「断熱のすごさ」を伝えたい!手作りタイニーハウスで体感を運ぶ
とある音楽フェスで小さな小屋を見かけた。
1坪ほどのサイズで「断熱タイニーハウス」と掲げられた小屋の前には、物珍しそうに人が集まっていた。「自由にお入りください」とのことだったので、中に入ってみるとひんやり心地いい。小屋に冷房はない。まだ5月とはいえ真夏のような日差しに疲れた体はふ~っと癒されたのだった。
聞けば、このタイニーハウス、断熱のすごさを伝えるためにひとりの建築学生が仲間とつくり上げたもので、『断熱って何?タイニーハウスって何?』という素朴な疑問をまず感じてもらうことが狙いだという。
発案者は当時、千葉大学で建築や住環境について学んでいた沼田汐里さん。
衝撃を受けた自らの体験を通して、たくさんの人に断熱のすごさを体感してもらおうと、2017年から「断熱タイニーハウスプロジェクト」をスタート。必要経費をクラウドファンディングで募り、2台のタイニーハウスをワークショップによるセルフビルドで完成させた。
「これからの住まいを変える一歩を」をテーマに造られたタイニーハウスは、私たちの暮らしにどんなヒントを与えてくれるのか。
小さな箱に詰め込まれた想いについて伺った。
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◆タイニーハウス:「Tiny(小さな)House(家)」。明確な定義はないが、概ね延べ床面積20m2以内、本体価格1,000万円以下程度のものとされている。お金や時間に縛られない自由な暮らしとしてアメリカを中心にムーブメントとなり、世界に広がった住まい方
『経堂の杜』での心地よさをみんなに伝えたい!
沼田さんが断熱の力に衝撃を受けたのは、建築の専門家と学生が集まる「HEAD研究会(Home Environment Advanced Design)」の学生事務局をしていたころ。所属するエネルギーTF(タスクフォース)のメンバーで、『経堂(きょうどう)の杜』という集合住宅へ行ったときのことだったという。
「エネルギーTFでは建築の性能から住まいの快適性やエネルギー問題をとらえ、その密接な関係をわかりやすく発信するという活動を行っていて、その視察ツアーとして行った場所が『経堂の杜』でした。
視察は真夏でとても暑い日だったのですが、敷地内に一歩足を踏み入れたとき”ハッ”としました。ふわっと優しい空気に包まれているような不思議な感覚にとらわれたんです。室内もエアコンなしでもとても心地よくて『あぁ、これが断熱の力なんだ!』と実感したんです」
高校、大学と建築や住環境について学んできた沼田さんだったが、このときはじめて「研究するだけではわからない、体感しないと理解できないことがある」と気づいたそう。
衝撃を受けた沼田さんはこの原体験を基に「断熱タイニーハウス」造りを決意。断熱のすごさをまだ知らない人たちにも届けたいと考え動き始めた。
快適な空間をどこでも持ち運べる自由な暮らしを想定
冒頭から連発している「断熱」というワード。家づくりに興味がある人なら聞いたことはあると思うが、ここで一度おさらいしておきたい。
断熱とは、熱が伝導や対流・放射によって伝わるのを防ぐこと。熱を伝えにくい空気を多く含んだ断熱材で家をくるめば、外気に左右されることが少なくなり、家の中は快適、ということだ。
「冬場、無断熱の家で局所的に暖房をかけていても“はだかにカイロ”状態。家にもセーターやウインドブレーカーを着せてあげましょうということなんです。断熱と気密がしっかりしていれば、夏も少ないエネルギーで快適に過ごせます」と沼田さん。この快適さは説明するより実感してもらうのが早い!とはじめたのが「断熱タイニーハウス」づくりだ。
しかし、「理想の断熱を実現するには自己資金では限界がある」と感じた沼田さんは、クラウドファンディングでの資金調達を決意。目標金額の50万円をわずか10日間で達成し、めでたく「断熱タイニーハウス」づくりに取り掛かった。
「HEAD研究会」に所属するプロの建築家から、図面、建材、製作方法のアドバイスを受けつつ、まずは組み立て式の「断熱タイニーハウス」を製作。1820mm×910mmを基本として組み立てと解体を繰り返せるパネル構法を採用し、壁床天井にぐるりと断熱材をはめ込む仕様で、窓には樹脂サッシとトリプルガラスを採用した。
クラウドファンディングではさらに70万円の資金が集まったため、さらなる上を目指すストレッチゴールとして小屋ごと移動できる断熱タイニーハウスを追加で製作。『体感を運ぶ』モバイル断熱タイニーハウスが完成した。
それが冒頭で筆者が目にした音楽フェスでの小さな小屋だ。
