全面歩道化へ。道路はもう車のものではない

難波西口交差点付近の御堂筋。全車線が南行き一方通行の道路は、横一列で一斉に自動車が向かってくる難波西口交差点付近の御堂筋。全車線が南行き一方通行の道路は、横一列で一斉に自動車が向かってくる

御堂筋は大阪市内を南北に貫くメインストリートだ。幅員40m超、側道2車線、本線4車線の南行き一方通行の道路は、都市計画の象徴として大阪の経済成長を支えた。2021年の今、その御堂筋を中心とした大阪市は変貌しようとしている。かつて御堂筋とその周辺地域では、平日はオフィスに人が集まり、休日になると百貨店やブランドショップに人が集まって経済都市を支えた。翻って人々の生活のベースとなる住宅は郊外が中心となり、大阪市の夜間人口は経済成長期には減少していたが、2005年を境に増加に転じる。中央区、西区などでは多くのマンションが建設され、人口も増加に転じた。

産業や経済の中心から、生活の場へと変わろうとしつつある大阪市域。大阪市は御堂筋の完成100周年にあたる2037年に淀屋橋から南海難波駅までの約3kmにわたって完全歩道化を目指す構想を打ち立てた。その目標に向けて、まずは2025年までに側道の歩行者空間への転換を目指す。その先の長期目標として、ITや環境の先端技術を駆使した「スマートシティ」の考え方に基づき、完全歩道化を目指すというものだ。この構想に、民間の側から参画しようとするのが、御堂筋の「道路協力団体」となったミナミ御堂筋の会だ。事務局の中塚一氏に話を聞いた。
「コロナ後、世界的に都市計画は見直しの機運です。車の通行を主体に考えられてきた道路行政が、人や自転車の往来を中心に考えを改め始めています」(中塚一氏:以下同)

ミナミ御堂筋の会が目指す御堂筋を中心とした、街づくりとは。官民連携による道路行政のありかたとは。

ミナミ御堂筋の会とは

ミナミ御堂筋の会のメンバー。右から2人目が中塚氏ミナミ御堂筋の会のメンバー。右から2人目が中塚氏

2020年11月、ミナミ御堂筋の会は御堂筋の道路管理者である大阪市から「道路協力団体」の指定を受けた。道路協力団体とは、道路管理者と道路を利用し活用する民間団体が連携し、地域の実情に応じた道路管理を実現するとともに、民間主体による道路を中心とした街づくり活動を促進するために、2016年に創設された制度だ。指定された団体は道路上での収益活動もでき、得られた収益は道路管理に還元することも可能となっている。大阪市が募集した道路協力団体には、3つの団体が指定され、ミナミ御堂筋の会は、御堂筋周防町交差点から、難波西口交差点までの間が指定区間とされている。

ミナミ御堂筋の会は、2014年に御堂筋のイルミネーションをミナミへ延ばそうと検討されている中、沿線の地権者が集まり、地元地権者の意見を集約することで、御堂筋を中心とした街づくりに活かしていくことを目的に設立された。
「昨年末には『御堂筋チャレンジ2020』という社会実験イベントも行いました。閉鎖された側道空間を利用し、車ではなく歩行者が利用できる道路空間のモデルを模索しようとするイベントで、ウィズコロナ時代を見据えて、公共空間を中心に安全性と快適性を両立したエリア回遊の創出を目指したものです」(同)
残念ながら、コロナ禍の影響により集客を目的としたイベントは縮小せざるを得なくなったが、今後も民間の力を結集し道路管理者との連携を図り、大阪のメインストリートの活性化へ向けて活動を継続していく予定だ。

ミナミ御堂筋の会のメンバー。右から2人目が中塚氏「御堂筋チャレンジ2020」のイメージパース。コロナ禍の影響でオープンカフェの設置は中止となった
ミナミ御堂筋の会のメンバー。右から2人目が中塚氏「御堂筋チャレンジ2020」のイメージパース。側道を閉鎖し、歩道化に向けた検証を行う

