直近5年間で10cm以上沈下した地域が複数点在

"地下水障害"という言葉をご存じだろうか。これは地下水の過剰採取による地盤沈下や塩水化などのことだ。臨海部では地下水を採取しすぎると地下に海水が侵入して、水道水や工業用水、農作物に被害を生じさせることがある。

地下水と聞くと、昔に利用されていたような井戸をイメージする人も多いかもしれない。しかし、環境省の『平成27年度全国の地盤沈下地域の概況』を見てみると、日本の地下水依存率は工業用で24.7%(2014年)、上水道用で19.3%(2014年)、農業用で5.3%(2008年)と、想像よりも多く使用されている。

同資料では地域別の地盤沈下の状況も確認できる。2015年度に地盤沈下の測定をした地域は、23都道府県34地域。沈下をしている地域は北海道から鹿児島県まで全国各地に存在している。中でも関東地方の沈下量は大きい。年間2cm以上、直近5年間の累計は10cm以上の地域が複数点在しており、特に千葉県市川市のある地点では、累計沈下量が最大で31.21cmと、関東の都市圏では最も高い値を示している。

過去5年間(2011~15年度)の累計沈下量。特に関東の数値が大きく、30cm以上沈下している地域もある(出典:『平成27年度全国の地盤沈下地域の概況』(環境省))過去5年間(2011~15年度)の累計沈下量。特に関東の数値が大きく、30cm以上沈下している地域もある(出典:『平成27年度全国の地盤沈下地域の概況』(環境省))

発端は明治期の近代工業地帯の開発

元々地下水は、生活用水源として古くから利用されてきた。揚水(水を上に上げること)技術が近代化する以前の地下水使用量は量的には少なく、雨や河川の水が地下に浸透して地下水となる涵養(かんよう)量に見合う程度のものであった。
しかしその後は、さく井(せい)技術が進歩し、深井戸などが設置されていった。関東地方の地下水過剰採取による地盤沈下は、東京都を中心に1890年代から見られるようになった。明治期以降、富国強兵といった政府の方針で近代工業地帯が開発されはじめ、工業用の地下水利用が増大したためだ。また、近畿地方では、大阪府を中心に1930年代から地盤沈下が認められるようになった。

第二次世界大戦後は、工業地帯が千葉県と神奈川県の沿岸部へと広がった。その後は高度経済成長にともない、埼玉県など内陸部も開発されるようになった。同時に人口増加による上水道用の需要も増大。1970年代には埼玉県でも年間10cm以上の地盤沈下が観測されるようになった。

国や自治体は様々な対策を講じている

地盤沈下のおもな原因は、地下水の過剰な採取によって粘土層が収縮するためだ。いったん沈んだ地盤を元に戻すのは非常に困難で、沈下量は年々累積していくことになる。そのため、たとえ毎年の沈下量は少しずつでも、長い目で見ると建築物が損壊したり、洪水時の浸水の可能性が高まる。また、農作物に被害が生じる地下水の塩水化は、回復に極めて長い年月を要する。

そこで国や自治体は様々な対策を講じている。その一部が以下になる。

1.工業用水法(1956年6月施行)
工業用水としての地下水の利用が多いため、地盤沈下等が発生している地域を、政令で指定する。この地域の一定規模以上の工業用井戸は、許可基準を設ける。基準はストレーナー(ろ過装置)の位置と吐出口の断面積。2016年12月時点の指定地域は宮城県、福島県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、三重県、大阪府、兵庫県の10都府県17地域。

2.建築物用地下水の採取の規制に関する法律(1962年8月施行)
地下水の採取によって地盤が沈下し、そのことで高潮や出水などの災害が発生する可能性がある地域を政令で指定し、一定規模以上の建築物用井戸について許可基準を設ける。基準はストレーナー(ろ過装置)の位置と吐出口の断面積。2016年12月時点の指定地域は、埼玉県、千葉県、東京都、大阪府4都府県39市区町。

3.地盤沈下防止等対策要綱
特に地盤沈下の著しい地域に対し、その実情に応じた総合的な対策を推進する。地盤沈下防止等対策関係閣僚会議において地域ごとの地盤沈下防止等対策要綱が策定され、地盤沈下を防止するとともに地下水の保全を図る。

対象地域
・関東平野北部(1991年3月決定):茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県および千葉県の一部
・濃尾平野(1985年4月決定):岐阜県、愛知県および三重県の一部
・築後佐賀平野(1985年4月決定):福岡県および佐賀県の一部

上記3地域については、地下水採取の目標量が定められ、概ね5年毎に地盤沈下防止対策等について評価検討を行うことになっている。たとえば、関東平野北部の目標量は年間4.8億m3。1985年度は7.2億m3だったが、評価検討年度の2009年度は5.0億m3で、2012年度は4.9億m3だったので、かなり目標値に近づいている。また、県別の採取量目標では埼玉県がもっとも多く3.2億m3だが、この数値はすでにクリアしている。

多くの地方公共団体(平成28年4月現在、27都道府県・317市区町村)では、地下水採取に関する条例等を定めて<BR />地盤沈下の防止等を図っている(出典:『平成27年度全国の地盤沈下地域の概況』(環境省))多くの地方公共団体(平成28年4月現在、27都道府県・317市区町村)では、地下水採取に関する条例等を定めて
地盤沈下の防止等を図っている(出典:『平成27年度全国の地盤沈下地域の概況』(環境省))

災害の危険性を高めるだけでなく資産価値も減少

地下水の過剰採取による地盤沈下の対策には、上記のストレーナー(ろ過装置)の位置と吐出口の断面積のほかに、河川の水といった代替水の確保などがある。このような取り組みによって、おもな地域の地番沈下の累積量の増加は、1970年前後を境に急速に減速している。効果は確実に表れているのだ。

しかしながら、今現在も刻々と沈下している地域があるのも事実。地下水障害は、水害の可能性を高めるだけでなく、建築物を傾かせたり、農作物に被害を与える。さらに地価の下落といったことも考えられるだろう。つまり、今現在は実害がなくても将来不動産を売却する時に影響を与えることもあり得るのだ。その対策は、他人任せではいけないのではないだろうか。
環境省では、その意識啓発を図るものとして、地盤沈下や地下水位等の情報、地下水採取に関する条例等の情報をとりまとめた「全国地盤環境情報ディレクトリ」をホームページに掲載している。今後はこのような情報を注視していきたい。

全国地盤環境情報ディレクトリ
http://www.env.go.jp/water/jiban/directory/index.html

おもな地域の地番沈下の累積量の増加は、1970年前後を境に急速に減速している。しかし、これで安心というわけではない<BR />(出典:国土交通省『地下水保全と地盤沈下の現状』)おもな地域の地番沈下の累積量の増加は、1970年前後を境に急速に減速している。しかし、これで安心というわけではない
(出典:国土交通省『地下水保全と地盤沈下の現状』)

2017年 07月25日 11時08分