まっているものの、これまで通りに輸入に頼っているのが現実。
ただ、国内木材の需要が高まったときの問題点が「林業従業者が足りない」と金井さん。そして、需要と供給のバランスとともに「森ごとのバランスをみないと」とも語る。あるところだけがみんな伐採されてしまうと、先のように暮らしに危険が及ぶことになる。金井さんのように森を整備する役割をもつ木こりの増加が望まれる。
建築で地域材を使うことには、まだまだ課題がある。倉田さんがご両親の家を建てたとき、地元のものではない木材であれば2週間ほどでそろうような状況だったが、地域材だと流通がほぼなく、長い年月がかかった。「木が使われなくなり、すぐに使えるような状態の木がないというのも、流通に響いていると思います」と倉田さん。
近場で使うことで環境負荷が低くなる“ウッドマイレージ”という指標もある。また、金井さんからは「伊那にしかない木があり、受講者のみなさんがそれぞれ住んでいるところにしかない木もあります。そういう木を使うことは、例えば伊那に多いカラマツだと赤っぽい色が出たり、アカマツであれば曲がったような梁になったり、それぞれのよいところが建物の独自性を出すのではないでしょうか」と語った。
2021年度は夏~秋に開催予定
今回は1講座のみ見させていただいたが、講師陣の話はあらためて気づくことも多く、勉強になった。またカリキュラム前に行われた講師と受講者のグループディスカッションでは、地域の木を地域あるいは都市で使ってもらうには、というテーマでさまざまなアイデアが繰り出されていて、とても興味深いものだった。受講者のみなさんは伊那市以外にも全国各地から参加していらっしゃるので、それぞれの地域の森林の保全と活用の可能性が考えられていることに大きな希望を感じた。
INA VALLEY FOREST COLLEGEは、2021年度は夏~秋に開催が予定されている。「可能であれば現地での講座も織り交ぜた形で、“森に関わる100の仕事をつくる”を目指していきたいと考えています」と榎本さん。
2020年度のノウハウを活かしながら2021年度のカリキュラムが組まれていくとのことなので、期待したい。そして、1人でも多くの方に参加いただけたらと思う。
INA VALLEY FOREST COLLEGE https://forestcollege.net/
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