まちの博物館は苦戦している

文部科学省が3年ごとに行っている社会教育調査によれば、全国の博物館やそれに類似する施設は2015(平成27)年には5,690施設。中でも歴史博物館が3,302施設と、6割近くを占める。あなたのまちにも、郷土資料館など地元の歴史を伝える施設があるのではないだろうか。こうした博物館には、地域の遺産や特性を後世にまで伝えるという重要な役割があるのだが、訪れてみると利用者はあまり多くない。周辺地域に住む人にとっても、図書館や公民館などのように頻繁に訪れる場所ではないだろう。
各地の博物館は限られた予算の中で利用者増加と周知のための取組みを行っているが、財政難から閉館に追い込まれた例もある。そうした中、ユニークな試みで利用者増や認知度アップ、地域住民の参画などに取組んでいるのが、大阪府立弥生文化博物館だ。

予算も人員も足りない博物館

弥生文化博物館の外観弥生文化博物館の外観

文化庁の「諸外国の文化予算に関する調査報告書」によれば、2016年の各国の文化予算額は、フランスの4,238億円、韓国の2,525億円に比較して、日本は1,040億円と少ない。アメリカの予算は1,659億円と少なく見えるが、企業や富裕層などからの寄付金額が、約20兆円に達しているとの調査結果もあるという。
「ヨーロッパでは、国や自治体が公益のために、文化財や文化施設を税金で守っていこうとする意識が伝統的にありますし、アメリカでは博物館や研究施設に寄付をすると、税制上の優遇や名声を得られる構図ができています。しかし日本では、学問や研究は苦労しながらするものだという感覚があるためか、税金が博物館への予算に割かれることはあまりなく、アメリカに比べれば寄付を行う人も少ないのです」と、総括学芸員の中尾智行さん。

最近は、クラウドファンディングなどを利用して、広く寄付を募る方法もある。広報機会にもなり一石二鳥なので、博物館が取り組む例も増えてきているが、それで資金が集まると分かると「次もクラウドファンディングで集めたらいい」と、振り分けられる予算が削られてしまうことも懸念されるそうだ。「クラウドファンディングを利用するとしても、博物館の本来業務ではなく、特別でチャレンジングな事業に限るべきでしょうね」(中尾さん)

予算だけでなく、人員不足も深刻だ。
「博物館は、開かれた専門知の拠点。高い専門性と知識を持った学芸員から、誰もが気軽に話を聞ける場所です。本当なら、学芸員は解説やリファレンスなどで、できるだけ一般の方と接する機会を設けるべきなのでしょう。ただし学芸員の数は十分ではありません。ただでさえ業務過多となっているところに働き方改革の流れもあり、これ以上仕事を増やすのは難しい現実があります」(中尾さん)
人員不足を補うためボランティア解説員を募ろうとしても、募集や登録の連絡事務が発生し、解説員の教育時間をとるのも難しい。時間と人員、資金の不足が悪循環を起こしているのだ。

さまざまな取組みで課題に挑む

夏休みフェスタでは、博物館のキャラクターのカイト(左)とリュウさん(右)の着ぐるみも登場した。アテンド役は、お話を聞かせてくださった中尾智行さん夏休みフェスタでは、博物館のキャラクターのカイト(左)とリュウさん(右)の着ぐるみも登場した。アテンド役は、お話を聞かせてくださった中尾智行さん

それでも大阪府立弥生文化博物館では、人員も予算も少ない中でも労力を惜しまず、知恵をふりしぼって、さまざまな取組みをしてきた。
たとえば「木曜大学」は、高齢者層をメインターゲットとした市民講座だ。それまでは土・日曜だけに開いていた講座を、退職した団塊の世代が集まる場とするため、平日にも開催し始めたのだ。この企画は好評で、毎回150名前後の参加者がいるほか、相乗効果で土日の講座の参加者も増えているそうだ。
また、小・中学生の利用者を増やすべく、季節ごとに10以上のワークショップが開かれるイベントを開催。毎回開館前から行列ができるほどの人気を博している。
さらに、「館キャラ」のカイトとリュウさんも積極的に活用。漫画に登場して展示物の解説をするほか、音声ガイダンスも2人の会話形式になっている。聞き役と説明役(ボケとツッコミ)の役割分担があり、分かりやすいと好評だ。

こうした取組みが奏功し、来館者数の増加だけでなく、地域の子どもたちが継続的に利用する状況が生まれてきた。しかし、課題は来館者数だけではない。博物館の認知度アップ、何よりも市民に広く開かれた博物館にするためにはどんな取組みが必要か、中尾さんたちは考えた。
そこで生まれたのが、一般の人たちに学芸員の仕事を体験してもらう「市民学芸員」の発想だった。学芸員は博物館の専門職員として、その活動の中心となる。一般の人たちがその仕事を知ることで、博物館とはどのような施設で、どのような役割を担っているかを知ってもらえる。また、深まった博物館への知識や経験で積極的に博物館事業に参加したり、社会参画や自己実現の場として博物館を利用することも期待できる。

