日本の農業・農村は「食」を支えるだけではない

美しい風景を形成する田園。その役割は食物を生産するだけではない美しい風景を形成する田園。その役割は食物を生産するだけではない

2019年9月に関東に上陸した過去最強クラスの台風15号、同年10月に東日本を中心に記録的な雨量をもたらした台風19号。これらの爪痕がいまだ残る中、2020年7月は約1ヶ月にもわたって日本各地で集中豪雨による被害が発生した。従来の日本の治水はダムや堤防の建設を中心に考えられてきたが、これだけでは昨今の気候変動には対応できなくなっている。

これらを背景に国は「農業・農村の多面的機能」の活用を推進している。日本の農業・農村は「食」を支えるだけではない。その多面的機能と国の動きを考えてみよう。

洪水を軽減する田んぼダムへの取り組み

田んぼやきちんと耕作された畑には、雨水を一時的にためておく機能がある。あぜに囲まれた田は大雨のときに雨水をため、その後ゆっくりと川に流す。耕作された畑は、土の粒子が集まって団粒構造となっているので、その隙間に雨水をためることができる。つまり、田や畑はダムになり得るのだ。

実際に田んぼダムへの取り組みは全国各地で行われている。これは、田んぼの排水口に排水管より小さな穴の開いた調整版を設置し、水の流出を抑制することでダムの役割を果たすものだ。多くの田んぼで取り組むことで、洪水を軽減させる効果を発揮する。農林水産省の資料によると、日本全国の水田に貯留できる水の量は約50億m3(立方メートル)。東京ドームの約4,000杯分にもなる。

田んぼや畑の機能の一つに洪水防止機能がある。田畑がある地域の川は、ない地域に比べて降水時に一度に流れる水の量が少なくなる(出典:農林水産省「洪水防止機能」)田んぼや畑の機能の一つに洪水防止機能がある。田畑がある地域の川は、ない地域に比べて降水時に一度に流れる水の量が少なくなる(出典:農林水産省「洪水防止機能」)

土砂崩れや土の流出を防ぐ機能

斜面にある田や畑は、日常の手入れ時に小さな損傷などを発見・補修できるので土砂崩れの防止につながる。また、田畑は雨水がゆっくりと染み込み、地下水の急上昇を抑制して地滑りの防止に役立つ。さらに田や畑の作物や田に張られた水は、風雨による土壌流出を防ぐ働きもある。

ただし、このような機能はきちんと耕作されていることが前提だ。放棄された斜面の田畑は雨水を貯留することができず、土砂崩れが起きやすくなる。日本の田畑は、2015年時点で約42万ヘクタールも放棄されている(農林水産省「荒廃農地の現状と対策について」)。これは危惧すべき状態だ。

さまざまな命を育む機能

ホタル、バッタ、メダカ、カエル、タニシ、タガメ、トンボ、シラサギ、ヘビ……。田畑は継続的に手入れをすることで豊かな生態系を形成する。堆肥などの有機物を分解する微生物が繁殖し、それを小魚が食べ、小魚を水鳥が食べる。クモやバッタをカエルが食べ、カエルをヘビが捕食する。ヘビはタカなどに食べられる。このような食物連鎖は、きちんと手入れをされた田畑があるからこそ維持できる。

豊かな生態系を維持する取り組みの一つとして、「ふゆみずたんぼ」がある。これは稲刈りをした後から翌春の間も田んぼに水を張り、さまざまな生き物にすみかを提供するものだ。

このほかにも田畑や農村には、美しい田園風景を形成する景観保全機能や祭りなどの伝統行事を受け継ぐ文化伝承機能などを有している。

とはいえ、日本の田畑や農村の未来は決して明るいとはいえない。現在、農村地域の過疎化、高齢化が進行している。農林水産省の「農業就業者の動向」によると、2000年時点の農業就業人口は389.1万人で平均年齢は61.1歳だった。それが2019年には168.1万人と半数以下になり、平均年齢も66.8歳に上昇しているのだ。これに伴い地域の共同活動によって成り立っている多面的機能が維持できなくなってきている。

かつては田んぼに行けば必ずと言っていいほど見ることができたメダカ。しかし環境の悪化などによって2003年に絶滅危惧種として指定された。農村の衰退によって、田園の生態系維持が難しくなっているかつては田んぼに行けば必ずと言っていいほど見ることができたメダカ。しかし環境の悪化などによって2003年に絶滅危惧種として指定された。農村の衰退によって、田園の生態系維持が難しくなっている

農村の多面的機能の維持を支援する国の試み

そこで国は多面的機能支払交付金などによって、農村が持つ多面的機能の維持・発揮を支援している。

多面的機能支払交付金には以下の2種類がある。

・農地維持支払交付金
多面的機能を維持するための農村の共同活動を支援する。対象は農地法面の草刈り、水路の泥上げ、農道の路面維持など。

・資源向上支払交付金
農地、水路、農道など地域資源の質的向上を図る共同活動を支援する。対象は水路・農道・ため池の軽微な補修、植栽による景観形成、ビオトープづくり、施設の長寿命化のための活動など。

実際にこの交付金を活用して効果を上げている次のような例もある。

「新潟県三条市の例」
この地域では全6地区のうち2地区が2007年度から取り組みを開始し、2014年度に残りの4地区が加わり栄広域協定として広域組織化を行った。

・課題
2004年度に市内を流れる河川が一部決壊。広範囲に湛水・浸水被害が発生したことから、異常気象時の対策や排水機場の運転負荷の軽減が課題となった。

・取り組み内容
田の排水口に「調整装置」を設置することで貯留機能を高める「田んぼダム」の取り組みを実施。最大貯水量203万トン(水深20cm)。取組面積2138ヘクタール。交付金額1億2100万円。

・取り組みの効果
河川への急激な排水を抑制することができた。県内の中越地域でシミュレーションした結果、家屋への浸水被害が54%減少する結果となった。

多面的機能支払交付金の申請方法など詳しくは、下記の農林水産省のサイトを確認してほしい。
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/tamen_siharai.html

このような農村の多面的機能維持の活動は全国各地で行われている。昨今はコロナ禍によるリモートワークの普及などもあって田舎暮らしに注目が集まっている。田舎暮らしの魅力には美しい田園風景や伝統行事なども挙げられるだろう。これらを維持し続けるには、その地域が災害に強いことが必須だ。そのためには地域の人々の多面的機能維持の活動が不可欠だろう。今後も国が活動を支援し、活気ある農村になっていくことを願いたい。

田んぼダムの仕組み。田んぼの水の流出を調整板によって抑制することで、洪水を軽減する効果がある(出典:農林水産省「洪水防止機能」)田んぼダムの仕組み。田んぼの水の流出を調整板によって抑制することで、洪水を軽減する効果がある(出典:農林水産省「洪水防止機能」)

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