変わる大阪市域。経済中心から暮らし中心へ

かつて都市計画の中心であった道路計画。その主役は人とモノの移動を担う車であった。昭和の時代に計画され未だに実現していない都市計画道路の多くが、その意義を失い都市計画図面上だけの幻となって放置されているのが現状だ。道路の担うべき役割は変わってきていると中塚氏は語る。
「コロナを背景に都市計画そのものが変わっていくと思います。パリをはじめ世界の主要都市では「15分都市」をビジョンとして、コロナの時代を見据え、自転車や歩行者のための道路計画へと舵を切っています」(同)
「モノや人を通す動脈としてだけの道路から、生活の回遊拠点としての公共空間へ、道路を利用する主役は変わってきています」(同)
大阪市域では夜間人口の増加にともなって、スーパーなどの生活施設が増えてきている。稼ぐ都市から暮らす都市へと変わりつつあるといってもいい。
「働く、暮らす、遊ぶ。それが徒歩や自転車で15分圏内で完結する。新しい都市の形として、それが理想だと考えます。その中心に御堂筋の公共空間を考えたい」(同)

ミナミ御堂筋の会が街づくりに参画するミナミ地域は、近年、インバウンド景気で盛り上がっていた。アジアからの観光客はミナミを目指し、国際的な観光地としての地位を確立していた。同時に不動産需要も高まりを見せ、地価は上昇し続け、ビジネス需要が中心であったキタをも上回ったとも言われている。では、コロナ禍の今、期待できない観光需要に対して、どのような街づくりを行っていけばいいのか。
「御堂筋という公共空間を中心に、買い物も飲食店もホテルも、商店街もあって、24時間の暮らしが完結できる街が理想です。そうすれば、そこで暮らしが生まれ人も集まり、新しい産業や都市文化が創造されます。生活者が主役の街づくりを進めたい。中心にあるのは御堂筋という空間。世界に誇れるストリート文化を大阪からという発想です」(同)

市民参加の道路行政、街づくりへ

大阪市の第7代市長を務めた関一(せきはじめ)が市の中心部に幅員40mを超える道路を計画したとき、街の真ん中に飛行機の滑走路でも作るのか、という反対の声が巻き起こったという。大正末期の時代の話である。都市計画の専門家でもあった関市長が批判にも屈せず行った数々の都市政策によって、大阪は一時東京の人口を抜くほど栄え、世界の名だたる都市へと発展した。幅員が40mを超えしかも南行き一方通行の御堂筋は、日本の道路としては他に類を見ない。御堂筋は先見的な発想で、経済発展を支えた都市計画の成功例と言える。では、道路行政、街づくりは今後どのように変わっていくのか。変わらなければいけないのか。法律により、道路協力団体は道路空間を利用して収益事業も行える。オープンカフェを営業したり、植栽を植え歩行者にくつろぎのスペースとして場を提供することも可能だ。これらの事業で得られた収益は、清掃や補修といった管理費用に充てることができる。今、どこの自治体も公共投資に充てることのできる資金は限られている。そこで、官が民間のアイデアと資金をうまく活用できれば、都市の公共資本の維持、活用はしやすくなっていくかもしれない。

ミナミ御堂筋の会のビジョンは明確だ。地権者である会員が御堂筋を自分たちの街の大切な資源と考え、街づくりの中心として、将来の在り方を模索、提言、啓蒙している。大阪市は民間の資産家の寄贈によって公共施設が建築されたり、民間の活力で発展してきた歴史がある。そして、御堂筋に象徴されるように先の時代を読み、先進的な都市計画で街づくりを進めてきた。幅員が40mを超えるメインストリートから車を締め出す御堂筋歩道化計画は、まさに大阪でしかできない大胆ともいえる都市政策かもしれない。加えて政策実現の手段としても行政が単独で進めるのではなく、民間の力を利用し、道路や将来の都市の在り方を考えようとしている。コロナ後の日本、ひとびとの暮らしを中心に考えた都市政策を実現するために今必要なのは、かつて大阪の発展を支えた「市民力」なのかもしれない。

社会実験実施中の御堂筋の様子。今回の「御堂筋チャレンジ2020」は、コロナ禍の影響で限定的な実施にとどまったが、歩行者中心の御堂筋に向けた取組みは着実に進んでいる社会実験実施中の御堂筋の様子。今回の「御堂筋チャレンジ2020」は、コロナ禍の影響で限定的な実施にとどまったが、歩行者中心の御堂筋に向けた取組みは着実に進んでいる

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