お寺を宿泊施設に

2020年8月に開催されたオンラインによる「城泊・寺泊による歴史的資源の活用セミナー」。今回は寺泊編をまとめる。このオンラインセミナーは主に観光地域づくり法人、宿坊経営者などの民間事業者、地方公共団体などを対象とし、政府が進める城泊・寺泊による歴史的資源の活用事業、専門家派遣を紹介するもの。

寺泊編で登壇したのは、一般社団法人全国寺社観光協会の和栗隆史氏、株式会社シェアウィングの佐藤真衣氏、総本山仁和寺 執行長 真言宗御室派宗務総長の吉田正裕氏。和栗氏と佐藤氏は、今回の城泊・寺泊による歴史的資源の活用事業で、応募のあった各自治体に専門家として寺泊のアドバイスをする役割を担う。

寺と地域の“関係性”が魅力に

まずは和栗氏の全国寺社観光協会の取組みについて。「ひとりでも多くの方に寺社へ足を運んでいただこうという理念のもと、観光あるいは観光まちづくりという視点・観点からできることをお手伝いするさまざまな活動を行っています」とのこと。

その活動のなかで、観光まちづくりのキーワードとして宿泊があり、大阪で宿坊型ホテル「和空 下寺町」を2017年4月に開業したのを皮切りに、寺泊を展開。2018年7月には宿坊ポータルサイト「テラハク」(https://terahaku.jp/)をスタートさせ、2020年8月7日現在で104ヶ寺の登録がある。

和栗氏は、「宿坊を核とした地域共創の観光まちづくり」として3つのポイントをあげた。
①お寺と地域を活性化させる地域貢献事業
…人が泊まることにより、地域に流れができることが大きいと考えているという。
②寺院の空き部屋を有効活用
…民泊新法では最小限の設備で宿泊者を迎えることが可能となっていることからも活用できる。
③地域と生まれる交流
…宿坊の営業にはさまざまな仕事が発生し、それらを地域の方や檀家に対応してもらうことでさらなる人と人の交流が生まれる。

資源の磨き上げについては、まず青森県・大間町に誕生した「おおま宿坊 普賢院」を紹介。曹洞宗のお寺を継いだ30代の若き院代が2018年4月にオープンさせた宿坊だが、1泊2食付きで1万2,000円だったところを2020年4月に1万8,000円に値上げ。時を同じくして、新型コロナウイルスの影響で客足が途絶えてしまったが、5月にシャワーブースをつくるなど客目線で工夫を施した設備にリフォームした。すると、6月の半ばごろからリピーター客が戻りはじめ、8・9月は新規予約で満室となったそうだ。和栗氏は「これは地域の方々を含めてがんばってきた成果」と語った。

同宿坊では、まちの名物であるマグロを食事に出しているのも魅力のひとつで、檀家であったり、学生時代の先輩である漁師から仕入れているそうだ。寺と地域の関係性の磨き上げが魅力になるとのことだった。

「まちにお邪魔することによって、たった1泊2日、2泊3日と短いかもしれないけれど、お坊さん、そのファミリーを通じて一瞬だけれどもそのコミュニティに紛れ込んだかのような感覚を覚えることに、寺泊の魅力がある」という。

もうひとつの事例としては、山梨県・身延町に2021年春オープン予定の「覚林坊 迎賓館えびす屋」。1泊1組15万円という価格の宿坊を準備しているといい、主導するおかみさんは地域を巻き込んだ展開をする。「このひとつの宿をオープンすることが目的ではなく、『みのぶ“自我寺参(じがじさん)”プロジェクト』という、誰かが用意したものではなく、一人一人の旅人が自分のいいようにお寺さんを参ることができる、あるいは地域を訪ねることができるような場づくりをしましょうという発想で取り組もうとされているケースです」と紹介した。

上/全国寺社観光協会の和栗氏。宿坊として既存の建物を活用したり新築したりすることのほかに、ここ数年人気の“グランピング”のように、寺の敷地にトレーラーハウスなどを活用した“寺ンピング”も手掛けているという。下/全国寺社観光協会では、全国の寺社に届ける「寺社Now」という冊子を制作。そのなかで「テラハクレポート」を連載している。写真はセミナーのなかでも話題にのぼった青森県・大間にある「おおま宿坊 普賢院」の紹介ページ。「テラハクレポート」は、ホームページでバックナンバーを閲覧可(http://jisya-now.com/)上/全国寺社観光協会の和栗氏。宿坊として既存の建物を活用したり新築したりすることのほかに、ここ数年人気の“グランピング”のように、寺の敷地にトレーラーハウスなどを活用した“寺ンピング”も手掛けているという。下/全国寺社観光協会では、全国の寺社に届ける「寺社Now」という冊子を制作。そのなかで「テラハクレポート」を連載している。写真はセミナーのなかでも話題にのぼった青森県・大間にある「おおま宿坊 普賢院」の紹介ページ。「テラハクレポート」は、ホームページでバックナンバーを閲覧可(http://jisya-now.com/)