車両扱いとなり、イベントはもちろん、道路計画地など空き地やビルの屋上、オフィス間の公開空地などさまざまな場所に持っていくことができる。
組み立て式、移動式どちらにもキッチン、トイレ、風呂はついていない。
「水回りなど家のコアな部分は、これからはシェアする時代になるんじゃないかなと思って。個室だけもって好きなとき好きな場所へ軽快に移動できる、そんな暮らしを想定しています」
無断熱・低断熱の家は意外と多い
写真左から中田さん、沼田さん。「国産材を使用して地産地消に貢献するとか、家で使うエネルギーを減らして環境負荷を減らしたいとか大きな目標はあるんですけど、まずは自分の家族や友人に”断熱”のことを知ってもらいたいと思っています」(沼田さん)/筆者撮影
サッシはDIY木サッシ+複層ガラスを採用。「断熱タイニーハウス」の天井、壁、床すべてに断熱材「ネオマフォーム」が60mmの厚さで充填され、室内は24~26℃に保たれる。夏は涼しく冬は暖かい。
「実は日本の住宅の約70%は無断熱で、平成11年の省エネ基準を満たしているのはわずか5%しかないんですよ」
と話すのは中田理恵さん。沼田さんと同じエネルギーTFのメンバーであり、「断熱タイニーハウスプロジェクト」をプロ目線で支える建築家のひとりだ。
「そもそも断熱において、日本には法的に定められた義務基準がないんです。誘導基準はあるけれど、義務ではないので基準の半分も満たしていない家がたくさん造られているのが現状です。無断熱・低断熱の家では冷暖房が局所的にしか効かず、温度差によるヒートショックで人が亡くなることもあります。断熱は健康的な生活を送る上でとても大切なものですが、『断熱性能をあげましょう』といっても、難しく捉えてしまいがちで一般ユーザーまでなかなか届かないんですよね」(中田さん)
断熱の必要性、快適性を伝えるのに苦慮しているのは中田さんだけではなく、多くの建築士が抱えている悩みだという。
そんななかで、学生の沼田さんたちが手掛けたプロジェクトは、プロが語るよりも、よりわかりやすく体感として伝わるきっかけになったと中田さんはじめ、プロジェクトに協力した建築のプロたちも実感しているようだ。
「快適な住まいは自分たちでつくる」意識を
◆ホームセンターで調達可能な汎用性のある木材を使用した最初の断熱タイニーハウス。1日平均6人が参加し、10日間のワークショップで完成させた◆「断熱タイニーハウスプロジェクト」は東京建築士会主催の第4回(2018年) 「これからの建築士賞」を受賞
◆「アメリカの建築学生たちはみんな自分で小屋をつくって生活を楽しんでいます。日本ではあまりそういった光景を目にしないので、うらやましく感じていました。日本の学生も机上だけでなく手を動かして自分でつくるという体験をもっとしてみてほしいです」(沼田さん)
沼田さんが今回のプロジェクトで伝えたかったことは、断熱のすごさだけではない。「みんなでつくる」ことも大きなテーマに据えていた。
ワークショップを開催し、参加者とともにタイニーハウスをセルフビルド。2018年には新しく「3棟の断熱タイニーハウスを同時に作ろう!」というワークショップも開催してきた。
「参加してくれた方には『快適な住まいは自分たちでつくれる』という体感と学びを持って帰ってほしいんです。学生の私たちがやっているのを見て、自分にもできるんじゃないかって思ってもらえたら嬉しいし、何より単純にみんなとワイワイ製作するのは楽しいですしね」(沼田さん)
完成したタイニーハウスは、イベントなどで『体感を運ぶ』実験室として、また住宅地の一角ではコミュニティスペースとしても活用されているそう。
「“まちとつながる”効果も期待できると思うので、今後もいろんな場所にでかけて体感を届けつつ、可能性を見つけていけたらと思います」(沼田さん)
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エネルギー、セルフビルド、モバイルといった、これからの暮らしにおける注目ワードを凝縮した「断熱タイニーハウス」。受注販売も受け付けており、ワークショップの開催とセットにして販売していく計画もあるとか。断熱空間の快適さ、移動できる身軽さを実現した小屋。どんな人がどのように活用していくのだろうか、想像するとワクワクする。
2019年11月には「断熱タイニーハウス」をたくさん集めたイベントを開催予定だという。自分がいま住んでいる環境、この先どんな暮らしがしたいか、そんなことを考えるきっかけになりそうだ。
【取材協力・写真提供】
「断熱タイニーハウスプロジェクト」
https://www.facebook.com/dannetsu.tiny/
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