一般の人たちを「中の人」にする「市民学芸員」とは

講座では、土器の梱包方法なども習う講座では、土器の梱包方法なども習う

博物館の役目は、資料の収集保管、調査と研究、展示と教育・レクリエーションの大きな三本柱から成り立っており、学芸員はそれらすべてを担う。市民学芸員講座は3日間にわたるプログラムで、学芸員の仕事や、博物館の取組みを学ぶ。今回、この講座に参加してきたので、内容を紹介しよう。

講座は、座学よりも実習が中心。学芸員の職務概要について説明があったほか、展示の企画立案や展示解説の仕方、文化財の取り扱い方を実習で体験した。
展示の企画立案は、2人一組になり、パートナーの持ち物から3点を選んで展示のテーマや切り口を考えるワークショップ。持ち物を資料として観察し、その特徴や背景などを持ち主から聴取する。それは学芸員が行う資料調査そのものだ。聴き取った内容から展示資料としての説明を考え、実際に展示して、参加者同士で評価し合う。自分の伝えたかったことが伝わったか、伝わらなかったらその理由は何かと考える。創る視点と観る視点から博物館展示のあり方をあらためて考える機会となった。
展示解説の授業では、常設展示室で全員が解説を行い、学芸員から講評を受ける。「見学者の顔を見ながら説明したほうがいいですよ」「一方的に説明するより、簡単な質問を投げかけると、双方向の情報のやりとりができます」など、具体的なアドバイスがあり、後の発表者ほどスムーズに解説できるようになっていくのが印象的だった。さらに文化財の取扱いを学ぶ授業では、実際に土器を梱包してみるなど、本物の学芸員さながらの作業を行った。

筆者が参加した回の参加者は18名で、高校生から高齢者まで、幅広い年齢層が集まった。大学生の持っていたフラッシュメモリを見た高齢者が「これはどのように使うのですか」と質問するなど、世代を超えた交流の場ともなったようだ。

講座の後、「実際に土器に触れられてうれしかった」「学芸員を目指しているので、どのような仕事をするのか分かって、楽しみになった」「実習が多くてよかった」などの感想が聞かれた。講座の翌日にはワークショップイベント「夏休みフェスタ」が開催され、多数の受講生がスタッフとして参加した。
講座を通して、学芸員が展示や展示室解説、またイベントの実施にどのような準備をしているのかが実感できたので、今後は展示物をより身近に感じ、興味深く見学できそうだ。博物館に愛着を持つことが継続的に利用する動機にもなる。今後、月に一度「市民学芸員の日」を設けて活動が継続されるので、市民学芸員のこれからの展開に期待したい。

博物館と利用者、互いに価値の循環が起こるのが理想のあり方

「地域における博物館の役割や活動に、市民参画は欠かせません。たとえば、大阪市自然史博物館では、トラップにかかった昆虫の仕分け・分類という研究の基礎作業や自然観察会の引率に、一般の利用者が深く関わっています。彼らは、決してボランティア精神のみで活動しているわけではなく、その活動が趣味や生きがいにもなっています。つまり、自らの興味や得意分野を生かした自己実現、社会参画の機会として博物館という場を利用しているのです。博物館にとっては研究の進展や事業活動の活発化、利用者にとっては趣味の充足と自己実現の機会、双方の間に価値循環が成り立ったこの状態こそ、望ましい市民参画のあり方ではないでしょうか。
ところが、国内の博物館の多くを占める歴史博物館では、こうした双方向の取組みが不十分です。文化財として唯一無二の資料を扱うため、研究の一部、たとえば遺跡発掘などに参加してもらうことが難しいという特性も影響しているのかもしれません。でも、学問の裾野を広げるためにも、一般の人たちの参画は重要です」と、中尾さん。

閉館が相次ぐ博物館は、今後ますます「そこにしかない魅力」を求められるだろう。その魅力を磨くのは、学芸員だけでできることではない。より多くの人が博物館に興味を持ち、継続的に利用してもらうには、利用者が受け手としてだけでなく、発信者にもなる仕掛けが必要だと中尾さん。たとえば、利用者による作品の展示を博物館で行えば、展示手法を学芸員から学べるうえ、多くの人に観てもらうことができる。展示者にとっても観覧者にとっても、より博物館が身近になるだろう。作品を展示した利用者の家族や友人が博物館に足を踏み入れる機会にもなり、利用者の裾野を広げることにつながる。博物館が広く一般の人たちに開かれ、親しまれる場所となるために、また、地域の文化資源として在るために、一般の人たちの主体的な参画は大きな意義を持つ。
弥生文化博物館では、今後も「博物館だからできること」を模索するとともに、一般の人たちに参画してもらう取組みを続けていく。

夏休みフェスタは大盛況。こうしたイベントを開いて多くの人に来てもらうだけではなく、より幅広い層への周知も課題だ夏休みフェスタは大盛況。こうしたイベントを開いて多くの人に来てもらうだけではなく、より幅広い層への周知も課題だ