寺での滞在や体験を、学べる観光資源に

佐藤氏は、2016年6月に女性2人で起業し、「お寺とテクノロジーで、ワクワクする空間を」というビジョンのもと、「OTERA STAY(お寺ステイ)」を事業としている。それ以前には岩盤浴やホットヨガの施工工事の会社を経営していたが、健康サービス関連の仕事を生涯かけてやりたいと思っているなかで、「“場の持つ力”としてお寺の魅力に非常に魅せられまして、お寺が心と体を整える場所になったら日本も世界もおもしろく、元気になっていくんじゃないかなというのが根底にあるモチベーションです」と、起業のきっかけを明かした。

2017年夏に岐阜県高山市の高山善光寺で宿坊の運営を任されたのがはじまりで、2020年8月現在では全国6カ所を直接運営、または手伝いをしている。「事業内容は、お寺での滞在や体験を、学べる観光資源として地域を元気にすること。お寺ステイのほかに、いまリモートワークの需要が高まる中で“お寺ワーク”をスタートさせています。観光だけではなく、近所の方も含めてお寺で学び、心を整えるという使い方が身近になるのではと思っています」

佐藤氏の会社が手がける寺泊には、大きく分けて3つのタイプがあるという。ひとつは、社員が駐在して運営するタイプでこちらは、中~大型の宿坊になる。次に、小~中型の宿坊で、地元パートナーと連携で運営するタイプ。お寺が実際に宿泊を受け入れたり、地元のNPOが
携わったりすることもあるものとなる。3つめは、おもに小型(無人)の宿坊で、チェックインからチェックアウトまでシステムで自動にできるようにしている遠隔運営タイプ。こちらは東京・田町にある正伝寺となる。

オンラインセミナーでは、視聴者から「地域の反対などはあったりするか」という質問が寄せられた。佐藤氏は「私たちがいまお手伝いしているなかでは一度もなかったです。宿泊事業自体、私は社会貢献的な意味合いも非常に大きいと思っています。地域によってはそもそも宿泊施設自体がないところも当然ありますし、観光地じゃないところのお寺もたくさんあります。泊まるところがないと基本的に通り過ぎていく、来ることすら実現できないということでいうと、泊まれることによって、人も来られるという意味では、地域の人は喜んでくれるんじゃないかなと思います」と答えた。

上/株式会社シェアウィングの佐藤真衣氏。下/佐藤氏の会社が手がける宿坊上/株式会社シェアウィングの佐藤真衣氏。下/佐藤氏の会社が手がける宿坊

財政難から高級宿坊のスタートへ。仁和寺の事例

世界遺産でもある京都の仁和寺が高級宿坊をオープンさせたことは、当サイトでも記事として反響を呼んだ(「素泊まり1泊100万円」の衝撃。開業から1年余を経た、仁和寺の高級宿坊を見に行く)。

松林庵(しょうりんあん)と名付けられた宿坊の建物は、もとは仁和寺の寺侍をしていた久富家の住宅。1937(昭和12年)に寄贈され、仁和寺の境内に移築した。当初は職員、僧侶が住まいとして使っていたが、老朽化が進んで14年ほど空き家となっていた。

「仁和寺には国宝の建物1棟、重要文化財の建物14棟、宗教施設が100、利便施設が30と、建物だけで150棟くらいありますし、国宝、重要文化財、古文書など3万件近くございますので、保護、継承していくためには非常に経費がかかるわけです。久富家の建物はそういう指定物件ではないですが、傷んだからといって壊すわけにはいかない。どうしようかと思っていたところに、日本財団のプロジェクトに出合いました」と吉田氏。

仁和寺は、日本財団の「いろはにほん」プロジェクトの申請に通り、助成金を得ることができた。このプロジェクトは、日本文化に興味をもつ外国人旅行者を対象とした滞在型文化体験プログラムで、原則非公開の塔頭寺院などを1棟1組限定の宿としてリノベーションし、宿泊と文化をセットで体験することで、日本文化の価値を再発見してもらうというものだ。

888(仁和4)年に第59代宇多天皇によって開かれたという大変歴史のある仁和寺だが、他の寺院と同様に拝観収入は減っているという。また「仁和寺は全国に800の所属寺院を抱えておりますけれども、以前は何かを修理するときはその所属寺院のご協力がありましたが、いまは所属寺院自体も寺離れや檀家の減少などで収入が減少し、非常に厳しい現状を迎えております。そちらにいつもお願いするわけにもいかないということで、仁和寺自体が文化財を利活用して収入を得て、建物、また文化財などを守っていかなければならないと危機感を覚え、寺泊を始めることにしました」という。

