モバイルハウスが住宅の概念を変える
大阪のミナミ、新型コロナウイルス感染症が拡大する以前までインバウンド景気に沸いた繁華街の中心に程近い一角に、ホテルはある。
間口の狭い小さな土地に、スクエアな黒い外観の建物があった。一見してホテルとは思えないこの建物が、9(ナイン)株式会社が運営するホテル「GALLERY HOTEL DISTORTION 9」だ。同社代表取締役の久田一男さんに話を聞いた。「建物の躯体は建築用のコンテナそのものです。それをユニットとして組み立てて内装を施し、建築物として利用しています」(久田さん:以下、同)
9株式会社は、ホテルだけではなく住宅としてもコンテナを利用した建物を企画、設計、建築し、このホテルのように事業として運営までも手がける。コロナ禍の今、移動の自由を手に入れた住居の新しい形として、久田さんはコンテナハウスを提案する。ホテルや住宅の躯体としてコンテナを利用するそのメリットとは。加えて、この住宅の形を利用した街づくりの夢まで、語っていただいた。
車両? 建築物? 移動の自由を手に入れた住宅
ミナミの繁華街に近い絶好の立地にあるのが、ホテル「GALLERY HOTEL DISTORTION 9」。しかし、土地は狭く間口も広くない。従来の工法で建築物を建てることを考えると適した土地とはいえない。
「当初土地所有者は大きな土地を取得するまでの暫定的な土地利用を考えていました。そのため、将来、移動し再利用もできる建物の形として、提案しました」(同)
現状は、ワンフロアに44m2の部屋が1室。それが2フロアある。各部屋には提携するアートセンター&福祉施設「やまなみ工房」のアート作品が展⽰してあり、室内はギャラリーのように滞在者の⽬を楽しませてくれて いる。まさに「GALLERY HOTEL」の名前にふさわしいインテリアだ。建物の躯体となっているのは、建築用のコンテナ、つまり車輪があればトレーラーとなる鉄の箱だ。外観は、リブのある鉄の板そのものと言ってもいい。しかし一歩中に入ると、印象は一変する。
「一見確かに鉄の外壁ですが、利用されるお客さまは驚かれます。内装はもちろんコンクリートの建物と変わりありません。耐候性や居住性も十分確保していますし、内装まで工場で仕上げて現場に運び基礎の上に設置し、あとは上下水道などのインフラを接続するだけで建物は完成します」(同)
当然、建築確認申請など法的にも適合した建築物として、ホテルは建てられている。
「車輪が付いていなければ、もちろん建築物として確認申請は必要ですが、車輪が付いたままのトレーラーの形なら、車両として扱われ、確認申請は不要です。ですからその時の土地の利用形態や、将来計画に従って、建築物かトレーラーか自由に選択し、同じ内装の空間を利用できるというのが大きなメリットと言えます」(同)
土地に縛られないアフターコロナの時代の暮らし方
住宅や不動産の資産価値は立地に依存してきたといってもいい。土地の値段が、住宅価格においては大きなウエイトを占めてきた。しかし、土地の上に建てた建築物は簡単には移動できない。一度住居を建てれば、その土地に縛られて暮らさなければならないというわけだ。
ところが今、便利な都心や、人気のある土地に集中して住むというリスクが、クローズアップされてきている。
近年、風水害に見舞われることの多い日本を考えると、物理的にその土地が利用できないといった状況が、突然にやってくるかもしれない。生活を彩った空間そのものを、その時々の事情や、あるいは趣向や気分でもいい、利用したい土地に運んで暮らしを継続できるとしたら、どうだろう。このような、生活空間そのものを移動させて住み続けるという選択肢を可能にするのが、「モバイルハウス」という考え方だ。
モバイルハウスといえば、キャンピングカーを思い浮かべるが、同社のコンテナは、キャンピングカーのように車両の荷台部分に架装された居室のイメージとは明らかに異なる。久田さんが手がけるのは、躯体が建築用のコンテナである点を除けば、通常の建築物と同様の居住性が保たれる。40フィート(約12m)の建築用コンテナをモジュールとして利用する、いわば進化したモバイルハウスともいえる。基礎を作り、確認申請を行えば、通常の建築物としても使える。内装の変更や増改築も可能だ。
車輪を付けた状態でのトレーラーハウスとしての利用を考えれば、移動はもっとたやすい。夏になれば海の近くに、寒くなれば温暖な土地に、というように暮らしの環境を変えて、自然とともに生活のシーンを考えることも可能かもしれない。
商品化を計画
9株式会社では、このモバイルハウスの商品化を計画している。
車両スタイルか建築物か、それは土地の利用形態に合わせて選択できるという。40フィート(約12m)のコンテナをモジュールとして、内装を工場で施工し販売するという。
もちろんモバイルハウスといっても、上物の住宅だけでは成り立たない。上下水道を接続し、一定期間モバイルハウスを設置できる土地が必要であるのは言うまでもない。間口がおおよそ3m確保できる10坪(約33m2)程度の土地であれば、設置というか建設できるという。
リモートワークや、ワーケーションにより働き方の概念が変わろうとしている今、住居のロケーションの可能性は大きく広がっていくだろう。2030年には、日本中の家屋に占める空き家の割合が30%を超えるという予測もある。地方では、市場価値のない土地、つまり値段のつかない不動産物件も数多くある。そのような土地でも、モバイルハウスであれば活用のハードルは下がるだろう。
商品化への展望を聞いた。
「コロナの影響もあり住宅着工戸数は2030年には60万戸というレベルになるだろうと言われています。既存の住宅に飽き足らない層が、1%としても、6000戸のマーケットがあります」(同)
ハウスメーカーの既成の建物や、土地に縛られる従来の住宅とは違う暮らしを望む層へのアピールによって、モバイルハウスの市場性に手ごたえを感じている。
トレーラーハウスを利用した街づくり・地方再生も
久田一男さん。滋賀県永源寺、農家の⻑男として⽣まれる。 モード学園卒業。コムデギャルソンに憧れ、ファッションを仕事とするが、才能のかけらも ないことに気づき挫折。建築デザイナーに転向するため⼤⼯となる。2000年に1年をか けて⾃宅マンションをDIY。 その後400件以上のリノベーションプロジェクトに関わる。2011年に9(ナイン)株式会社設⽴。2020年 完成度90%で販売される「未完成住宅」の販売サービス開始。「がっちりマンデー」にて特集される。2021年3月まちづくりサロン「ReHOPE」大阪靭公園店をオープン、全国に展開予定(9株式会社HPより)久田さんは、モバイルハウスを利用した都市や街の再生も目指しているという。
「鉄筋コンクリートのひとつの建物の中に、宿泊やグルメやアミューズメントをまとめたのが、今までのリゾートの考え方としたら、コンテナホテルを中心に街全体の施設を利用する分散型ホテルという考え方です。既存の施設や資源を利用し、中心に宿泊施設として、コンテナホテルがあるイメージです」(同)
「日本にはまだまだ自然に恵まれた魅力ある土地が多くあります。クラウドファンディングで、一般からの資金調達によって分散型ホテルによる地方再生へとつなげていきたいです」(同)
同社では、自治体の遊休地を利用したキャンピングホテルの設計も進めている。テレビでも取り上げられたこのプロジェクトでは、海に面した公園にトレーラーハウス20台を並べ、ジェットバスが付いたテラスでバーベキューも楽しめるといったキャンプホテルだ。
「街を一緒に創ろう!」が同社のビジョンだ。最後に久田さんは語ってくれた。
「過疎化していく街を再生する手法としてトレーラーハウスがあります。魅力ある土地に魅力ある宿泊施設をつくり、人に来てもらう。まずそこから始めその先に定住があります。コロナ以降、東京一極集中が変わっていく。地方には地方のいいところがいっぱいある。若い人が注目するような住宅の新しい形、新しい暮らしのムーブメントを創っていきたいですね」(同)
土地資産が、経済成長の大きな原動力となってきた日本。だが今や空き家が増え、地方では過疎化が進み、土地神話も崩れ去ろうとしている。そんな中、土地に縛られず土地から離れて、より自由に暮らしを描くためのモバイルハウス。
久田さんのお話をお伺いして、改めて住宅は暮らしの道具だと、教えてくれているように感じた。
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