総工費は1億8,000万円ほどだったが、その約8割の助成金を得ることができたそうだ。1泊100万円と聞くと驚くが、仁和寺での文化体験が付随しての対価となる。こちらの詳細は、当サイトの過去記事も参照していただきたい。

現在のコロナ禍でインバウンドの需要が見込めないなか、仁和寺では日本国内に向けたものも考えているそうだ。「いまもプライベートツアーということで、2人~7人で2時間くらい、仁和寺の普段は未公開のところをご案内させていただいているのですが、これにプラスして松林庵で昼食をとっていただくような、プチ松林庵体験的なプライベートツアーを近々出そうかなと思っております」と吉田氏は明かした。

①総本山仁和寺 執行長 真言宗御室派宗務総長の吉田正裕氏②松林庵③松林庵での宿泊は、仁和寺が夕方5時から翌朝9時まで閉門するため、敷地内がほぼ貸切状態となることが大きな魅力で、そのなかでさまざまな文化体験ができる。写真はお月見のイメージ⑤夕食の会場となることが多い宸殿①総本山仁和寺 執行長 真言宗御室派宗務総長の吉田正裕氏②松林庵③松林庵での宿泊は、仁和寺が夕方5時から翌朝9時まで閉門するため、敷地内がほぼ貸切状態となることが大きな魅力で、そのなかでさまざまな文化体験ができる。写真はお月見のイメージ⑤夕食の会場となることが多い宸殿

宿坊によって地域を知ってもらい、波及効果を願う、滋賀県の三井寺

高級宿坊としては、滋賀県の三井寺の取組みも紹介された。ここを手がけるのは和栗氏。境内の僧房のひとつをリフォームし、1棟貸しの高級宿坊「和空三井寺」とした。素泊まりで30万円となる。和栗氏の一般社団法人では30年の定期借家契約で、月々の賃料を支払いながら運営しているそうだ。

こちらも当サイトで過去に記事にしている(「滋賀・園城寺三井寺。高級宿坊を拠点に、神仏が自然の中に鎮まる湖西の魅力を世界に発信」)ので、詳細は参照いただきたいが、和栗氏は「三井寺のある大津市は、東海道の宿場ということで、かつては相当なにぎわいを見せていました。桜や紅葉の時期には鉄道会社と組んだライトアップなどが人気ですが、町全体が沈んでいる。かつて中心的だったお寺さんとしては何とかしたいという思いがあるなかで、1泊30万円の宿坊は1棟貸しですからゲストの人数的には少ないですが、こういうものができたということで知ってもらえる宣伝効果があります。三井寺の近くの琵琶湖はあまりにも大きいので、東と西でほとんど別の文化圏のようで、4つくらいに分かれていたりするのですが、みんなが何とかしたいと思っていてもなんともならないという状況のなかで、三井寺のご住職がリーダーシップをとって、宿坊から波及し、いろんな展開ができるんではないかなという願いを込めて、まずは始めようと」ときっかけを語った。

コロナ禍での今後については、「ワーケーション」での活用も考えているという。「自然のなかで時間を過ごしながら仕事もするというライフスタイルは、ある一定数、定着していくのだろうなと思っています。ワーケーションの場としての価格はまだ決めていませんが、旅行とは別の客層が相当数いるのではないでしょうか」

また「今回の補助金、助成金などの支援もインバウンド目線ですが、お寺に泊まる、地域に触れるという楽しみ方は、信仰の山である高野山などを除いてあまり国内の人にとって旅の宿泊の選択肢としてあがってきませんでした。これから日本はインバウンドを重要視しますが、ほとんど開拓されていない国内の旅行者が寺泊をしたら、リピーターになり、ほかにも行ってみようというような文化が生まれると思うんです。そういう意味では、ワーケーション的な提供の仕方と国内の方に楽しんでもらうやり方をもう少し考えていった方がいいかなとも考えています」と話した。

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城泊、寺泊ともに、観光客の減少など問題を抱えていることからスタートさせていることが多い。だが、歴史ある場所に宿泊できることは、外国人旅行者だけでなく、国内旅行者にとっても日本文化をあらためて深く知ることにつながり、貴重な体験となる。

城や寺は、昔からまちのシンボルだ。城、寺、そしてその土地の資源を磨き上げ、それぞれの魅力で観光客を呼べる活路は必ずあるはずだ。城泊、寺泊をとおしてさまざまなまちを知ることを楽しみにしたい。また、自分が住むまちの城や寺の展開にも注目し、応援していきたいとも思う。

参考URL:https://shirohaku-terahaku.com/

三井寺は通称で、正式には天台寺門宗総本山・園城寺(おんじょうじ)。境内の僧房「妙厳院」をリノベーションし、宿坊「和空三井寺」として活用している三井寺は通称で、正式には天台寺門宗総本山・園城寺(おんじょうじ)。境内の僧房「妙厳院」をリノベーションし、宿坊「和空三井寺」として活用している

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